医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立 ~医薬品産業ビジョンへの提言~
昨年秋の薬価改定の際の自民党社会保障制度調査会医療委員会の議論において、わが国における医薬品産業について危機感を持ったご意見がありました。これを踏まえ、鴨下一郎調査会長より指示により社会保障制度調査会の下に今年3月「創薬力の強化に関するPT」が設置され、橋本がくが座長となりました。有識者や企業などからのヒアリングや議論を踏まえ、5月13日に取りまとめられたのが「医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立 ~医薬品産業ビジョンへの提言~」です。事務局長をお願いした大野敬太郎衆議院議員が、コロナ禍の中多くの方々のご意見ご議論を踏まえ執筆された力作です。
この提言書は、既に田村憲久厚生労働大臣に手交されており、今後、厚生労働省が策定する「医薬品産業ビジョン」や、政府の骨太の方針や成長戦略等への反映を目指します。ぜひご覧ください。
医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立 ~医薬品産業ビジョンへの提言~
~医薬品産業ビジョンへの提言~
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するPT
目次
1. 現状認識と課題
(健康と生命に直結する医薬品産業)
革新的な医薬品の創薬によるアンメット・メディカル・ニーズの解消は、健康水準の向上に直接寄与するだけでなく、働き甲斐や安心な生活を支えるなどの価値実現を通じて経済の好循環をもたらす。また、今回の新型コロナウイルス感染症への対応でも明らかになったように、医薬品やワクチンをはじめとする医療用物資とその技術は、国民の健康・生命を危機から守る極めて重要な手段であるにも関わらず、国産ワクチンは未だに陽の目を見ていない。こうした重要な価値をもたらす医薬品やワクチンは医薬品産業により支えられているにも関わらず、これまでの政府の政策は産業政策や危機管理政策に立脚しておらず、抜本的に発想を見直さなければならない。医薬品産業の育成・強化は、単なる産業振興にとどまらず、あまねく国民にその恩恵をもたらし、更には日本が世界の社会的課題解決の中心的役割を国際社会と連携して担うことにつながる。
(医薬品産業エコシステムの確立)
日本は世界で数少ない新薬開発可能国の1つであるが、その将来の見通しは決して明るくはない。日本の医療用医薬品の市場規模は約10兆円で、国民皆保険のもと、景気変動にも左右されにくく、高い担税力と安定した雇用を維持してきたが、近年の厳しい保険財政の下、革新的医薬品を創薬し続けなければ高い評価(薬価)は享受できない。一方で、近年の創薬には莫大な研究開発費が必要な上、製品陳腐化率が比較的高いことから、高い研究開発投資比率の維持とそのための高い収益率を確保しなければビジネスモデルとして成り立たない。内資系企業の研究開発投資比率は、従前は、海外メガファーマと遜色のない水準であったものの、近年は横ばい傾向であり、加えて、資本規模の格差から、1社当たりの研究開発投資規模の差は大きく開いている。これがバイオ医薬品をはじめとする新規モダリティの開発力の差となって表れている。こうしたことから、日本オリジンの医薬品について見ると、この10年程度で世界市場のシェアは2005年の14%から2015年は9%にまで低下し、グローバル売上高上位100位品目に占める割合も2008年の13品目から2018年は10品目と低下傾向にあり、内資系企業の国際競争力は確実に低下している。
一方で、日本の薬事・薬価制度は、国民皆保険というプリンシプルのもと、高品質な医薬品を、開発後速やかに、あまねく全ての国民に提供できているが、ここ数年の薬価制度改革により、内外製薬産業にとっての創薬環境や市場の魅力は低下の危機にある。そもそも、創薬の成功確率は相当程度に低く、開発には数千億単位の巨額の投資が必要となるため、臨床試験という開発段階での投資判断は、成功した際のリターンである薬価見込みと売上予測が大きな要素となっている。しかるに、少子高齢化に伴う財政悪化の防止を目的とした社会保障費の抑制圧力は高く、薬価関連の抑制額は2018年度から2021年度までの過去4年累積で約4400億円(国費ベース)に上っている。こうした抑制は薬価制度の度重なる見直しが要因であるが、必ずしも産業政策として実施すべき内容とリンクしておらず、また、企業経営にとって極めて重要な予見可能性が担保されていない。
市場調整メカニズムを前提とした薬価制度によって、適正な価格で良質な医薬品を提供し、社会保障費を適正化することは当然だが、ここ数年の薬価抑制政策が継続され強化されることとなると、今後、中分子、核酸医薬、再生医療などの新規モダリティの開発や、ゲノム創薬などの個別化医療の進展が予見される革新的創薬の動向に鑑みると、日本の創薬力の将来展望は決して明るいものではない。日本市場の創薬環境としての魅力が低下しつつある現在、このまま放置すれば、外資内資問わず、製薬企業が日本から離れていき、近い将来にも医薬品産業は空洞化しかねない。その結果、革新的医薬品や治療法の開発と良質な医薬品の安定的な供給による健康水準の向上や、それがもたらす社会経済全体の好循環も危ぶまれる可能性がある。
創薬力の強化は喫緊の課題である。医薬品産業が今後、市場や技術や国際環境の変化にも十分に対応し、予見性をもって積極投資を行い、今後も国際競争力を維持強化しつつ、安全で効果的な医薬品を安定的に供給し続けるためには、海外医薬品産業と適切な連携を組んだ上で、国内においては国民皆保険とイノベーションの真の両立を図ることで市場の魅力向上を図り、海外においては積極的に国際的な社会課題解決を図ることで、医薬品産業を支えるエコシステムを効果的かつ健全に機能させる必要がある。
当該エコシステムを構築するための最大の課題は、政府による統合的な戦略策定と大胆な優先付け、そしてその断行である。医薬品産業ビジョンにおいては、社会保障制度と産業政策の全体を俯瞰し、医薬品産業戦略を社会保障の従属政策ではなく主要政策として位置づけた上で、国際的視座に立ち、目指すべき明確かつ骨太なビジョンと、顕在化している課題を統合的に方向づけする戦略と、その実効性を担保する具体的な手段を、明確に示す必要がある。
(医薬安全保障の確立)
新型コロナウイルス感染症対策では、治療や予防に必要な新薬やワクチンの開発のため、政府は急遽開発を促進するための制度を創設し、補正予算等を用いて研究開発や生産体制の整備の補助を行ったが、先行開発国に比べて遥かに小規模であり、またそもそも平時から感染症対策に資する研究開発への支援も十分であったとは言えず、乏しい政府支援のもとでは国内製薬産業にとっても事業性が低いために積極投資に乗り出せず、日本の同分野の開発力は極めて低かった。
更に危機管理の制度も運用も体制も脆弱であった。そもそも平時からの備えとして、感染症が蔓延した際に医薬品等をどのように開発するのか、どのように産業支援をするのか、どのように治験環境を整えるのか、薬事承認をどのように進めるのか、などが計画されておらず、それらを統合的に立案し実行する全省庁的な司令塔も明確ではなく、開発は平時と同様に企業の自主性に任される部分が多かった。こうした複合的な理由を背景に、結果的に国産ワクチンの開発は大いに遅れた。海外調達のワクチンについても、早期から交渉を行い、2020年の夏以降順次基本合意がなされたが、国際感染症拡大時の国際戦略等の不備により、接種開始で主要先進国に遅れをとった。
東日本大震災等の災害では、医薬品サプライチェーンの脆弱性が顕在化した。その経験を踏まえて災害時における流通のBCPが強化されるなどの対応が行われたが、最近では、原薬や原材料を特定国に過度に依存している必須医薬品が長期間欠品を生ずるなど、グローバル化したサプライチェーン上の本質的なリスク対応と包括的な危機管理体制の構築には至っていない。
このような事態に対処するための医薬安全保障の確立は、医薬品産業エコシステム構築においても極めて重要な柱である。医薬安全保障とは、「いかなる事態が生じても安定的または実効的に医薬品を国内供給できるよう危機管理制度を構築しておくこと、すなわち事態発生に備え平時と異なる有事のプリンシプルに基づいて規制を含めた関連施策を運用できる危機管理制度を確立しておくこと、平時から合理的に自律的供給能力と多角的供給能力を高めておくこと」である。
医薬危機管理に関しては、最も重要なことは国家ガバナンス強化のため司令塔の組織と機能と権限を明確化し、関係行政機関に対しても関係事業者に対しても、申請主義や待ち状態ではなく、主導的役割を果たすことである。リスクマトリクス整備やシナリオ分析評価などにより、医療用医薬品に関わる制度やリソースの不備などを洗い出し、強靭化対策を講ずるとともに、危機発生時に、当該事態が想定内であろうが想定外であろうが、事態に応じた動的オペレーションを行いうる意思決定体制と制度と運用を構築しておく必要がある。また医薬品の規制の在り方については、レギュラトリーサイエンスを強化し、規制内容の国際調和を十分に図り、承認遅延のリスク(医薬品が患者に届かないリスク)と承認効率化のリスク(承認プロセスの効率化により安全性が平時ほど担保されないリスク)のバランスの中で、評価方式や手順の効率化によって、合理的かつ柔軟な規制の運用プリンシプルを確立すべきである。また、臨床手続きやデータ分析など事業者単独の努力では実行効率が悪いことから、申請主義ではなく政府主導型の支援制度を構築すること、あるいは訴訟リスクや事態収束後の治療薬等のニーズ減少リスクなどのヘッジも対応を検討する必要がある。
2. 目的とスコープ
当提言は、当PTが中間目標として掲げてきた通り、政府が今夏改定を目指す医薬品産業ビジョンに対して行うものであり、その目的は、医薬品等の研究開発力の強化・育成を図るため、医薬品産業政策の医薬品関連政策上の位置づけを明らかにし、医薬安全保障の概念を取り入れた医薬品産業エコシステムを構築することである。同ビジョンの実効性を担保するため、その環境整備の提言も含むこととし、政府にロードマップの提示を求めた上で、当PTで引き続きフォローアップを実施する。また当提言に基づいた医療品産業振興の方向性と対策については、今夏策定される骨太方針に反映させることを目指す。
なお、新型コロナウイルスワクチンに直接関係する提言には★を付した。
3. 提言
3.1. 医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の構築
3.1.1. 明確で骨太なビジョンの制定に向けて
(医薬品産業ビジョンの位置づけ)
・健康長寿と経済成長の好循環を実現し、有事に国民の生命を守ることができる医薬品産業の発展を促すことは我が国の重要政策の1つである。創薬力強化は喫緊の課題である一方で立ちはだかる課題は多岐にわたり、構造的な課題もあるなかで断片的な個別課題を扱うのみで解決される状況にはない。医薬品産業政策を社会保障の従属政策ではなく主要政策として位置づけ、薬事制度・保険制度・財政・税制など関連施策を所与とせず一体となった医薬品産業エコシステムの構築が急務である。ここでいう、医薬品産業エコシステムとは、「基礎研究・実用研究開発・薬事承認・保険収載・市場流通・安定供給といった一連の流れのなかで、政府の適切かつ効果的な支援と、多様な主体の交わりや協働によって、当初からグローバル市場を見据えた知財戦略を含む事業戦略に基づいて、迅速かつ有機的な創薬イノベーションを実現すること。また、如何なる事態が生じても、医薬品を安定的に生産し国内外市場に供給すること。これらを通じて、医薬品産業が適正な利潤を確保し、その一部を効果的に研究開発や生産基盤の投資に回し、次なる創薬に向かって取り組むとともに、こうした過程を通じて我が国全体の経済成長と財政構造改善にも資する好循環」のことである。医薬品産業ビジョンではこうした医薬品産業エコシステム実現のため、明確で骨太な方針を打ち出し、具体的方策を明記すべきである。
(大胆な政府投資目標の設定)
・特に研究開発から事業化までの基盤整備や製造拠点整備、あるいは医薬安全保障などの領域では、民間のみによるリスク引き受けは困難である。そのような状況下でも、第5期科学技術基本計画実行のための政府研究開発投資の総額規模約26兆円に対して、医療分野の研究開発関連予算は約1.4兆円程度しか振り分けられていない。したがって、政府研究開発投資の全体目標のように、大胆な投資目標を設定すべきである。たとえば、「医療分野の研究開発関連予算は5年で倍増」など具体的に明記すべきである。更にそうした政府投資目標について国民理解の醸成を図るべく、例えばe‐CSTIを活用して分析するなど、その根拠を具体的に明示すべきである。一方で、産業界の覚悟も問われる。こうした政府投資目標も踏まえ、10年後にグローバル売上高上位100位以内の医薬品のうち日本オリジンのものを倍増させるべく、製薬企業においても積極的に研究開発投資を進めるべきである。
3.1.2. 医薬品政策に係る司令塔の抜本強化
(戦略立案司令塔の確立)
・現在、医薬品産業政策や医薬安全保障政策を共に統合的に立案し実行する司令塔機能は設置されていない。一方で、研究開発については内閣府に健康医療戦略推進本部及びその事務機能である健康医療戦略推進事務局が設置されており、一定の成果が得られているが、研究開発に係る関係省庁の調整機能にとどまる。また、厚生労働省においても規制と産業振興のバランスが取れているとは言い難い。今回の新型コロナウイルスワクチンの研究開発においては、出口側の関係する薬事制度の運用等も含め、政府の主導的関与や統合的支援もなかった。今後は、国民の健康安全保障の観点が必要なワクチン等の開発について、研究開発支援を含めた産業政策と安全保障政策を統合的に扱い戦略立案を行う司令塔としての組織体制の構築を検討すべきである。その際には、国内外の情報収集・分析と危機管理の役割も含め国政の重要事項を総合調整する機能を果たすべく、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)とも連携し、厚労、経産、文科はもとより3省以外の関係省庁の知見も導入した上で、省庁縦割りを徹底的に排するべきである。また、総合的な戦略を立案するとともに、戦略に基づき、関係省庁・機関に政策を行わせるためには、それ相応の経験と知識と関係省庁への発言力を有する人材を配置することが重要であり、例えば、政治任用の補佐官を専任で担当させるなど実行性の高い組織とすべきである。当面は、健康医療戦略推進本部の機能強化を行い、しかるべき時期に上記の機能を本質的に果たしうる戦略立案司令塔を設置すべきである。
(AMEDを中核とした実務レベルでの司令塔機能の強化)
・新規モダリティや感染症・ワクチン領域等の研究開発を促進し、実用化に結び付けるため、米国BARDAを参考に、国の医療関係の研究開発費の配分・執行を行うAMEDの司令塔機能を強化すべきである。特に、新興感染症の流行などの緊急時においては、速やかなワクチン・治療薬開発が実施できるよう、有望なシーズや技術を持つアカデミアや企業等のマッチング・資金配分を行う体制が不可欠である。そのため、AMEDにおいて国内外の企業、ベンチャー、アカデミアが進めている新規モダリティ等の研究開発状況を把握・分析し、実用化・事業化のためのポートフォリオを描く戦略立案機能が必要であり、併せて各省の縦割りを排した機動的かつ中長期的な予算配分を実施する権限と財源を持たせるべきである。
・特に、感染症・ワクチン領域については、シーズ起源の内外を問わず、最適ポートフォリオ組成による民間企業への支援と国際政治上の影響力を強化することで、グローバルアライアンスネットワークの構築など戦略的国際協調を進めるべきである。
(厚生労働省医薬品関連部局の組織統合)
・厚生労働省における医薬品行政は、大臣官房厚生科学課(研究の総括など)、医政局経済課(企業窓口など)、医政局研究開発振興課(アカデミアの窓口など)、医薬・生活衛生局(薬事承認など)、保険局医療課(保険収載・薬価改定など)、健康局結核感染症課(AMR対策や感染症薬備蓄など)、健康局予防接種室(ワクチン)などと、とりわけ多くの部局が所掌しているため、規制と振興の分割に留意しつつ、医薬品・ワクチンに関連する部局を、平時と緊急時の役割・機能の違いも含めて整理し、組織再編に向け検討すべきである。
【医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の実現に向けた組織体制と司令塔機能】
3.1.3. 医薬品に係る国家的戦略の確立
(医薬品産業戦略の確立)
・財政制約のもと、官民総力を結集し医薬品産業エコシステムを構築するために、医薬品産業の国家戦略目標を明確にした上で、過去の研究開発の経験なども踏まえながら、シーズ研究から薬事承認や流通を通じて医療機関等に届けられるまでの一連のプロセスのなかで顕在化する課題を、統合的に解決するための医薬品産業戦略を確立すべきである。
・政府による研究開発ターゲティングの明確化を通じて、民間による研究開発投資を呼び込んでいくことが極めて重要であり、政府が示す研究開発政策を共有しながら、産学官が協調して研究開発活動を進めていくことが必要である。
・新規モダリティの戦略的ポートフォリオ組成については、それぞれ市場将来性や日本の強み弱みなどの分析、希少疾患も含めた重点開発対象とする疾患領域、国内産業と海外産業の協調の在り方、研究開発から製造販売流通までのプロセスで日本が抱える課題の洗い出し、医薬品安全保障上の必要性、構造改善のコスト合理性やフィージビリティ、などを検討した上で、目指すべき領域を大胆に具体的に提示すべきである。
(医薬安全保障戦略の確立)
・医薬安全保障の観点からみた医薬品の安定供給のための戦略を確立し、主要な柱として位置づけるべきである。あらゆる事態に対処できるよう、国家ガバナンス体制と危機管理制度の構築、自律的供給能力と多角的供給能力の向上を図るため、戦略立案機能において、内閣官房等の関連部局とともに、必要な処理体制・運用・対処方針等を定めておくべきである。
(国際戦略の確立)
・世界の社会課題解決に当たり、日本が医薬品によって主導的役割を果たし、それに伴ってグローバル市場を勝ち取っていくことが重要であり、そのためには、研究で成功し国内市場で成功したら海外展開するという発想から脱却し、シーズ研究の初期段階からグローバル市場を睨んだ国際事業戦略を明確に描くことや、日本の強みを分析・特定し、更に伸ばしていく戦略等が必要となる。また、海外シーズ研究に対する投資と国内移転や、医薬品の安定供給、更には製造拠点や臨床拠点などの整備について、全ての領域を内製で行うのは合理的ではなく国際的な連携や協調の視点が重要となる。日米共同声明等、既存の国際約束を具体化するためにも、こうした医薬品等に関する骨太な国際戦略を確立すべきである。
(バイオセキュリティ戦略の確立)
・遺伝子操作とバイオ技術の向上によるバイオテロ等のリスクに対処するため、2019年に国際標準が制定され(ISO35001)、欧米を中心にバイオセキュリティ戦略の策定が進められている。早急に戦略を策定し具体的な対処方針を定め、対処が必要な機関については支援策を講じるべきである。
(レギュラトリーサイエンスの確立)
・新規モダリティなどに対応するため、その評価手法や技術を民間企業、アカデミア、規制当局で早期から確立するとともに、産業戦略に基づいて早期の民間事業参入を促すためのフォワードガイダンスの手法を確立すべきである。
3.2. 事業戦略に基づくシーズ研究と橋渡し機能の強化
日本では長らくシーズ研究の事業化に大きな課題があり、この死の谷問題を解消することは、創薬力強化の中心的な課題である。日本では、リスクマネーの提供者と事業化の担い手と研究者のマッチング機能や交流の場が決定的に少なく、あったとしても大半は政府がシーズ研究育成の観点で政策的に設置運用している場合が殆どで、投資家目線の民間資金や知見の流入は限定的であり、必然的にシーズ研究は知財戦略や資本戦略などを含む事業戦略に基づかない論文指向の研究が中心となる。従ってVCやIPOを含む民間リスクマネーや優秀な人材を獲得しにくく、アカデミア発ベンチャーが育たたず成功例も少ない。
一方で、有望な医薬品ベンチャーが立ち上がっても、そもそも成功例が少ない創薬市場にVCやCVCなどリスクマネー提供者が根付いていないため、リスクマネー供給が十分でない。VCの層がそもそも薄いのに加え、事業化担い手である大手産業界も、国内市場では十分な利潤を得られず海外収益や海外からの創薬起源移転が既に過半を占めるため、オープンイノベーションは海外指向となっており、国内ベンチャーにリスクマネーが向かない。また大手の売上高に対する研究投資比率は約20%弱と主要創薬国に比べて遜色ないものの、資本規模自体が小さいために外部シーズ研究へのリスクマネー総額も必然的に限定的になる(米国1社あたりの投資額は日本の8倍以上)。
こうしたマッチング機能やリスクマネーの課題に加え、創薬戦略に合致した一貫した人材供給制度の不備や不十分な製造開発拠点整備、大学改革が道半ばであり未だ閉鎖的な部分もあること、皆保険かつフリーアクセスが保障された国が故に多大なコストを要する我が国の臨床試験・治験環境など、様々な課題があり、結果的にシーズ研究とリスクマネーの悪循環となっている。現在、世界で創薬パイプラインの主流を占める新興バイオスタートアップが日本に育ちにくいのは、そうした環境が原因と考えられる。
3.2.1. 産業戦略に基づいた研究開発ターゲティングの明確化
(重点研究領域の設定と長期的投資)
・AMEDでファンディングしている医薬品新規モダリティ領域への戦略的ポートフォリオ投資が重要であり、医薬安全保障に基づく医薬品産業エコシステムを勘案し、事業戦略を見据えて内外の民間出資が十分に獲得できるような質の高いシーズ研究領域を改めて設定し、重点的かつ大胆にトップダウンファンディングを行うべきである。官民ファンディング割合の目標値も設定すべきである。また、シーズ研究側にとって使い勝手の良い制度とすべきである。一方で、トップダウンファンディング強化に伴って、ガバナンス強化と更なる透明性の確保が必要であり、具体的検討を行うべきである。
・シーズ研究に必要な平均年数は7年以上とされ、平成25年に有期労働契約の研究者の雇用環境を改善するため大学等及び研究開発法人の研究者、教員等については、無期転換申込件発生までの期間5年原則を10年とする特例が設けられた。しかし、財政支援は平均3年から5年で打ち切りとなっている。一定の期限を設けることはステージゲートとしての役割として重要であるが、参入に対する委縮効果とならないよう、フォワードガイダンスを強化し、運用の透明性向上とガバナンス強化を図るべきである。
(バイオ医薬品や個別化医療への更なる大胆な重点化)
・医薬品の付加価値創造の重心が低分子からバイオ医薬品等の新規モダリティに大きくシフトしている中で、バイオ医薬品等の新規モダリティへの重点投資の重要性が益々高まっている。新型コロナウイルス感染症で明らかになったように、医薬安全保障の観点からも、改めて大胆な重点化をすべきである。その際、増大する開発リスクやコストの吸収という視点も盛り込みながら、支援を行うべきである。
(新規のモダリティに対応したワクチン開発の推進)
・今回の新型コロナウイルス感染症のワクチンでいち早く実用化され高い効果が確認されているものは、遺伝子改変技術を活用したまったく新しいモダリティによるワクチンであり、危険性の高いウイルスを直接扱うことなしに、ウイルスのゲノム情報さえあれば短時間でワクチンを開発することが可能となった。この新しい技術によるワクチン開発は、従来の感染症研究やワクチン開発の延長では生み出されず、遺伝子治療技術等の革新的な技術分野への重点投資は極めて重要である。★
・今回、注目されたmRNAワクチンへの重点投資は、今後の新型コロナウイルスの変異株動向に鑑みて国策として必須である。調整費等も活用し重点配分すべきである。また、データ利活用を含め研究開発に必要な基盤を強化すべきである。★
・こうした医薬安全保障対象のワクチンについては、入口での開発支援のみならず、出口での調達支援を行うべきである(3.4.2節参照)。★
3.2.2. 戦略的なシーズ研究力の強化
(大学改革の更なる推進)
・大学等のアカデミアでのシーズ研究を実用化につなげるためには、企業のニーズと大学のシーズのマッチングなどにおいて、大学の機能の強化が望まれる。そのため、アカデミア発シーズ研究拡充のため、ベンチャーや事業化を睨んだ事業戦略を行っていくことを大学改革の一環として取り組むべきである。併せて、防衛医科大学校が、我が国の感染症研究に貢献できるような環境整備を検討すべきである。
(研究環境強化のための人材育成支援)
・一貫した人材育成パス
- 人材育成は本提言の中でも極めて重要な位置づけである。初等中等教育から理系教育の充実を図るべきであり、また特に高等教育においては、優秀な人材のキャリアパス確保のため、大学等において若手研究者が活躍できる環境の整備や大学改革との連携を通じて、統合的かつ一貫した方針を示すべきである。
・医学部薬学部等における創薬研究人材の育成
- 大学医学部薬学部等において、創薬研究を指向する人材を育成するためのカリキュラムを抜本的に強化すべきである。特に新規モダリティも含めた医薬品の多様化への対応や、医薬品の事業戦略など医薬品産業エコシステムへの対応を強化すべきである。また、優秀な学生であって一定の基準を満たす者については、創薬研究人材や創薬実装人材を育成するためのキャリアパスの柔軟な在り方を検討すべきである。
・研究評価方法の多角化
- 大学等における研究は主に論文によって評価されることが多いため、論文執筆を指向する研究は評価されるが、社会課題解決を指向する研究は必ずしも適正に評価されていない。論文だけではなく特許数なども含め、研究評価方法を多角化するべきである。日本学術会議をはじめとしたアカデミアと課題を共有しつつ、具体的な解決の方策を検討すべきである。
・人材力の強化と多様な人材供給チャネル
- 創薬の高度化と効率化に対応するため、また創薬力強化のため、即戦力としてのデータサイエンティストや研究開発支援人材の育成を図り、または異分野からの参入を促すインセンティブ制度を検討すべきである。
・女性研究者の研究環境改善
- 女性研究者が世界最先端の研究活動に従事し高い評価を得ることが多い一方で、様々な事情で活動を断念せざるを得ない状況があるとの指摘がある。ダイバーシティー推進の成功事例を参考に、女性研究者が活躍できる環境整備をなお一層推進すべきである。
(データ利活用プラットフォームの早期構築)
・世界最高水準の医療の提供、効果的・効率的な研究開発、行政の合理的な政策立案を通じた国民への医療成果の還元を実現する上で、リアルワールドデータやゲノム・オミックスデータを含めたデータ利活用プラットフォームの構築は極めて重要である。特に、今後も我が国が創薬大国として他国に遅れを取らぬためには、創薬における薬事承認申請にも資する広範なデータ利活用プラットフォームは早期に構築すべきである。また、データ収集・管理・利活用の各フェーズで必要なデータフォーマットの品質利活用基準について、電子カルテ情報も含めた標準化のほか、関係機関間の相互運用性、倫理や個人情報も含めたデータセキュリティ、システムの国際連携なども早急に具体化すべきである。我が国一丸となって、必要となる法改正も含めた検討の上、官民一体となって世界最高水準のプラットフォームを速やかに構築すべきである。
(研究環境整備)
・高額機器の共用化
- モダリティの高度化に伴って必要な研究設備も複雑化・高額化の一途をたどっている。いわゆるグローバルメガファーマに資金力で劣る我が国の製薬企業の研究開発レベルを落とさないためにも、高額な研究設備の共用化を検討すべきである。共用研究設備の購入は、複数企業による共同購入の他、公的資金による大学等への共用研究設備の整備を進める形も考えられる。
・臨床研究法の見直し(臨床研究に係る負担の軽減)
- 既に上市されている医薬品も含め、その臨床的な有用性や意義を追求することで新たなイノベーションを生み出すこともあり臨床研究の適切な推進は重要な課題である。臨床研究の信頼性の担保を目的として臨床研究法が制定されたが、研究の迅速性を妨げている側面について指摘する声もあることから、臨床研究の信頼性と迅速性のバランスを念頭に制度の見直しを進めるべきである。
・AIやスパコンを活用した創薬の効率化
- 高度化が進む創薬研究に当たっては分子構造解析等で膨大な計算を必要とするため、その処理速度の向上による試行回数の増加は、イノベーションというアウトプットへの近道であり、創薬研究にAIやスパコンを積極的に活用すべきである。
3.2.3. 橋渡し機能の抜本的強化
(オープンイノベーション拠点)
・民間リスクマネーや優秀な民間人材を獲得でき、知財戦略を含む事業戦略やエクジットまでの絵が描ける事業指向のシーズ研究やアカデミア発ベンチャーを育てるため、海外の有力な大学や企業、VCなどとの連携も視野に入れた魅力的なオープンイノベーション拠点を政府主導で創設すべきである。拠点への政府の出資は、民間投資を促すものとし、運営も民間主体とすべきである。既存の政府設置の同趣旨機関は、機能統合や強化なども含めて運用形態を早急に見直すべきである。
(大学等シーズ研究マッチングプラットフォーム)
・前述のオープンイノベーション拠点を中心に、大学等が行うシーズ研究を国内外とマッチング可能にするプラットフォームを構築すべきである。特に、産官学それぞれにおける研究者同士のマッチングについて、研究者にとって同様の研究に関心・専門性を持つ研究者が探しにくく、現状は学会等での個人的つながり、ネットサーベイ等に依拠し非効率である。研究者データベース等の活用を含めたマッチングの促進を図るべきである。
(大学等シーズ研究発掘人材)
・埋没しているが優れているシーズ研究を発掘し、事業戦略やリスクマネーとマッチングできるような、世界で活躍する高度人材を、ポテンシャルのある大学等、あるいは前述のオープンイノベーション拠点等で柔軟に採用できる制度を創設し、財政支援をすべきである。
(創薬ベンチャーの更なる育成)
・モデルナやビオンテックといったベンチャーが開発を行った今回のコロナワクチンの例でも明らかなように、世界的に見ても革新的な創薬シーズの開発はベンチャーが行うのが主流になってきている。日本発の革新的な創薬シーズの開発・実用化のためには、地道なベンチャーの育成とそのシーズを創薬まで結びつける取組みが不可欠である。一方、創薬分野は、治験費用も含めた多額の開発投資資金が必要であり、バイオ医薬品の開発となると更にリスクも必要額も増大するが、現在の日本のベンチャーエコシステムでは治験に必要な1件当たり50~100億円規模にも上る金額の資金調達を迅速に行うのは困難である。創薬ベンチャーに対するリスクマネー供給を拡充するためには、引き続きJICやDBJ等の政府系金融機関によるリスクマネー供給を進めるとともに、ベンチャーキャピタリスト等とも密に連携を取りながら、政府がその呼び水となるような大胆な治験費用等も含めた創薬ベンチャーの実用化開発費用の支援を検討すべきである。また、新興企業用の株式市場における上場時の価格の在り方について検討を進めるべきである。
(治験環境の整備)
・創薬力強化の観点から、重点支援分野への研究開発支援については、財政的支援のみならず、治験薬製造・被験者確保・承認プロセスなどの支援が可能な具体的制度を創設すべきである。たとえば、国民・患者の理解や参加促進のための臨床試験ポータルサイトの充実・治験参加の相談受付マッチング制度の創設に加え、臨床研究中核病院を中心とした複数施設による治験ネットワークの形成などの対策を講じるべきである。また、知財戦略を含む事業戦略の立案などを含めハンズオン支援が可能な制度とすべきである。これらは特に事態発生時等に鑑みてプッシュ型支援が可能な制度とすべきである。
・国内の治験拠点整備をより一層進めるべきである。
・海外の治験拠点の戦略的利活用を推進すべきであり、その為の支援策を講じるべきである。
(投資環境向上等のための積極的情報開示)
・創薬ベンチャーへの投資環境向上のため、研究開発力など非財務情報の積極的開示は極めて重要となっている。加えて、サステナビリティとSDGs対応はあらゆる産業で主要な課題になっているが、医薬品産業は将来的に社会的課題解決事業としてサステナブルファイナンスを呼び込める可能性があること、一部の関連産業で発生した不祥事事案を受け信頼回復が急務なこと、政府投資拡大に向けて医薬品産業に対する国民の更なる理解醸成が必要なこと、など、非財務情報の積極的開示は投資環境の向上に資するものである。その在り方に関し早急に取りまとめ、関連取引所などとの連携を通じて積極推進すべきである。
3.3. 産業競争力の強化
3.3.1. 産業構造再編
・国内製薬産業を世界で伍する産業にするため、研究開発型の内資企業については、投資力増強と国内外のベンチャー・アカデミアとのネットワークの構築、サプライチェーンの一層の強靭化を図ることが必要であり、ベンチャー買収のみならず、外資企業とのグローバルアライアンス提携や企業同士のM&Aを進めるべきである。そのため、予算税制上のインセンティブ付与を検討するとともに、薬価政策においても、長期収載品から革新的医薬品の薬価への財源移行を更に進めるべきである。
・同時に、特定の分野で突出した強みを発揮できるような企業の存在も必要である。内資企業が後者の道を進む場合には、医薬品そのもののイノベーションに注力できるよう、水平分業を意識してCROやCDMO等をより効果的に活用することや、優良シーズ回収のためのリスクテイクを可能とするリスクマネーを受け入れることなどを含めた事業戦略を練る必要があり、国としてもそのための環境整備を進めていくべきである。
3.3.2. バイオ医薬品の製造拠点整備
・バイオ医薬品は、今後の我が国の医薬品産業の競争力を向上させる上で極めて重要なターゲットである。また、現在、バイオ医薬品の国内製造基盤は脆弱であり、その整備は喫緊の課題である。そうした中で、政府は、新型コロナウイルス感染症ワクチンの国内生産のための基盤整備を緊急で行っているが、今後、製造拠点整備に当たっては、平時における施設の運用コスト等も含め事業採算性や持続可能性等を産業政策の観点から勘案し、平時はバイオ医薬品の製造、有事はワクチンの製造と切り替えられるような、柔軟な製造拠点の整備を目指すべきである。★
・また、単に製造拠点の国内設置だけに注目するだけではなく、バイオ医薬品には低温管理が求められる場合があることも踏まえ、国内空港をコールドチェーン物流の主要パーツとして活用しながら、日本にバイオ医薬品の製造ハブとしての強みを持たせていくことも考えられる。
3.3.3. 知的財産戦略
・低分子医薬品における知的財産戦略は、専ら分子構造の特許権利化のみであったが、革新的医薬品のモダリティの中心となるバイオ医薬品や再生医療においては、細胞の培養や分化、検査や品質管理など、製造に至るまでの技術の研究開発が極めて重要となっており、いわば擦り合わせ技術に関する世界標準戦略やオープンクローズ戦略等を含んだ知的財産戦略が求められる。従来、シーズ研究のみに偏重していた知的財産戦略を、CDMO等を含めたバリューチェーン上の総合戦略にシフトすべきである。
・橋渡しを行う拠点などにおいて、知的財産戦略の立案を担う人材を配置するよう仕組みを整え、医薬品分野で指向すべき知的財産戦略に基づいた研究開発が行えるようにすべきである。
・シーズ研究に関する国の支援事業について、無意味な特許出願をすることがないように知的財産権を含めたコンサルティングを行う機能を強化すべきである。
3.3.4. 総合ヘルスケア分野への進出
・医薬品関連産業にとって他産業との連携や多角化などを通じて、医薬品外も含めた総合ヘルスケア分野への進出を図ることは極めて重要である。たとえば、ビッグデータによる予防を含めたデジタルツールによる新しい医療を提供できれば、より高い次元のQOLの実現、一段高いレベルのエコシステムの構築につながり、更には、より合理的な財政運用も可能となる。このため、医療機器プログラムや非医療機器のデジタルツールの実用化等を支援し、製薬企業の総合ヘルスケア分野への進出を促すべきである。
・特に医薬品と対をなして患者のQOL向上に貢献できるアプリを含む医療機器等との連携も踏まえた総合ヘルスケア戦略を立てることが重要である。また、パーソナルヘルスレコード(PHR)の利活用促進に向けて、医薬品産業も積極的に関与するべきである。PHRサービスを提供する民間事業者と官民連携の上で、より高いサービス水準を目指すガイドラインの策定及び当該ガイドラインの遵守状況を認定する仕組みなどが整備されるよう、必要な支援を行うべきである。
3.3.5. 社会変化への適合と医薬品ライフサイクルの循環
・健康福祉や安全安心を担保する規制の在り方について、安全上も産業上も合理性を失っているものについては、規制改革本部との連携も併せて積極的・定期的に見直しを進めるべきであり、具体的な仕組みを創設すべきである。今回のコロナウイルス流行をはじめとして社会環境変化への対応するためにも、セルフケア・セルフメディケーションを推進すべきである。加えて、絶え間ないイノベーションの連鎖を止めないためにも、品質と安定供給が確保されたジェネリックの上市及び使用の促進、その受皿となる事業者の安全性や安定供給に係る対応力の向上など業界の強化、更には医療用医薬品のOTC化も積極的に推進すべきである。
3.4. 医薬安全保障
災害・事故・感染症・法令違反事案・国際秩序劣化・国際紛争など、あらゆる事態が発生しても、国主導で医薬品を安定的に供給できる体制を構築しておくことは急務である。すなわち、国家ガバナンス体制と危機管理制度の確立とともに、自律的供給能力や多角的供給能力の向上のための具体的な体制や制度を構築が必要である。
3.4.1. 医薬安全保障体制の確立
(戦略立案司令塔の確立~備え~)
・従来決定的に欠けていた医薬安全保障体制を確立するため、3.1.2節で、当面の措置として健康医療戦略推進本部の抜本的強化、更にしかるべき時期に医薬安全保障体制に必要な機能を果たしうる本質的な戦略立案司令塔の設置を求めた。当該司令塔においては、研究者や関係企業、専門家も含めて外部有識者を交えたTFを設置し、当該TFの意見も聞きながら、医薬安全保障の観点からみた医薬品の安定供給のための戦略を確立し、あらゆる事態に対処できるよう、国家ガバナンス体制と危機管理制度の構築、自律的供給能力と多角的供給能力の向上を図るべきである。内閣官房等の関連部局とともに、次項に述べる事態対処司令塔も含め、必要な危機管理戦略・体制・制度・手続き・権限等(以下参照)を定めるべきである。
- 体制や制度については、必要に応じて、関係大臣の臨時招集、地方自治体や産業界、大学等研究機関などとのコンソーシアムの組成、健康や医療分野に関する事態を所掌する副長官補の指名、危機管理監の所掌への明記、関連組織との関係の明確化など。
- 手続きについては、対象となる事態の定義や類型化、認定基準や認定プロセスと基本対処方針、リスクマトリクスの整備とリスクシナリオ立案分析評価(想定した事態への対処(安定供給を継続するための対処)とともに不測の事態への対処、必要な権限やリソースの洗い出しなど。
【リスクマトリクスのイメージ】
(事態対処司令塔の確立~対処~)
・事態発生時には様々な関係機関との連携や協力が必要になる。新型コロナウイルス感染症についても同様であり、今後の国産ワクチン開発を円滑に進めるためにも、健康医療戦略推進本部の下に設置されているワクチンTFを拡充するなどにより、(国産)ワクチンの研究・開発から臨床治験、承認、生産体制の確保までを一貫して主導・対処する省庁横断的な司令塔機能を整備すべきである。
・新型コロナウイルス感染症だけではなく、今後発生した事態に対する初動対応として、事態の進展とともに顕在化する課題に応じて動的オペレーションを関係省庁横断で行うことができる常設の事態対処司令塔機能は今後の備えとして極めて重要である。しかるべき時期に、上記のワクチンTFを更に発展・拡充することなどにより、事態対処のための常設の司令塔機能を設置すべきである。
(医薬安全保障対象品目の選定)
・我が国の安全保障上、国民の生命を守るため、切れ目のない医療供給のために必要な安定確保医薬品として、医療上必要不可欠であって、汎用され、安定確保が求められる医薬品が選定されている。これら安定確保医薬品のうち、特に優先度が高いものから重点的に、必要性・非代替性並びに戦略的不可欠性などの観点で洗い出し、加えてシナリオ分析評価等を用いて緊急事態発生の蓋然性や社会的影響も加味し、医薬安全保障上の措置を定めるべきである。その際、政府として当該品目のサプライチェーンと自律的供給能力を把握しておくべきである。なお、制度の運用上、重要性のクラス区分を設定することが望ましい。
・医薬安全保障上の措置として、設備投資支援、政府調達備蓄、薬価制度における対応など、必要な支援措置を検討するべきである。なお、国際取引価格への過剰なインパクトを生じさせることがないよう留意する必要がある。
3.4.2. 緊急時の医薬品開発体制の確立
(緊急時の医薬品開発体制の確立)
・事態発生時における必要医薬品については政府主導による開発着手要請の基本方針を策定し官民意識を共有すべきである。制度化し具体的な支援枠組みを整備することも検討すべきである。
・臨床手続きなどの承認プロセスでは、平時の企業申請主義ベースから政府主導型の支援に切り替え運用すべきであり、その為に必要な具体的措置を講じるべきである。★
・企業にとっての訴訟リスクや事態収束後の当該医薬品ニーズの減少リスクなどのヘッジも考慮する必要がある。★
・被験者が十分確保できない事態に備え、政府主導で臨床試験に必要な基盤の整備を進めるべきである。また、国内でも治験を開始することを前提に、政府主導で製薬会社が海外治験を実施できるよう必要な支援措置を講じるべきである。治験実施国では供給義務を負うため生産能力向上が必要となるため承認を得て供給を開始するまでの一連のプロセスに対する必要な支援も検討すべきである。★
(緊急時の薬事承認制度の確立)
・事態発生時の評価方式や効率的な手順について、レギュラトリーサイエンスを強化し、規制内容の国際調和を十分に図り、事態そのもののリスク、すなわち承認遅延のリスク(医薬品が患者に届かないリスク)と承認加速のリスク(承認プロセスの加速化により安全性に係る予見性が平時より低下するリスク)のバランスの中で、合理的かつ柔軟な規制の運用プリンシプルを確立するべきである。★
・米国のEUA(緊急使用許可制度)を参考に、緊急事態において未承認の医薬品の使用を許可する制度の導入について、運用基準を含めて早急に検討を行うべきである。★
・平時でも過剰規制と指摘される国立感染症研究所の国家検定については、国際的な規制調和を図りつつ、手続の迅速化及び簡素化を行うべきである。具体的には、動物実験(異常毒性否定試験等)の廃止も含めそのあり方について検討すべきである。★
3.4.3. 安定供給能力の確保
(安定供給戦略の確立)
・安定供給を自律的供給能力で担保していくのか多角的供給能力も併せて担保していくのかは、必要性・経済合理性・国際情勢(供給国)などを併せて戦略的に検討する必要がある。単に産業界に任せるのではなく、国においても定めた戦略を念頭に、各品目ごとにどのように供給能力を確保するかを双方ですり合わせていくことが重要である。
(自律的供給能力)
・医薬品等の原材料や製造に必要な資材などの特定国への過度な依存などグローバルサプライチェーン上のチョークポイントの洗い出しと解消を進めるべきである。例えば抗菌薬については、製造過程上で母核発酵、側鎖合成、原薬合成などの課題が顕在化している。その他にも、医療上必須医薬品では、筋弛緩薬、麻酔薬、解毒剤、ステロイドなどで課題が顕在化している。
・頻発する災害や規制法違反事案なども含め様々な事態における国内サプライチェーンリスクに対する事業継続能力(BCP)の維持向上を図るべきである。
・新規モダリティのターゲッティングについても、医薬安全保障を踏まえたポートフォリオ組成が必要である。
(多角的供給能力)
・グローバルアライアンスネットワークの構築や外資の対内直投促進など戦略的国際協調を進めること、平時より知財なども含めたパイプライン上の戦略的不可欠性(我が国の強み)の洗い出しと確保に努め有効活用すること、米国BARDAを参考に内外問わず最適ポートフォリオ組成による民間企業への積極支援を行うこと、などにより、先進国としての役割を果たしつつも国際政治上の影響力を強化し、調達力を強化することで多角的供給能力を高めるべきである。
3.5. 薬価制度
・薬価制度は、国民皆保険制度のもとで、医薬品のイノベーションの評価を目指しているが、医薬品産業エコシステムを構築する上では予見可能性の低さなどの構造的な課題が多い。研究開発費を生みだせるよう大胆なイノベーションシフトを求める指摘が多いことには特に留意すべきである。更に、産業構造上も健全とは言い難い状況に置かれており、たとえば卸売業におけるマイナスの一次売差や薬価制度とは別枠の補償的資金、あるいは一部の医療機関による卸売業への過剰要求など、特に卸売市場に歪みが生じている。重要なことは、医療用医薬品が全国津々浦々まで患者のもとに安定的に供給されることであるが、現状はむしろ、価格競争の激化と毎年薬価改定の実施により、流通の安定化が損なわれる危機的局面にある。加えて、安定確保医薬品をはじめ、医薬安全保障のためにも安定供給の重要性はより高まっている。
3.5.1. 国民皆保険と創薬力の両立
・中長期的には、産業政策も統合し両者を両立させるためのエコシステム構築のため、例えば、医療上の価値のみにとどまらない医薬品の経済的効果を薬価で評価する仕組みや、画期的な新規モダリティ医薬品等の薬価を販売後一定期間でリアルワールドエビデンスも活用して再評価する仕組み、また、既存薬の新たな可能性を見出した場合に、従来の薬価に囚われずにその価値や投資に見合った薬価を設定できるようにすることなど、従来の発想にとどまらず、イノベーションを適切に評価する観点から、抜本的な制度改正の議論を開始すべきである。
3.5.2. 薬価制度の運用ガバナンス強化
・年次のマイナス改定とともに制度の複雑化や運用の不透明さによる予見可能性の低下はエコシステム構築上の最大の課題であり、薬事制度の存立基盤を揺るがしている。また、薬価制度による継続的かつ大幅な改定を嫌い、日本市場への新薬投入を忌避する場合がある。これらは産業政策が薬事にリンクしていない証左である。他国の状況も踏まえながら、基本的な改定指針を明確にし、当該指針に沿って薬価改定を進めるなど運用ガバナンスを強化すべきである。予見可能性を担保する制度を構築しない限り、表面的な財政抑制のための年次薬価改定は、産業成長力を阻害し財政の更なる悪化を招く悪循環となる可能性に鑑みて、例えば、特許期間にある新薬は改定対象外とするなど、運用方法を直ちに見直すことを検討すべきである。
3.5.3. 薬剤使用の適正化
・処方されても使用されない残薬問題や、代替新薬の開発により効能効果が劣るため学会治療ガイドラインからも除外された医薬品が依然として積極的に市場に流通している問題が指摘されている。そのような医薬品が真に患者のためになっているのか、という観点からも、諸外国の例も参考に、フォーミュラリの活用を進め、長期収載品も含め、医療上の有用性と経済性等をエビデンスベースで評価して客観的・合理的な薬剤選択が現場で行われるような環境整備を図るべきである。
3.6. 産業構造の適正化
(流通市場の適正化)
・医療費抑制を目指す政府と、ゼロ薬価差を目指す製薬業界と、資材調達コスト低減を目指す医療機関の間に挟まれる卸売業界は、長い歴史の中で整理統合を果たしてきたが、実効的な価格決定権を有しているとは言い難く、マイナス一次売差を生んでいるのが現状で、産業構造上健全とは言い難い状況に置かれている。もはや公正取引上の一般原則が成り立つ領域にあるとは言い難い。安定確保医薬品などについては、独占禁止法の再販売価格維持行為禁止の例外とすることも検討すべきである。
・後発医薬品の量的拡充政策を推進してきた結果、医薬品産業や卸売業の売り上げに占める物流コストが激増しているため、医薬品物流の効率化を図る必要がある。適正流通ガイドラインは医薬品の安全性を担保する重要な役割を担っているが、その安全性を疎かにすることなく産業政策として物流効率化の視座も検討し、医薬品物流の同業他社や輸送業者などとの連携と協働による効率化と強靭化の取組みを加速するべきであり、そのためのパイロットプロジェクトの実施や支援制度の創設を検討すべきである。
(後発医薬品)
・後発医薬品は、財政抑制の観点から量的拡大政策が採られ、後発医薬品への置き換え率は8割となっているが、大型製品のような場合、未だに1品目を多数の企業が同時に発売することもあり、厳しい競争環境に晒さている。その結果、異成分混入や回収騒ぎなど医薬品産業全体に対する信頼性を低下させているばかりでなく、より安価な原材料を求めて特定の国への依存度が高まっているなどサプライ品質やチェーン上の課題が顕在化しており、量的拡充から製造管理・品質管理の徹底と確実な安定供給への転換が必要となっている。共同開発制度の在り方(データ作成外部化の負の側面)、診療報酬や調剤報酬などの後発品インセンティブ、国際展開の在り方について、再検討が必要である。
・バイオ医薬品の進展に伴い、バイオシミラーについても開発が進められているが、高額療養費制度による患者負担上限から置き換えに対するインセンティブは現状少ない。バイオシミラーに係る新たな目標のあり方を検討するべきである。バイオシミラーは、バイオ医薬品の製造工程の複雑性等から、後発医薬品に比べて承認時に必要な試験が多く、安全性も高い。しかし、後続医薬品として安定供給・質的担保が重要であることは共通しており、置き換えの進展に向けて、必要な対策を講じていくべきである。