●死因究明二法案が衆院を通過!
5月22日(火)の衆院本会議において「死因究明等の推進に関する法律案」(推進法案)および「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律案」 (死因身元調査法案)の二法案が内閣委員会の委員長提案として趣旨弁明が行われ、その場で可決された。参議院は問責二閣僚の問題で審議はほぼストップしているが、この二法案は議員立法のため内閣は関係なく審議することが可能で、おそらく今国会で参議院も通過し、成立することが確実な情勢である。
●死因究明推進法の課題
もともと「死因究明等の推進に関する法律案」は、私が在職中に「異状死死因究明制度の確立を目指す議員連盟」を冨岡勉前衆議院議員らと立ち上げ、多くの方のご参加とご講演を頂いてまとめた報告書をもとに法案化され衆議院に提出されたものであり、一つの仕事がもう一歩で形になるところまでやってきたというのはいささか感慨深い。また私が携わる前からも自民党の下村博文議員や民主党の細川律夫議員らが衆院法務委員会で提言をまとめており、そういった粘り強く取り組んだ先達には改めて深く敬意を表すものである。この法律の成立により、死因をきちんと調査する体制が地域差なく整備され、ご遺体の「声なき声」を掬い上げ後世に役立てることで、日本の治安や公衆衛生が向上し、また本人やご遺族の悲しみや怒りの感情を和らげることに繋がることを期待したい。
しかしながら法案の衆院通過に至るまでかなりの紆余曲折があり、全てが思い通りになったわけではない。例えば、当初警察庁が法案を準備し、途中で民主党からの議員立法に衣替えして提出された「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律案」が抱き合わせにされたことだ。
推進法案はそもそも2年間で死因究明制度全体を省庁横通しで再構築してしまおうという趣旨の法案であり、警察主導の新しい法医解剖制度を今から創設する死因身元調査法案とは論理的に本来両立しない。民主党と自民党・公明党がそれぞれ実績を上げるべく妥協した結果である。また、医療の提供に関連して死亡した者の死因究明も別途検討とされたことで、この点も骨抜きにされた。以前、医療事故調の議論の際に、診療関連死の定義そのものが議論の的となり結局話を整理することができなかった。今回は「医療の提供に関連して死亡した者の死因究明は別途検討」という線引きが行われたことにより、この問題は相変わらず積み残しされた。そもそもあらゆるご遺体に省庁の縦割りの線を引くことはいろいろな意味で不適切だと思うし、本来その解消を目指す法案でもあったのだが、民主党との摺合せの中でこの問題が残されてしまった。残念である。
●死因・身元究明法の問題
一方、もともと警察庁の法案であった死因・身元究明法についても問題が残る。一つは現行の監察医解剖制度との重複だ。5月18日に行われた衆院内閣委員会での質疑では、みんなの党の山内康一議員の「一つの死体を巡って二つの法で取り合うというようなことは起きないのか」という質問に対し、答弁に立った提出者・民主党の細川律夫議員が「そこは微妙に重なるところがあります」と認めた上で「運用の点で棲み分けるようお願いしたい」という無責任な答弁をしておりこの問題が現時点で整理されていないまま残っていることが明らかにされている。
また、同じ委員会質疑にて共産党の塩川鉄也議員と山内議員から、遺族への死因の説明に関し、実施された検査のデータや画像診断の画像等客観的データまで遺族に開示するよう何度も質問があったが、答弁に立った細川律夫議員や警察庁の舟本馨・刑事局長は「適切に説明が行われる」としか答弁しなかった。塩川議員や山内議員は「警察が客観データを独占するのではなく遺族に開示して渡せ」という趣旨で質問したのに対し、「適切に説明する」と細川議員および警察庁は徹底して答えており、前向きな答弁のフリをしつつ実はゼロ回答しかしていない。山内議員は「セカンドオピニオンのため」と目的を述べているにも関わらず、警察が説明しかしないのでは、遺族の期待に応えることにはならない。舟本刑事局長などは「ご遺族の要望に応じて、適切かつ十分な開示、といいますか、説明をするよう通達等を発出」と、わざわざ「開示」と口にして「説明」と言い直している。どれだけ警察が死因に関するデータ等の情報を遺族に開示したくないかを示す質疑だった。
出来ない理由があれば正々堂々と述べればよい。そうではなく言葉の綾で逃げるのは詐術である。国会において詐術を用い、理由なく情報開示しない穴を敢えて塞ごうとしないというのは、現場の怠慢か隠蔽を許そうとしているものと想像せざるを得ない。細川議員と警察庁のそういう姿勢が浮き彫りとなった質疑であった。お時間のある方は衆議院TVにて2012年5月18日の内閣委員会の質疑、とくに塩川議員および山内議員の質疑をご覧になっていただきたい。合わせて30分程度だ。
ただこの点についてはそんなに悲観していない。実際にこの法律が適用されるような事態が発生した際、遺族がいまの説明に使ったデータや資料を渡せと要求すればそれを現場の警官は拒むことができるのだろうか?法律上義務付けはできなかったものの、「ご遺族の要望に応じて適切、十分な説明を行う」とまで答弁している以上、実際に拒否をする理由が立つとは考えにくい。運用において、きちんと法の基本理念に基づき遺族に対する情報開示が徹底されることを期待したいし、私も引き続きそのような観点から注目し続けるつもりだ。もちろん機会を見つけてきちんと情報を遺族に渡すようルール化するべく警察庁へ働きかけ続けたい。
●今後について
まずは、参議院においてこれらの点について再び糺される機会が持たれることを期待したい。二院制というのはこういう時のためにあるのだ。参院の存在感を示す絶好のチャンスである。
また、法律が成立して、いつの間にか新しい制度が始まっていたというのでは困る。新たな死因究明制度の運用およびさらなる検討においては、関係する一部の人のみで行われるのではなく、きちんとオープンな形で公正に議論されることが望ましい。山内議員の質問でも、法医学関係者のみならず一般の医療関係者も含めるべきという意見が述べられている。
一般論として、国会や政党内の議論は必ずしもクローズなわけでもないのだが、やはり一般の人にはハードルが高く、最終的には一部の人の都合で勝手にものが決まったりしがちである。とくに、一般の関心が薄い分野において政治家と役所がタッグを組んだ日には、実はこれと戦うのは相当骨が折れる仕事となる。
この法案について言えば、これまで医療メルマガMRICや私のブログなどを通じ、その政策形成プロセスの公開と共有に努めた。もちろん私の主観が入るので完全に公正・公平な記事であったかは読者に判断を任せるが、そうあろうと努力したつもりだ。私は現時点では国会議員ではないので国会で議論することができない。私が議論の中でおかしいと思う点は、自民党内議論やさまざまな方法で現職議員の方々に働きかける(実際には、議員会館にて意見書を配り歩く等の作戦も行っている)のと同時に、ネットにも意見表明をするように努めた。ネットは徒手空拳の私にとって、議員バッジが無いことを補足する大きな武器となった。もちろん、何人もの現職議員の方々にもご協力をいただいたし、いろんな立場からお励ましをいただいたことにも助けられた。法案成立前にちと気が早いが、心から感謝申し上げる。
引き続き、日本が「死因不明社会」という汚名を雪ぎ、より安心・安全な社会になれるよう全力で努力するつもりだ。死因究明制度の動向について各位のより一層のご注目をいただきたい。
【参考:死因究明制度に関するこれまでの経緯報告一覧】
●異常死議連の発足から提言まで
・異状死死因究明制度の確立を目指す議員連盟が発足しました(MRIC 臨時vol,45 2009/3/10)
・異常死議連の誤解を解く(MRIC 臨時vol.55 2009/3/15)
・異状死死因究明制度の確立に関する提言(2009/5/14)
・石巻市医師会によるAi実施の要望を蹴った警察の姿勢(MRIC Vol.274 2011/9/22)
●警察庁提言から法案化まで
・犯罪死の見逃し防止に資する死因究明性の在り方について(警察庁 2011//4/28)
・『犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方について』について(MRIC
Vol.171 2011/5/23)
・死因究明に関する二法案の相違点(MRIC Vol.367 2012/1/16)
●法案抱き合わせの成立へ
・死因究明制度に関する与野党合意について(MRIC Vol.448 2012/3/31)
・ふたつの「死因究明に関連する法案」が提出された春。あるいは「麻雀トライアスロン・
雀豪決定戦」と「第70期将棋名人戦」など。(7ページ目に橋本の活動に関する記述あり)(海堂尊ブログ 2012/4/16)
(2012/8/23 追記)
・医療事故調問題と死因究明二法 (MRIC Vol.543 2012/7/18)