個人情報保護法改正案、特に統計作成等の特例に賛成の理由について
●はじめに
現在国会で、個人情報保護法の改正案が審議されています。全体の概要などは、個人情報保護委員会のリリースをご覧ください。この中に、「個人データ等の第三者提供について、統計情報等の作成にのみ利用される場合は本人同意を不要とする」趣旨の改正が含まれています。
この改正について、国会で中道改革連合の長妻昭議員や早稲田ゆき議員らが取り上げて問題視をしておられます。私は当初からこの条文を含めて改正賛成の立場でいましたが、6月4日の衆院予算委員会において、尊敬する長妻先生から誠に光栄なことに「橋本さんはすごく楽観的なんですよ」という議事録に残るご指摘をいただいたこともあり、なぜ楽観的で賛成なのかということについて表明しておく必要があると考えました。改めてここで整理しておきます。ご関心のみなさまのご参考にしていただければ幸いです。
なお別に私は個人情報保護法の専門家というわけでもありませんし、個人情報保護委員会はじめ政府の中の人でもありません。ここで記すのはあくまでも橋本がく個人の理解であることを申し添えます。
●現状の枠組み
改正案の説明をする前に、個人情報保護法の現在の規定についてざっと記しておきます(細かい点は省略することがあるため、必要があれば法律やガイドラインなどを参照されることをお勧めします)。
まず言葉の定義です。生存する個人に関する情報で、氏名や番号などで特定の個人を識別することができるものを「個人情報」と呼びます。また本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪歴や被害歴など特に取り扱いに配慮が必要な個人情報を「要配慮個人情報」と呼びます。
個人情報を含む情報の集合物であって、データベース化してコンピュータで検索ができるようにしたり、物理的なラベルを張ってファイリングしたり整理したりして探せるようにした状態のものを「個人情報等データベース等」と呼びます。そして、個人情報データベース等を用いて事業を行う者を「個人情報取扱事業者」と呼びます。また、個人情報データベース等を構成する個人情報を「個人データ」と呼びます。
個人情報取扱事業者には、個人データの漏洩等を防ぐための措置をとる義務(第二十三条)や従業者や委託先の監督義務(第二十四条・第二十五条)がかかります。また個人データの漏洩等が起こった場合は、個人情報保護委員会に報告する義務がかかります(第二十六条)。そして、個人情報取扱事業者は、原則的には、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはなりません。ただし例外として、法令に基づく場合、人の生命、身体又は財産の保護のために必要な場合で同意を得るのが困難な場合、公衆衛生や児童の健全育成、学術研究の公表や教授などの場合が定められています(第二十七条)。超絶ざっくりと整理すると、現状の規制はこのようになっています。
●押さえておくべき二つのポイント
七面倒くさいことを書きましたが、ここは実はとても大切な部分です。例えば、過去の紙カルテが全く整理されずバラバラに段ボールに箱詰めされたもの、すなわち個人情報データベース等に該当しない状態であれば、これを倉庫にずっと保存していたからといって、それだけでは個人情報取扱事業者にはあたりません。その紙カルテに要配慮個人情報が記されていたからといって、それは個人データではない、ということにもなります。したがって、仮にその倉庫のカギが壊れていて(不適切な安全管理!)ある日誰かが中身である紙カルテの入った段ボールを持っていってしまったり(漏洩!)、あるいは倉庫の所有者が誰の許可も取らず中身ごと誰かに売却(本人同意なき第三者提供!)したりしても、個人情報保護法の規律の対象外です。倉庫の持ち主は個人情報取扱事業者にあたりませんし、段ボールとその中身は、要配慮個人情報であっても、個人データではないからです。
よって現行法制で抑えるべきポイントその1は、個人情報保護法が守備範囲としているものは、データベース化された個人情報とその構成要素である個人データであり、個人情報や要配慮個人情報ならばとにかくなんでも保護しろという法律ではない、ということです。個人情報保護法は、活用の意思を持って準備された情報集積が悪用ないしは不適切な扱いをされ、個人の権利利益が侵される懸念に的を絞り、規制をかけているのだと私は解釈しています。
また、第二十七条は、個人情報取扱事業者が保有する個人データについて、本人同意を得ずに第三者提供できる場合として、人の生命、身体または財産の保護のために必要がある場合を挙げており、これは比較的周知されていますが、それだけではありません。いろいろ条件はついていますが、学術研究上の必要の場合なども、個人の権利利益を不当に侵害するおそれがある場合を除き、可能とされています。またその他にも法令に基づく場合や公衆衛生の向上などの理由によっても可能となっています。すなわち個人データの第三者提供の本人同意は、実は本人の身体生命財産等の保護以外にも、社会的な理由によってもすでに不要とされている部分があるのです。
よって現行法制で抑えるべきポイント2は、個人データの第三者提供における本人同意は絶対ではなく、すでに社会的な理由で不要な場合があるということです。今回取り上げている法改正は、この部分の拡大としてとらえるべきものでしょう。
●そもそも本人の同意および自己情報コントロール権について
さてここで、では「本人の同意をとる機会がないと、どこでどう自分の情報が使われているか、本人がわからないじゃないか!」「自己情報コントロール権はどうなるのだ!」というツッコミが入りそうな気がしますので、その点に触れておきます。
実は今回の改正以前から、個人的には、個人情報取得等に関する本人同意は形式化しているのではないかと常々思っていました。新しくWebサービスに登録するときなどに、長々と規約が表示され、とりあえずスクロールさせて最後に「確認しました」とクリックするようなことがしばしばありますが、あれ、ちゃんと読む人はどのくらいいますかね?また、これだけさまざまなサービスやアプリがネットで展開されているところ、自分がどのサービスの何の規定に同意をしたのか、その情報をどう取り扱われることに同意したのか、ちゃんと記憶ないし記録して管理している人は、どのくらいいるのでしょうか?正直、あまり多くはおられないのではないでしょうか。
あるいは医療に関しても、フリーアクセスを誇りとする日本の国民皆保険制度下において、どの医療機関にかかったことがあるかないか、適切に記憶ないし記録している方はどのくらいおられるのでしょうか。またマイナ保険証を利用して受診する際、自分の過去の受診歴などを医師に見せるかどうか選べますが、その選択にどのような意味があるのでしょうか?どのような場合に「いいえ」と回答するべきなのでしょうか?ここに適切な基準を多くの人が持っておらず、とりあえず「はい」または「いいえ」と回答しているのであれば、その選択は単に「法律に書いているから」という形式的なものでしかなく、事実上形骸化しているという誹りは免れないのではないでしょうか。もちろん、形骸化しているのであれば改善すべきという議論もあるものと思います。ただ、手間をかけてより細分化・複雑化することが本当に多くの方々に求められているのか、私にはあまり良い選択とは思いません。それよりは、個人利益侵害をどう防止するのかという議論に重点を移すべきではないでしょうか。
これだけ選択の機会が増えると、結果として「自己情報をコントロールする」という概念で個人情報保護を説明しようとすることに、限界に差し掛かりつつあるのかもしれません。個人的にはそのように感じています。その機会を権利として法により保障することに、どの程度の意味があるのか、他に方法はないのか、一度立ち止まって考えた方がよいと思っています。
またもちろん、個人データの悪用や不適切な管理に対する抑止力として本人同意があるという考え方もあり得ます。ただ現実の情報漏洩事件などの例を見ると、さまざまな原因の指摘(ネットワーク機器に不適切なパスワードの設定があった、偽メールのURLを職員がクリックしてしまった、不注意でノートパソコンをどこかに忘れてきた、etc.)を見るにつけ、そのデータへの本人同意の有無が、その事件を防ぐことに繋がっているとも正直思えないところです。また、さらに言えば、過去に漏洩してしまった個人情報等をもとに、ダイレクトメールが来たりするような悪影響は実際にあるのだろうと思うのですが、その悪影響と、個人情報が適切に本人の同意により収集されていたかどうかは、全く関係ないものと思われるのです。
個人情報保護法の目的は、あくまでも個人の権利利益の擁護にあります。もちろん、本人のコミットの仕組みが不要だとまでは思いませんが、最終的には法目的の達成に必要な本人同意とは何か、常に考える姿勢は持っておきたいものと思います。また、情報漏洩事件等はもちろん防ぐべきことですが、法律でとりえる手段は罰則強化や相互監視の枠組みといったものであり、そのために今回の改正でも課徴金の導入等が図られているのだと考えます。
●次世代医療基盤法について
医療に関する情報については、次世代医療基盤法という個人情報保護法の特例にあたる法律が、今回の法改正に先行して存在します。これは、カルテなど医療機関が保有する大量の情報を研究開発等に活用するためのものです。枠組みとしては、
- 国が医療情報の匿名加工等を行う事業者を認定
- 医療機関は患者本人に通知の上、認定加工事業者に個人情報等を含む医療情報を提供
- 認定加工事業者は、医療情報を匿名化または仮名化したのち、大学や製薬企業の研究者(仮名加工医療情報の場合は認定を受けた者のみ)に医療情報を提供
- 提供を受けた研究者等は、匿名化/仮名化された医療情報を用いて研究を行う
という仕組みです。
この法律の制定時には、医療機関が保有する医療情報をビッグデータとして研究開発に活かすためのものと説明されていました。今回の個人情報保護法の改正にあたり、統計特例に関しては、「この法律に基づく枠組みでいいのではないか?」という議論が出てくるのは、医療関係者にとっては自然なこととも思います。
他方、令和5年11月の内閣府健康・医療戦略推進事務局の資料によると、同年9月末現在において、匿名加工等を行う事業者(認定匿名加工医療情報作成事業者)は3社、医療情報を提供する医療機関・自治体(=公立病院)は、全国で113件、35都道府県に分布、とされています。また次世代医療基盤法に基づく認定事業者における利活用実績は、令和2年10月の最初の承認実績から約3年間で30件となっています。この数字は果たして期待された水準といえるでしょうか。日本に病院は8,000件ありますが、うち113件しか協力していないし、47都道府県もカバーできていないという現状は、少なくとも「網羅的」とは言いにくいのではないかと感じます。
したがって、個人情報保護法の特例としての次世代医療基盤法の教訓は、医療機関に匿名化や仮名化などの加工を行わせるのが困難であるという現実に対し、認定加工事業者に対してのみ未加工の医療情報の提供を許すという解決を図ったものの、本人への通知と除外の仕組みを残し医療機関の負担も残ることとなったため、その枠組みに参加する医療機関数が伸びていない、ということではないでしょうか。
よって、医療情報に限らない、個人情報保護法全体の特例を検討するにあたっては、次世代医療基盤法のスキームをそのまま採用することはせず、よりハードルを下げる方向になったのではなかろうかと思っています。
●そこで、個人情報保護法改正案における統計作成等の特例について
さてようやく、個人情報改正案の話になります。今回は多数の改正点がありますが、本稿では統計作成等の特例の、特に第三者提供の部分について取り扱います。先に記したように、現行規定においては個人情報取扱事業者が保有する個人情報を第三者に提供する場合には、原則として本人同意が必要とされています。改正案では、個人情報取扱事業者が保有する個人情報を第三者に提供する際、これが統計情報等の作成にのみ利用されることが担保されている等の条件が満たされていれば、本人同意なく提供できることとするものです。
なお前提として、現行法でも、統計情報の作成やAI開発のために、既に自身で保有している個人データを使用することには、必ずしも本人の同意を要しません(「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」に関するQ&A 1-7、1-8、2-5)。よって今回の特例は、統計やAI開発を行う者からみると、他の個人情報取扱事業者から個人データの提供を受けてこれを行う場合についての話となります。
また、個人情報の提供を受け、統計作成等を行う第三者は、当然提供された個人情報をデータベース化して取り扱うものと思われますので、少なくとも提供を受けた時点で個人情報取扱事業者となり、この法律におけるさまざまな義務を負うことになるものと思われます。従って、情報の適切な管理などの措置が取られなかった場合には罰則が科されることとなり得ます。
またここで「統計策定等」とは、法案によると「統計の作成その他の大量の情報から当該情報を構成する要素に係る情報を抽出して分類、比較その他の解析を行うことにより、当該大量の情報の傾向又は性質に係る情報(個人に関する情報であるものを除く。)を作成する行為」のうち、「個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして個人情報保護委員会規則で定めるもの」を「統計作成等」と定義しています。これは、同様に整理できるAI開発等についても含むものとされています。
例えば、ある学校の生徒の氏名、身長、100m走の結果のエクセルの表がある場合、この表から身長と100m走の結果の相関を見て、「身長が高い人は足が速い傾向がある」という情報(あくまでも仮ですので、実際にそうかどうかは知りませんが…)を導きだすことは、まさに「傾向又は性質に係る情報を作成」と言えることになります。自分でエクセルを触り、自分が持っている表を使って相関分析を行い、その結果として得た上記結論を論文等に書くような場合には、個人情報保護法上は何の問題もありません。他方、忙しくて自分でエクセルを触るヒマがないため、その表のファイルを誰かに渡して同様の処理を行ってもらおうとすると、これは個人情報の第三者提供にあたります。よって現行の法律では表に掲載されているクラスの人たち一人ひとりに第三者提供の許諾をとる必要があります。一方、今回の法改正が成立すれば、ちゃんと統計を作ることを目的とすることを書面で合意し、また定められた事項をそれぞれにWeb等で公表している場合は、本人同意をとる必要がないということになります。
なおこの規定に基づき提供を受けた情報は、さらに同じ規定に基づき異なる第三者に本人の同意なく提供することは、できません。また目的外利用は禁止されますし、個人情報取扱事業者として、保有する個人データの適切な取り扱いに関する規定は同様に適用を受けます。
以上のような規定により、
- 提供先の第三者においても適切に個人データが取り扱われる
- そのデータをもとに作成された、元の個人との対応関係が排斥された統計情報等の作成やその利用によって個人の権利利益を侵害するおそれは少ない
となり、かつ本人同意も不要なので、今よりもデータの利活用が進むことを目指すものとなっているのです。なお、統計やAIも使い方によっては差別や個人の不利益につながる場合がありますので、別途十分な議論は必要です。ただしそれは、素材となった情報の本人同意の有無とは無関係だと思います。
●長妻議員が行った質疑に関する議論
では、長妻議員の委員会質疑におけるご指摘をいくつか紹介しながら、議論してみます。まず令和8年5月12日、衆議院地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会における質疑から。
Q) 病院から地方自治体が統計作成等目的で病歴情報を本人同意なしで取得した場合、首長さんが、情報ちらっと見て、「ああこの人はこういう病気なのか」と見てしまうことはできるか?
→(自治体と企業の個人情報保護法上の違いについては割愛します)首長が自ら統計作成するためにデータを取り扱い、たまたま知っている人の情報を見るようなことは、あり得ます。ただし、当然にその首長には地方公務員としての守秘義務がかかるため、第三者にしゃべったりすると守秘義務違反になりますし、目的外の利用をしたら個人情報保護法違反になります。そもそも単に職務上知っている人の情報を見ただけで「個人の権利利益の侵害」として制限するのは不当です。首長はこのような情報提供を受けずとも住民の個人情報を知りうる立場ですが、これは今回の法改正とは無関係ですし、その上で本人同意なき個人情報を知ることとなっても、当然に同様に取り扱うことでしょう。なお「あの市長に俺の個人情報を見られるのは個人的にイヤ」という場合もあるでしょうが、単なる個人的な嫌悪感を立法根拠として本人同意義務の根拠とするのは不適切です。
Q) 病歴と保険種別と住所や本名が入った情報を国も取得することができるが、その本名や住所、保険種別などを消すということはどうやって担保するか?
→本改正とは関係なく、もともとの個人情報保護法(第二十二条)において、「利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない」と記されています。長妻議員は何度も「法律に書いてないでしょう」と発言しますが、必ずしも妥当な批判とは思いません。
Q) 国や企業だけでなく、個人事業主であっても、要配慮個人情報を本人同意なしで受け取ることがオーケーなのか?
→本改正案が成立したら、オーケーになります。ただしこれまで記したように、個人事業主であっても、個人情報取扱事業者としての義務は負うことになり、適切な管理が求められます。さらに今回の特例により、それぞれの当事者が、統計等を作成することその他定められた事項を公表すること、当事者間で相互に文書で確認することが求められています。したがって、「誰だかよくわからない相手に個人情報を提供する」ということには、なりません。
Q) 不要なデータの削除に関して、名前というのは削除すべきものに入るのか。(ガイドライン等の)例示で書くのか?
→ケースバイケースでしょう。純粋に医学的な統計やAI開発であれば、氏名は必要ないので削除ないし符号への変換など必要な処理をすべきであろうと思います。他方で、地域における名字の分布の調査であるとか、姓名判断をするAIといった理由であれば、まさに氏名そのものが分析の材料となるため、不要なものとすることはできないものと思います。ただし、本改正案の特例により第三者として提供を受ける場合は、その事業者がどのような統計やAIの開発をするかを公表する必要があります。個人的には、ネット上で占い等の名目で個人情報を詐取するサイトは実際にたくさんあるものと疑っています。だからといってそのような名目でのデータ取得や第三者提供をただちに違法とするのもどうかとも思いますが、仮にそういう事業者がいた場合、社会としては注目しておくべきものと思います。
長妻議員は、5月27日にも衆議院内閣委員会においても質疑を行われています。これまでの記述と重なる質疑を省くと、新たに以下のような議論を行われています。
Q) 統計作成等の特例において、相手が外国企業でもいいのか? →相手の国がEU加盟国または英国の場合は、日本と同等の保護水準が確保されているため問題ないと整理されています。それ以外の国に所在の場合は、国内と同等の個人情報保護の水準を持っていると提供元が判断できた場合、提供に合意することとなります。なお長妻議員は、新聞報道などによって外国に個人情報が提供された例を列挙されていますが、それが嫌なら国内でのAI開発企業等の育成に一層目を向けてくださってはいかがかと思います。
Q) 統計作成の特例において、「自分の病歴情報だけは出さないでくれ」と病院に対して言うこと、すなわちオプトアウトはできるのか?
→この特例による個人情報の第三者提供の場合は、オプトアウトの適用はありません。もちろん、法律上の要件をすべて守る場合においてとなります。実はこの質疑はそれなりに核心をついた、個人情報に所有権のアナロジーを当てはめることの当否が問われる質疑だと思っていますし、今回の統計作成特例はそこからの脱却を図る第一歩であることを示しているものと考えます。この点については、この後でもう少し議論します。
長妻議員はそれ以降も衆議院予算委員会や内閣委員会において本件に関連する質疑をされていますが、これまでの議論を踏まえた上で、高市総理に見解を尋ねたり、次世代医療基盤法との兼ね合いについて尋ねたりされているように思われますので、他の質疑については割愛します。
●結局、個人情報の保護とは
長妻議員の質疑は、当初の頃は、市長がチラ見したらどうかとか、不要な情報の削除について法律で書いてないといった、これまでの個人情報保護法等で既に解決済みの話を取り上げておられましたが、賛同こそいただけないものの、回を重ねるごとにポイントを掴んでいっているようには感じています。ただ、要配慮個人情報も統計特例上含まれるからといって、宗教や犯歴の情報も本人同意なく第三者の手にわたるんですよ、といった趣旨の発言(そもそも個人の信教に関する情報は通常は取得に本人同意が必要なため、第三者が統計やAIを作る場面は実務上限定的と思われます。また前科情報は検察庁等が厳格に管理しており、これも本特例の対象になる機会は相当限られるものと思います)を口にされるのは、実態以上にいささか危険性を強調しているようにも思われます。
ただ最終的につまるところ、
- 1) いままで本人同意取得が壁になってカルテ等の取得および分析ができなかったAI開発等を行う民間企業等を信頼してよいのか
- 2) そもそも自分に関する情報が他人にわたったり利用されたりすることに本人がどこまで関わることができるのか
という二点が大きな論点ではないかと考えます。
1)について、単に漏洩等リスクの有無で議論をすれば、それこそ関係者は少ない方がよいという一般論にしかなりません。しかしその一方で、最近「デジタル主権」という言葉を耳にするようになり、データセンター等の情報インフラやプラットフォーマーに我が国の国民に関する情報が流れているのは危険だといった議論もみられるようになりました。正直、私個人としては、今まで、マイナンバー制度やマイナンバーカードの運用等をはじめとして個人情報保護に対してやたら厳格な議論をし時間をかけて実装をする割に、iPhoneで指紋認証や顔認証を多くの人が平気で利用していることに絶大な違和感しかなく、「それは逆だろ」と思っていたところ、今頃になってようやくそんな議論を始めたかという思いです。これまで少なからぬ日本人は、日本政府に対してやたら厳格であり、アップル社に対してやたらと無頓着であった(あるいは、無条件に信用していた)という事実を直視しなければなりません。
デジタル主権を問題だとするのであれば、アップル社をはじめとするGAFAに変わるプラットフォーマーやAI事業者を国内に育てることが先決で、だとすればその種になりそうな企業をまず信頼しなければ、状況が変わることはないのではないでしょうか。当然、違反者には罰則はかけるべきですし、本改正には課徴金を科す制度も創設されました。それでも企業は信用できないとするのならば、結果として今あるGAFAのサービスを使うしかなくなります。日本のベンチャーや個人事業主は信頼せず、GAFAに寛容な姿勢は、私にはいささか理解しにくいものですが、結果としてそういうことではないかと思います。私は本改正により、日本にもビッグテックと呼ばれるような企業が出現し世界に進出すること、それにより一層便利で平和で安心できる日本社会となることを期待しています。
2)は、個人情報保護法の核心となる議論です。個人情報保護の基礎として「自己情報コントロール権」という概念が使われることはあります。自分に関する情報を、自分の所有物になぞらえることで、所有物はどこにあってもコントロールできるようにしなければならない、という理解につながりますし、わかりやすい理解の仕方だとは思います。一方で、情報は物理的な存在ではないために、コピーが容易であったり、流れることに意味があったり、組み合わせて新たな価値を生んだり(松岡正剛校長の、「情報は一人ではいられない」という言葉は、私は大好きです)といった、モノの所有権では括れない存在であることもまた事実です。統計やAIは、とりわけそういう世界の存在なのです。
もちろんそうであるからこそ、統計やAI等を背景として個人が差別されたり、人権が侵害されたりすることがあってはなりません。特定の傾向があったからといってそれを理由に直ちに個人にあてはめをしてはならない場面は存在しますし、むしろ人権というのは、統計結果からみて合理的であっても、あるいは事実であっても、意思を持って差をつけず平等に尊重することにこそその意味があるのです。例えば、世の中には遺伝的性質によって、本人の意思とは無関係に病気になりやすい人は一定おられます。だからといって、少なくとも公的保険の加入をしないようにすることや、保険料に差を設けることは、あってはならないのです。それが公的保険の意味だから。またそもそもそのことを「事実の適示だ」と称して発言することも、場所と文脈を考えて控えるべき場面もあるでしょう。それが文化というものです。
そうした議論こそしっかり行われるべきなのであって、その統計やAIの開発に自分の情報を使っていいかよくないかという話は、単に統計精度の下落やAI開発の障害となるのみで、相対的に重要性は高くないものと考えます。先ほど記したように、これだけの情報社会の中で、個人ひとりひとりが自らの意思でそのコントロールを行うということそのもの既に困難に近づいており、私はこの方向性は限界に達しつつあるように考えます。あるいは、社会が負うべき役割を個人の責任に無理に転嫁しているといってもよいかもしれません。だとすれば、最終的にいかに本人個人の権利利益の侵害を減らし、むしろ社会に利益となるAI開発を進めることに議論を集中させ、その素材となる情報の提供等のハードルは下げる方が、よほど生産的な議論だと私は思います。本人同意の仕組み自体を否定するものではありませんが、その役割を過度に重視する時代は終わりつつあるのではないでしょうか。
なお、「万一、医療情報などの情報漏洩が起こったら取り返しがつかないこともある」という懸念は、十分に理解できるものです。ただこれは、今回の法改正の有無にかかわらず、既に現実に医療機関や企業などのセキュリティ事案が繰り返し発生していることを考えれば、本人同意の問題とは切り離して真剣に検討する必要があります。本人同意の規定を残していても、これはこれで考えなければならないのです。そして同時に、日本のAI開発や利活用の状況を見たときに、この推進も真剣に考えるべきことなのです。次世代医療基盤法の利用実績や世界と比較した日本のAI開発の現状をみると、漏洩を恐れるあまり、活用に足踏みして世界に後れを取っているのが今の我が国ではないかと個人的には感じています。
そうした観点に立てば、「個人情報コントロール権」という考え方の一本足打法ではなく、統計やAIの利用を認めつつ、それらによる差別を禁止すること、本人同意という事前規制よりも結果規制を重視することが、私は今の日本に必要なことだと考えますし、今回の個人情報保護法の統計作成に関する特例はその一歩であると高く評価するものです。
長文となりましがが、どうぞ意あるところをお汲み取りいただけますように。








