03.医療・介護

2023年5月30日 (火)

創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム提言

 5月16日に、橋本がくが座長を務める自民党社会保障制度調査会創薬力の強化育成に関するPTの会議にて、今年度の骨太の方針や概算要求等を念頭においた提言について一任をいただきました。その後、会議での発言等を踏まえて修文を行った上で、本日の自民党政務調査会審議会においてご了承をいただき、党政調としても決定いただきました。提言内容について、下記の通りですのでご覧いただければ幸いです。なお今週中に首相官邸を訪ね、提出する予定です。

●(PDF版)創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム 提言


創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム 提言

令和5年5月16日
自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するPT

1.はじめに

  • 医薬品産業は日本の中核産業であり、また、国民の生命の維持に直結する生命関連産業であることから、本PTにおいてはこれまで、「医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立」(令和3年5月13日)、「医薬品産業を通じた世界のヘルスケア分野の牽引に向けた提言」(令和4年9月9日)及び「薬価制度の抜本改革に関する提言」(令和4年11月28日)を取りまとめ、政府に取組を求めてきた。
  • 今般、こうした提言を踏まえつつ、厚生労働省において「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」が行われていることも受けて、創薬力の強化や医薬品の安定供給といった課題への対応について、政府に以下の取組を求める。

2.現状と課題

日本起源の医薬品の減少、世界市場に占めるシェアの減少、輸入超過
  • 医薬品産業は今後の経済成長の中核となる重要な産業であるとともに、国民の生命の維持に直結する生命関連産業でもある一方で、日本起源の医薬品が減少し、国内市場の縮小・世界市場に占めるシェアが減少するなど、わが国の医薬品産業の国際競争力・体力は低下している。
  • 具体的には、世界売上上位100品目のうち、日本起源医薬品は12品目(2003年)から9品目(2020年)に減少し、日本起源医薬品の世界市場シェア(売上高)は12.1%(2000年)から9.8%(2016年)に低下しているほか、医療用医薬品市場の構成比についても、アメリカに次いで2位(10.8%、2010年)であったものが、近年では中国にその地位を譲っている(6.8%、2020年)。
  • こうした状況の背景には、世界市場における売上トップがベンチャー企業起源のバイオ医薬品に占められている等、創薬の主体やモダリティが変化した一方で、わが国は依然として大手製薬企業由来の創薬が主流となっているほか、バイオ医薬品の分野においても遅れを取っているなど、世界的な創薬の潮流に立ち後れていることが挙げられる。
希少疾病、小児分野等を中心としたドラッグロスの発生
  • 医療用医薬品の世界売上上位300品目(2019年時点)の日米欧上市順位を見てみると、日本においては約7割の医薬品の上市順位が3番目となっているほか、約18%の医薬品が未上市となっている。
  • 欧米では承認されている一方で、国内では未承認の医薬品は143品目(2023年3月時点)、このうち開発に着手すらされていない医薬品は86品目(未承認薬のうち60.1%)となっており、ドラッグラグに留まらず、革新的な新薬が国内市場に上市されないドラッグロスの問題が顕在化している。
  • また、86品目の内訳としては、オーファンドラッグが47%(40品目)、小児用医薬品が37%(32品目)となっており、市場規模が小さく開発インセンティブが働きづらい分野においてドラッグラグ・ドラッグロスが顕著となっている結果、治療の選択肢が狭まり、小児や希少疾病患者に、生死にも関わるような不利益が生じている。
後発医薬品の供給不安及び流通取引上の課題
  • 後発医薬品は医療用医薬品の使用量の約半数を占め、国民生活に浸透した、必要不可欠な医薬品となっている一方で、2021年以降、複数の後発医薬品企業における製造・品質管理の不備に対する行政処分を契機として、後発医薬品の全品目の約3割が出荷停止又は限定出荷となっているほか、その影響は一部の先発医薬品にも及んでいる。
  • こうした安定供給問題の背景としては、企業におけるコンプライアンスやガバナンス上の課題に加えて、
    ・共同開発の導入等により参入障壁が低下したことで多くの企業が市場に参入し、価格競争が激化したこと、
    ・総価取引が多く行われる中で、後発品の薬価は調整弁として大きく下落する構造にあること、
    ・収益確保のため、比較的利益の得やすい特許切れ直後の品目に再び多くの企業が参入するという負のスパイラル構造により、多品目少量生産という非効率的な生産構造ができあがったこと
    等の産業構造上の課題が挙げられる。
  • 購買力を背景に過大な価格競争が行われることにより「過剰な薬価差」が生じ、その結果、乖離率が大きくなることで薬価が下がりやすい構造となっている。
医薬品サプライチェーンの強靭化・医薬品安全保障
  • 今般、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による需要の増加や、ウクライナ問題を契機とした原材料費の高騰により、その原薬・原材料の多くを特定の国に依存している後発医薬品をはじめとして、医薬品の供給リスクが顕在化している。
  • こうした感染症や地政学上のリスクに加え、災害等の様々な供給リスクに対応するため、サプライチェーンの強靱化など、医薬品の安定供給のための体制確保が求められる。
「国民皆保険の持続性」と「イノベーションの推進」の両立
  • 令和3年度から中間年改定が実施され、2年に1度であった薬価改定が毎年実施されているが、乖離率は2年に1度の改定を行っていた期間と大きく変わらないことから、結果として薬価が倍のスピードで下落する状況となっており、社会保障費の財源捻出を薬価改定に求める構造は限界を迎えている。
  • 今後とも高額な医薬品が上市されることを踏まえつつ、医療保険制度の持続可能性の観点から財源確保の在り方について検討することが不可欠な状況。

3.わが国の医薬品産業が目指す姿

(1) 日本でシーズを見つけ育てる能力(創薬力)を強化することで国際競争力を高め、医薬品産業を日本経済により貢献できる基幹産業とする。

  • 政府において医薬品産業を基幹産業と位置づけ、創薬力強化に向けた国家戦略の下、政府一丸となって創薬に挑戦する企業が支援を受けられる環境であること。
  • 政府に医薬品産業に係る司令塔が設置され、アカデミアの専門的見地に裏付けられた組織によるガバナンスの下で創薬力強化が推進されていること。
  • 治験環境やデータ基盤等の創薬基盤が整備され、アカデミア、ベンチャー企業、大手製薬企業が連携する創薬エコシステムの下で、絶え間なくイノベーションが生み出されていること。
  • 研究開発型企業が、新薬の売上で研究開発費を回収し、特許切れを見据えて速やかに次の新薬の研究開発に移るというビジネスモデルを採ることで高い創薬力を持つ産業構造となっていること。

(2) 公的医療保険制度を守りつつ、国民が適切な負担でより多くの医薬品を安心して使用できるような環境を整備する。

  • 国外オリジンの新薬について、日本においてもアメリカ等と同時に承認申請がなされ、新しい技術によって製造された新薬に国民が円滑にアクセスできること。
  • 小児・希少疾病等について、患者が国内未承認薬の使用を希望する場合に、大きな負担なく当該希望が叶えられること。
  • こうした患者の医薬品へのアクセス確保のためにも、製薬企業にとって予見可能性のある薬価制度が構築され、日本の医薬品市場が安定的で成長する市場となっていること。
  • 国民の生活に必須である後発医薬品については、多品目少量生産という非効率的な生産構造が解消され、品質が確保されるとともに、安定的に供給されていることが重要であり、品質の確保や安定供給が可能な企業が適切に評価される市場となっていること。
  • 医薬品製造・流通について、適切な流通取引が確保されているとともに、地政学上のリスクなどに対応できる強靱なサプライチェーンが構築され、供給不安時に関係者が迅速に供給情報を共有できる体制が整備されていること。

4.具体的施策の方向性(R3.5.13 『医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立』を前提に)

⑴について

医薬品に係る国家戦略の確立と実行体制の整備
  • 製薬企業が国際展開を見据えつつ、新規モダリティの分野における研究開発に投資し、イノベーションの創出に挑戦できるよう、日本における創薬力の持続的な発展を目的とする国家戦略を策定し、政府一丸となって支援を行うべき。
  • その際、内閣の重要施策の企画立案・総合調整に当たる内閣官房が司令塔機能を担うべきである。また、健康・医療に関する先端的研究開発及び新産業創出の推進を司る内閣府健康・医療戦略事務局は、シーズが産業化されるまでの流れを一気通貫で、専門的知見を十分に活用して支援すべく、各省庁との連携における中心的役割を果たすため、その所掌事務や権能、組織体制等について、法改正を視野に検討すべき。
  • 政府の中に創薬に係る研究開発や、産業化を見据えた企業戦略等についての専門的知識を有する多様なアカデミア人材で構成される委員会を組織し、国は国家戦略の策定・実行・ガバナンスに当たって連携すべき。
  • 当該ガバナンスの下で、次のモダリティとしてどの分野に注力するのか等、投資の優先順位付けを行い、優先順位に沿って産業化までの支援を行うとともに、新規モダリティに対応するため、バイオ医薬品の製造支援・人材育成を進めるべき。
創薬エコシステムの育成支援
  • 国内外のベンチャー企業、アカデミア、ベンチャーキャピタルなどとの協業(オープンイノベーション)が起こりやすいエコシステムを構築し、シーズの開発から製品化まで一気通貫の支援を強化するべき。
  • また、エコシステムの構築に向けて、オープンイノベーションを促進するコミュニティの形成や創薬ベンチャーの企業拠点を形成する取組への支援を行うべき。
  • また、ベンチャー企業等が、アカデミアの創薬シーズを開発し、実用化するためには多額の資金が必要であり、現在の取組を進めつつ、AMED・SCARDAの在り方について検討するとともに、欧米のリスクマネーを呼び込むことを含め、日本にリスクマネーが入る仕組みを検討すべき。
治験環境の改善
  • 治験実施拠点の機能強化を図るとともに、国際共同治験の実施体制を強化し、アジアにおける医薬品・医療機器等の規制調和を推進すべき。
  • 国際共同治験における日本人データの必要性を整理すべき。その際、日本人での安全性を確保しつつ海外データの評価を含めて迅速な国際共同治験への参加や薬事承認が可能となるよう、承認手続きの合理化やPMDAの審査体制の強化を行うべき。
  • 疾患別レジストリや来院に依存しない治験の活用を含むリアルワールドデータの薬事における利活用を推進すべき。
  • 日本における治験の活性化に向けて、治験情報を適切に患者に届ける等の対応を推進すべく、関係者間での協力・連携を強化すべき。
医療情報の利活用推進
  • 出口を見据えた戦略的な全ゲノム解析等の情報基盤の拡充とその利活用による創薬等を推進するため、事業実施組織の発足に向けた体制整備とバイオバンク間の連携強化等を進めるべき。
  • 研究や治験データの解析等への医療情報の二次利活用を促進し、わが国の創薬力等を高めるため、国際的な動向や関係者のニーズを把握しつつ、同意取得の在り方を含めた仕組みとインフラの構築を進めるべき。
長期収載品の種別等に応じた対応
  • 長期収載品については後発品への置き換えを推進し、新薬の特許切れを見据えて速やかに次の新薬の研究開発に移るというビジネスモデルへの転換を促すべき。その際、種別や様々な使用実態に応じた対応についても検討すべき。
⑵について

日本市場の魅力向上に資する薬価制度の構築
  • 日本の薬価制度は予見可能性が低く、イノベーションの評価が不十分であること、薬価収載時の価格が欧米と比較して低いことがドラッグラグ・ドラッグロスに繋がっているとの指摘があることを踏まえ、以下の対策を講ずるべき。
  • 再生医療等製品等など、現行の薬価制度においては、比較薬がないような革新的新薬について、既存の制度の枠にとらわれない新たな枠組みによる評価方法の可能性を検討すべき。
  • 市場拡大再算定について、薬理作用類似薬が増加する中で、いわゆる「共連れ」制度により予見可能性が低下しているとの指摘を踏まえ、制度の見直しについて検討すること。
  • 新薬創出等加算について、創薬の主流となっているベンチャー企業がしっかりと加算を受けられるように見直すなど、特許期間中の革新的新薬が価格を維持できるような制度とすること。
  • 企業の投資判断に影響を与えるような薬価制度改革が頻回に行われていることや、薬価制度自体が複雑化していることを踏まえて、投資回収の予見可能性の低下に配慮すべき。
小児・希少疾病等に係る保険外の医薬品利用に対する支援等
  • 未承認薬の解消のため、成人と同時に小児医薬品の開発を促すような薬事制度における新たな方策の導入や、希少疾病用医薬品の指定の早期化・拡大、未承認薬・適応外薬検討会議の体制強化による評価の加速化等を図るとともに、未承認の段階での患者アクセスを向上させる仕組みとして、例えば、米国における患者個人を対象とした拡大治験(Single Patient Expanded Access)の仕組みなど海外の制度も参考に、患者の費用負担にも配慮しつつ、検討を進めるべき。
  • 小児がんについては、AMED事業で採択された臨床研究が患者申出療養制度等の下で実施されていることにより、速やかに未承認薬を用いた治療が行われるとともに、患者の費用負担が軽減されているが、こうした仕組みの他の小児・希少疾病等への展開を進めるべき。
後発医薬品等の安定供給に向けた市場環境の適正化等
  • 品質の担保された医薬品を安定的に供給することができる企業をより評価する仕組みを導入することで、こうした企業で構成される産業構造への転換を図るべき。
  • まずは少量多品目構造を解消すべきであり、そのための薬価の在り方を検討するとともに、品目統合に併せて安定供給に資する製造ラインの増強等の取組を行う企業への支援を行うべき。
  • 血液製剤や輸液など製造工程の特殊性があるものや、外用剤、眼科用剤など製剤的特性を有するもの、漢方製剤など、事情により後発医薬品が上市されない又は後発医薬品への置き換えが進まない医薬品については、後発医薬品と同様に安定供給の確保に向けた取組を進めるべき。
  • バイオシミラーについては、認知度の低さ等により置換えが進んでいないが、政府目標の下、国内製造の促進等の安定供給確保を進めつつ、その使用を促進すべき。
  • 医療上の必要性が高い医薬品については、薬価を下支えする現行制度の運用改善を検討するとともに、中長期的に、採算性を維持するための制度について検討を進めるべき。
  • 都道府県における薬事監視の体制を強化するとともに、薬事監視の情報共有を国と都道府県間で速やかに行うなどの連携体制の整備を行うことで、企業に対するガバナンスを強化するべき。
サプライチェーンの強靱化
  • 医薬品安全保障の観点から、種々の供給リスクに対応するため、原薬・原材料から製剤化までのサプライチェーンを把握・分析した上で、明らかとなったリスクに応じて、政府と企業が連携して原薬の国産化や備蓄、マルチソース化などの取組を講ずるべきであり、企業への取組を促すとともに政府として、諸外国と協力・連携することも含めてそうした取組への支援について検討すべき。
  • 医薬品の供給不安発生時においては、関係者間で状況が共有されないことで不安が助長され、買い込み等による物資の偏在が発生することを踏まえ、流通関係者が医薬品の出荷状況、流通状況等を迅速かつ正確に把握・共有できる仕組みを構築すべき。
適切な流通取引の確保
  • 総価取引の是正など、適切な流通取引の確保のため、「医療用医薬品の流通改善に向けて流通関係者が遵守すべきガイドライン」の実効性確保に取り組むべき。
  • 「過剰な薬価差」についてその実態を把握し、医療現場や医薬品卸売業者等の意見を聞きつつ、是正に向けた検討を進めるべき。
持続可能な薬価制度
  • 社会保障費の自然増抑制を薬価改定に財源を求めていくことは、もはや限界を迎えている。さらに、日本の医薬品市場の魅力を増大させるための財源確保策について、政府全体として速やかに検討を行うべき。
  • 「薬価制度の抜本改革に関する提言」(令和4年11月28日)の内容が必ずしも全て実行に移されていないことを認識し、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」において、改定の対象が「価格乖離の大きな品目」とされていることの趣旨を踏まえ、薬価制度や今後の中間年改定の在り方について検討を行うべき。
(以上)

続きを読む "創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム提言"

| | コメント (0)

2022年12月23日 (金)

全世代型社会保障に関する特命委員会 取りまとめ

 さる12月13日、橋本がくが事務局長を務める自民党全世代型社会保障に関する特命委員会において、それまでの議論のとりまとめを行いました。この「取りまとめ」は、自民党政調審議会にお諮りした上で、12月15日に田村憲久委員長とともに総理官邸において岸田文雄総理に面会し、党からの提言として申し入れを行いました。内容としては、こども・子育て、医療、介護など日本における社会保障制度の課題に対し、特命委員会にて議論を行った結果として当面とるべき施策を整理したものであり、政府による来年以降の社会保障制度にまつわる具体的な法改正等の根拠となるものです。ぜひご覧ください。

221215

 なおこの申し入れを受け、政府では12月16日に全世代型社会保障構築会議の報告書を取りまとめていますので、併せてご参照ください。



全世代型社会保障に関する特命委員会 取りまとめ

令和4年12月13日
自由民主党政務調査会
全世代型社会保障に関する特命委員会

1.検討の経緯

 本「全世代型社会保障に関する特命委員会」は、わが国において少子化・超高齢化が進展し、社会保障給付費が急増する中、未来を見据えて、わが国の社会保障制度を維持するとともに、「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心」という従来の形から、「全ての世代が相互に支え合う仕組み」への転換を図るために、抜本的な議論を行い、政府に対して必要な改革を提言するために設けられたものである。

 本年9月、総理を本部長とする全世代型社会保障構築本部において、総理から、全世代型の社会保障制度を構築するための議論を加速化していくため、「子ども・子育て支援の充実」「医療・介護制度の改革」「働き方に中立的な社会保障制度等の構築」といった3つのテーマを中心に、年末に向けて議論を進めるよう指示があった。

 政府においては、この本部の下に設けられた全世代型社会保障構築会議において、これら3つのテーマを中心に議論が進められており、本年の年末までに報告を取りまとめる予定となっている。

 わが党においても、全5回、本特命委員会を開催し、政府から、全世代型社会保障構築会議の議論についてヒアリングを行うとともに、より根本的かつ中長期的な観点から、わが国のあるべき社会保障制度の姿とその実現のために必要となる制度の見直しの方向性について、議論を重ねてきた。

 これまでの議論に基づいて、政府の全世代型社会保障構築会議・同本部で取りまとめられる報告への反映を含め、政府が今後取り組むべき内容について整理した。


2.全世代型社会保障に関する基本的な考え方

 超高齢化とかつてない少子化が進む中で、全ての世代がお互いに支え合い、安心できる「全世代型社会保障」を実現するため、これまでわが党は政府と一体となって取り組んできた。

 わが国の後期高齢者の人口は、2025年までに全ての団塊の世代が後期高齢者となることから、現在、急増する時期にある。超高齢化に対応するため、来年通常国会に提出が予定されている医療・介護関連法案は、当面の対応として必要とは言えるものの、これだけでは、「全世代型社会保障」が実現されるとは言い難い。

 目下、最大の課題は人口の減少であり、少子化である。少子化対策は、これからの社会保障政策の「一丁目一番地」として取り組むべきものである。今、我々に求められているのは、少子化対策の抜本的な強化に思い切って舵を切り、具体的な政策体系を提示するとともに、そのための安定的な財源を確保することである。あわせて、当面は不可避と考えられる人口減少社会に対応した施策を講じていくことも必要である。特に、進展する高齢化に加え医療の高度化について医療保険としてどのように受け止めるかが大きな課題となっている。医療・介護を含む各制度を持続可能なものにして、世界に冠たる国民皆保険制度をはじめとした社会保障制度を次の世代に引き継いでいくことが、わが党の責務である。

 そのために、本特命委員会としても議論を続け、来年度の骨太方針に向けて、更なる改革の具体化に取り組んでいかなければならない。


3.各分野の具体的提言

(1)少子化対策

 コロナ禍の中で、婚姻件数が2年間で約10万組減少している。また、令和3年の出生数は81.2万人まで急減し、将来人口推計の推計値よりも7年程度少子化が前倒しで加速している。今後も高齢者の増加が続く中で、医療や介護をはじめわが国の社会保障制度を維持・発展させる観点からも、現役世代の減少は大きな課題である。こうした中で、少子化問題は、諸外国において国家戦略上の最重要課題として認識されており、わが国においても、少子化の克服を最優先の国家的課題として位置づけ、取り組みを進めなければならない。

 少子化の背景には、経済的な不安定さ、男女の仕事と子育ての両立の難しさ、子育て中の孤立感や負担感など、結婚や出産、子育ての希望の実現を阻む様々な要因が複雑に絡み合っている。第二次安倍政権以降、わが党としては、消費税率引上げなどの財源を活用して、待機児童の解消や、幼児教育・保育の無償化、高等教育の負担軽減、不妊治療の保険適用など、様々な取り組みを行ってきたが、少子化のトレンドを反転させるまでには至っていない。

 現下の出生数急減などの危機的状況を踏まえれば、抜本的・総合的な少子化対策を改めて構築し、強力に推進していく必要がある。その中で、特に、現行制度で支援が比較的手薄な0~2歳児への支援に速やかに着手すべきである。
そのため、まずは、令和4年度第二次補正予算で措置した経済的支援と伴走型相談支援の一体的実施について、あらゆる方策により、今後の安定的な財源を確保しつつ、継続的かつ着実に実施していくべきである。これにより、来年4月に発足するこども家庭庁の下、全ての妊産婦や子育て世帯に対して、寄り添いながら相談に応じることのできる体制を全ての地域で構築しながら、特に低年齢児を育てる世帯への経済的な支援の充実を図るべきである。また、出産育児一時金については、大幅な増額及び見える化が必要であり、それにより、子育て世帯が真にメリットを感じることができるようにすべきである。

 更に、仕事と子育ての両立支援も少子化対策にとって喫緊の課題である。労働力人口が減少するわが国においては、仕事か子育てかのどちらかしか選択できない状況に陥ることのないよう、制度面においても対応が必要である。このため、希望する方が時短勤務を選択しやすくするための給付の創設や、雇用のセーフティネットや育児休業給付の対象外となっている短時間労働者への支援、その他の育児休業給付の対象外となっている者への育児期間中の給付の創設などの施策を早急に具体化させるべきである。

 こうした支援策の具体化により、大幅に子育て支援施策を充実させることとあわせて、国民各層の理解を得ながら、安定財源について、社会全体での費用負担の在り方を含め幅広く検討を進めなければならない。安定的な財源の確保にあたっては、企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組みについても検討すべきである。

 主に0~2歳児に焦点を当てた切れ目のない包括的支援を早期に構築した後に、児童手当の拡充などについて恒久的な財源とあわせて検討を行うべきである。

 また、希望する全ての若者が安心して結婚・出産・子育てという選択に踏み出すためには、経済的支援だけでなく、個々人が将来の展望を持てる安定した雇用を確保することが不可欠である。こうした観点から、まずは、継続的な賃上げ、可処分所得の増加、消費の向上という好循環の実現が重要であり、更に、少子化や婚姻数の減少の根本的要因ともいえる正規・非正規の格差の是正をはじめ、雇用の在り方の見直しに取り組んでいくべきである。あわせて、医療的ケア児を含む障害児に対する支援に積極的に取り組むべきである。

(2)医療

 わが国の世界に冠たる国民皆保険を今後も堅持していくべきである。その中で、医療費の増加に伴い、これまでも国民全体で負担すべき費用が年々上昇している。高齢者にも保険料を通じてご負担を頂いてきたところであるが、同時に現役世代が支払う高齢者を支えるための支援金もそれ以上に上昇してきた。さらに、団塊の世代が後期高齢者となることから、今後3年間、わが国の後期高齢者の人口の急増が見込まれている。これに伴い、医療保険においては、急増する高齢者の医療費を支えられるよう、中間層にも配慮しつつ、高齢者か現役世代かを問わず、負担能力に応じて、全ての世代で支えあう仕組みの構築が急務である。

 こうした観点から、出産育児一時金の増額とともに、それを医療保険の加入者全体で支え合う仕組みの導入に取り組む必要がある。
また、制度導入以降、現役世代の負担が大きく増加している後期高齢者医療制度への支援金の仕組みを、後期高齢者の保険料と現役世代1人当たりの支援金の伸び率が同じになるよう見直し、現役世代の保険料負担上昇を抑制する。併せて、後期高齢者の保険料負担を見直し、賦課限度額や所得に係る保険料率の引き上げを行うべきである。

 健康保険組合については、保険料率に幅がある状況である。被用者保険者間の格差是正の観点から、健康保険組合間の保険料負担を公平にするため、現在、加入者数に応じた調整を一律に実施している前期高齢者の医療費負担について、加入者数に応じた調整に加え、報酬水準に応じた調整の導入に取り組む必要がある。ただし、報酬調整の導入は、あくまでも部分的なものとし、その範囲については、1/3程度に止めるべきである。今回の報酬調整の導入により、協会けんぽは一時的に負担増となっているが、構造的には負担減につながるものと考えられる。
高齢者医療制度の見直しに伴い、後期高齢者の保険料については、激変緩和の観点から配慮が必要と考えられる。具体的には、


  • 出産育児一時金を全世代で支え合う仕組みについては、令和6年度、7年度においては、出産育児一時金総額の半分について、支え合う仕組みとし、令和8年度から全額を対象とする。
  • 後期高齢者の賦課限度額の引上げ(対象者1%程度)にあたっては、令和6年度に73万円、令和7年度に80万円と段階的に引き上げる。
  • 後期高齢者の所得割の引上げにあたっては、収入上位約3割となる年収211万円までの方々について、令和6年度は制度改革の影響による引上げが生じないように、経過措置を実施すべきである。

 また、後期高齢者の保険料負担割合の見直しと前期高齢者納付金の報酬調整の導入にあたっては、報酬水準の低い健康保険組合は負担軽減となるが、さらに、公費負担減を、企業が賃上げ努力を行った企業のことにより納付金が増加する健康保険組合や高齢者医療の支援負担が重い健康保険組合などへの支援に充てて、現役世代、特に健康保険組合が全体として負担軽減となるような見直しとすべきである。あわせて、保険者機能が発揮される取り組みも検討するとともに、医療費適正化や健康寿命延伸に向けて取り組むべきである。

 今後、更なる高齢者の増加と生産年齢人口の急減が見込まれる中で、地域によって大きく異なる人口構造の変化に対応し、地域包括ケアの中で、地域のそれぞれの医療機関が地域の実情に応じ、その機能に応じたや専門性に応じて連携しつつ、かかりつけ医機能を発揮することで、国民が必要とする医療を受けることができるよう、かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う必要がある。その際、かかりつけ医機能を有する医療機関を選択することはあくまでも患者の選択であり、義務ではないこと、さらに、わが国医療のフリーアクセスを守り、必要なときに迅速には必要な医療を受けられる原則は変わらないことを前提とすべきである。また、まずは高齢化に医療現場のエビデンスを踏まえて対応することを主眼に置くが、こどもや中高年について、かかりつけ医機能の向上に向けて医師の能力をより高めていくことも引き続き議論が必要である。

 なお、新型コロナ感染症が拡大した当初における医療機関の発熱患者への対応をもって、かかりつけ医機能の制度整備が必要とする趣旨の指摘が政府作成資料で見受けられるが、感染症有事においては今般成立した改正感染症法に基づき予め都道府県との間で協定を締結した医療機関がその内容に沿って対応することとなっており、平時におけるかかりつけ医の問題は全く別の問題であることを政府においては認識すべきである。

 これらの他こうした議論を反映して、全世代型社会保障構築会議の議論をまとめ、それらに基づいて、引き続き法案提出に向けて取り組んでいくべきである。

(3)介護

 介護保険制度は、過去20年あまりで費用が約4倍に拡大している。今後、2025年には団塊の世代が全員75歳以上となり、更に要介護者が約半数を占める85歳以上人口の急増も見込まれる。こうした中で、令和6年度からの次期計画期間においても、持続可能な運営が実現するように、来年の骨太方針2023に向けて議論を進めるべきである。

 また、更なる高齢化に合わせて、サービス提供体制の充実も求められる。高齢者ができる限り住み慣れた地域で暮らし続けられるよう、地域包括ケアシステムの深化・推進を図ることが必要であり、とりわけ、中重度の要介護者になっても住み慣れた地域で単身・独居や高齢者のみの世帯の増加、介護ニーズが急増する都市部の状況等を踏まえ、それぞれの地域社会の実情にあわせた柔軟なサービスの提供が求められる。その中で、中重度の要介護者を含め在宅でも必要な介護サービスを利用しながら生活し続けられるようにすることが重要であり、複合的な在宅サービス等の普及や医療・介護の連携の推進を一層図るべきである。

 今後さらに増加する認知症の方やその家族を含めた包括的な支援を図るため、相談支援や関係者との連絡調整を担う地域包括支援センターの体制整備が必要である。

 さらに、今後、生産年齢人口の急減が見込まれる中で、将来にわたって安定的な介護サービスの提供体制を確保するため、介護現場の生産性の向上を推進するとともに、介護職員の働く環境改善に総合的に取り組むべきである。

(4)その他

 その他の課題についても、全世代型社会保障構築会議の議論と並行して、本特命委員会においても議論を進めていく。


4.おわりに

 新型コロナの中でも、高齢化は一段と進み、少子化は更に危機的状況となっている。これは国家にとっての「静かな有事」であり、国の安全保障と並んで政権として最優先で取り組むべき課題である。本特命委員会は、引き続き、この長年の課題に答えを出し、将来に希望と安心を与えるべく、議論の先頭に立っていく。

(以上)

| | コメント (0)

2022年11月30日 (水)

薬価制度の抜本改革に関する提言・所見

 このたび橋本がくが座長を務める自民党社会保障制度調査会のPT「創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム」において、ヒアリングおよび議論を行い、「薬価制度の抜本改革に関する提言」およびその別紙として「薬価制度の抜本改革に関する所見」をとりまとめました。単に政策提言を行うのみならず、所見としてその背景となる日本の医薬品供給の危機的な状況を整理しました。この状況は、誰もが保険料を支払い、患者となり医療を受ける立場になる得る以上、できるだけ多くの皆さまに知っていただきたく、ぜひお目通しいただければ幸いです。


令和4年11月28日
薬価制度の抜本改革に関する提言
自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム

 現在、厚生労働省において「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」が行われている。本PTとしてもこの検討会をフォローアップするため、10月20日に厚生労働省から説明を聴取し、また11月14日には6団体からヒアリングを行い、議員間の討議を行った。その結果、以下の認識を共有するに至った(詳細は別紙「薬価規格の抜本改革に関する所見」参照)。

  • 毎年改定等を含む「薬価制度の抜本改革」は、国民負担増加幅の軽減には寄与したものの、日本における新薬上市の遅れや不申請(ドラッグラグ・ドラッグロス)、研究開発投資の減少、後発医薬品の出荷調整などの問題の要因となっており、国民の不利益が発生していること。
  • メーカーや医薬品卸業各社は、本年2月のロシアのウクライナ侵攻に端を発するエネルギーや原材料等の価格上昇や円安傾向にも見舞われており、毎年薬価改定などと相俟って原価比率の上昇や経営危機など深刻な状況にあること。
  • 後発医薬品等の低価格維持のための特定国への原料依存など、今後改善すべき点があること。

 その他、イノベーション促進の観点から薬価制度などを根幹から見直すべきという意見もあった。

 そこで下記の通り、政府に対して提言を行うこととする。政府においてはこの提言を重く受け止め、速やかに実施することを求める。

  • 政府において、毎年薬価改定や新薬創出加算の見直しなど「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」の各項目が現状に与えた影響ついて速やかに検証を行い、その結果により見直すこと。その際には、本PTの提言「医薬品産業エコシステムと医療安全保障の確立~医薬品産業ビジョンへの提言~」および「医薬品産業を通じた世界のヘルスケア分野の牽引に向けた提言」を踏まえること。
  • 令和5年度薬価改定においては、以下を実現すべく全力で努めること。
    • .エネルギー・原材料価格などの高騰により採算が悪化した品目の対応のため、薬価引き上げまたは引き下げ幅の緩和など必要な対応を行うこと
    • 「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」の表現に立ち戻り、真に「価格乖離の大きな品目」、すなわち平均乖離率を一定以上上回る乖離率の品目に絞ること
    • 調整幅については、その役割を踏まえ、2%を継続させること
    • 特許期間中の品目や需給調整中の品目は、乖離幅による薬価改定の対象としないこと
以上

(別紙)
令和4年11月28日
薬価制度の抜本改革に関する所見
自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム

●薬価制度の抜本改革

  • 2016 (平成28)年12月、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」が4大臣の合意により決定された。内容としては、市場拡大対応の迅速化、毎年薬価調査・毎年薬価改定、新薬創出等加算の抜本的見直し等が含まれる。これは「『国民皆保険の持続性』と『イノベーションの推進』を両立し、『国民負担の軽減』と『医療の質の向上』を実現する観点から、薬価制度の抜本改革に向け、PDCAを重視しつつ」取り組むとされたものである。
  • まさにPDCAの観点から、この機会にチェックし必要であれば見直す必要がある。
0
(出所:中央社会保険医療協議会薬価専門分科会(第188回)資料)

●円安や物価高騰の影響について

  • 今年に入り、円安や海外情勢の影響により、原薬、原材料、包装材料、燃油等の価格が高騰し、調達コスト等が上昇している。メーカーのみならず、卸売業においても打撃となっている。これは薬価制度抜本改革時に全く想定されていなかった事態である。
1
(出所:日本製薬団体連合会資料)
  • 医薬品の製造は薬機法およびGMP省令に則る必要があるため、機動的な製造過程の効率化は困難である。公定価格であるため価格転嫁も、安定供給が必要であるため製造量の調整も不可能である。現行制度下ではコスト増はメーカーや卸が負担する以外に回避の途がない。
2
(出所:日本製薬団体連合会資料)
  • なお円安の影響により海外における臨床試験費用も高騰し、研究開発費も上昇している。 

●毎年薬価改定の影響

  • 現在の薬価改定は、メーカー・卸および医療機関・薬局の間で市場競争を行う結果生じた薬価差について定期的に調査を行い、実勢価格に基づいて乖離幅を割り引く形で改定することが基本。この仕組みは、高齢化の進展や絶えずイノベーションが求められる結果として薬剤費総額が上昇しやすい傾向があることと、一方で公的保険制度の維持のために適切な価格設定が求められることの間で、バランスを保つために機能している。
  • 具体的には、保険医療に関する医薬品取引の特性として、そもそも患者の生命維持やQOL向上維持のためメーカーや卸には安定供給が求められることや、未妥結取引や総価交渉などの医薬品に特徴的な取引慣行が流通改善の取組にも関わらず未解消であること、医療機関や薬局等にとって薬価差が収益源となっておりその確保が継続的に必要であることなどにより、構造的に取引価格は下落する仕組みとなっている。
3
(出所:(一社)日本医薬品卸売業連合会)
  • その結果、2018年から毎年の改定となって以降、改定頻度は上がったにも関わらず乖離率は毎年一定して生じており、そのため薬価の年平均下落率はそれ以前(2011年~2016年:-2.4%)と比較して加速(2017年~2022年:-5.0%)している。
  • 上記の物価高騰や円安の影響は、医療機関・薬局等からのさらなる値下げ圧力の強化にも結び付くものと考えられる。一方で、薬価改定において医薬品の製造コスト増について考慮する仕組みは存在しない。
4
(出所:米国研究製薬工業協会資料)

●日本の医薬品市場規模の現状

  • 日本における薬剤費は、過去10年間を見ると概ね8兆円~9兆円台を推移している。
5
(出所:日本製薬団体連合会資料)
  • これは薬価改定や後発品への置換等の薬剤費削減策の結果である。薬価関連抑制額(国費ベース)は5年間累計で5,941億円に上る。この総額が、国民負担軽減の実績である。
6
(出所:日本製薬団体連合会資料)
  • 薬剤費を対名目GDP比で見た場合、2010年(平成22年)比で推移を見た資料では「薬剤費総額は、経済成長を上回って推移している」と結論づけている(名目GDP年平均伸び率+1.2%、薬剤費総額年平均伸び率+1.9%)。一方、2011年(平成23年)比で推移を見た資料ではほぼ同様の伸び(名目GDP年平均伸び率+1.4%、薬剤費総額年平均伸び率+1.6%)となっている。基準の置き方によって印象が変わることに留意が必要である。
7gnp2010
8gnp2011
(上図出所:財政制度審議会財政制度分科会(令和4年11月7日)資料、下図出所:中央社会保険医療協議会薬価専門部会(第188回)(令和4年10月5日)資料。いずれも赤実線が薬剤費総額の推移、緑実線が国民総生産の推移を示す。2010年度基準では差が開いているように見えるが、2011年度基準ではほぼ重なっているように見える)
  • そもそも、2018年以降の毎年薬価改定の影響を読み取ることはまだデータに限りがあるため、依然困難である。2010年基準にせよ2011年基準にせよ、2018年のはるか前の時点を基準とする医薬品市場の推移やその対GDP比を参照して毎年薬価改定の在り方について議論することは、いずれも不適切である。

●世界市場と日本市場のギャップとその影響

  • 世界においては、医薬品市場は2016年~2021年で年平均成長率は+5.1%と拡大しているが、同時期の日本の年平均成長率は-0.5%と微減となっている。
9

(出所:日本製薬工業協会 資料)
  • 国内製薬企業8社計の連結売上は、2017年~2021年の間で約40%の増加となっているが、同期内の国内売り上げは-5%と減少しており、世界と日本の成長率の差は-45%となっている。2022年上期においてもその傾向は変わらない。国内製薬企業の業績により、日本における医薬品市場の状況を判断するのは、不適切である。
238
  • また将来については、主要国では年数%の成長が続くものと予測されていることに対し、日本はマイナス成長が予測されている。
10
(出所:米国研究製薬工業協会)
  • 世界において医薬品市場が成長を続ける中で、さまざまな制度改正の継続や日本市場のマイナス成長が予測されている影響は、ドラッグラグ・ドラッグロスとして新規医薬品の供給面に現れている。国内未承認薬の品目数と対欧米割合では2016年に117品目・56%であったものが、2020年には176品目・72%と拡大している。

11
(出所:日本製薬工業協会)
  • ヨーロッパの製薬企業においては、全ての企業で上市延期や遅延の議論が増加したと回答しており、実際に日本市場への上市延期ないし遅延があると回答した企業は10社中6社に上る。
12
(出所:欧州製薬団体連合会資料)
  • 欧米の製薬企業団体からは、日本市場の成長の阻害要因および世界における日本市場の優先度の低下は、薬価制度(引き下げ)・市場環境によるものと指摘されている。
13
(出所:米国研究製薬工業協会)
14
(出所:欧州製薬団体連合会)
  • 日本における医薬品への投資への影響も指摘されている。2009年~2015年の間では、日本の研究開発投資は22% (年平均3.4%)増加したが、2015年~2020年では-9%(年平均-1.9%)と減少した。同じ期間で世界では16%増加、33%増加と加速していることと比較し歴然とした差がある。
15
(出所:米国研究製薬工業協会)

●後発医薬品について

  • 後発医薬品は、新薬との置き換えにより医療費を適正化するものとして使用促進のための施策が実施されてきた。現在では数量シェアでは50.3%を占めるに至りつつ、金額シェアでは16.8%に留まっており、その医療費適正効果額は年間推計で19,242億円とされている。
16
(出所:日本ジェネリック製薬協会資料)
  • 一方で、品質確保の問題等が発覚しメーカーが処分される事態が相次ぎ、その影響により供給が不安定となり多くの品目で需給調整が行われる状況となっている。その対応のため、後発品メーカーは原薬のマルチソース化や製造設備の更新・新設、人材確保等に取り組んでいる。
20

(出典:厚生労働省)
  • その結果、原価率は上昇している。現時点で製造原価率が80%を超える品目(販売管理費・卸への費用・消費税等を含めると赤字になる)が30%を占めており、経営を圧迫している上、さらに原材料価格、エネルギー価格の高騰に直面している。
17
(出所:日本ジェネリック製薬協会)

●医薬品卸について

  • 医薬品卸は、生命関連性、高品質・多種多様性、需要周期の不規則性など取扱商品としての医薬品の特徴を背景とし、他商品の卸売業と異なる流通ニーズに対応している。
  • その中で、近年の後発医薬品の需給調整が継続的に業務負荷となっていることに加え、コロナワクチン等の配送やガソリン代・電気料金の急騰等が業務上の負荷としてのしかかっている。さらに毎年改定による売り上げ切り下げの加速もあり、2020(令和2)年度は営業利益は株式上場会社(6社)の営業利益は前年比-70.7%、それ以外の会社(11社)の営業利益は前年比-97.6%と危機的な状態となっている。
18
(出所:(一社)日本医薬品卸売業連合会)
  • なお、毎年薬価改定のため価格交渉の頻度が増えた上、後発医薬品の数千品目に上る需給調整のため、現場担当者の業務負荷は過大となり、疲弊していることに留意が必要である。将来が見えないとして退職する社員も少なくない。
  • 流通改善の取組みは進められているが、流通改善ガイドラインが目指すゴールに到達するまでには、未だ道半ばの状況である。また医療機関・薬局が交渉業務負荷軽減等のため価格交渉の代行業者に委託するケースが急増しており、ガイドラインの留意事項に沿わない手法での交渉が見られるとの指摘もある。
  • このような状況下において、これまで薬剤流通の安定機能を担い、全ての流通当事者に必要不可欠なものとなっている調整幅の引き下げを行うことは、医薬品の継続的な安定供給に重大な支障をきたす恐れがある。
19

(出所:日本医薬品卸売業連合会資料)

●医薬品のサプライチェーンについて

  • 後発医薬品に使用する原薬の2/3は海外からの輸入に依存し、その1/4は特定の国からの輸入である。また、抗生物質の出発物質や重要中間体は100%同じ国に依存しており、実際に手術延期などの支障が発生したこともあった。経済安全保障の観点から見直しが急務である。
21

22
(出典:厚生労働省)

●まとめ

  • 日本の医薬品市場は対GNP比では横ばいまたは微増傾向であるが、世界の医薬品市場と比較すると成長率は際立って低い。これは薬価制度の抜本改革の結果であり、政府の財政ひいては国民負担には国費ベースで5年間の累計約6,000億円の貢献をしたものの、新薬のドラッグラグ・ドラッグロスや研究開発投資の日本回避の動きとして悪影響が生じている。また国内的にも特に後発医薬品メーカーや医薬品卸売業の経営状況は深刻化しており、かつ後発品の供給等に慢性的に支障が発生している状況を脱せていない。
  • 国民が安心して世界水準の保険医療を受けるためには、新規医薬品の速やかな国内市場への導入やその他の医薬品の安定供給は欠かすことはできない。しかし現行の薬価制度の下で、革新的な医薬品へのアクセスは主要先進国に後れをとっており、また必要な医薬品の原料調達・製造・物流など幅広い面で安定的な供給が危機的な状況を迎え、その中で関係者の懸命の努力はあるものの、実際に多くの患者の不利益まで生じている。
  • 薬価制度の抜本改革は、国民皆保険の持続性向上や国民負担増加幅の軽減には貢献したものの、イノベーションは阻害され、新薬へのアクセス悪化や供給不安、現場の疲弊や経営悪化など、さまざまな面で国民に不利益を被らせ、保険医療への信頼を失わせる結果につながっていると考えざるを得ない。こうした状況を踏まえた検証と見直しが求められる。
以上

続きを読む "薬価制度の抜本改革に関する提言・所見"

| | コメント (0)

2022年5月26日 (木)

「かかりつけ医」の議論をめぐる所感

●はじめに

 ここしばらく「かかりつけ医」についての議論がしばしばみられます。たとえば5月17日に政府の全世代型社会保障構築本部が取りまとめた「議論の中間整理」では、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を含め、機能分化と連携を一層重視した医療・介護提供体制等の国民目線での改革を進めるべきである。」と記されました。これを踏まえ、岸田文雄首相も5月25日衆議院本会議においてかかりつけ医について「今後その機能を明確化しつつ、患者と医療者双方にとってその機能が有効に発揮されるための具体的な方策を検討していくこととしており、コロナ禍での課題への対応という観点も含め、速やかにかつ丁寧に制度整備を進めていく」と前向きともとれる答弁を行っています。

 また立憲民主党では、中島克仁議員がかねてよりかかりつけ医の具体化に熱心であり、今国会でも「新型コロナウイルス感染症に係る健康管理等の実施体制の確保に関する法律案」(第208回国会衆法第20号)を提出し、衆議院厚生労働委員会等を中心に議論を行いました。先の総理答弁も、このことを踏まえた重徳和彦議員(立憲民主党)の質問に対するものです。
 
 一方で、公益社団法人日本医師会の中川俊男会長は、これに先立ち4月27日に文書「国民の信頼に応えるかかりつけ医として」を公表しています。この中で、「『かかりつけ医』の努め」や「地域におけるかかりつけ医機能」、「地域の方々に『かかりつけ医』をもっていただくために」等の内容を記しつています。中川会長は公表時の記者会見では、財務省が求めているかかりつけ医の認定制や制度化についての質問に対して、「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるということであれば認められない。かかりつけ医機能は地域でさまざまな形で発揮され、患者さんとかかりつけ医の信頼関係を絶対的な基礎として、日本の医療を守ってきた。そうした日本の財産を『制度化』で一刀両断に切り捨てることになってはならない」と応じています。

 こうした議論を眺めていますと、正直な話、「制度」や「機能」などの文学的表現を挟んで議論がかみ合っていないような、あるいは肝心の論点が敢えて語られていないような印象があります。そこで本稿においては、中島議員らが提出した法案に対する検討を足掛かりに、自分の頭の整理を兼ねて、論点の整理を行ってみます。

 なお、本稿はあくまでも橋本がくが記した個人的な覚え書きであり、所属組織・団体等の見解を表すものではありません。また誰の働きかけもなく橋本がくが本人の意志で記したものであり、極力公平かつ中立的に記すよう努力しますが、他方橋本がくは自由民主党所属の衆議院議員であり、選挙においては日本医師会をはじめ多数の団体の支援を受けており、かつ身内にも日本医師会の推薦を受けている者がいることは、明記しておきます。

●「新型コロナウイルス感染症に係る健康管理等の実施体制の確保に関する法律案」についての議論

 立憲民主党は3月29日「新型コロナウイルス感染症に係る健康管理等の実施体制の確保に関する法律案」(通称:コロナかかりつけ医法案)を衆議院に提出しました。筆頭提出者である中島克仁衆議院議員は、議員としての活動を行いつつ現役で診療所の院長も務め診察に携わる医師であり、国会ではこれまでも幾度となくかかりつけ医に関する質疑を行っておられます。質疑内容等からは、党内における法案作成プロセスにおいても主導的立場であたられてものと想像されます。その粘り強い姿勢と努力には、ひとりの同僚議員として敬意を表するものです。

 法案を筆者なりにざっくり要約すると、希望する地域住民が、あらかじめ申し出た医師から選んで、自分の新型コロナウイルス感染症に係る健康管理(相談対応、検査、健康観察、医療の提供、連絡調整などを含む)等を行う医師として登録できる制度を「新型コロナウイルス感染症登録かかりつけ医制度」と定義した上で、政府に対してその制度導入や協力金等の支援を義務付ける、というものです。仮にこの法律が成立し施行されれば、住民としては気心の知れた特定の医師にコロナに関する対応を一任できることに加え、保健所が行っている業務の一部を医師が担当することとなるため、保健所の負荷軽減の効果も期待できるかもしれません。

 しかしこの法案では、いくつか明らかになっていない点があります。

 まずこの法案においては、登録されたかかりつけ医はその住民に対して何の義務も新たには課されません。したがって仮にこの法律が施行されても、登録されたかかりつけ医であってもこれのみでは医師法上の義務が課せられるだけであり、それ以上の法的拘束力はありません。かかりつけ医から、感染対策の不備や患者多数により応需困難などの理由により診察等を断られたりしても、地域住民には何の対抗措置も規定されておらず、現状と実は何も変わることがないのです。

 それでは意味がないので、おそらくは登録されたかかりつけ医と登録した住民の間に、別途なんらかの契約を結ぶことを想定しなければならないのではないかと考えます。いわば、本法が規定するのは、かかりつけ医契約のための地域住民と医師のマッチングを国が行い、その契約を登録する制度と理解するのです。地域住民と医師の間で「24時間必ず応需する」等の契約を別途締結すれば、まさに多くの方のイメージに叶うかかりつけ医を誕生させるということになります。

 さてその際、医師に対して誰が対価を支払うのでしょうか。そもそも「希望する」地域住民と「申し出た」医師のマッチングですから、全ての国民の避けがたいリスクを相互に負担し合うことを目的とする公的保険に馴染むものではありません。そして契約により医師に義務を課せば、その対価はもう片方の当事者である住民が負担するのが自然です。法的には、個人と弁護士が顧問契約を結ぶのと同等なのです。そこになぜ政府が補助金の支出等を含む措置を講ずる義務が必要なのか、法案や説明資料では明らかにされていません。これはあくまでも想像ですが、少なくとも立法過程で公的保険に馴染む考え方ではないことは意識されていたのではないかと思います。だから第三条4項は「協力金、補助金の支給」が例示されているのでしょう。もしかしたら保健所負担軽減等の理屈をつけることは可能かも知れませんね。

 また、そもそもかかりつけ医師が負う義務の内容や、医師ひとりが何人の住民と契約を結ぶことが想定されるかが明らかにされていないため確たる議論ができませんが、弁護士における顧問料を参考にすると、このかかりつけ医を維持するためには月々それなりの費用がかかるのではないかと思われます。おそらくはひとりあたり月額数万円といった金額となり、先に記したように公的保険の範囲外のため全額自己負担となり、現実的に少なからぬ数の国民にとって容易に受け入れられるものではない金額になるものと思われます。

 この契約に基づいてかかりつけ医が地域住民を診察した場合、混合診療にはならないのでしょうか。仮に全額自費になっても新型コロナウイルス感染症に関する医療は現時点では公費負担ですから実質的に差し支えはありませんが、だとすれば一般化はできません。選定療養という考え方も可能かもしれませんが、議論は簡単にはまとまらない気がします。

 なお一般的に、かかりつけ医に関する議論では、医療のフリーアクセスをどう考えるかも議論のテーマとなり得ますが、本法案では「政府は、(…中略…)病院又は診療所の自主的な選択を阻害することのないよう配慮するものとする」とされており、当然に上記かかりつけ医契約においても同様の規定が含まれるものと思われますので、住民側の医療へのフリーアクセスを制限することにはならないものと思われます。

 以上のようなことを考慮し、本案では、説明されている範囲だけでは必ずしも期待された効果は実現されず、むしろ実効性がいささか乏しいのではないかと思料されるため、衆議院本会議場では賛成しませんでした。とはいえ、この法案があったればこそこうした具体的な議論が可能なのであり、自らの理想とするものを具体的に法案の形で取りまとめようと努力された中島克仁議員には、重ねて深く敬意と感謝を表する次第です。

●かかりつけ医の制度化を考える上で

 さてこのように考えてきた時に、改めて冒頭の議論を見返してみると、かかりつけ医をめぐる議論で誰からも意図的に触れられていないのは、

  • その制度により、かかりつけ医とされた医師に何の義務を課すのか
  • その義務を果たす対価はどの程度の価格となり、誰がどうやって負担するのか
  • (それに付随して)公的保険給付との関係はどうなるのか
  • 患者側には他医療機関への受診制限など、何らかの規制はかかるのか

 といった点だと考えられます。敢えて記せば、どの立場の人も「機能」という言葉を遣うことでこうした議論を避けているのではないでしょうか。しかし、これらの点をクリアにしないで漫然とかかりつけ医の制度化が是か非かといった議論をしていても、平行線と感情論以上にはならずとても不毛です。情報提供や登録制度といった言葉で肝心の部分を曖昧にした意見を主張されても、正直判断不能としか言いようがありません。後出しで費用負担の話をされても困るのです。

 仮に、新型コロナウイルス感染症という限定的な状況を想定せず、一般的に地域住民がいつでも特定の医師に相談したり受診したりすることができるような制度を作るとすると、それはすなわちその医師にいつでも相談や診察に対応できるよう待機しておいてもらわねばならず、おのずと対応可能な人数が限られます。またその拘束には当然対価が支払わなければならず、仮に保険で賄われることとしても、出来高払いを基本とする現在の報酬体系と比較して効率的なものとなるか、個人的にはとても疑問です。そもそも病気やケガ、あるいはそれらにまつわる不安や相談は24時間いつでも発生し得るので、それに対応する義務を医師個人に課すことは、労働契約に基づくものではないとはいえ、働き方改革等の観点から如何なものかと考えざるをえません。そして現在の外来診療体制で、本当にかかりつけ医という考え方で国民全員をカバー可能なのかどうかも、考えなければなりません(なお基礎疾患を持っている方や高齢者のみを対象にするという考え方もあり得ますが、こうした方は事実上かかりつけ医機能を果たす医師ないし医療機関を、多くの場合既に持っているはずです。制度化するということは、そうした方ではない、若い方や健康な人もかかりつけ医を持つということでなければ意味がありません)。

 現在の医療提供体制が持続可能なものであるかどうかには十分議論の余地がありますので、どのようなテーマの議論も考慮しなければなりませんが、肝心なポイントをハッキリさせない議論をただのイメージで行っても誰にも良いことはないのではないかと個人的には思います。何らかのメリットを得ようとするのであれば、多くの場合何らかのデメリットが伴います。かかりつけ医に関する提案をされる場合には、そこまでを含めた議論が行われることを期待しますし、その上で制度化の必要性や是非から論じられるべきだと考えます。

●コロナ禍とフリーアクセスについて

 なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大期に、入院困難例や受診困難例が続出してしまったことを踏まえて「フリーアクセスが機能しなかった」という認識を示し、だからかかりつけ医の制度化が必要だ、という論旨の議論も見かけますが、これは誤りです。

 そもそも日本の医療保険制度におけるフリーアクセスとは、一般的には、保険証さえ持っていれば、平等に患者が自由かつ窓口負担のみで医療機関を受診することができることを指します。一方で、新型コロナウイルス感染症をはじめとする指定感染症等に対する医療は、感染者を保健所が措置として強制力をもって感染症指定病院等に入院させるものであるため、そもそもフリーアクセスではなく、保険医療ですらありません。また外来診療についても、感染拡大を防ぐために発熱外来を特定しています。感染症医療は、その目的のために当然にフリーアクセスの制限を伴うものなのです。

 コロナ禍において入院困難例や受診困難例が生じた理由は、そのキャパシティを超えて感染者が一気に急増して対応が間に合わなくなったためなのであり、医療保険制度ではなく感染症法およびインフルエンザ特措法による感染対策上の課題です。これを新型コロナウイルスの感染力の強さとして諦めるのではなくそこまでも余裕をもってカバーできる対策を打つべきとするのであれば、普段からの抜本的な医療従事者や保健所職員数の拡充が必要とされるものと考えます。量の問題を手段(または気合い)で解決させようとするのは日本人の悪い癖であり、量の問題は量で解決するべきです。

 一般の方ならともかく、職業政治家や職業官僚が感染症医療と一般の保険診療とを同列に並べ、フリーアクセスの限界として制度論に結び付けるのは、制度を理解せず半可通な知識を振り回しているか、または意図して異なるものを同じように並べて議論をすり替えているか、のいずれかです。政府の資料にもこれに類する表現があるのは残念なことです。もしこうした議論を見かけたら、「間違っているよ」と優しく注意してあげてください。そこで逆ギレされたら、おそらく後者の人なのだろうと認識してよいと思いますよ。

続きを読む "「かかりつけ医」の議論をめぐる所感"

| | コメント (0)

2020年12月11日 (金)

薬価改定に関する医療委員会の議論について

 12月10日の医療委員会会合において薬価改定に関する議論を行いましたが、その際、議論の内容をまとめることとなり委員長への一任をいただきました。そこで下記の通りに取りまとめ、11日夕刻に厚生労働省濱谷保険局長に手交しましたので、その内容を以下に記します。

(PDF)薬価改定に関する医療委員会の議論について

201211hamaya



令和2年12月11日

薬価改定に関する医療委員会の議論について

自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会医療委員会


 令和2年7月17日閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020」においては、「本年の薬価調査を踏まえて行う2021年度の薬価改定については、骨太方針2018等の内容に新型コロナウイルス感染症による影響も勘案して、十分に検討し、決定する」とされているところ、当委員会においては以下のような議論が行われた。与党における専門組織からの意見として、これらを十分に踏まえて対応にあたられることを要望する。

  • 本年の薬価調査の結果は、新型コロナウイルス感染症の影響により、卸と医療機関・薬局の間の価格交渉が平常通りに行えなかった影響を受けたものであること。
  • 新型コロナウイルス感染症の蔓延状況や社会経済に与える影響の現状は、7月の閣議決定時点で想定していた『新型コロナウイルス感染症による影響』をはるかに上回るものであり、当時の想定通りの対応ではこの趣旨を守ることにはならないこと。
  • メーカー、卸、医療機関、薬局全て新型コロナウイルス感染症による経営への影響は既に大きいものである中、薬価改定は感染症対策の前線およびそのロジスティクスを担うこれらの経営により厳しい影響を与えるものであること。仮にこうした企業等の経営が行き詰った場合、地域医療は即機能不全となるおそれがあり、そうした状況は絶対に招いてはならないこと。
  • そうした情勢を鑑みると、本来は、本年の薬価改定は実施できる状況にはなく、仮に改定を行う場合であってもその対象は極めて限定的に行うべきこと。
以上

| | コメント (0)

2020年2月16日 (日)

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」について(その2)

 前回のブログでクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号について記しました。その後2月10日に、加藤勝信厚生労働大臣より横浜に駐在して本件の現地責任者を務めるよう、自見はな子厚生労働大臣政務官とともに命じられました。その後は、打ち合わせのために一度本省に戻った以外は、大黒ふ頭にいます。百聞は一見に如かずといいますが、やはり公表資料や報道だけではわからない状況が多々ありました。改めて現時点(2月16日夕方)の状況を整理します。数字等は公表資料に基づき記しますが、コメントなどはあくまでも私見を記すものであり、政府ないし厚生労働省の見解ではありません。また新たな事態の発生により、変化し得るものです。ご留意ください。

【検査結果などについて】

 ダイヤモンド・プリンセス号は、乗客2,666名および乗員1,045名、合計3,711名が乗船して2月3日に横浜港に到着、臨船検疫を続けています。発熱や呼吸器症状のある方や高齢者からPCR検査を行っています。16日0時現在で、のべ1,219名のPCR検査結果が判明しており、陽性が355名、陰性が864名です。潜伏期間があるため、いつ感染したかはわかりませんが、これは相当に高い感染率と言わざるを得ません。陽性が判明した方は医療機関に搬送し入院していただいています。なおこの結果は乗員・乗客ともに含みます。また入院した方の中には、重症の方もおられます。

 ひとつの課題は乗員の方々です。アルコール消毒薬を配布し、専門家の方に手指消毒の仕方を指導していただき、マスクや手袋着用をしていただいています。当然、発熱したりPCR検査陽性が判明した場合は、休業したり入院したりしていますが、そのためにサービスに支障が出はじめています。代替可能な業務については、自衛隊にご協力をいただいています。

 また、乗客にはご高齢の方が多いため、もともとの持病(基礎疾患)や、部屋での生活による影響があり、新型コロナウイルスによる感染症ではない症状で救急搬送になる方も日々発生しています。調査によると、乗客の最年長の方は90歳代で、70歳代の方が約1,000人、60歳代の方が約900人を数えており、とても高齢化した町ひとつを預かっている状況に近いです。

 ただ幸いなことに、新規の発熱患者の数は日々減少してきており、各種防疫対策が着実に効果をあげているかもしれません。

【検疫の終了について】

 さて、2月5日から検疫による14日間の健康管理機関が開始しており、2月19日朝にこの期間が終了することとなります。昨15日夕方に加藤厚労相が基本方針を発表しましたので、具体的に検疫の終了までのプロセスについてお報せできるようになりました。

 現在、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客の皆さまに、順次PCR検査の検体採取を行っています。おそらく今日明日中には乗客全員の採取が終了するものと見積もっています。この結果が陽性の方や陽性の方の同室者を除く方については、健康確認を行い問題のない方について、更なるPCR検査は行わずに、順次下船していただきます。今の計画では、条件が整った方は19日から下船が開始でき、21日まで順次下船いただけるものと予定しています(PCR検査の検体採取および結果判明までそれぞれに時間と人手を要すること等から、どうしても順次の下船となってしまいます)。この方針については、さきほど(16日夕方)、船内放送で私から日本語で、ジェナロ・アルマ船長から英語で、アナウンスいたしました。

 陽性だった方は、結果判明次第順次医療機関に搬送となります。また、本人が陰性であっても同室の方が陽性であった場合は、感染防止対策がとられた時点から14日間の健康観察期間が始まることになります。この方々は引き続き船内で過ごすのか、別の施設に移っていただくのかは、現在検討中です。なお、報道では相変わらず「新たに70人の感染が確認」といった報道となっています。上記の通り検疫終了に向けて全員のPCR検査を行っているため、その結果が日々更新されていくのでそのような報道となるのは理解しますが、個人的には、現在のPCR検査は、もちろん陽性の方について必要な対応は行いつつ、陰性の方を確認することに意味があると思っています。

 また乗員の方々の多くは、乗客へのサーブや船の運航に従事しており、個室管理をしているとは言い難い状況があります。個室に移り業務を控えていただいてから健康観察期間が開始されることとなりますが、そのためには大多数の乗客が下船する必要があるものと考えます。また、乗員の方々の健康観察期間中の食事提供等については、船会社と政府で協議と検討を行う必要があります。

【直面している課題】

 乗員乗客あわせて3,700名の方々が乗船する客船における新発見のウイルス感染症の発生とその検疫という事態は、対処するにはさまざまな困難に直面することになります。たとえば、規模の大きさ、客船特有年齢構成、乗客乗員の存在、指揮命令系統、そして新発見ウイルスであるための情報量の少なさ、感染力の高さ、検疫特有の不自由さといったことが課題です。

 特に規模感は想像を絶しています。これが一桁小さければ(それでも大きな存在ですが)、乗客・乗員全員を、チャーター便の帰国者のように宿泊施設に移してしまうことも可能です。また、もっと迅速にPCR検査の検体採取を行うことも可能だったでしょう。しかし3,700人が一気に今すぐ宿泊可能な政府施設は陸上にはありませんし、かき集めてもその規模にはなりません。正直に言えば、協力を渋る省庁もあるようなことも耳にしたような気も…。国ですらそうなのですから、民間施設の借り上げも、協力を得るのはさらに困難でしょう(その中でご協力いただいた千葉県のホテルには、心から感謝申し上げます)。移動の交通手段の確保も、感染防護も考えねばならず、なかなか難渋します。PCR検査の検体採取も、そのためにチームを多数組んで取り組んでいただいていますが、朝から晩までフル稼働で約500検体/日の採取にとどまっており、それだけで単純に考えて一週間かかります。

 同時に、ご高齢の方が多く、その中で基礎疾患をお持ちの方も少なくありません。すでにクルーズ旅行を楽しんでいただいたあと、さらに二週間の船内滞在となっていますので、体力的には相当お辛いものと思います。実際に救急搬送も相次いでいます。健康確認などにさまざまな医療チームが活動していますが、とても手が足りているとは言えません。地元の人しかわからない例示ですが、倉敷中央病院は1,400床であれだけの規模の施設やスタッフを抱えているのです。高度医療を担う病院と比較するのは不適切だとも思いますが。また検疫で個室管理中なので、すべて往診せざるを得ず、医療アクセスの条件も良くありません。しかしいずれにしても、乗客の皆さまには、検疫のためとはいえ不自由をおかけしているわけです。ご協力に感謝を申し上げるとともに、私たちとしても引き続きできるだけストレスを軽減し、健康を保ち、仮に病変があれば早急に対応できるように努めます。

 その上で、必要な防護を行っているとはいえ(船内における防護の仕方は厚生労働省webサイトに掲載されています)、感染のリスクとは常に隣り合わせです。一般の災害と異なり、目に見えないことは厄介です。しかしその中で、多くの支援活動が勇気をもって行われていただいていることは本当に感謝の一語しかありません。DMAT(災害派遣医療チーム)、JMAT(日本医師会災害医療チーム)、AMAT(全日本病院医療支援班)、DPAT(災害精神医療チーム)、環境感染学会DICT(災害感染制御チーム)、日本赤十字社、自衛隊などが毎日稼働しています。国土交通省や神奈川県、横浜市の方々もお力をいただいています。もちろん厚生労働省および横浜検疫所も活動しています。

 困難に直面する中にも関わらず、ジェナロ・アルマ船長をはじめダイヤモンド・プリンセス号の乗員の方々が、責任感と乗客へのホスピタリティを維持し続けていることは、本当に頭が下がる思いです。できるだけ早く、乗員の方々の検疫が行える状況を作ることが、次の私たちのミッションだと思っています。今回は新型コロナウイルスによる感染症の発生という不幸な状況で私もこの船に関わることになりましたが、もし将来クルーズ旅行に出る機会があれば、この船長とクルーの皆さんと、この美しい船で楽しめるといいなと個人的には思っています。貯金が必要ですが。

 引き続き、国内の新型コロナウイルス感染症の感染拡大を食い止めつつ、船内の乗員・乗客の方々が安心して下船していただけられるよう、自見大臣政務官および現地厚生労働省スタッフとともに、全力を尽くします。

| | コメント (0)

2020年2月 9日 (日)

クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス号」について

 現在横浜港にいるクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号について、累次にわたり新型コロナウイルスによる感染者の発表が行われています。メディアの報道も相次いでおり、船内の様子断片的に伝わっています。ここで、現時点(2月8日晩)の状況を整理しておきます。数字等は公表資料に基づき記しますが、コメントなどはあくまでも私見を記すものであり、政府ないし厚生労働省の見解ではありません。ご留意ください。

【ダイヤモンドプリンセス号概要】

 2月3日横浜港に到着したダイヤモンドプリンセス号には、乗客2,666名および乗員1,045名、合計3,711名が乗船していました。ところが、香港において発症した患者1名がその前にこのクルーズ船に乗っていたという通知が香港からあったため、横浜港において再度臨船検疫を受けることとなり(その前の寄港地那覇において一度検疫を受けていました)、現在でも検疫官が乗船して臨船検疫中という状態です。この間は、検疫所長の許可がなければ乗員・乗客ともに上陸することはできません。

【検査結果について】

 一般の検疫は、空港で行われているような体温の計測や症状の有無の確認など簡易なものです。ダイヤモンドプリンセス号では、横浜港入港後2月3日から臨船検疫を開始しました。同時に、発熱等の症状のある方、その濃厚接触者、香港で下船して感染が確認された方の濃厚接触者に対してPCR検査を実施することとし、検体採取を行い、検疫所などの施設でPCR検査を行いました。現時点で乗客279名の結果が公表されており、64名が陽性となっています。

 PCR検査には時間がかかり、また一度に検査できる量にも限界があるため、5日朝~8日にかけて結果判明次第順次公表し、該当者を医療機関に搬送することとなりましたが、これらは3日~4日にかけて採取した検体の結果が逐次公表されているだけですので、この結果をもって日々感染が拡大していると捉えるべきではありません。また、この数字だけ見ると感染率22.9%となりますが、あくまでも感染リスクが高いと考えられる上記条件の方のみを検査した結果ですので、3,711人全体が同様の割合で感染していると考えることも、誤りです。もっとも、それにしても多い数字であることに違いはありません。

 なお、乗客は比較的高齢の方が多く、新型コロナウイルス感染症とはおそらく関係なく脳梗塞や心不全等の患者も発生しています。この方々は随時上陸させて救急搬送しています。なおその方々にもPCR検査を行っており、上記の結果の中に含まれています。

【船内について】

 2月3日から検疫官が乗船して検疫にあたりましたが、その最初の結果(31名中10名陽性)が翌日判明しました。船内には新型コロナウイルスの感染がそれなりに拡大していることが明らかになったため、翌日に最初の10名を下船させた際に、厚生労働省の職員(医師)を乗船させ、船長のご協力をいただいて、船内の感染防止環境を整えさせました。なおこの職員は、本省から交代を打診しましたが、感染のリスクがあるから自分がここに居続けるとして船内に留まっています。ありがたいことです。

 感染防止策として具体的には、乗客・乗員に対して極力個室で滞在すること、アルコール消毒や手洗い等を徹底すること、健康維持のためにデッキでの散歩は推奨するが、マスクをつけること等の注意事項を伝え、守っていただいています。なお2月4日まで船内でイベントなどが行われていたようですが、5日以降は中止しています。また同時に、wi-fi環境を整えて過ごしやすくすることなども行っています。

 なお、高齢の乗客が多く乗船が長期化したため、手持ちのご持病の医薬品がなくなる方がおられます。必要な医薬品を記入いただき調達して船内にお届けしていますが、普通の病院をはるかに上回る規模であることもあり、必ずしもスムーズに届けられていない状況もあります。ITの活用などにより改善することを検討しています。

【今後について】

 検疫済みとするためには、新型コロナウイルス感染症の感染者が船内にいない状態になる必要があります。このウイルスの潜伏期間は現在議論中ですが、同じコロナウイルスであるSARSの潜伏期間から長く見ても14日であろうと考えています。したがって、発病しないで14日過ぎれば新型コロナウイルス感染症に感染していないという証明となります。また、WHOは12.5日という数字も示していますので、その後にPCR検査のダブルチェックを行って陰性であれば感染していないとみなすこともできます(これは、チャーター便帰国者で現在宿舎にて過ごしていただいている方々も同様です)。

 ただ、PCR検査のキャパシティや検体採取の手間上、12.5日経過したところで一度に約3,700人全員の検査をして上陸させるということは容易なことではなく、フル回転で行ったとしてもその作業だけでおそらく数日を要します。現在PCR検査を各検疫所や国立感染症研究所・地方衛生研究所等以外でも民間研究機関や大学病院などで行っていただけるように準備もしていますが、可能となるまであと1週間はかかるようです。そうしたことを考慮しつつ、潜伏期間終了後どのように上陸していただくかは、引き続き検討中です。

 なお、今後も船内で発熱したり他の病気を発症したりする方が出た場合は、船内で医師の診察等の対応を行い、随時必要に応じてPCR検査を行ったり病院に搬送したりすることとなります。また既に感染が判明した方の濃厚接触者(同室の方です。本来は感染防止のため全員個室滞在にすべきですが、船内のためどうしようもありません)についても検査を行います。その結果などは都度公表します。なお、仮に今後発熱等を訴える方が新たに発生し、PCR検査を行って陽性だったとしても、感染防止対策がとられた2月5日以前に感染したものと考えてよいものと思います(ただし上記濃厚接触者を除く)。潜伏期間がありますから。

【所感】

 まだ現在進行形のオペレーションであり、反省したり感想を述べたりするタイミングではないとは思います。厚生労働省対策本部としては、全力を挙げて取り組んでいます。ただ、やはりSARSや新型インフルエンザ、エボラ出血熱等の経験はあったとはいえ、正直ひとつの町規模の大型クルーズ船での新しい感染症の発生という事態は日本では全く未経験であり、手探りで日々加藤勝信厚労相がひとつひとつ決断しつつ業務を進める状況となっています(チャーター便の帰国も同様でしたが)。たとえば検疫所で行うべきPCR検査のキャパシティひとつとっても、今後はその規模までを想定しなければならないものと思います。

 ダイヤモンドプリンセス号の乗客・乗員の方々が船内に留まる不自由に耐えていただいていることで、国内に新型コロナウイルスが上陸拡大することを防いでいただいています。そのことを念頭におきながら、乗客・乗員の方々もさらなる感染拡大は防止しつつ、潜伏期間を船内とはいえできるだけ不自由のないよう過ごしていただき、終了後はすみやかに日常生活に戻っていただくまでがミッションだと思っています。引き続き全力で取り組みます。

| | コメント (0)

2020年2月 7日 (金)

新型コロナウイルス感染症の現状と見通しについて(2/6晩現在)

 新型コロナウイルスによる感染症について、連日報道が相次いでいます。当初は未知の感染症で詳細は不明でしたが、1月15日に日本で最初の症例が確定してから3週間が経過し、武漢市からのチャーター便3便により帰国された方々や、横浜港にいるクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」の方々など、日々さまざまな事態が積み重なっており、その数字を見ることができるようになってきました。

 日々、厚生労働副大臣および厚生労働省対策本部の本部長代理として関連業務にあたっていますが、ちょっとこの辺りで、個人的な振り返りを兼ねて、現状を整理してみたいと思います。なお基本的に数字などは公表資料によりますが、コメントなどはあくまでも私見として記すものであり、政府ないし厚生労働省としての見解ではありません。ご留意ください。

【国内における感染者の由来】

 2月6日の時点で、日本国内では45名の感染者の方が確認されています。うち、湖北省滞在歴のある方は21名おられます(チャーター便帰国者も含みます)。この方々は湖北省で感染後、日本で発症された輸入症例と考えられます。また20名は、クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」船内における検疫およびPCR検査により確認された方々で、船内での感染と考えられるため、この方々も輸入症例と考えられます。

 残り4名の方々は、武漢市からのツアー客を乗せたバスの運転手さん(6例目)、その運転手さんと同行したバスガイドさん2名(8例目、13例目)、勤務先で中国からの観光客(300人/日程度)に接客する方(21例目)の4名であり、国内で感染したと思われますがいずれも中国から来られた方々との接点を持っておられます。

 したがって現時点では、日本国内で新型コロナウイルスによる感染症の感染は限定的であり、不特定多数に感染が拡大しているような状況には至っていないものと考えています。

【感染者数の今後の見通し】

 おそらく2月7日以降、いくつかの要因により感染者数は大きく増加します。理由は、(1)「ダイヤモンドプリンセス」号の有症状者等に関する検査が、現在102名終了しています(うち陽性20名)が、まだ171名残っており、明日以降その結果が順次確定します。仮に同じ割合で陽性の方が含まれるとすると、あと30名は増加するかもしれません。(2)チャーター便の4便目が明日朝武漢から戻ります。これまでも1便あたり数例ずつ陽性の方が含まれていましたので、もう数例確認されるかもしれません。

 ただ、以上は国内での感染ではありません(「ダイヤモンドプリンセス」船内も厳密には国内ですが、一般の方々とは隔絶されています)ので、これらの理由による感染者増をもって国内での感染拡大を恐れる必要はありません。

 国内で、湖北省とは全く滞在歴もなくそうした方と会うこともない感染者が確認され、その数が増加し始めると、国内での感染拡大が次のステップに移ったと考えるべきですが、まだそのような状況ではありません。

【感染した方々の状況】

 まず、PCR検査で陽性となったものの無症状の方々が4名います(当初5名でしたが、1名が発熱・咽頭痛を発症しました)。この方々も入院はしていますが、症状はなく元気でおられます。ちなみに、一般的には無症状の方にPCR検査を行うことはありませんが、チャーター便で帰国された方々は特別に全員に検査を行ったため確認された例です。おそらく世界でもあまり報告されていないものと思います。

 残り41名も全員入院しましたが、全快して退院された方が4名おられます。幸いにして、亡くなった方はおられません。

 こちらに、実際に国立国際医療研究センターで新型コロナウイルスによる感染症の患者の治療にあたられた大曲医師による所感の記事がありますので、ご参考にしてください。

 なおこちらのサイト(中国語ですがわかりやすい)によると、7日0時時点にて世界中で565名が亡くなっています。しかし分布をみると、中国の湖北省が549人とほぼ大半を占め、あと河南省、重慶市、四川省、北京市、上海市、黒竜江省、河北省、海南市、天津市、貴州省、香港、フィリピンで1~3名ずつという分布となっています。また致死率でみても、湖北省で2.8%ですが、湖北省を除く中国全土では0.2%と一桁違っており、同じウイルスでこれだけの偏りがあるのは湖北省のみ何か特殊な事情(例えば病院がパンクしており機能してないなど)があるのではないかと考えざるを得ません。

 パンデミックとは、世界的にある感染症が蔓延する状態を指しますが、現時点でそのような状況ではありません。

【国内の今後について】

 現時点では、検疫などによるスクリーニングがそれなりに功を奏しているものと考えています。しかし、潜伏期間がある以上、ウイルスの侵入を減らすことはできても、ゼロにすることは不可能です(可能性をゼロにしたければ鎖国するしかありませんが、現実的ではありません)。ただ、ウイルスの侵入機会を減らせば、それだけ国内での感染の拡大を遅らせる効果はあるものと考えます。

 そして、感染拡大を遅らせ、時間を稼いでいるうちに、相談窓口や治療にあたる医療機関の準備を行い、実際に拡大が始まったら治療が必要な患者を的確に治療につなげられる体制を整えます。一時、武漢市の映像として、病院に大勢の患者が並んで待っていたりする様子がテレビで見られましたが、こうなってしまうと真に治療が必要な重篤な方に手が回らず本来救えたはずの方も救えなくなる結果になります。爆発的な感染拡大をさせず、感染拡大を緩やかにすることで、医療機関などの準備を整えることが可能となります。検疫による水際作戦の意味は、そこにあります。具体的には、全国各地域の保健所および医療機関において「帰国者・接触者相談センター」および「帰国者・接触者相談外来」を近日中に設ける準備を行っています。

 なお仮に蔓延するような状態となれば、風邪程度の症状であれば、自宅で安静と経過観察とすることになるでしょう。7種類のコロナウイルスのうちSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、および今回の新型コロナウイルスを除く4種類のコロナウイルスによる感染症は、実際には風邪に含まれてしまいます。

 感染に対する最終防御ラインである一人ひとりの免疫力を高めることや、感染機会を減らすことも重要です。ちゃんとバランスのとれた食事をし、睡眠時間を確保し、生活リズムを保つこと(深夜までブログを書いたりしてはいけない)と、石鹸やアルコール消毒液による手洗いなどを行うことが効果的です。高齢者の方や、基礎疾患がある方は、人ごみを避けるなど、一層の留意が必要です。

 また、自分が周囲の人の感染源となることを防ぐため、咳やくしゃみをする際の咳エチケット(マスクを使う、ハンカチなどで口元を覆う、(手のひらではなく)腕やひじで口元を覆う)も気にしていただけるとよいと思います。

 「敵を知り己を知らば百戦危うからず」といいます。これは感染症との戦いにおいても通じる格言です。正しく対応するようにしましょう。もちろん私も、新型コロナウイルスによる感染症の拡大を防ぐため、職務に全力であたります。

| | コメント (0)

2017年12月31日 (日)

平成29年末のごあいさつ

平成29年(2017年)も暮れようとしています。今年も多くの皆さまとのご縁に恵まれ、健やかに終えることができます。心から感謝申し上げます。

後半の厚生労働部会長としての活動の中で思ったことを少し記します(今年の前半は、「厚生労働副大臣退任にあたり」に記したことと重複しますので割愛します)。

臨時国会で「働き方改革」の法案を仕上げるのが今年後半最大の仕事、と思っていました。しかし、突然の解散総選挙によって来年度通常国会に先送りになってしまいました。政治ですから、そういうこともあります。これは来年の大きな宿題です。

ただ、総選挙時の公約により、消費税税率引上げ増収分の使途変更を行うことになりました。もちろん「人づくり革命」、すなわち幼児保育・教育の無償化や待機児童解消の前倒し、高等教育の無償化等々の必要性は理解しますし、選挙の公約ですから実現はしなければなりません。一方で、財政再建のため2020年にプライマリーバランスの黒字化をする目標は先送りになりました。ということは、将来世代へのツケ回しは今なお続いているということです。消費税増収分の使途変更は、国債発行削減をより少なくする、ということは国債発行の増発に繋がるわけですから、すなわち「未来の世代の負担をより増やす選択」でしかありません。

「高齢者偏重の社会保障を全世代型に変える」という言い方もされます。実は税・社会保障の一体改革の際の、社会保障制度改革国民会議報告書の中で、子ども・子育て新制度を社会保障の一環として消費税財源の使途に位置付ける際に、既に「全世代型の社会保障」という表現を使っていますので、何をいまさら言うのかという思いもあります。ただ、話はそれだけではなくて、これまでは「高齢者に偏った社会保障を、未来の世代の負担で実現してきた」という状態だったものが「高齢者から子育て世代まで全世代の社会保障が、未来の世代により多い負担を科すことで実現される」ということに変わっただけということを指摘せざるを得ません。まあ、教育は投資ですから、未来世代に負担をかけてもそれを上回って余りある教育効果を挙げるような結果に繋がればよいのですから、ご関係の皆さまには、そうしていただけることを切に期待しています。

ただこうした政策決定が、急な解散総選挙のため必ずしも十分な議論なく自民党の公約として掲げられたことは、個人的には実に遺憾なことだと思っています。だから、自民党の人生100年本部での第一回会合冒頭において、抗議を行いました。そしてこの話は、来年のおそらく骨太の方針とともに決定されるであろう、新たな財政再建目標再設定の議論に持ち越されます。厚生労働部会長としての立場上、今の社会保障の水準を下げるような議論にあまり与したくもありませんが、後世の負担について目を瞑るわけにもいかず、おそらく辛い議論を余儀なくされることでしょう。それでもやり抜かなければなりません。そうした勉強や議論をする場を党内どこかに設けられるといいなと思っています。


171231book_2


なお、今記したような内容は書籍「シルバー民主主義の政治経済学 世代間対立克服への戦略」(島澤諭、日本経済新聞出版社)に触発されたものです。この書籍は財政論を含む社会保障制度の近年の在り方と、10月の総選挙までを含む政治・政策プロセスの変遷とを重ねあわせて論じており、客観的かつ簡潔明瞭に現状の日本が抱えている課題が記されています。ぜひ特に若手の政治家には読んでいただきたいと思い、自民党青年局役員・顧問の先生方には勝手に配らせていただきました(ちなみに僕の自腹で書籍代は支出しています。政治資金ではありません。為念)。ご興味の方は、ぜひご覧いただければ幸いです。こうした議論を積み重ね、課題を乗り越えていくことが、これから私たち自民党がなすべきことです。

とりあえず来年予算編成においては、診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス報酬のトリプル改定を、まあ多くの方々がほっとして頂けるくらいの改定率で乗り切れたものと考えています。また障害報酬サービス報酬改定の食事提供体制加算について、自民党厚生労働部会として継続の申し入れを行い、今回は継続となりました。生活保護水準については、低所得者との比較による改定がありご批判もありますが、生活保護制度が憲法上に記される「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するためのものであり、たとえば「余裕のある生活」の権利保障をするものでない以上、生活保護を受給されていない方々の生活と比較して水準を設定することはやむをえないものと考えます。その上で、子どもの大学進学の支援や、生活困窮者自立支援等をさらに進めていきます。

来年の通常国会では、働き方改革の法案審議や受動喫煙対策、医師不足対策等の重要法案が目白押しです。そうしたものにも全力を尽くして取り組んでまいります。

今年は倉敷市が三市合併50周年を迎え、昨年12月に町制施行120周年を迎えた早島町ともども、節目の年を迎えました。「一本の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~」の日本遺産への登録や、水島港における倉敷みなと大橋の竣工など、多くの方々のお力のおかげで地元倉敷・早島が発展していることはとても嬉しく、多少お役に立てていればありがたいことだと思っています。一方で、障害者就労支援事業所の廃業により多数の方が解雇される不測の事態もあり、障害者福祉と雇用安定行政の連携による対応などにも力を注ぐことになりました。

今年は突然の解散総選挙があり、秋のお祭りや稲の収穫とも重なり、多くの皆さまにご迷惑をおかけすることになりました。しかしながら、地道に「人づくり革命」や「生産性革命」の必要性について訴え、同時に上記のことについても議論をしますとお話をし、93,172票の得票をいただき、4回目の当選を選挙区で果たさせていただきました。選挙を経ることで、多くの皆さまに支えていただいて仕事ができるんだということを再確認できます。心からの感謝を申し上げますとともに、来年もその思いを持って引き続きご期待にお応えできるよう全力を尽くします。

個人的には正月に人生初の入院をするようなこともありましたが、どうにか健康で過ごすことができました。多くの方々との出会いとサポートに恵まれたことに感謝を申し上げるとともに、自らの力不足のために多くの方々を失望させてしまったかもしれず、お詫びしなければならないとも思います。ただそう簡単にものを忘れることもできません。すべてを背負いながら前を向いて進むのみです。

重ねて、ご覧の皆さまに対し、今年一年のご厚誼への感謝と、来年のさらなるご発展をお祈り申し上げます。どうぞよい年をお迎えくださいませ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月 7日 (月)

厚生労働副大臣退任にあたり

 昨年8月5日、第三次安倍内閣第二次改造内閣において、厚生労働副大臣に任命されました。それから約一年が経過し、3日には内閣改造が行われ、塩崎恭久大臣から加藤勝信大臣に交代となりました。副大臣および大臣政務官については、7日午前の閣議において後任が決定し、僕は退任となりました。なんとか無事に務め終えることができ、いささかホッとしています。ここで、厚生労働副大臣の一年を振り返ってみます。なお、肩書は全て当時のものです。

(過去の「振り返り」シリーズはこちら;
厚生労働大臣政務官退任にあたり
外交部会長を振り返って

◆そもそも副大臣って?
 
 個々の政策に入る前に、副大臣という役職について触れておきます。中央省庁には、大臣、副大臣、大臣政務官という役職(「政務三役」と総称されます)が置かれ、基本的には国会議員が就任します(民間登用の場合もあります)。これは、議会制民主主義制下において、行政に対して政治がコントロールを効かせることが目的です。

170804

 政務三役のうち、当然、大臣が最終責任者です。その下で、副大臣、大臣政務官が政策分野を分担して補佐するという形になります。ちなみに、僕の厚生労働副大臣としての担務は「労働雇用、福祉援護、年金」でした。(そして古屋範子副大臣は「医療介護、健康衛生、子供子育て支援」でした)。国会答弁や省内での決裁などは、原則的にはこの担務に沿って分担して行うことになります。

 一方、副大臣は大臣と同様に認証官(皇居で認証式が行われる)ですが、大臣政務官は内閣総理大臣に任命されるのみです。ですので対外的には副大臣は大臣並びの扱いとなる場合があります。例えば、式典等に大臣が出席できずに代理する場合は、副大臣は副大臣として挨拶しますが、大臣政務官は大臣挨拶を代理読み上げという恰好になります。企業組織でいうと、大臣をラインの部長にたとえると、副大臣が担当部長、大臣政務官は部長補佐、みたいな感じでしょうか。

 とはいえ、大臣が最高責任者には違いがありません。厚生労働省はカバーする行政分野が広範にわたるため大臣の負担が大きく、国会での質疑も大臣に集中しすぎる傾向もあります。ボスとしてお仕えした塩崎恭久大臣はとても勉強熱心で、かなり細かい点まで自分で詰めて対応しておられ、横で見ていて僕も大変勉強になりました。ただ「大臣しか答弁を認めない」という議員の方が野党におられますが、正直、あまり建設的な意図があるようには思えません。一方で細かい技術的な質疑は政府参考人(局長など)に振った方が詳しい答弁が出来たりするのも現実なので、副大臣や大臣政務官がどう国会答弁において役割分担するかは、結局ケースバイケースになっているような気もします。

 ただ、僕に答弁をあてていただいたときは、役所が書いてきた答弁案をそのまま読み上げるのではなく、できるだけ自分の言葉で答弁するようには努めました。事前レクの段階で答弁案を差し戻して変更させたり、赤入れして直したりもしました。せっかく答弁させていただくのですから、自分なりの付加価値をつけなければ意味はありません。集計によると280回の答弁機会があったようです。たぶん副大臣としては答弁は多い方だったのではないでしょうか。

◆歴史的な「働き方改革」

 今回の内閣では、「働き方改革」が最大のチャレンジと位置付けられていました。その前の内閣で「一億総活躍プラン」をまとめ、その中で長時間労働の是正や正規社員・非正規社員の待遇差を是正するための同一労働同一賃金の実現が課題とされたことを受けたものです。安倍総理を議長とする「働き方改革実行会議」では、内閣官房が事務局を務めましたが、厚生労働省も兼務等で実務を担当していました。また働き方改革実行会議には、オブザーバとして参加して、議論の流れをほぼ毎回伺うことができました。

 今回の最大の成果は、労働基準法70年、前身の工場法から100年の歴史の中で、はじめて長時間残業に対して罰則付きの規定を法律に設けることに、政労使が一致したことだと考えます。もちろん、上限が長すぎる等の批判があることは承知していますが、それでも、事実上青天井に近い現状に比べればずっと大きな進歩です。これまで労働政策審議会で議論しつつもずっと合意が出来ずにいたものが、電通過労死自殺事件などによる世論の後押しも受けつつ、安倍総理が会議の議長としてコンセンサスを求め、「もしコンセンサス(全会一致)にならければ法案は提出しない」とまで言明して背水の陣を敷いたことが決め手になりました。この総理のリーダーシップ発揮の瞬間を現場で目撃することができたことは、政治家冥利に尽きる出来事でした。

 また、同一労働同一賃金、病気治療と仕事の両立や、女性活躍、テレワーク推進などさまざまな重要な課題について、働き方改革実行計画において方向性が示されました。正直、自民党政権において、ここまで労働政策が脚光を浴びるタイミングはあまり多くないように思いますが、そのタイミングで担当者として在職できたことは、恵まれたことだったと思います。

 なお一般的に、いくつかの業種を除き、中小企業・零細事業者も、働き方改革の各種規制等の適用対象となります。しかし各業種における取引慣行等も含め、大企業のツケがそうした企業に押しつけられるのではないかといった懸念が自民党内からありました。それを受け、厚生労働省と中小企業庁が共同で「中小企業・小規模事業者の働き方改革・人手不足対応に関する検討会」を設けて検討を進めることとなりました。今後、都道府県レベルでの取り組みを検討し具体化する方針です。

 また、以前から国会に提出されていた労働基準法改正案に含まれる「高度プロフェッショナル制度」に関し、連合から政府に対して要望をお預かりしましたが、後に撤回されるということがありました。これはいささか残念なことでした。まさに、「働いた時間に単純比例して売り上げや利益が上がる」時代にできた労働基準法(ないしは工場法)の時間給制の概念は、コンサルタントや為替ディーラーといった職種にそのまま当てはめ続けても、必ずしも適切ではない場合があります。例えば、短時間で大きな成果を上げる人よりも、長時間勤務しつつもなかなか成果が上がらない人の方が月給が高くなるのは、誰にとっても不合理です。また、長時間労働を削減する方向に社会が向かおうとしている中で、残業代制度がむしろ労働者にとって残業をするインセンティブとして働いている場合もありうることに対し、労働者側も使用者側も真剣に向き合うべき時期ではないかと、個人的には思います。他方、仮にこの制度を安易に労働者を自己責任で時間無制限に働かせる制度だと使用者側が捉えるようであれば、厳しいチェックも必要だろうとも思います。

 働き方改革に関する法案は現在準備中であり、国会での本格的な審議は秋の次期臨時国会になるものと思われます。日本の将来がかかった課題です。建設的な議論が交わされることを期待します。

◆年金制度改革

 昨年秋の臨時国会では、年金制度改革について議論が集中しました。受給資格期間の短縮と、賃金スライドの徹底の二本柱が主な内容です(その他にもGPIF改革など、さまざまな内容が含まれていますが)。

 年金制度は、平成16年の小泉政権時代の改正により、保険料率の上限設定、基礎年金国庫負担割合の引き上げ、マクロ経済スライドの導入など現行制度の骨格が導入されました。ただその後、リーマンショックや東日本大震災等の想定不能の出来事が発生したため十分に機能しなかったため、そうした点を見直したというのが趣旨です。

(詳細はこちらの記事がわかりやすくまとまっています。
年金制度にまつわる数々の誤解と今後必要な制度改革案(1)
年金制度にまつわる数々の誤解と今後必要な制度改革案(2)ー基礎年金の税財源化・積立方式という幻想 )


 残念ながら一部野党議員が「年金カット法案」という、木を見て森を見ないレッテルを張り議論を呼びましたが、衆参両院の厚生労働委員会等で丁寧に議論を重ね、どうにか成立にこぎつけることができました。審議中は、早朝から登庁して答弁レクを受け、長時間の審議に緊張感を持って対応し、毎日クタクタになりましたが、とても勉強にもなりました。

 また年金の仕組みは長期間にわたるものであり複雑多岐にわたります。粘り強く状態を国民にお知らせし続ける取り組みの必要性も痛感しました。地元などでは「これだけ年金制度は改正ばかり、カットばかりしているのだから、将来は年金制度はなくなるのではないか?」といった質問をしばしば受けます。お返事は「経済情勢等に応じて制度改正および額改定をしているからこそ、将来まで年金制度は持続するのです」となります。ただ、こういう質問をしたくなる気持ちは、おそらく多くの方が共有されていることであり、きちんと受け止めなければなりません。息の長い課題です。

 また質疑において貧困の問題にも議論が及びましたが、これについては生活保護制度および生活困窮者自立支援制度の見直しにおける議論に加え、塩崎大臣のイニシアティブにより新たに「新たな支えあい・分かち合いの仕組みの構築に向けた研究会」を設置し、政策テーマとして議論を続けることとしています。

◆津久井やまゆり園事件と精神保健福祉法改正案審議

 厚生労働副大臣に就任する直前、障害者施設である津久井やまゆり園で入所者など19名が殺害され、26名が傷害を受ける事件が発生しました。その事件の重大さ、痛ましさとともに、現被告が衆議院議長に宛てて書いたとされる手紙の内容が大きな波紋を呼びました。事件の一報に接し、個人的にもショックを受けたことをよく覚えています。

 障害の有無にかかわらず、人の命の重さは同じです。そうであるからこそ福祉行政というものがあるのです。手紙に書いてあった言葉は、そうした理念を真向から否定し、傷つけるものであり、決して容認することはできません。この点については塩崎大臣も僕も、累次にわたり答弁を繰り返しており、些かもぶれるものではありません。ちょっと感情的になってしまった一幕もありましたが…。

 また、その事件の検証において、自傷他害の恐れがあると認められて措置入院となった人に対して、退院後に必要であろう就労や各種相談等の支援に十分に繋げることができていない現状が明らかになりました。このことは、社会的孤立を招き、場合によっては犯罪を含むさまざまな不幸な行動にも繋がり兼ねないものと考えられます。そこで、措置入院退院後の支援計画を自治体が作り、必要な支援につなげるための法改正を行うこととし、その他の課題への対応と合わせて今年の通常国会に精神保健福祉法改正案を提出しました。参議院先議となりましたが、事前説明用資料に不適当な部分があり訂正を行うこととなるなど審議を混乱させてしまい、残念ながら成立させることができず、継続審議となりました。

 この審議においても、相当議論を重ねて対応を行うこととなりました。紆余曲折はありましたが、多岐にわたる質疑をいただいたため、むしろ論点は相当整理されたものと思います。次期臨時国会での成立を期待しています。

 なお、担当した法案には他に外国人技能実習法案、雇用保険法等改正案がありましたが、いずれも順調に質疑をいただいて成立させることができました。また、大臣政務官時代に言い出して取りまとめた「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」が、後に塩崎大臣の下で「我がごと・丸ごと地域共生社会」づくりとして発展され、そのひとつの成果として社会福祉法や介護保険法の改正に繋がったことも、個人的にはうれしいことでした。

◆厚生労働省働き方改革・業務改革加速化チーム

 厚生労働省は、働き方改革の旗振り役ですが、一方でかなり残業が多いという紺屋の白袴状態でもありました。そうした中、大臣特命による若手チーム「厚生労働ジョカツ部」が活動していましたが、その提言を踏まえて働き方改革を推進する「厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム」が今年一月に設置され、塩崎大臣よりチームリーダーを命じられました。メンバーとともに鋭意議論を重ね、六月に「中間とりまとめ」を公表しました。


 過去の業務改善の過去の取り組みをレビューした上で、ただのコスト・残業削減ではなく、生産性向上を図ることを主眼において具体策を取りまとめました。実際に、厚生労働次官以下幹部に対して生産性向上とは、というお話をするところからすでに取り組んでいます(その時に使用した自作スライドを参考に掲載します)。また、7月28日に環境省や記者クラブの皆さんにもご協力いただいて、中央合同庁舎五号館の一斉消灯を行いました。あくまでも象徴的なイベントにすぎませんが、毎晩煌々と明かりがついているビルが本当に真っ暗になっている姿は、個人的には思い出に残る光景した。もちろん、電気を消すことが目的なわけではなく、職員の皆さんがその時間を豊かに過ごしておられたことを願っているわけですが。

170728_2

 ただし、まだまだ絵に描いた餅の部分が多く、具体化はこれからです。引き続き中間とりまとめに基づく取り組みが進み、厚生労働省がより働きやすい職場になるよう願ってやみません。また、しばしば、霞が関の長時間残業は国会対応のためと言われ、たしかにその面は大きいのですが、一方で国会対応は行政の義務であり、安易
にこれを削減するよう国会に求めることは慎重に考えなければならず、少なくともまず行政側で可能な努力を行ってからにしなければならない考えました。そのため中間とりまとめでは、答弁作成等に対して「見える化」の取り組みを試行しましたが、国会や国会議員に対して要望等を行うことは控えています。しかし当然ながら、質問通告は早期にしていただいた方が余計な残業はせずに済みますし、より効率的かつ意味のある答弁を行うことができます。今後、そうした検討も継続し、必要に応じて衆議院・参議院に対して要望を行うような取り組みに発展させてほしいなと願っています。

 なお、この中間とりまとめにあたり樽見英樹官房長、宮川晃総括審議官はじめメンバー各位に多大なご協力をいただきました。また事務局を務めた飯田剛調査官、吉田啓企画調整専門官には、数々のムチャ振りに対してとても精力的に取り組み、ひとつひとつ実現・具体化していただきました。心から感謝申し上げます。

 また厚生労働省ジョカツ部の呼びかけに応じ、僕もイクボス宣言を行いました。またこれを副大臣会議で呼びかけたところ、多くの各省副大臣が応じてくださり、イクボス宣言を行っていただきました。それも含め、「日本総イクボス宣言動画」にまとめられています。かなり手作り感溢れる6分弱の動画です。ぜひご覧ください。ジョカツ部の活動も、新大臣の下でも継続されることを願っています。

◆受動喫煙防止対策

 先の通常国会で、提出予定でありながら提出できなかったのが、受動喫煙対策にかかる健康増進法改正案でした。学校・オフィス・店舗など多くの人が出入りする場について原則屋内禁煙とすること等を厚生労働省の基本的な考え方としていましたが、自民党との調整がつかず最終的には塩崎厚労相と茂木党政調会長の直接会談まで行われましたが、最終的に提出に至りませんでした。もちろん次の臨時国会に向けて厚生労働省としては引き続きトライすることとなります。

 僕も、本来は所管ではありませんでしたが、自民党内との調整に途中から加わることになりました。多くの方のお話を伺う中で感じたことは、受動喫煙防止対策そのものには賛意を示す方はそれなりに多数でありほぼコンセンサスだったと言っても良いのですが、一方で「臭いから嫌い」「がんや心臓疾患等の原因になる」「歩きたばこは子供に危険」「ポイ捨てに繋がる」「喫煙スペースや学校等の敷地外で多くの人が集まって喫煙する姿が見苦しい」等々、規制すべきとする理由が人によって千差万別であり、身近な存在過ぎてこれほど議論が拡散しやすいテーマはないくらいの問題でもあったということです。その点をかみ合わせることができず、議論が収束しなかったように感じています。

 個人的には、現実にタバコの煙により息苦しくなる、喘息等の発作が起きる方の存在をどう考えるかが、最大のポイントだと考えています。その方々は、今の社会で生活するためにタバコの煙がある場所をはじめから避けて生活されているため、問題としてなかなか表面化しません。しかし、ちょっと立ち止まって考えれば、あくまでも個人の嗜好にすぎない喫煙の権利と、不本意な健康上の理由によりタバコの煙が吸えない人の行動や就労の自由の権利を同列に並べて論じることはおかしなことです。喫煙の権利の方が優先されがちな現実こそ正すべきではないでしょうか。また、喫煙者がマナーとして気を付ければよいという意見もありますが、本人のプライバシーとして本来デリケートに扱わなければならない喘息持ちであることを、当事者が言って歩かなければ回りの喫煙者が気づくはずもないわけで、全く現実的ではありません。要は、受動喫煙防止対策は、喘息など内部疾患患者のノーマライゼーションの問題として社会の在り方を考えなければならないということです。

 ある喫煙者の先輩議員が「岳ちゃんさ、夕方仕事が済んで、飲み屋で一杯飲みながらタバコを吸う、ほっと一息する自由を奪うのかい?」と丁寧にお話くださいました。しかしながら、自分の自由にならない健康上の理由によりそんなひと時がはじめから存在しない人もいるし、その人にとってそんな自由は全くの空論にすぎないということに、私たちはもう少し目を向けなけるべきだと思います。また、店先に表示すれば、タバコの煙が吸えない方が店に入ってくることがないからいいというご意見もありますが、例えば車いすの人に対して、段差があることを店先に表示してるのだから店に来るな、と言っているのと同じことだということに、今少し敏感になるべきです。

 東京オリンピックがひとつのきっかけとして今回の議論が始まっていますし、国際的に日本がどのように評価されるかということにも関わっていますが、それにとどまることなく本質的な議論が今後さらに続けられることを願っています。

 なお、今回の経緯上、塩崎恭久大臣を悪者扱いする向きがあります。しかし最終的には折り合いませんでしたが妥協も探っていましたし、決して頑固一辺倒ではありませんでした。同時に、各方面からさまざまに説得をされつつも、ある一線以上は「哲学、理念の問題」として全くブレずに譲らなかったことは、評価が分かれるかもしれませんが、僕は政治家として一つの思いを貫く立派な姿勢だったと感じています。むしろこのような結果となり、補佐役の力不足につきいささか忸怩たる思いでおります。

◆出張・視察など

 副大臣として二度の海外出張をしました。インドネシアのジャカルタで行われた第5回ASEAN+3社会福祉大臣会合では、人生二度目(一度目は会社勤めの時代にAPNICの会合にて)の英語でのプレゼンを行いました。汗をかきかき読み上げたツタナイ英語でしたが、途中で拍手をいただいて、ちゃんと理解していただいているんだと思ってホッとしました。また今年6月には、スイスのジュネーブで行われた第106回ILO(国際労働機構)総会に出席し、日本の気候変動や「働き方改革」等の取り組みについて政府を代表して演説を行いました(ただし日本語で)。政労使の三者構成により熱心に討議されている委員会の様子もしっかり拝見してきました。

 就任早々、岩手県および北海道で豪雨災害があり、岩手県岩泉市でグループホームが水害に遭い入所者が亡くなる事故がありました。弔問および現場状況把握のため、僕も現地に赴きました。しかし厚生労働省も長靴を用意していなかったのは後で反省点となりました。実は現地に住んでいる友人から、長靴を用意すべしというアドバイスはあったのですが、役所側は「不要です」と言い張るのでそのまま行ったらまだ水や泥ががじゃぶじゃぶ道を流れている状況でした。必ずしも役所の言うことが正しいとは限らず、自分で判断することも大事ということを学んだ次第です。なお、今年の福岡県・大分県での災害では、馬場大臣政務官の視察の際にはちゃんと用意されました。

 一般の方や障害者の方の職業訓練や就労支援、施設建設やトンネル建設工事現場、そして福島第一原子力発電所の廃炉作業のにおける労働者の安全衛生の確保、ハローワークや労働局、麻薬取締部など、各地の現場の視察にも足を運びました。さまざまな現場で多くの方がご努力をいただいて、生活する方や働く方の安全衛生など、厚生労働行政が円滑に進んでいることを痛感しました。また、千鳥ヶ淵墓苑にて開催される、戦没者のご遺骨の帰還の式典も何度も主催者として出席させていただき、平和の尊さに思いを深めました。

 BSフジ「プライムニュース」には、年金改革、働き方改革、受動喫煙防止対策、労働力需給のひっ迫といったテーマで出演する機会をたびたび頂戴しました。厚生労働行政の理解に多少なりとも繋がれば幸いです。

◆改めて振り返って

 国会において労働行政はむしろ野党のお家芸で、自民党内では必ずしも日のあたる分野ではなかったように思います(熱心に取り組んでおられる議員はおられます)。しかし「働き方改革」の動きの中で、俄然脚光を浴びる機会に労働行政担当の副大臣を務めることとなったのは、改めて幸運だったと思っています。

 また、大臣政務官時代に医療介護等の分野を担当し、障害者等の社会福祉は二度とも担当していたため、医療・介護・福祉・年金と労働・雇用の問題の連携に最も意を注いだような気がします。厚生省と労働省が合併してそれなりの年月が経っていますが、まだ時折連携が十分でなく「だって、『厚生』『労働』省、なんでしょ?」と注意する場面が幾度もありました。治療や介護・子育てと労働の両立、障害者や難病の方の就労支援などの分野は、まだまだ取り組みが十分とは言えません。おりしも、地元倉敷市にて、障害者就労支援施設が経営悪化のため障害者の方を大量解雇するという出来事が最近発生し、倉敷市の福祉部局と岡山労働局やハローワーク等が連携して対応に追われる事態も先日発生しました。厚生労働省分離の議論も以前はありましたが、個人的には「もっともっとくっつけ」と思います。厚生労働省は、いわばほぼ機能的には「国民生活省」とでも呼ぶべき状態であり、より一体化すべきです。

 また労働人口減少の局面が長引き、好景気もあって人手不足感が強いからこそ、「働き方改革」のチャンスなわけです。一方で、ハローワークをはじめとする職業安定行政は、もちろん景気の波への対応が必要ですからその存在意義は依然として強いものの、しかし失業対策の面も強く、意識転換が迫られているようにも感じます。職業能力開発にういて「ハロートレーニング」という名称も決まりましたし(残念ながらまだあまり普及定着していませんが…)、おりしも次の安倍政権の課題として「人づくり革命」担当大臣がおかれたことに、厚生労働省も向き合うべきだろうと思います。

 なお労働行政は政労使の三者構成が原則のため、連合をはじめとする労働組合の方々と接する様々な機会をいただきましたし、議論もさせていただきました。働く方々を守るという立場において、共感をするところも数多くありました。今後もコミュニケーションを続けさせていただければありがたいことです。

◆謝辞

 厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム中間とりまとめで記載した通り、他の主要省庁と比較して、厚生労働省は職員一人当たりの答弁数や委員会開会時間等は最長です。また、地方の出先機関においても、様々に重要な役割を果たしていただいています。国民の生活に直結する仕事を日々果たしていただいている厚労省職員の皆さまの働きには日々敬意を表さなければなりませんし、たくさん支えていただいておおむね無事に一年を過ごすことができました。皆さんに心から感謝申し上げますし、これからもそれぞれにご活躍を期待しています。

 塩崎恭久大臣には大臣政務官に続いて二度目のお仕えとなりましたが、深くご信頼をいただきポイントポイントで使っていただきました。必ずしもご期待に応えきれたとは思いませんが、誠にありがたいことです。また、古屋範子副大臣、堀内詔子、馬場成志大臣政務官にも様々ご協力をいただきました。ありがとうございました。

 副大臣在任中、副大臣室の鈴井秘書官、小川主任秘書、藤澤さん、運転手の田中さんには、日々あれこれとお世話をいただき、快適に副大臣生活を過ごすことができました。誠にありがとうございました。特に鈴井秘書官には毎日お昼に付き合ってもらってあれこれ楽しくおしゃべりや愚痴を、、もとい率直に意見交換してもらって、密接に連携できてよかったと思っています。

 そして、こうして厚生労働副大臣としての務めを全うできたのは、何よりも国会に送っていただいている地元倉敷・早島の皆さまのおかげです。在京番などのために地元に帰る機会はどうしても少なくなってしまいましたが、快くお励ましいただきました。深く感謝申し上げます。地域と国政の橋渡し役として努力いたしましたが、これは引き続き努めなければなりません。

 二度にわたり、のべ750日以上厚生労働省に勤めました。おかげで厚生労働行政について相当専門的に勉強することができました。このことは、今後の政治家としての人生にも大きなプラスになるものと信じています。今後どのような役をいただけるかわかりませんが、経験を生かして全力を尽くす所存です。今後とも、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

170804

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧