新型コロナウイルス感染症対策の今後の見通し(令和4年9月における私見)
はじめに
今年7月頃から始まった新型コロナウイルス感染症感染拡大のいわゆる「第7波」は、8月下旬以降は新規感染者数の減少が明らかになってきています。岸田総理は9月6日に記者会見を行い、発生届の届け出対象を65歳以上の方、入院を要する方、治療薬投与等が必要な方、妊婦の4類型に限定の方針を示す等、対策の見直しを発表しました。
ここで改めて第7波の状況を振り返り、新型コロナウイルス感染症対策の今後の見通しについて、私見を整理しておきたいと思います。なお、参考とした資料などはリンクなどでお示ししますが、文責は橋本岳個人にある、あくまでも私見として受け止めていただくよう、お願い申し上げます。
第7波について
感染拡大の第7波の到来は、今年の7月頃から新規感染者数が徐々に増大していくことで明らかになりました。タイミングとしては国民の8割程度がワクチンの2回接種を済ませ、3回接種も一定割合が接種しており、高齢者等を対象とした4回目接種も5月末から開始された頃でした。
この感染拡大は8月中旬に、全国1日あたりの新規感染者数が25万人を超える過去最大の感染拡大となりました。入院治療を要する者も199万人(8月11日)と過去最多を記録しています。一方で、重症者数は一年前のデルタ株による感染拡大(第5波)が最大1日あたり2,200人を超えていた日があったことと比較して、第7波では646人(8月22日)と低くなっています。今年初めの第6波でもそれ以前と比較してそのような傾向はありましたが、第7波でその傾向はより強くなりました。これは、第5波の株(デルタ株)と第6・7波の株(オミクロン株およびその亜種)の特徴かもしれませんし、またはワクチン接種の進展の影響という可能性も考えられます。後述のように、その他の要因も考えられるかも知れません。なお、1日あたり死亡者数は9月2日に347人を数えており、過去最多となっています。感染者数における死者の割合としては低く抑えられていると思われますが、重症者数とは傾向に異なりがあることには留意が必要でしょう。
この夏に閣議決定された「骨太の方針」をはじめ、政府はたびたび「経済活動と感染対策の両立」という言葉を用い、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の適用をしない方針を示しており、実際に行政として行動制限をかけることはありませんでした。メディアの論調や世論的にも、7月~8月に感染者数が激増していてもなお、まん延防止等重点措置等の発令を求める声はなかったように思います。また、7月に参議院選挙が行われましたが、行動制限により感染対策をより強化するべきという主張をする候補者も政党も、私の知る限りはおらず、争点はどちらかというと物価対策等でした。その結果、一昨年夏の第2波の時以来2年ぶりに、自主的なイベントの中止等はあったものの、感染拡大期に行政的な行動制限をかけず、経済活動や社会活動等を止めないままに、感染拡大期を乗り切りました。
第7波では、コロナ専用病床は、重症者用の病床を含め、少なくとも全国的には逼迫することはありませんでした。そういう意味では、コロナ感染症の患者で医療が必要な方に手が届かないという状況は、第5波の頃よりは少なかったものと思われます(そういう観点では、第4波(昨年のゴールデンウイーク頃)の関西、第5波(昨年夏)の東京周辺が最も厳しかったのではないかという印象があります。また沖縄県は他にも厳しい時期がありました)。
一方で、あまりの1日あたりの新規陽性者数の多さのため、保健所や検査のための発熱外来に業務負荷がかかり、ひっ迫が発生しました。また医療従事者自身の感染や、家族が感染して濃厚接触者として自宅待機となる例も多発したこと、さらには医療機関内でのクラスター発生などにより、一般医療が制限されることがあり、救急車の受け入れが滞ってしまうことも発生しました。またそうした時期に入所系の介護施設でクラスターが発生すると、医療が必要な方でも入院させることができず、外部から医療的な支援を受けつつ、そのまま介護施設でケアを続けることも少なからずあったようです。実は定義上、入院しないと重症者にならないため、施設での看取りとなった方については統計上死者には数えられますが、重症者には数えられません。そうした事態が少なからずあったであろうことも、死者数と比較して重症者数が増えなかった一因とも思われます。
8月半ばに、現役の保健所長さんにヒアリングする機会がありました。第7波では、特に要介護度の高い高齢者キラーとしての側面が一層強くなったと仰っていたのが印象的でした。入所系介護施設でのクラスターでは、入所者や職員の突然の感染者増に伴い、対応する医療資源の不足が発生し一時的に災害的状況となることが、なおしばしばあったようです。こうした、新型コロナウイルス感染症に対してリスクが高い方々が集まる施設等を如何に守っていくかを、今後の対策の焦点とすべきものと考えます。
なお、私事ながら8月上旬に私自身も新型コロナウイルス感染症に感染し、8月5日にその旨衆議院から公表されました。38.5度程度の発熱が3日間程度続き、のどの痛みやしつこい咳、だるさなどがありましたが、自宅待機後4日目ごろには軽快が感じられ、自宅待機解除となる発症10日目までにはほぼ何の症状もなくなりました。医療機関にてPCR検査を受けて陽性の報せを受けた際「リスクが低いし保健所がひっ迫しているので、保健所から連絡は無いかもしれません」と伝えられていましたが、その通り保健所からの連絡は無く、自主的に自宅療養を行い、自主的に条件を判断して解除しました。cocoaの陽性者登録をしたかったのですが、そのために保健所に電話をかけるのも憚られたためできなかったのは、残念でした。
今後の見通し
京都大学の西浦博教授のインタビュー(「新型コロナを「当たり前の感染症」として受け入れた時、何が起きるのか? 感染者はインフルの数倍から10倍に」)によると、ワクチンや感染による免疫効果があまり長持ちしない現時点の状況を前提とすると、今後も数年間にわたり、新型コロナウイルス感染症の新規感染者が2万人~4万人数発生し続けることが想定されるとしています。これはインフルエンザの数倍~10倍レベルの感染者割合となるとの由。実際に、新型コロナウイルス感染症に3回も罹患した人もおられると聞いたこともあり、現時点では「社会的免疫をつけて収束させる」というシナリオは描きにくいです。
しかし一方で、感染者数最大を記録した第7波を行動制限なしで乗り切ってしまったため、次にまた感染が拡大する時期が訪れたとしても、よほどのことがない限り、まん延防止等重点措置や緊急事態宣言等を施行することは考えにくいです。また世論も、感染対策を強化すべし!という方向には向きにくいでしょう(もっとも、舵取りをする立場の人は、正常化バイアスは常に念頭に置いて自らを戒める必要も忘れてはなりませんが)。
また第7波の途中から、新規感染者数のあまりの多さに、保健所や外来などの業務負荷軽減が訴えられるようになりました。主に槍玉に上がったのが、医療機関における発生届の入力と、保健所における自宅療養証明書の発行です。それぞれ理由があって業務がありましたが、もともと発生届の全数届出の見直しは第7波収束後に行うことになっていましたし、民間保険の自宅療養に関する支払いも、もともと新型コロナウイルス感染症が全数入院適応だった折の名残りですので、いずれ見直されるべきものです。それらを前倒しすることとしたため混乱が生じたようにも見えましたが、いずれ順を追ってこうした負荷軽減も進められます。
振り返ってみると、私が厚生労働副大臣を務めていた頃、すなわち一昨年に新型コロナウイルス感染症が日本に上陸して第一波や第二波の感染拡大が起こっていた頃は、検査手段は限られた数のPCR検査しかありませんでした。また治療法も手探り状態で、ワクチンに至っては影も形もありませんでした。その頃に比べれば、新型コロナウイルス感染症に関する対策手段には格段の進歩があります。したがって、初期に導入した対応をずっと継続している必要はなく、むしろ既に日本社会に継続してまん延してしまっている以上、持続可能な対策に限り継続する方針とするのは、妥当な判断といえるでしょう。実際に、ワクチン接種が一気に進んだおかげで、リスクの低い方々についてはとても低い致死率で抑えられるようになっています。したがって、社会一般に対して接触機会を減らすような対策を採る必要性はとても薄くなりました。このような方向性の下、さまざまな対応の見直しが進み、結果としていずれ感染症上の分類見直しにもつながり得るものと考えます。
一方で、高齢者や基礎疾患をお持ちの方々等にとっては、なお脅威となる病気であることを忘れてはなりません。特に医療機関や介護施設など、感染によるリスクの高い方が集まる施設等では、引き続き感染対策を講じなければなりません。これは、感染症法上の指定をどのような類型に位置付けるかという話とは無関係に、新型コロナウイルス感染症が無くならない以上変わらずに必要なことです。むしろ、発熱外来に限らずどの診療科でも新型コロナウイルス感染症の感染者が訪れる可能性は増えますし、入所系介護施設でのクラスター発生時に災害的な状況となる状態は変わっていません。したがって、医療機関や介護施設などにおいて、一層感染対策と向き合い、普段から訓練等の対応を行っていくべきですし、そのための支援等は継続的に行わなければならないでしょう。また、介護施設などでのクラスター発生を想定して近隣の医療機関等と日頃からコミュニケーションを図り、支援が受けられる体制を整えておくことが、より重要になります。いわば、それぞれの地域において日常的に機能している地域包括ケアシステムの枠組みの中で、新型コロナウイルス感染症も取り扱われるような体制を構築する必要があるのではないでしょうか。あるいは、施設ごとに、新型コロナウイルス感染症に関する「かかりつけ医」を持つべき、という言い方もできるかもしれません。もちろん、基礎疾患がある方やご高齢の方それぞれにとっても、同様です。またそうした観点からは、政府における対応部署についても、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室や、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策本部から、徐々に厚生労働省医政局や保険局、老健局などに移行・集中させていくべきかも知れません。
社会一般はどんどん日常に近づいていくことになりますが、一方で医療機関や介護施設等の現場には、それなりの負荷がかかった状態がいましばらく続くものと思われます。そのギャップに苦しむ人が出ないように、政府も引き続き対応方針を適切に説明し理解を求めることが必要です。
社会一般に対する感染対策から、適切なワクチン接種や適切なマスク・手洗い等の感染対策等の継続を前提としつつ、よりリスクの高い方々をどう具体的に守るかに対策をシフトチェンジしていく節目にいるものと思っています。ただしそのことを社会一般の方々に理解をしてもらう必要があるし、そこが今後のチャレンジだろうと考えます。そのようなことで、新型コロナウイルス感染症およびその関連で亡くなる方をより減らし続けつつ、より効果が長く続くワクチンや特効的な抗ウイルス薬等の開発および普及を待つということを、今後の戦略方針とすべきと考えています。
橋本がくは、引き続き以上のような視点で政府の対応方針をチェックし提言して参ります。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。