住民票と同性パートナーシップを巡るエトセトラ
はじめに
今年になり、同性パートナーシップと各種制度に関していくつか話題になった報道がありました。ひとつは、令和6年3月26日、犯罪被害者遺族給付金の給付に関し「犯罪被害者と同性の者は犯給法5条1項1号括弧書きにいう『婚姻の届け出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者』に該当し得ると解するのが相当」と最高裁が判示したことです。
・(NHK)犯罪被害者遺族給付金で初判断「同性パートナーも対象」最高裁
もうひとつは、令和6年5月2日長崎県大村市において、パートナーシップ宣誓制度に基づき宣誓した男性カップルに対し、当事者の要望に応じて住民票の続柄欄に「夫(未届)」と記載して写しを交付したことです。
・(毎日新聞)男性カップル世帯住民票、続き柄欄に「夫」記載 長崎・大村
いずれの件も一定の動きではあるものの、それぞれになおあいまいな点を残している現在進行形の出来事であるとも思われるので現時点で確定的に評価をすることは困難ですが、とはいえ現時点で整理できることはしておく必要があるとは思いますので、少し調べたことなどを記しておきます。
戸籍と住民基本台帳の関係
まずそもそも論を抑えておきます。何かの手続の際に個人の特定等のために求められる書類には、戸籍抄本や住民票の写しがあります。それぞれ戸籍法に基づく戸籍、住民基本台帳法に基づく住民基本台帳の一部を抜粋したものです。総務省の資料[資料PDF]では、それぞれの役割について、戸籍については「日本の国籍を有する者にあっては、身分関係を公証する唯一の公簿」、住民票については「居住関係を公証する唯一の公簿」とされており、それぞれに役割が異なっています。なお身分関係とは、今日的には夫婦や親子、きょうだいなどの親族関係という意味です(おそらく戦前には「平民」「華族」といった別も記載され、そのため「身分関係」という表現が現時点でも残っているものと思われます)。従って本来、婚姻関係の公証は戸籍によって行われるべきものということになります。
一方現実的に、本籍地以外の場所に引っ越すことが別段珍しくなく、また家族等と離れて暮らしたり一緒に暮らしたりも多様であり、かつ各種の行政事務処理上その証明が必要なことが多いため、実際にどこにどういう世帯で住んでいるか等を公証するのが住民票ということになります。またあわせて住所地においても住民個人の同一性を明らかにするため、氏名、出生の年月日、男女の別等も戸籍と一致する内容を記すことになります。ただし続柄については、民法上の親族関係のある世帯員については、戸籍由来の続柄を記載することとされていますが、逆にいえば民法上の親族関係ではない世帯員については、それ以外の表記もあり得るということになります。住民基本台帳事務処理要領(昭和42年10月4日自治振第150号自治省行政局長等から各都道府県知事あて通知)[抜粋版PDF]では、例示的に「妻(未届)」、「妻の子」、「縁故者」、「同居人」等も示されています。こうした記載が許されているのは、住民票における続柄は、法律上の親族以外とひとつの世帯で暮らす場合についても、現実に沿って配慮されるべきという発想に基づいているといえるものと思います。
ただ一方で、「夫婦同様に生活している場合でも、法律上の妻あるときには『妻(未届)』と記載すべきではない」という記載もあり、これは例えば既に法律上の夫婦関係が存在する場合には、別の人といかに仲良く生活していても婚姻届を出すことは重婚になるため不可能であるという法律上の制限に関し、住民票の記載においても配慮が求められている記述です。そういう意味では、住民票の続柄の記載については、実質と法律との両面にわたる考慮が求められているということも可能だと思われます。
犯罪被害者給付金訴訟最高裁判決が示したものとその射程
さて令和6年3月26日、最高裁判所は、犯罪被害者給付金不支給裁定取消請求事件について、原判決の破棄、名古屋高裁への差し戻しという判決を下しました[判決文PDF] 。この訴訟は、約20年にわたり同性の方と同居して生活していた相手の方が第三者の犯罪行為により亡くなってしまったことを受け、原告人が犯給法に基づく遺族給付金の支給を申請したところ、愛知県公安委員会から対象にあたらないため遺族給付金の支給をしない旨の裁定を受けたことについて、この裁定の取り消しを求めて提訴されたものです。
具体的には、遺族給付金の支給対象として示されている犯給法第5条1項1号の「犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」という規定について争われたものであり、高裁ではこの規定の括弧書きについては「婚姻の届出ができる関係であることが前提であると解するのが自然であって、上記の者に犯罪被害者と同性の者が該当し得るものと解することはできない」としていました。
その点について、最高裁判決は、犯罪被害者等給付金の目的等を踏まえると、犯罪被害による精神的、経済的打撃を受け、「その軽減等を図る必要性が高いと考える場合があることは、犯罪被害者と共同生活を営んでいた者が、犯罪被害者と異性であるか同性であるかによって直ちに異なるものとはいえない」と述べ、「犯罪被害者と同性の者は、犯給法5条1項1号括弧書きにいう『婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係の同様の事情にあつた者』に該当し得ると解するのが相当」と示しました。ただし、原告と被害者の関係が実際に「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当するか否かについては、原審に差し戻して審理させることとしています。なお、今崎裁判官による反対意見、林裁判官による補足意見がついています。
この判決は、私の理解では、法文上の表現として「配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係の同様の事情にあった者)」と記してあった際、内縁関係や事実婚など、事情や意図があって婚姻届を出していないけど、同居している、生計を一にしている、挙式している、周囲にそのように表明し扱われているなど実質的に婚姻関係を結んでいる者であり、すなわち条件が整えば法律上は婚姻届を出すことが許されている異性間に限定される(高裁判決はそのような発想によるものと思われます)、と固定的に結び付けて考えてならない、ということを言っているのだと考えます。
言い換えれば、婚姻に準ずるものとしての内縁関係等に関する法的保護のきっかけが大正4年の大審院判決(大正四年一月二六日大審院民事連合部判決)に求められており、これが婚約関係(当時の言葉では「婚姻予約」)についてのものであっため、当然に男女間の法律的婚姻を前提として考えられていたことを今なお実務上引きずり続けていたことについて、現代的視点に立脚し直し、民法上婚姻が男女間に限定されていることに必ずしも囚われることなく、同性間でも「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当し得る場合があると明示したものと受け取ることが可能であり、そういう意味では画期的といえます。
一方でこの判決は、犯給法の趣旨目的に注目したものであり、よって林裁判官による補足意見で記されている通り「あくまでも犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等への支援という特有の目的で支給される遺族給付金の受給権者に係る解釈を示したもの」です。同様の表現は他にも多数の法令で見受けられますが、それぞれについて異性間に限られるのか、同性間も許されるのかはそれぞれの法令や制度の目的等に沿って個別に検討される必要があるものであり、この判決をもって他制度の同様の表現について一律に「同性も許されるべきだ!」というのは、いささか早とちりだと思われます。一方で、異性間に限定されると判断する場合には、「(日本国憲法が同性婚を想定しておらず、)民法上同性同士の婚姻届は不受理」という現状であっても、そのように限定する他の合理的な理由が求められることとなりますので、それもまた難儀するかもしれません。
また同性間において「実質上婚姻関係と同様の事情にあった者」がどのように判断されるべきかについては本判決には記述がなく、本件の原告と被害者の関係の具体的な判断についても高裁に委ねてしまっているので、最高裁がどう考えているかは、よくわかりません。ですから本件については高裁が判断することになりますし、他のケースについてはまずは申請等をうけた行政庁が判断するということになります。かなり悩ましい問題が残されているように思います。なお最高裁による判決文には、本件原告(ないし被害者)の住民票の続柄がどうなっていたかは記述がなく、不明です。
大村市の住民票の記載について
さて報道によると、今年5月に、長崎県大村市は、市内在住の同性カップルについて、世帯合併の手続きを行う際、その希望を踏まえ、世帯主以外の方について「夫(見届)」と記載しました。なお同市はパートナーシップ宣誓制度を導入しており、この2人は宣誓の受領証を取得していました。住民票の記載は市町村長の責任で行われるものであり、それに則って判断したこととされていますので、ここではその当否を問うことは控えます。ただ、裁量において行った事務であっても、いくつかの点についてその判断の理由等について説明はあってもよいかとは思うのです。
総務省は、平成30年6月8日の衆議院法務委員会において、「住民票の続柄の今の記載について、同性パートナーについてはどのようになっていますか」という質問に対し、「委員お尋ねの同性パートナーにつきましては、戸籍制度では同性結婚は認められておりませんで、親族関係があると言えないため、世帯主との続き柄につきましては同居人と記載することとしております」と答弁しています[同委員会議事録]。冒頭に記したように、戸籍が身分を公証する唯一のものであることを踏まえ、住民票の記載もそれに準ずるべきという立場を取っているものと思われます。こうした前例があるにもかかわらず、より踏み込んで、一定の法的保護があると一般的に期待される「夫(未届)」に該当すると判断した理由は、大村市長の説明が待たれると思われます。
もちろん、大村市のパートナーシップ宣誓制度の存在およびその受領証の取得は一つの理由であろうと想像します。だとすればその制度の実務上、どの程度法的保護を与えるべき根拠を担保しているのかが問われるのではないかと思われます。総務省の記載要領には「内縁の夫婦は、法律上の夫婦ではないが準婚として各種の社会保障の面では法律上の夫婦と同じ取り扱いを受けているので『夫(未届)、妻(未届)』と記載する」という記載があります。大村市長はこれに則ったということでしょうが、ならば大村市長は「各種の社会保障の面では法律上の夫婦と同じ取り扱いを受けている」ものと認めた理由について、このカップルに該当する根拠を示す必要があります。しかし一方で大村市長は、「一般的な事実婚と同様という認識はない」とも明言しており、ならばなぜ一般的な事実婚ないし内縁関係と同様の記載をしたのかが不明で、やはり説明が尽くされていないという印象が拭えません。
個人的には、現在の制度上届出受理の可能性が無い方に対して、「夫(未届)」と記載するのはいささか齟齬を感じざるを得ません。市町村長の裁量をいうのであれば、あくまでも総務省記載要領における続柄の記載事項は例示(同居人の後に「等」の文字がありますから)なので「大村市パートナーシップ宣誓制度によるパートナー」といった記載を検討しても、良かったかもしれません。なお、同様にパートナーシップ宣誓制度を有する大阪府大阪市の大阪市住民基本台帳事務処理要領(p.16-17) [PDF]では、確認の上「縁故者」とする旨記されています。総務省の要領に範囲において、法律と現実と双方に配慮した記載法とも考えられます。
現時点でのまとめ
こうして並べて述べてくると、最高裁および大村市両者のロジックの差を感じます。最高裁判決の方は、法律の趣旨目的に照らして「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」という言葉を素直に読んだ結論として、異性か同性かに関わらずごく近しい関係であれば犯罪被害による経済的・精神的打撃は同様に受けるであろうことを直視して結論を導くべきと観念しているように思われます。これは、同様の法文について「事実婚」や「内縁関係」という概念を無意識に経由していたものをショートカットしたことにより導かれた結論であると思われます。結果として、同様の記載がある法令について、同性間でも該当し得るか所管省庁が一つずつ判断していく作業が求められることとなりますが、これは最高裁判決ですから致し方ありません。
一方で大村市長の判断は、同性間においても内縁関係同様の続柄の表現に踏み込んだ割には「一般的な事実婚と同様という認識はない」と述べ、「じゃあいったい何なんだ」というツッコミをしたくなるような消化不良感を残します。結局のところ、事実婚や内縁関係という明確な定義のない概念を経由して同性パートナーシップの社会におけるあり方に一石を投じたものの、結局自らの行動について説明しきれず、「記載例が追い付いていない」と最終的に国に責任を負わせる発言をせざるを得なかったのではないかとも思います。
・(NHK)同性カップルの住民票に「夫」記載 大村市長「できると判断」
結局、婚姻に準ずる関係とも捉えられる事実婚や内縁関係という概念を経由する限り、大前提として法律上の婚姻は現時点では異性間に限られること、そもそも身分関係(親族関係)の公証は戸籍が唯一のものであり、住民票の続柄は事務効率化と利便性のために便宜的にあるものに過ぎないことなどの影響は避けることができず、したがってこれらを同性間パートナーシップに無限定に当てはめ、さらに法律上の保護等の効果を期待するのは、筋違いなのです。だからこそ、大村市長ですら「事実婚と同様である」と言い切れなかったのだと考えます。
なお個人的には、私なりに当事者の方々のお話を伺った経験から、同性パートナーにおいても、一定の法的保護が認められ得るし、認めた方が良いと考えます。実際にさまざまなご苦労を抱えておられるからです。ただしその範囲については、例えば異性間でも内縁関係では相続権は認められない等の限定があることに鑑み、適切に設定される必要があるものと思います。また、婚姻については同居、協力、扶助の義務、婚姻費用の分担等が民法上明記され、また不貞や悪意による遺棄等は離婚事由とされることからこれらも行ってはなりません。これは、内縁関係についても同様であり、だから未届でも法的保護があるのだと考えます。したがって、同性パートナーにおいても、当然に一定の義務について課した上での保護でなければなりません(なお、現在いくつかの自治体で行われているパートナーシップ宣誓制度において、どのような義務が両人に課されているのかは、興味深い気がします)。
民法で同性婚を認めてしまえばフルにそのようになりますが、日本国憲法第二十四条が「両性の」と書いている以上同性婚は想定していないと解するのが妥当であると私は考えており、その立場からすると憲法改正しない限り困難です(とはいえいくつかの地裁・高裁で、現行民法の規定が違憲であるという判決も出ており、この見解は絶対ではありません)。別案として民法を改正し、婚姻、養子縁組以外に親族関係を結ぶ制度(もちろんそれをパートナーシップ制度と呼称してもよいでしょう)を設ける方法は検討し得るとは思います。いずれにしても、日本は民主主義の国ですから、議論とコンセンサスが要ります。
判例に拠らず事前に同性パートナーに法的保護を与えようとすると、このような議論をするのがスジであろうと思われるところです。とはいえ、一応法律を扱う職業に就いてはいますが、弁護士の方や学者の方ほど専門的に勉強したわけでもない素人の議論であろうとも自覚しています。ぜひともご多くの方々のご高見も拝見できれば、ありがたいことと思っています。
なお法的な効果を抜きにして、単に続柄の表現を気にするのであれば、総務省の記載要領を改訂して例えば「同性パートナー」も例示に加えてもよいのかもしれません。いずれにしても、最高裁判決によってこの関係性が「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に当てはまるかどうかは個別に判断されることになるため、そのような続柄を定めても、両人の関係を第三者に伝えやすくなる以上には、特に差し支えはないはずです。