04.年金・福祉・社会保障

2021年5月20日 (木)

医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立 ~医薬品産業ビジョンへの提言~

 昨年秋の薬価改定の際の自民党社会保障制度調査会医療委員会の議論において、わが国における医薬品産業について危機感を持ったご意見がありました。これを踏まえ、鴨下一郎調査会長より指示により社会保障制度調査会の下に今年3月「創薬力の強化に関するPT」が設置され、橋本がくが座長となりました。有識者や企業などからのヒアリングや議論を踏まえ、5月13日に取りまとめられたのが「医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立 ~医薬品産業ビジョンへの提言~」です。事務局長をお願いした大野敬太郎衆議院議員が、コロナ禍の中多くの方々のご意見ご議論を踏まえ執筆された力作です。

 この提言書は、既に田村憲久厚生労働大臣に手交されており、今後、厚生労働省が策定する「医薬品産業ビジョン」や、政府の骨太の方針や成長戦略等への反映を目指します。ぜひご覧ください。

医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立 ~医薬品産業ビジョンへの提言~

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令和3年5月13日
医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立
~医薬品産業ビジョンへの提言~
自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するPT

目次

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1. 現状認識と課題

(健康と生命に直結する医薬品産業)

 革新的な医薬品の創薬によるアンメット・メディカル・ニーズの解消は、健康水準の向上に直接寄与するだけでなく、働き甲斐や安心な生活を支えるなどの価値実現を通じて経済の好循環をもたらす。また、今回の新型コロナウイルス感染症への対応でも明らかになったように、医薬品やワクチンをはじめとする医療用物資とその技術は、国民の健康・生命を危機から守る極めて重要な手段であるにも関わらず、国産ワクチンは未だに陽の目を見ていない。こうした重要な価値をもたらす医薬品やワクチンは医薬品産業により支えられているにも関わらず、これまでの政府の政策は産業政策や危機管理政策に立脚しておらず、抜本的に発想を見直さなければならない。医薬品産業の育成・強化は、単なる産業振興にとどまらず、あまねく国民にその恩恵をもたらし、更には日本が世界の社会的課題解決の中心的役割を国際社会と連携して担うことにつながる。


(医薬品産業エコシステムの確立)


 日本は世界で数少ない新薬開発可能国の1つであるが、その将来の見通しは決して明るくはない。日本の医療用医薬品の市場規模は約10兆円で、国民皆保険のもと、景気変動にも左右されにくく、高い担税力と安定した雇用を維持してきたが、近年の厳しい保険財政の下、革新的医薬品を創薬し続けなければ高い評価(薬価)は享受できない。一方で、近年の創薬には莫大な研究開発費が必要な上、製品陳腐化率が比較的高いことから、高い研究開発投資比率の維持とそのための高い収益率を確保しなければビジネスモデルとして成り立たない。内資系企業の研究開発投資比率は、従前は、海外メガファーマと遜色のない水準であったものの、近年は横ばい傾向であり、加えて、資本規模の格差から、1社当たりの研究開発投資規模の差は大きく開いている。これがバイオ医薬品をはじめとする新規モダリティの開発力の差となって表れている。こうしたことから、日本オリジンの医薬品について見ると、この10年程度で世界市場のシェアは2005年の14%から2015年は9%にまで低下し、グローバル売上高上位100位品目に占める割合も2008年の13品目から2018年は10品目と低下傾向にあり、内資系企業の国際競争力は確実に低下している。


 一方で、日本の薬事・薬価制度は、国民皆保険というプリンシプルのもと、高品質な医薬品を、開発後速やかに、あまねく全ての国民に提供できているが、ここ数年の薬価制度改革により、内外製薬産業にとっての創薬環境や市場の魅力は低下の危機にある。そもそも、創薬の成功確率は相当程度に低く、開発には数千億単位の巨額の投資が必要となるため、臨床試験という開発段階での投資判断は、成功した際のリターンである薬価見込みと売上予測が大きな要素となっている。しかるに、少子高齢化に伴う財政悪化の防止を目的とした社会保障費の抑制圧力は高く、薬価関連の抑制額は2018年度から2021年度までの過去4年累積で約4400億円(国費ベース)に上っている。こうした抑制は薬価制度の度重なる見直しが要因であるが、必ずしも産業政策として実施すべき内容とリンクしておらず、また、企業経営にとって極めて重要な予見可能性が担保されていない。


 市場調整メカニズムを前提とした薬価制度によって、適正な価格で良質な医薬品を提供し、社会保障費を適正化することは当然だが、ここ数年の薬価抑制政策が継続され強化されることとなると、今後、中分子、核酸医薬、再生医療などの新規モダリティの開発や、ゲノム創薬などの個別化医療の進展が予見される革新的創薬の動向に鑑みると、日本の創薬力の将来展望は決して明るいものではない。日本市場の創薬環境としての魅力が低下しつつある現在、このまま放置すれば、外資内資問わず、製薬企業が日本から離れていき、近い将来にも医薬品産業は空洞化しかねない。その結果、革新的医薬品や治療法の開発と良質な医薬品の安定的な供給による健康水準の向上や、それがもたらす社会経済全体の好循環も危ぶまれる可能性がある。


 創薬力の強化は喫緊の課題である。医薬品産業が今後、市場や技術や国際環境の変化にも十分に対応し、予見性をもって積極投資を行い、今後も国際競争力を維持強化しつつ、安全で効果的な医薬品を安定的に供給し続けるためには、海外医薬品産業と適切な連携を組んだ上で、国内においては国民皆保険とイノベーションの真の両立を図ることで市場の魅力向上を図り、海外においては積極的に国際的な社会課題解決を図ることで、医薬品産業を支えるエコシステムを効果的かつ健全に機能させる必要がある。


 当該エコシステムを構築するための最大の課題は、政府による統合的な戦略策定と大胆な優先付け、そしてその断行である。医薬品産業ビジョンにおいては、社会保障制度と産業政策の全体を俯瞰し、医薬品産業戦略を社会保障の従属政策ではなく主要政策として位置づけた上で、国際的視座に立ち、目指すべき明確かつ骨太なビジョンと、顕在化している課題を統合的に方向づけする戦略と、その実効性を担保する具体的な手段を、明確に示す必要がある。


(医薬安全保障の確立)


 新型コロナウイルス感染症対策では、治療や予防に必要な新薬やワクチンの開発のため、政府は急遽開発を促進するための制度を創設し、補正予算等を用いて研究開発や生産体制の整備の補助を行ったが、先行開発国に比べて遥かに小規模であり、またそもそも平時から感染症対策に資する研究開発への支援も十分であったとは言えず、乏しい政府支援のもとでは国内製薬産業にとっても事業性が低いために積極投資に乗り出せず、日本の同分野の開発力は極めて低かった。


 更に危機管理の制度も運用も体制も脆弱であった。そもそも平時からの備えとして、感染症が蔓延した際に医薬品等をどのように開発するのか、どのように産業支援をするのか、どのように治験環境を整えるのか、薬事承認をどのように進めるのか、などが計画されておらず、それらを統合的に立案し実行する全省庁的な司令塔も明確ではなく、開発は平時と同様に企業の自主性に任される部分が多かった。こうした複合的な理由を背景に、結果的に国産ワクチンの開発は大いに遅れた。海外調達のワクチンについても、早期から交渉を行い、2020年の夏以降順次基本合意がなされたが、国際感染症拡大時の国際戦略等の不備により、接種開始で主要先進国に遅れをとった。


 東日本大震災等の災害では、医薬品サプライチェーンの脆弱性が顕在化した。その経験を踏まえて災害時における流通のBCPが強化されるなどの対応が行われたが、最近では、原薬や原材料を特定国に過度に依存している必須医薬品が長期間欠品を生ずるなど、グローバル化したサプライチェーン上の本質的なリスク対応と包括的な危機管理体制の構築には至っていない。


 このような事態に対処するための医薬安全保障の確立は、医薬品産業エコシステム構築においても極めて重要な柱である。医薬安全保障とは、「いかなる事態が生じても安定的または実効的に医薬品を国内供給できるよう危機管理制度を構築しておくこと、すなわち事態発生に備え平時と異なる有事のプリンシプルに基づいて規制を含めた関連施策を運用できる危機管理制度を確立しておくこと、平時から合理的に自律的供給能力と多角的供給能力を高めておくこと」である。


 医薬危機管理に関しては、最も重要なことは国家ガバナンス強化のため司令塔の組織と機能と権限を明確化し、関係行政機関に対しても関係事業者に対しても、申請主義や待ち状態ではなく、主導的役割を果たすことである。リスクマトリクス整備やシナリオ分析評価などにより、医療用医薬品に関わる制度やリソースの不備などを洗い出し、強靭化対策を講ずるとともに、危機発生時に、当該事態が想定内であろうが想定外であろうが、事態に応じた動的オペレーションを行いうる意思決定体制と制度と運用を構築しておく必要がある。また医薬品の規制の在り方については、レギュラトリーサイエンスを強化し、規制内容の国際調和を十分に図り、承認遅延のリスク(医薬品が患者に届かないリスク)と承認効率化のリスク(承認プロセスの効率化により安全性が平時ほど担保されないリスク)のバランスの中で、評価方式や手順の効率化によって、合理的かつ柔軟な規制の運用プリンシプルを確立すべきである。また、臨床手続きやデータ分析など事業者単独の努力では実行効率が悪いことから、申請主義ではなく政府主導型の支援制度を構築すること、あるいは訴訟リスクや事態収束後の治療薬等のニーズ減少リスクなどのヘッジも対応を検討する必要がある。


2. 目的とスコープ


 当提言は、当PTが中間目標として掲げてきた通り、政府が今夏改定を目指す医薬品産業ビジョンに対して行うものであり、その目的は、医薬品等の研究開発力の強化・育成を図るため、医薬品産業政策の医薬品関連政策上の位置づけを明らかにし、医薬安全保障の概念を取り入れた医薬品産業エコシステムを構築することである。同ビジョンの実効性を担保するため、その環境整備の提言も含むこととし、政府にロードマップの提示を求めた上で、当PTで引き続きフォローアップを実施する。また当提言に基づいた医療品産業振興の方向性と対策については、今夏策定される骨太方針に反映させることを目指す。

 なお、新型コロナウイルスワクチンに直接関係する提言には★を付した。


3. 提言

3.1. 医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の構築


3.1.1. 明確で骨太なビジョンの制定に向けて

(医薬品産業ビジョンの位置づけ)

・健康長寿と経済成長の好循環を実現し、有事に国民の生命を守ることができる医薬品産業の発展を促すことは我が国の重要政策の1つである。創薬力強化は喫緊の課題である一方で立ちはだかる課題は多岐にわたり、構造的な課題もあるなかで断片的な個別課題を扱うのみで解決される状況にはない。医薬品産業政策を社会保障の従属政策ではなく主要政策として位置づけ、薬事制度・保険制度・財政・税制など関連施策を所与とせず一体となった医薬品産業エコシステムの構築が急務である。ここでいう、医薬品産業エコシステムとは、「基礎研究・実用研究開発・薬事承認・保険収載・市場流通・安定供給といった一連の流れのなかで、政府の適切かつ効果的な支援と、多様な主体の交わりや協働によって、当初からグローバル市場を見据えた知財戦略を含む事業戦略に基づいて、迅速かつ有機的な創薬イノベーションを実現すること。また、如何なる事態が生じても、医薬品を安定的に生産し国内外市場に供給すること。これらを通じて、医薬品産業が適正な利潤を確保し、その一部を効果的に研究開発や生産基盤の投資に回し、次なる創薬に向かって取り組むとともに、こうした過程を通じて我が国全体の経済成長と財政構造改善にも資する好循環」のことである。医薬品産業ビジョンではこうした医薬品産業エコシステム実現のため、明確で骨太な方針を打ち出し、具体的方策を明記すべきである。

(大胆な政府投資目標の設定)

・特に研究開発から事業化までの基盤整備や製造拠点整備、あるいは医薬安全保障などの領域では、民間のみによるリスク引き受けは困難である。そのような状況下でも、第5期科学技術基本計画実行のための政府研究開発投資の総額規模約26兆円に対して、医療分野の研究開発関連予算は約1.4兆円程度しか振り分けられていない。したがって、政府研究開発投資の全体目標のように、大胆な投資目標を設定すべきである。たとえば、「医療分野の研究開発関連予算は5年で倍増」など具体的に明記すべきである。更にそうした政府投資目標について国民理解の醸成を図るべく、例えばe‐CSTIを活用して分析するなど、その根拠を具体的に明示すべきである。一方で、産業界の覚悟も問われる。こうした政府投資目標も踏まえ、10年後にグローバル売上高上位100位以内の医薬品のうち日本オリジンのものを倍増させるべく、製薬企業においても積極的に研究開発投資を進めるべきである。


3.1.2. 医薬品政策に係る司令塔の抜本強化

(戦略立案司令塔の確立)

・現在、医薬品産業政策や医薬安全保障政策を共に統合的に立案し実行する司令塔機能は設置されていない。一方で、研究開発については内閣府に健康医療戦略推進本部及びその事務機能である健康医療戦略推進事務局が設置されており、一定の成果が得られているが、研究開発に係る関係省庁の調整機能にとどまる。また、厚生労働省においても規制と産業振興のバランスが取れているとは言い難い。今回の新型コロナウイルスワクチンの研究開発においては、出口側の関係する薬事制度の運用等も含め、政府の主導的関与や統合的支援もなかった。今後は、国民の健康安全保障の観点が必要なワクチン等の開発について、研究開発支援を含めた産業政策と安全保障政策を統合的に扱い戦略立案を行う司令塔としての組織体制の構築を検討すべきである。その際には、国内外の情報収集・分析と危機管理の役割も含め国政の重要事項を総合調整する機能を果たすべく、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)とも連携し、厚労、経産、文科はもとより3省以外の関係省庁の知見も導入した上で、省庁縦割りを徹底的に排するべきである。また、総合的な戦略を立案するとともに、戦略に基づき、関係省庁・機関に政策を行わせるためには、それ相応の経験と知識と関係省庁への発言力を有する人材を配置することが重要であり、例えば、政治任用の補佐官を専任で担当させるなど実行性の高い組織とすべきである。当面は、健康医療戦略推進本部の機能強化を行い、しかるべき時期に上記の機能を本質的に果たしうる戦略立案司令塔を設置すべきである。

(AMEDを中核とした実務レベルでの司令塔機能の強化)

・新規モダリティや感染症・ワクチン領域等の研究開発を促進し、実用化に結び付けるため、米国BARDAを参考に、国の医療関係の研究開発費の配分・執行を行うAMEDの司令塔機能を強化すべきである。特に、新興感染症の流行などの緊急時においては、速やかなワクチン・治療薬開発が実施できるよう、有望なシーズや技術を持つアカデミアや企業等のマッチング・資金配分を行う体制が不可欠である。そのため、AMEDにおいて国内外の企業、ベンチャー、アカデミアが進めている新規モダリティ等の研究開発状況を把握・分析し、実用化・事業化のためのポートフォリオを描く戦略立案機能が必要であり、併せて各省の縦割りを排した機動的かつ中長期的な予算配分を実施する権限と財源を持たせるべきである。

・特に、感染症・ワクチン領域については、シーズ起源の内外を問わず、最適ポートフォリオ組成による民間企業への支援と国際政治上の影響力を強化することで、グローバルアライアンスネットワークの構築など戦略的国際協調を進めるべきである。

(厚生労働省医薬品関連部局の組織統合)

・厚生労働省における医薬品行政は、大臣官房厚生科学課(研究の総括など)、医政局経済課(企業窓口など)、医政局研究開発振興課(アカデミアの窓口など)、医薬・生活衛生局(薬事承認など)、保険局医療課(保険収載・薬価改定など)、健康局結核感染症課(AMR対策や感染症薬備蓄など)、健康局予防接種室(ワクチン)などと、とりわけ多くの部局が所掌しているため、規制と振興の分割に留意しつつ、医薬品・ワクチンに関連する部局を、平時と緊急時の役割・機能の違いも含めて整理し、組織再編に向け検討すべきである。


【医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の実現に向けた組織体制と司令塔機能】

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3.1.3. 医薬品に係る国家的戦略の確立

(医薬品産業戦略の確立)

・財政制約のもと、官民総力を結集し医薬品産業エコシステムを構築するために、医薬品産業の国家戦略目標を明確にした上で、過去の研究開発の経験なども踏まえながら、シーズ研究から薬事承認や流通を通じて医療機関等に届けられるまでの一連のプロセスのなかで顕在化する課題を、統合的に解決するための医薬品産業戦略を確立すべきである。

・政府による研究開発ターゲティングの明確化を通じて、民間による研究開発投資を呼び込んでいくことが極めて重要であり、政府が示す研究開発政策を共有しながら、産学官が協調して研究開発活動を進めていくことが必要である。

・新規モダリティの戦略的ポートフォリオ組成については、それぞれ市場将来性や日本の強み弱みなどの分析、希少疾患も含めた重点開発対象とする疾患領域、国内産業と海外産業の協調の在り方、研究開発から製造販売流通までのプロセスで日本が抱える課題の洗い出し、医薬品安全保障上の必要性、構造改善のコスト合理性やフィージビリティ、などを検討した上で、目指すべき領域を大胆に具体的に提示すべきである。

(医薬安全保障戦略の確立)

・医薬安全保障の観点からみた医薬品の安定供給のための戦略を確立し、主要な柱として位置づけるべきである。あらゆる事態に対処できるよう、国家ガバナンス体制と危機管理制度の構築、自律的供給能力と多角的供給能力の向上を図るため、戦略立案機能において、内閣官房等の関連部局とともに、必要な処理体制・運用・対処方針等を定めておくべきである。

(国際戦略の確立)

・世界の社会課題解決に当たり、日本が医薬品によって主導的役割を果たし、それに伴ってグローバル市場を勝ち取っていくことが重要であり、そのためには、研究で成功し国内市場で成功したら海外展開するという発想から脱却し、シーズ研究の初期段階からグローバル市場を睨んだ国際事業戦略を明確に描くことや、日本の強みを分析・特定し、更に伸ばしていく戦略等が必要となる。また、海外シーズ研究に対する投資と国内移転や、医薬品の安定供給、更には製造拠点や臨床拠点などの整備について、全ての領域を内製で行うのは合理的ではなく国際的な連携や協調の視点が重要となる。日米共同声明等、既存の国際約束を具体化するためにも、こうした医薬品等に関する骨太な国際戦略を確立すべきである。

(バイオセキュリティ戦略の確立)

・遺伝子操作とバイオ技術の向上によるバイオテロ等のリスクに対処するため、2019年に国際標準が制定され(ISO35001)、欧米を中心にバイオセキュリティ戦略の策定が進められている。早急に戦略を策定し具体的な対処方針を定め、対処が必要な機関については支援策を講じるべきである。

(レギュラトリーサイエンスの確立)

・新規モダリティなどに対応するため、その評価手法や技術を民間企業、アカデミア、規制当局で早期から確立するとともに、産業戦略に基づいて早期の民間事業参入を促すためのフォワードガイダンスの手法を確立すべきである。

3.2. 事業戦略に基づくシーズ研究と橋渡し機能の強化

日本では長らくシーズ研究の事業化に大きな課題があり、この死の谷問題を解消することは、創薬力強化の中心的な課題である。日本では、リスクマネーの提供者と事業化の担い手と研究者のマッチング機能や交流の場が決定的に少なく、あったとしても大半は政府がシーズ研究育成の観点で政策的に設置運用している場合が殆どで、投資家目線の民間資金や知見の流入は限定的であり、必然的にシーズ研究は知財戦略や資本戦略などを含む事業戦略に基づかない論文指向の研究が中心となる。従ってVCやIPOを含む民間リスクマネーや優秀な人材を獲得しにくく、アカデミア発ベンチャーが育たたず成功例も少ない。

一方で、有望な医薬品ベンチャーが立ち上がっても、そもそも成功例が少ない創薬市場にVCやCVCなどリスクマネー提供者が根付いていないため、リスクマネー供給が十分でない。VCの層がそもそも薄いのに加え、事業化担い手である大手産業界も、国内市場では十分な利潤を得られず海外収益や海外からの創薬起源移転が既に過半を占めるため、オープンイノベーションは海外指向となっており、国内ベンチャーにリスクマネーが向かない。また大手の売上高に対する研究投資比率は約20%弱と主要創薬国に比べて遜色ないものの、資本規模自体が小さいために外部シーズ研究へのリスクマネー総額も必然的に限定的になる(米国1社あたりの投資額は日本の8倍以上)。

こうしたマッチング機能やリスクマネーの課題に加え、創薬戦略に合致した一貫した人材供給制度の不備や不十分な製造開発拠点整備、大学改革が道半ばであり未だ閉鎖的な部分もあること、皆保険かつフリーアクセスが保障された国が故に多大なコストを要する我が国の臨床試験・治験環境など、様々な課題があり、結果的にシーズ研究とリスクマネーの悪循環となっている。現在、世界で創薬パイプラインの主流を占める新興バイオスタートアップが日本に育ちにくいのは、そうした環境が原因と考えられる。

3.2.1. 産業戦略に基づいた研究開発ターゲティングの明確化

(重点研究領域の設定と長期的投資)

・AMEDでファンディングしている医薬品新規モダリティ領域への戦略的ポートフォリオ投資が重要であり、医薬安全保障に基づく医薬品産業エコシステムを勘案し、事業戦略を見据えて内外の民間出資が十分に獲得できるような質の高いシーズ研究領域を改めて設定し、重点的かつ大胆にトップダウンファンディングを行うべきである。官民ファンディング割合の目標値も設定すべきである。また、シーズ研究側にとって使い勝手の良い制度とすべきである。一方で、トップダウンファンディング強化に伴って、ガバナンス強化と更なる透明性の確保が必要であり、具体的検討を行うべきである。

・シーズ研究に必要な平均年数は7年以上とされ、平成25年に有期労働契約の研究者の雇用環境を改善するため大学等及び研究開発法人の研究者、教員等については、無期転換申込件発生までの期間5年原則を10年とする特例が設けられた。しかし、財政支援は平均3年から5年で打ち切りとなっている。一定の期限を設けることはステージゲートとしての役割として重要であるが、参入に対する委縮効果とならないよう、フォワードガイダンスを強化し、運用の透明性向上とガバナンス強化を図るべきである。

(バイオ医薬品や個別化医療への更なる大胆な重点化)

・医薬品の付加価値創造の重心が低分子からバイオ医薬品等の新規モダリティに大きくシフトしている中で、バイオ医薬品等の新規モダリティへの重点投資の重要性が益々高まっている。新型コロナウイルス感染症で明らかになったように、医薬安全保障の観点からも、改めて大胆な重点化をすべきである。その際、増大する開発リスクやコストの吸収という視点も盛り込みながら、支援を行うべきである。

(新規のモダリティに対応したワクチン開発の推進)

・今回の新型コロナウイルス感染症のワクチンでいち早く実用化され高い効果が確認されているものは、遺伝子改変技術を活用したまったく新しいモダリティによるワクチンであり、危険性の高いウイルスを直接扱うことなしに、ウイルスのゲノム情報さえあれば短時間でワクチンを開発することが可能となった。この新しい技術によるワクチン開発は、従来の感染症研究やワクチン開発の延長では生み出されず、遺伝子治療技術等の革新的な技術分野への重点投資は極めて重要である。★

・今回、注目されたmRNAワクチンへの重点投資は、今後の新型コロナウイルスの変異株動向に鑑みて国策として必須である。調整費等も活用し重点配分すべきである。また、データ利活用を含め研究開発に必要な基盤を強化すべきである。★

・こうした医薬安全保障対象のワクチンについては、入口での開発支援のみならず、出口での調達支援を行うべきである(3.4.2節参照)。★

3.2.2. 戦略的なシーズ研究力の強化

(大学改革の更なる推進)

・大学等のアカデミアでのシーズ研究を実用化につなげるためには、企業のニーズと大学のシーズのマッチングなどにおいて、大学の機能の強化が望まれる。そのため、アカデミア発シーズ研究拡充のため、ベンチャーや事業化を睨んだ事業戦略を行っていくことを大学改革の一環として取り組むべきである。併せて、防衛医科大学校が、我が国の感染症研究に貢献できるような環境整備を検討すべきである。

(研究環境強化のための人材育成支援)

・一貫した人材育成パス

 - 人材育成は本提言の中でも極めて重要な位置づけである。初等中等教育から理系教育の充実を図るべきであり、また特に高等教育においては、優秀な人材のキャリアパス確保のため、大学等において若手研究者が活躍できる環境の整備や大学改革との連携を通じて、統合的かつ一貫した方針を示すべきである。

・医学部薬学部等における創薬研究人材の育成

 - 大学医学部薬学部等において、創薬研究を指向する人材を育成するためのカリキュラムを抜本的に強化すべきである。特に新規モダリティも含めた医薬品の多様化への対応や、医薬品の事業戦略など医薬品産業エコシステムへの対応を強化すべきである。また、優秀な学生であって一定の基準を満たす者については、創薬研究人材や創薬実装人材を育成するためのキャリアパスの柔軟な在り方を検討すべきである。

・研究評価方法の多角化

 - 大学等における研究は主に論文によって評価されることが多いため、論文執筆を指向する研究は評価されるが、社会課題解決を指向する研究は必ずしも適正に評価されていない。論文だけではなく特許数なども含め、研究評価方法を多角化するべきである。日本学術会議をはじめとしたアカデミアと課題を共有しつつ、具体的な解決の方策を検討すべきである。

・人材力の強化と多様な人材供給チャネル

 - 創薬の高度化と効率化に対応するため、また創薬力強化のため、即戦力としてのデータサイエンティストや研究開発支援人材の育成を図り、または異分野からの参入を促すインセンティブ制度を検討すべきである。

・女性研究者の研究環境改善

 - 女性研究者が世界最先端の研究活動に従事し高い評価を得ることが多い一方で、様々な事情で活動を断念せざるを得ない状況があるとの指摘がある。ダイバーシティー推進の成功事例を参考に、女性研究者が活躍できる環境整備をなお一層推進すべきである。

(データ利活用プラットフォームの早期構築)

・世界最高水準の医療の提供、効果的・効率的な研究開発、行政の合理的な政策立案を通じた国民への医療成果の還元を実現する上で、リアルワールドデータやゲノム・オミックスデータを含めたデータ利活用プラットフォームの構築は極めて重要である。特に、今後も我が国が創薬大国として他国に遅れを取らぬためには、創薬における薬事承認申請にも資する広範なデータ利活用プラットフォームは早期に構築すべきである。また、データ収集・管理・利活用の各フェーズで必要なデータフォーマットの品質利活用基準について、電子カルテ情報も含めた標準化のほか、関係機関間の相互運用性、倫理や個人情報も含めたデータセキュリティ、システムの国際連携なども早急に具体化すべきである。我が国一丸となって、必要となる法改正も含めた検討の上、官民一体となって世界最高水準のプラットフォームを速やかに構築すべきである。

(研究環境整備)

・高額機器の共用化

 - モダリティの高度化に伴って必要な研究設備も複雑化・高額化の一途をたどっている。いわゆるグローバルメガファーマに資金力で劣る我が国の製薬企業の研究開発レベルを落とさないためにも、高額な研究設備の共用化を検討すべきである。共用研究設備の購入は、複数企業による共同購入の他、公的資金による大学等への共用研究設備の整備を進める形も考えられる。

・臨床研究法の見直し(臨床研究に係る負担の軽減)

 - 既に上市されている医薬品も含め、その臨床的な有用性や意義を追求することで新たなイノベーションを生み出すこともあり臨床研究の適切な推進は重要な課題である。臨床研究の信頼性の担保を目的として臨床研究法が制定されたが、研究の迅速性を妨げている側面について指摘する声もあることから、臨床研究の信頼性と迅速性のバランスを念頭に制度の見直しを進めるべきである。

・AIやスパコンを活用した創薬の効率化

 - 高度化が進む創薬研究に当たっては分子構造解析等で膨大な計算を必要とするため、その処理速度の向上による試行回数の増加は、イノベーションというアウトプットへの近道であり、創薬研究にAIやスパコンを積極的に活用すべきである。

3.2.3. 橋渡し機能の抜本的強化

(オープンイノベーション拠点)

・民間リスクマネーや優秀な民間人材を獲得でき、知財戦略を含む事業戦略やエクジットまでの絵が描ける事業指向のシーズ研究やアカデミア発ベンチャーを育てるため、海外の有力な大学や企業、VCなどとの連携も視野に入れた魅力的なオープンイノベーション拠点を政府主導で創設すべきである。拠点への政府の出資は、民間投資を促すものとし、運営も民間主体とすべきである。既存の政府設置の同趣旨機関は、機能統合や強化なども含めて運用形態を早急に見直すべきである。

(大学等シーズ研究マッチングプラットフォーム)

・前述のオープンイノベーション拠点を中心に、大学等が行うシーズ研究を国内外とマッチング可能にするプラットフォームを構築すべきである。特に、産官学それぞれにおける研究者同士のマッチングについて、研究者にとって同様の研究に関心・専門性を持つ研究者が探しにくく、現状は学会等での個人的つながり、ネットサーベイ等に依拠し非効率である。研究者データベース等の活用を含めたマッチングの促進を図るべきである。

(大学等シーズ研究発掘人材)

・埋没しているが優れているシーズ研究を発掘し、事業戦略やリスクマネーとマッチングできるような、世界で活躍する高度人材を、ポテンシャルのある大学等、あるいは前述のオープンイノベーション拠点等で柔軟に採用できる制度を創設し、財政支援をすべきである。

(創薬ベンチャーの更なる育成)

・モデルナやビオンテックといったベンチャーが開発を行った今回のコロナワクチンの例でも明らかなように、世界的に見ても革新的な創薬シーズの開発はベンチャーが行うのが主流になってきている。日本発の革新的な創薬シーズの開発・実用化のためには、地道なベンチャーの育成とそのシーズを創薬まで結びつける取組みが不可欠である。一方、創薬分野は、治験費用も含めた多額の開発投資資金が必要であり、バイオ医薬品の開発となると更にリスクも必要額も増大するが、現在の日本のベンチャーエコシステムでは治験に必要な1件当たり50~100億円規模にも上る金額の資金調達を迅速に行うのは困難である。創薬ベンチャーに対するリスクマネー供給を拡充するためには、引き続きJICやDBJ等の政府系金融機関によるリスクマネー供給を進めるとともに、ベンチャーキャピタリスト等とも密に連携を取りながら、政府がその呼び水となるような大胆な治験費用等も含めた創薬ベンチャーの実用化開発費用の支援を検討すべきである。また、新興企業用の株式市場における上場時の価格の在り方について検討を進めるべきである。

(治験環境の整備)

・創薬力強化の観点から、重点支援分野への研究開発支援については、財政的支援のみならず、治験薬製造・被験者確保・承認プロセスなどの支援が可能な具体的制度を創設すべきである。たとえば、国民・患者の理解や参加促進のための臨床試験ポータルサイトの充実・治験参加の相談受付マッチング制度の創設に加え、臨床研究中核病院を中心とした複数施設による治験ネットワークの形成などの対策を講じるべきである。また、知財戦略を含む事業戦略の立案などを含めハンズオン支援が可能な制度とすべきである。これらは特に事態発生時等に鑑みてプッシュ型支援が可能な制度とすべきである。

・国内の治験拠点整備をより一層進めるべきである。

・海外の治験拠点の戦略的利活用を推進すべきであり、その為の支援策を講じるべきである。

(投資環境向上等のための積極的情報開示)

・創薬ベンチャーへの投資環境向上のため、研究開発力など非財務情報の積極的開示は極めて重要となっている。加えて、サステナビリティとSDGs対応はあらゆる産業で主要な課題になっているが、医薬品産業は将来的に社会的課題解決事業としてサステナブルファイナンスを呼び込める可能性があること、一部の関連産業で発生した不祥事事案を受け信頼回復が急務なこと、政府投資拡大に向けて医薬品産業に対する国民の更なる理解醸成が必要なこと、など、非財務情報の積極的開示は投資環境の向上に資するものである。その在り方に関し早急に取りまとめ、関連取引所などとの連携を通じて積極推進すべきである。

3.3. 産業競争力の強化

3.3.1. 産業構造再編

・国内製薬産業を世界で伍する産業にするため、研究開発型の内資企業については、投資力増強と国内外のベンチャー・アカデミアとのネットワークの構築、サプライチェーンの一層の強靭化を図ることが必要であり、ベンチャー買収のみならず、外資企業とのグローバルアライアンス提携や企業同士のM&Aを進めるべきである。そのため、予算税制上のインセンティブ付与を検討するとともに、薬価政策においても、長期収載品から革新的医薬品の薬価への財源移行を更に進めるべきである。

・同時に、特定の分野で突出した強みを発揮できるような企業の存在も必要である。内資企業が後者の道を進む場合には、医薬品そのもののイノベーションに注力できるよう、水平分業を意識してCROやCDMO等をより効果的に活用することや、優良シーズ回収のためのリスクテイクを可能とするリスクマネーを受け入れることなどを含めた事業戦略を練る必要があり、国としてもそのための環境整備を進めていくべきである。

3.3.2. バイオ医薬品の製造拠点整備

・バイオ医薬品は、今後の我が国の医薬品産業の競争力を向上させる上で極めて重要なターゲットである。また、現在、バイオ医薬品の国内製造基盤は脆弱であり、その整備は喫緊の課題である。そうした中で、政府は、新型コロナウイルス感染症ワクチンの国内生産のための基盤整備を緊急で行っているが、今後、製造拠点整備に当たっては、平時における施設の運用コスト等も含め事業採算性や持続可能性等を産業政策の観点から勘案し、平時はバイオ医薬品の製造、有事はワクチンの製造と切り替えられるような、柔軟な製造拠点の整備を目指すべきである。★

・また、単に製造拠点の国内設置だけに注目するだけではなく、バイオ医薬品には低温管理が求められる場合があることも踏まえ、国内空港をコールドチェーン物流の主要パーツとして活用しながら、日本にバイオ医薬品の製造ハブとしての強みを持たせていくことも考えられる。

3.3.3. 知的財産戦略

・低分子医薬品における知的財産戦略は、専ら分子構造の特許権利化のみであったが、革新的医薬品のモダリティの中心となるバイオ医薬品や再生医療においては、細胞の培養や分化、検査や品質管理など、製造に至るまでの技術の研究開発が極めて重要となっており、いわば擦り合わせ技術に関する世界標準戦略やオープンクローズ戦略等を含んだ知的財産戦略が求められる。従来、シーズ研究のみに偏重していた知的財産戦略を、CDMO等を含めたバリューチェーン上の総合戦略にシフトすべきである。

・橋渡しを行う拠点などにおいて、知的財産戦略の立案を担う人材を配置するよう仕組みを整え、医薬品分野で指向すべき知的財産戦略に基づいた研究開発が行えるようにすべきである。

・シーズ研究に関する国の支援事業について、無意味な特許出願をすることがないように知的財産権を含めたコンサルティングを行う機能を強化すべきである。

3.3.4. 総合ヘルスケア分野への進出

・医薬品関連産業にとって他産業との連携や多角化などを通じて、医薬品外も含めた総合ヘルスケア分野への進出を図ることは極めて重要である。たとえば、ビッグデータによる予防を含めたデジタルツールによる新しい医療を提供できれば、より高い次元のQOLの実現、一段高いレベルのエコシステムの構築につながり、更には、より合理的な財政運用も可能となる。このため、医療機器プログラムや非医療機器のデジタルツールの実用化等を支援し、製薬企業の総合ヘルスケア分野への進出を促すべきである。

・特に医薬品と対をなして患者のQOL向上に貢献できるアプリを含む医療機器等との連携も踏まえた総合ヘルスケア戦略を立てることが重要である。また、パーソナルヘルスレコード(PHR)の利活用促進に向けて、医薬品産業も積極的に関与するべきである。PHRサービスを提供する民間事業者と官民連携の上で、より高いサービス水準を目指すガイドラインの策定及び当該ガイドラインの遵守状況を認定する仕組みなどが整備されるよう、必要な支援を行うべきである。

3.3.5. 社会変化への適合と医薬品ライフサイクルの循環

・健康福祉や安全安心を担保する規制の在り方について、安全上も産業上も合理性を失っているものについては、規制改革本部との連携も併せて積極的・定期的に見直しを進めるべきであり、具体的な仕組みを創設すべきである。今回のコロナウイルス流行をはじめとして社会環境変化への対応するためにも、セルフケア・セルフメディケーションを推進すべきである。加えて、絶え間ないイノベーションの連鎖を止めないためにも、品質と安定供給が確保されたジェネリックの上市及び使用の促進、その受皿となる事業者の安全性や安定供給に係る対応力の向上など業界の強化、更には医療用医薬品のOTC化も積極的に推進すべきである。

3.4. 医薬安全保障

 災害・事故・感染症・法令違反事案・国際秩序劣化・国際紛争など、あらゆる事態が発生しても、国主導で医薬品を安定的に供給できる体制を構築しておくことは急務である。すなわち、国家ガバナンス体制と危機管理制度の確立とともに、自律的供給能力や多角的供給能力の向上のための具体的な体制や制度を構築が必要である。

3.4.1. 医薬安全保障体制の確立

(戦略立案司令塔の確立~備え~)

・従来決定的に欠けていた医薬安全保障体制を確立するため、3.1.2節で、当面の措置として健康医療戦略推進本部の抜本的強化、更にしかるべき時期に医薬安全保障体制に必要な機能を果たしうる本質的な戦略立案司令塔の設置を求めた。当該司令塔においては、研究者や関係企業、専門家も含めて外部有識者を交えたTFを設置し、当該TFの意見も聞きながら、医薬安全保障の観点からみた医薬品の安定供給のための戦略を確立し、あらゆる事態に対処できるよう、国家ガバナンス体制と危機管理制度の構築、自律的供給能力と多角的供給能力の向上を図るべきである。内閣官房等の関連部局とともに、次項に述べる事態対処司令塔も含め、必要な危機管理戦略・体制・制度・手続き・権限等(以下参照)を定めるべきである。

 - 体制や制度については、必要に応じて、関係大臣の臨時招集、地方自治体や産業界、大学等研究機関などとのコンソーシアムの組成、健康や医療分野に関する事態を所掌する副長官補の指名、危機管理監の所掌への明記、関連組織との関係の明確化など。

 - 手続きについては、対象となる事態の定義や類型化、認定基準や認定プロセスと基本対処方針、リスクマトリクスの整備とリスクシナリオ立案分析評価(想定した事態への対処(安定供給を継続するための対処)とともに不測の事態への対処、必要な権限やリソースの洗い出しなど。


【リスクマトリクスのイメージ】

Souyaku_report_risk_matrix

(事態対処司令塔の確立~対処~)

・事態発生時には様々な関係機関との連携や協力が必要になる。新型コロナウイルス感染症についても同様であり、今後の国産ワクチン開発を円滑に進めるためにも、健康医療戦略推進本部の下に設置されているワクチンTFを拡充するなどにより、(国産)ワクチンの研究・開発から臨床治験、承認、生産体制の確保までを一貫して主導・対処する省庁横断的な司令塔機能を整備すべきである。

・新型コロナウイルス感染症だけではなく、今後発生した事態に対する初動対応として、事態の進展とともに顕在化する課題に応じて動的オペレーションを関係省庁横断で行うことができる常設の事態対処司令塔機能は今後の備えとして極めて重要である。しかるべき時期に、上記のワクチンTFを更に発展・拡充することなどにより、事態対処のための常設の司令塔機能を設置すべきである。

(医薬安全保障対象品目の選定)

・我が国の安全保障上、国民の生命を守るため、切れ目のない医療供給のために必要な安定確保医薬品として、医療上必要不可欠であって、汎用され、安定確保が求められる医薬品が選定されている。これら安定確保医薬品のうち、特に優先度が高いものから重点的に、必要性・非代替性並びに戦略的不可欠性などの観点で洗い出し、加えてシナリオ分析評価等を用いて緊急事態発生の蓋然性や社会的影響も加味し、医薬安全保障上の措置を定めるべきである。その際、政府として当該品目のサプライチェーンと自律的供給能力を把握しておくべきである。なお、制度の運用上、重要性のクラス区分を設定することが望ましい。

・医薬安全保障上の措置として、設備投資支援、政府調達備蓄、薬価制度における対応など、必要な支援措置を検討するべきである。なお、国際取引価格への過剰なインパクトを生じさせることがないよう留意する必要がある。

3.4.2. 緊急時の医薬品開発体制の確立

(緊急時の医薬品開発体制の確立)

・事態発生時における必要医薬品については政府主導による開発着手要請の基本方針を策定し官民意識を共有すべきである。制度化し具体的な支援枠組みを整備することも検討すべきである。

・臨床手続きなどの承認プロセスでは、平時の企業申請主義ベースから政府主導型の支援に切り替え運用すべきであり、その為に必要な具体的措置を講じるべきである。★

・企業にとっての訴訟リスクや事態収束後の当該医薬品ニーズの減少リスクなどのヘッジも考慮する必要がある。★

・被験者が十分確保できない事態に備え、政府主導で臨床試験に必要な基盤の整備を進めるべきである。また、国内でも治験を開始することを前提に、政府主導で製薬会社が海外治験を実施できるよう必要な支援措置を講じるべきである。治験実施国では供給義務を負うため生産能力向上が必要となるため承認を得て供給を開始するまでの一連のプロセスに対する必要な支援も検討すべきである。★

(緊急時の薬事承認制度の確立)

・事態発生時の評価方式や効率的な手順について、レギュラトリーサイエンスを強化し、規制内容の国際調和を十分に図り、事態そのもののリスク、すなわち承認遅延のリスク(医薬品が患者に届かないリスク)と承認加速のリスク(承認プロセスの加速化により安全性に係る予見性が平時より低下するリスク)のバランスの中で、合理的かつ柔軟な規制の運用プリンシプルを確立するべきである。★

・米国のEUA(緊急使用許可制度)を参考に、緊急事態において未承認の医薬品の使用を許可する制度の導入について、運用基準を含めて早急に検討を行うべきである。★

・平時でも過剰規制と指摘される国立感染症研究所の国家検定については、国際的な規制調和を図りつつ、手続の迅速化及び簡素化を行うべきである。具体的には、動物実験(異常毒性否定試験等)の廃止も含めそのあり方について検討すべきである。★

3.4.3. 安定供給能力の確保

(安定供給戦略の確立)

・安定供給を自律的供給能力で担保していくのか多角的供給能力も併せて担保していくのかは、必要性・経済合理性・国際情勢(供給国)などを併せて戦略的に検討する必要がある。単に産業界に任せるのではなく、国においても定めた戦略を念頭に、各品目ごとにどのように供給能力を確保するかを双方ですり合わせていくことが重要である。

(自律的供給能力)

・医薬品等の原材料や製造に必要な資材などの特定国への過度な依存などグローバルサプライチェーン上のチョークポイントの洗い出しと解消を進めるべきである。例えば抗菌薬については、製造過程上で母核発酵、側鎖合成、原薬合成などの課題が顕在化している。その他にも、医療上必須医薬品では、筋弛緩薬、麻酔薬、解毒剤、ステロイドなどで課題が顕在化している。

・頻発する災害や規制法違反事案なども含め様々な事態における国内サプライチェーンリスクに対する事業継続能力(BCP)の維持向上を図るべきである。

・新規モダリティのターゲッティングについても、医薬安全保障を踏まえたポートフォリオ組成が必要である。

(多角的供給能力)

・グローバルアライアンスネットワークの構築や外資の対内直投促進など戦略的国際協調を進めること、平時より知財なども含めたパイプライン上の戦略的不可欠性(我が国の強み)の洗い出しと確保に努め有効活用すること、米国BARDAを参考に内外問わず最適ポートフォリオ組成による民間企業への積極支援を行うこと、などにより、先進国としての役割を果たしつつも国際政治上の影響力を強化し、調達力を強化することで多角的供給能力を高めるべきである。

3.5. 薬価制度

・薬価制度は、国民皆保険制度のもとで、医薬品のイノベーションの評価を目指しているが、医薬品産業エコシステムを構築する上では予見可能性の低さなどの構造的な課題が多い。研究開発費を生みだせるよう大胆なイノベーションシフトを求める指摘が多いことには特に留意すべきである。更に、産業構造上も健全とは言い難い状況に置かれており、たとえば卸売業におけるマイナスの一次売差や薬価制度とは別枠の補償的資金、あるいは一部の医療機関による卸売業への過剰要求など、特に卸売市場に歪みが生じている。重要なことは、医療用医薬品が全国津々浦々まで患者のもとに安定的に供給されることであるが、現状はむしろ、価格競争の激化と毎年薬価改定の実施により、流通の安定化が損なわれる危機的局面にある。加えて、安定確保医薬品をはじめ、医薬安全保障のためにも安定供給の重要性はより高まっている。

3.5.1. 国民皆保険と創薬力の両立

・中長期的には、産業政策も統合し両者を両立させるためのエコシステム構築のため、例えば、医療上の価値のみにとどまらない医薬品の経済的効果を薬価で評価する仕組みや、画期的な新規モダリティ医薬品等の薬価を販売後一定期間でリアルワールドエビデンスも活用して再評価する仕組み、また、既存薬の新たな可能性を見出した場合に、従来の薬価に囚われずにその価値や投資に見合った薬価を設定できるようにすることなど、従来の発想にとどまらず、イノベーションを適切に評価する観点から、抜本的な制度改正の議論を開始すべきである。

3.5.2. 薬価制度の運用ガバナンス強化

・年次のマイナス改定とともに制度の複雑化や運用の不透明さによる予見可能性の低下はエコシステム構築上の最大の課題であり、薬事制度の存立基盤を揺るがしている。また、薬価制度による継続的かつ大幅な改定を嫌い、日本市場への新薬投入を忌避する場合がある。これらは産業政策が薬事にリンクしていない証左である。他国の状況も踏まえながら、基本的な改定指針を明確にし、当該指針に沿って薬価改定を進めるなど運用ガバナンスを強化すべきである。予見可能性を担保する制度を構築しない限り、表面的な財政抑制のための年次薬価改定は、産業成長力を阻害し財政の更なる悪化を招く悪循環となる可能性に鑑みて、例えば、特許期間にある新薬は改定対象外とするなど、運用方法を直ちに見直すことを検討すべきである。

3.5.3. 薬剤使用の適正化

・処方されても使用されない残薬問題や、代替新薬の開発により効能効果が劣るため学会治療ガイドラインからも除外された医薬品が依然として積極的に市場に流通している問題が指摘されている。そのような医薬品が真に患者のためになっているのか、という観点からも、諸外国の例も参考に、フォーミュラリの活用を進め、長期収載品も含め、医療上の有用性と経済性等をエビデンスベースで評価して客観的・合理的な薬剤選択が現場で行われるような環境整備を図るべきである。

3.6. 産業構造の適正化

(流通市場の適正化)

・医療費抑制を目指す政府と、ゼロ薬価差を目指す製薬業界と、資材調達コスト低減を目指す医療機関の間に挟まれる卸売業界は、長い歴史の中で整理統合を果たしてきたが、実効的な価格決定権を有しているとは言い難く、マイナス一次売差を生んでいるのが現状で、産業構造上健全とは言い難い状況に置かれている。もはや公正取引上の一般原則が成り立つ領域にあるとは言い難い。安定確保医薬品などについては、独占禁止法の再販売価格維持行為禁止の例外とすることも検討すべきである。

・後発医薬品の量的拡充政策を推進してきた結果、医薬品産業や卸売業の売り上げに占める物流コストが激増しているため、医薬品物流の効率化を図る必要がある。適正流通ガイドラインは医薬品の安全性を担保する重要な役割を担っているが、その安全性を疎かにすることなく産業政策として物流効率化の視座も検討し、医薬品物流の同業他社や輸送業者などとの連携と協働による効率化と強靭化の取組みを加速するべきであり、そのためのパイロットプロジェクトの実施や支援制度の創設を検討すべきである。

(後発医薬品)

・後発医薬品は、財政抑制の観点から量的拡大政策が採られ、後発医薬品への置き換え率は8割となっているが、大型製品のような場合、未だに1品目を多数の企業が同時に発売することもあり、厳しい競争環境に晒さている。その結果、異成分混入や回収騒ぎなど医薬品産業全体に対する信頼性を低下させているばかりでなく、より安価な原材料を求めて特定の国への依存度が高まっているなどサプライ品質やチェーン上の課題が顕在化しており、量的拡充から製造管理・品質管理の徹底と確実な安定供給への転換が必要となっている。共同開発制度の在り方(データ作成外部化の負の側面)、診療報酬や調剤報酬などの後発品インセンティブ、国際展開の在り方について、再検討が必要である。

・バイオ医薬品の進展に伴い、バイオシミラーについても開発が進められているが、高額療養費制度による患者負担上限から置き換えに対するインセンティブは現状少ない。バイオシミラーに係る新たな目標のあり方を検討するべきである。バイオシミラーは、バイオ医薬品の製造工程の複雑性等から、後発医薬品に比べて承認時に必要な試験が多く、安全性も高い。しかし、後続医薬品として安定供給・質的担保が重要であることは共通しており、置き換えの進展に向けて、必要な対策を講じていくべきである。

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2019年8月13日 (火)

「年金抜本改革チーム」の提言についての感想

はじめに

 2019年6月27日付で、階猛衆議院議員が、井坂信彦前衆議院議員、井出庸生衆議院議員とともに、「年金抜本改革チーム」を立ち上げ検討を開始したという趣旨の記事をネットで公開しました。そして、7月11日には「75歳からのベーシックインカム」、8月9日には『月8万円の「ベーシックインカム年金」を目指して』という記事を掲載し、将来の改革案を提言されました。まず、こうした活動をされ具体的な提言をまとめられたことに、率直に敬意を表したいと思います。

年金不安を根本から解消するために
75歳からのベーシックインカム
月8万円の「ベーシックインカム年金」を目指して

 まだ今後も検討が続く模様ですので、引き続き成果を楽しみに待ちたいとは思いますが、現時点での感想を記します。おそらく、もうしばらくしたら最新の年金財政検証が発表されることになりそれに関する議論が沸き起こることになるでしょうから、せっかくの抜本改革の提言が埋もれてしまってはとてももったいないです。多分、少なくとも井出先生には気づいてもらえると思いますので、今後の議論の参考にしていただければ幸いです。

本論に入る前に…

 といいつつ、いきなりいくつか苦言を呈します。せっかく真面目に考えて議論して提言しているのに、不正確ないしは誤解を招き得ると思われる記述があるのも、とてももったいないのです。

 まず、「75歳からのベーシックインカム」の中にある、マクロ経済スライドに関する記述において、「厚労省の前回の年金財政検証によれば、将来的に基礎年金の実質的な支給額は約3割も減少する見込みだ」という文章があります。これは、井坂信彦前衆議院議員らが前回の年金制度改正の議論の際にもおっしゃっていたような記憶がありますが、僕はこの表現は誤解を招き得ると考えます。

 この「3割」とは、所得代替率の基礎年金部分が、平成26(2014)年度で36.8%だったものが、マクロ経済スライドの基礎年金部分の調整が終了する平成55(2043)年度には26.0%まで低下する(すなわち36.8%の約7割になる)ということを指して「3割も減少」と表現されているものと理解しています(ケースE人口:中位の数字を使用しています。なお、もしそもそも理解が間違っていたらご指導ください)。

 しかし実際の財政検証で示されたグラフは以下の通りです(出所:「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―平成26年財政検証結果―」厚生労働省、平成26年6月3日、p.21)。

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 ここで示されている金額は物価で現時点に割り戻した額ですから、そういう意味で実質の金額を比較しても、基礎年金は平成26(2014)年で夫婦二人分で12.8万円が、平成55(2043)年では12.5万円となっており、2.4%の減でしかありません。ひとケタ違います。もちろん、夫婦で月12.8万円の収入が3,000円減るということを些少と考えるべきではないとも思いますが、しかし「実質的な支給額は約3割も減少する見込み」という表現は、全くあたらないものと僕は思います。正しくは、「所得代替率が3割も減少する」と記述するべきなのです。

 (なお、所得代替率が減少するのに金額があまり減少しない理由は、「経済成長によって、年金額との比較対象である現役世代の手取り収入が増える」からです。要は、マクロ経済スライドの機能とは、物価に対する購買力は維持しつつ、経済成長によって現役世代の給与額が伸びていくことに年金額が追いつかなくする、ということなのです。もちろん、今後そんなに経済成長するのかという議論はあり得ますが、これは財政検証の前提条件であり年金制度の外の問題ですので、新財政検証が発表された際に再び議論されることでしょう)

 せっかくの真面目な提言なのにこうした記述が紛れ込んでいることは、不要な議論を巻き起こし提言全体の価値を下げてしまうのではないかと、いささか残念に思っています。

 また、同じ文章のその次の項目で、年金支給開始時期の繰り下げについて否定的に触れています。この点については、政府も「年金支給開始年齢の引上げは行わない」ことを既に表明しています(例えば資料「高齢者雇用促進及び中途採用・経験者採用の促進」内閣官房日本経済再生総合事務局、令和元年5月15日、未来投資会議(第27回)資料1、参照)ので、そのことは補足をしておきます。

さて本題

 遠回りになりましたが、この提言の中核は「ベーシックインカム年金」の提案です。僕なりに要約すると、「ベーシックインカム年金」のポイントは、以下の通りです。

○基礎年金の受給期間を65歳から75歳までの10年間とし、国庫負担をやめて全額保険料収入で賄う。支給額の水準は現在と同等。
○75歳以上には、税(上記により浮いた国庫負担分も含む)を財源とする「ベーシックインカム年金」を支給する。支給額は8万円/月を想定。
○現時点で「ベーシックインカム年金」を実現した場合、追加財源として5兆円(稲垣教授の試算によると6.3兆円)が必要。

 これにより、年金財政を安定させつつマクロ経済スライドによる基礎年金の先細りや、保険料免除や不払い等による低年金・無年金者対策とする、というものです。

 まず、こうした具体的な提案がなされたことに、重ねて敬意を表する次第です。「年金制度の抜本改革が必要だ」と主に野党の方々が主張を重ね、「自分たちの政権の時にできなかったじゃないか」と政府与党が反論するというこれまでの構図を踏み出す、ちょっとオーバーかもしれないけどしかし偉大な一歩だと考えます。

 また、そもそもこの議論の背景にある、将来の高齢者の貧困問題は、僕も課題だと思っています。詳細は僕のブログ「金融庁報告書を巡るあれこれ、または政治家はもっと「福祉」を積極的に語ろう」の後段部分で述べていますので、ご覧いただければ幸いです。後述する留保点はありますが、おおむね問題意識は共有できるものです。

 もうひとつこの提案の良い点を挙げると、75歳までとはいえ現行の保険形式の基礎年金を残すので、現役世代が保険料を払うインセンティブは損なわれないのではないかと思われる点です。これは、単純に「税による最低保証年金」という話だと失われてしまいます。75歳からは所得が保証されるが、それまでは頑張って生活しなければならないので、ちゃんと年金保険料も納めておこうと考える余地を残しているのは、センスのある工夫だなと感じました。

議論

 一方、今後もう少し考えたいなと思う点もいくつかあります。念のために記しますが、この制度を否定するために書くつもりはありません。仮に実現するとしたら、この辺をもう少しご検討された方がよいのではないかしらという個人的なご提案としてご理解いただければ幸いです。

 まず、ネーミング。これは政策の内容の是非とは関係ないのですが、でも国民の皆さまに説明するときに、素直に受け取れるネーミングは「高齢者手当」ではないでしょうか。発想としては、ベーシックインカムや年金制度というより、「子ども手当」の高齢者版と言ってしまった方が率直にわかりやすい気がするのです。僕流にこの提案にタイトルをつけると、「基礎年金の75歳での打ち切り」と「高齢者手当の創設」でしょうか。まあ、保険要素がほとんどないにも関わらず「後期高齢者医療保険」という制度もあるので、これを「年金制度」と称しても間違いともいえないとも思いますが(むしろその並びでいうならば、「後期高齢者手当」でしょうか…)。

 ただ、個人的には、この制度は年金制度ではなく、老後の生活の最低保証をする福祉政策と捉えてしまった方がすっきりするようにも思うのです。今後、生活保護制度との兼ね合いも考えなければなりませんし、個人的には生活保護制度の補足率の低さを補うために「生活保護制度の簡易版のような制度」があるといいなと思うところもありますので、そこにかなりあてはまる気もします。そういう意味でも、ネーミングは意外と大事かもしれません。

 もうちょっと本質的な点に触れると、「この制度を、いつから、誰を対象に開始するのか?」ということは、今までの提案ではあまりちゃんと議論されていない気がしますが、これも大事なポイントではないかと思います。可能であれば今すぐでも始めるということを意識されているようにも思えます。しかし、しばしば問題視される「マクロ経済スライドによる基礎年金の先細り」は、先のケースで言えば今後25年かけて段々細くなっていくわけで、今現在はまだ先細っていません。所得代替率で言えば、むしろ過去の想定より高すぎる。ですから、実は今すぐ実行する必要はないのです。

 個人的には、先の自分のブログで書いたように、就職氷河期世代が年金受給世代になる際(15~20年後くらい)には、こうした政策が必要になると思います。まあ、そこまで遅くなくても良いかもしれませんが、新規に税を投入する政策ですから、「なぜこの世代(以降)を手厚く支援する必要があるのか」をその前後の世代も含めて説得できる必要があります。

 就職氷河期世代については、自民党の雇用問題調査会・厚生労働部会でまとめた「生涯現役社会の推進に向けた提言」に記した通り、この世代は大学を卒業した瞬間に雇用の調整弁として扱われるという、少なくとも本人たちには全く責任のない事情があり、その結果年金等の社会保障が満足に受けられる見通しが立たないという結果に繋がっています(なお日経連(当時)が報告書「新時代の『日本型経営』」を発表していわゆる正規社員と非正規社員(ネーミングが違いますが)のポートフォリオという考え方を打ち出したのは1995年、まさにその世代が世に出るタイミングでした)。だからこそ政府も今年に入ってその世代の支援に乗り出したわけですが、働き始めればそれでよいというほど簡単ではないのは、先述のブログ記事で述べた通りなのです。

 そして財源について。稲垣教授の試算によると、月8万円を75歳以上の方に支給するためには2019年に追加財源が6.3兆円、2050年には14.2兆円が必要になるとのこと。そして提言では、相続税の課税対象の拡大が検討されているようです。

 まずこの試算において、現在GPIFが運用している年金積立金はどこに使うのかがよくわからないのですが、年金部分だけで使うという想定と考えてよいのでしょうか。ここは補足してもらえるとありがたいです。もしこの一部が75歳以上の新制度に回せるのであれば、その分財源は助かります。

 その上で、相続税の課税対象の拡大は検討に値するとは思いますが、相続財産が低い人に拡大するのですから、必要額が賄えるくらいの税収増は期待しづらい気がします。また年金のリサイクル制度については、もともと持っていた資産と給付された結果形成された資産の区別はつかないため、相続税に加えてさらに課すのは理屈上困難なようにも思います(そもそも「ベーシックインカム年金貸付金」という制度とするならば話は別ですが)。

 また、相続税をはじめとする資産課税は、結果としてストックを遣ってしまうインセンティブが働くことになるので、期間限定で景気刺激策的に行うのならまだしも、安定した税収を期待するために行うことにそもそも向かないような気もします。

 なお、月8万円という金額は、物価に対するスライドとかは考えておられるのでしょうか?考えてなければセーフティネットの機能が果たせなくなる事態は容易に想定できますし、考えるとすれば財源はもっと必要になります。

 ですので、ここは正面から必要性を説いて消費税増税というシナリオも視野に入れる必要が、やはりあると思います。だからこそ、漫然と「高齢者の生活の安心のため」という抽象的な理由ではなく、「どの世代に特に支援が必要だから」という具体的な対象と支援理由をきちんと議論する必要があるのです。

 そもそも消費税率の5%からの引き上げは、2004年の年金制度改革における基礎年金国庫負担割合の引き上げの財源をそこに求めて議論が開始されたものという経緯があります。紆余曲折を経てやっとこの10月に10%に引き上げられますが、さらに先を見通すときに、この議論を避けていてはいけないのではないでしょうか?

 とはいえ、安易に消費税を持ち出さずそれ以外を模索しようとする姿勢は、それはそれでとても立派だなあと思うという感想は付記します。

おわりに

 ということで、あれこれ思ったことを記しました。あくまでもこれは橋本岳個人の感想です。また、現時点でこの提案に賛成するかと聞かれても、まだ特に財源面とその必要性について説得力に欠ける点があるので、まだ賛成はしがたいです。しかしそれでも、繰り返しますが真摯に検討され具体的な提案されたことはとても立派なことだと思いますし、「ご意見をお待ちしています」とも書かれていますので、何かお応えしたいと思い、夏休みの宿題のつもりで(笑)感想文を記しました。ご笑覧いただければ幸いです。

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2019年7月 1日 (月)

金融庁報告書を巡るあれこれ、または政治家はもっと「福祉」を積極的に語ろう

 令和元年6月3日、金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(以下「報告書」と呼びます)が公表されました。そこからさまざまな議論が巻き起こされたことは多くの方がご承知の通りです。たまたまこの問題をめぐって、何回かBSテレビ番組や『文藝春秋』誌における対談などを通じて野党の方々とも意見交換する機会に恵まれ、自分なりに思うところもありますので、このブログで整理したいと思います。ただ問題が多岐にわたりまた年金制度が複雑だったりすることもあり、少々長くなることはお許しください。


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●報告書の何が問題だったか


 この報告書についてあれこれ論評はありますが、僕が問題だったと思うのは、65歳以上の高齢者世帯の多様さを捨象してしまい一概に平均値でものを語ってしまったことと、また老後に備えた貯蓄の取り崩しを「赤字」ないし「不足額」と表現したことの二点だと思います。


 前者については、「不足額については各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる」と記されている(報告書p.21)ものの、一方で「毎月の不足額の平均は約5万円」「不足額の総額は単純計算で1,300万円~2,000万円」という数字も明記したことで、その数字が独り歩きする結果を招いてしまいました。そして「老後に2,000万円も必要といわれても、貯められない人はどうするんだ!」というツッコミを招くことになりました。こちらの記事(「金融庁の報告書が実はとんでもない軽挙のワケ―年金制度改革の努力を台無しにしかねない」権丈善一)でも指摘されていますが、統計上、ある群における値の分布を把握する方法には平均値だけではなく中央値や最頻値を計算する、その前に度数分布表を作るといった手段がありますが、平均値は外れ値に引きずられやすいという特徴があり(少数のものすごいお金持ちがいることで数字が高めに引っ張られる)、それだけで高齢者世帯全体を把握したつもりで語るには少々乱暴だったということです。


 なお、平成28年10月21日の衆議院厚生労働委員会では、現在立憲民主党代表代行の長妻昭議員が、原田憲治総務副大臣(当時)に家計調査の結果を紹介させた上で(なおその答弁では原田副大臣も収支の差を「赤字」と表現しています)、「2014年、初めて高齢世帯の一ヶ月の赤字が六万円を超えたと。」云々として類似した趣旨の発言をしていることは、付言しておきます。見方によっては、長妻議員の問題意識に対して遅れること3年にして金融庁がやっと追いついたというようにも見えますし、BSフジ「プライムニュース」にて長妻議員が報告書について「前半は素晴らしい」と評価していたのも、そういうことなのだろうなと思っています。ただ、ざっくりした把握にとどまり、精緻な議論ではなく、特に政府の報告書としては貧困世帯等への目配りが無かったといえるでしょう。


 「赤字」「不足額」の表現については、報告書p.10グラフ【高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)】の読み方の問題ともいえます。実収入と実支出を比較すると、確かに差額が月々約5万円あります。そして本文では「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身が保有する金融資産より補填することとなる」と記しています。しかし、その金融資産とは、おそらく退職金を含む老後の備えの貯蓄が大勢を占めるのではないでしょうか。老後のための資産を、まさにその老後のために計画的に取り崩すことを、「赤字額は自身が保有する金融資産より補填」と表現することは、間違いではありませんが、とても違和感を覚えます。


 先の平均値の罠に目をつぶって、仮にこのp.10グラフの状況の高齢者無職世帯が存在するとしてみると、フローについては実収入209,198円/月に対して実支出が263,477円/月となり収支差マイナス54,298円/月となります。しかし実はその横には「高齢夫婦無職世帯の平均純貯蓄額2,484万円」と記されており、約40年分の貯蓄があることになっているため、まあ人生100年時代に十分な備えがあるね、という話で特に問題もありません。子孫に十分な遺産を相続させたいという希望があればまだ足りないかもしれませんが、そこまで政府が面倒を見ることではないでしょう。とある番組ではテレビ局が用意したフリップに、実収入と実支出のグラフだけ記載して平均純貯蓄額の記載が落としてあったので番組中わざわざ指摘をしましたが、フローとストックを両方ちゃんと見なければ意味のある議論はできません。


 本来、老後のためのストックである金融資産形成について議論するための報告書において、「赤字」「不足額」というネガティブな印象を持たせる表現がむしろフローのみに着目した議論を助長してしまい、結果として高齢者の収入の柱である年金制度について信用をいたずらに毀損することに繋がったのは、不用意のそしりは免れえないものと思います。ただ、先に触れた通り実は政府は以前からこの表現を使っており、その時はスルーされていました。今後は改められるべきです。


 なおそもそもこの報告書は、長寿化し、またライフプランが多様化した社会を俯瞰し、必要な個々人の心構えや金融サービスのあり方、そして環境整備として資産形成・資産承継制度の充実や金融リテラシー向上策、アドバイザーの充実、高齢顧客保護のあり方などについて記したものであり、誠に時宜を得た内容でした。個人的には、麻生金融担当大臣には、「受け取らない」で済ませてしまうのではなく、審議会からワーキング・グループに対して必要な見直し等を指示し、後につなげるような対応をしていただくべきではなかったかと思っています。


●老後2,000万円問題? 


 この報告書に対して、様々な批判がありました。まず代表的なのは、「総理、日本は、一生懸命働いて給料をもらって、勤め上げて退職金をもらって、年金をいただいて、それでも六十五歳から三十年生きると二千万円ないと生活が行き詰まる、そんな国なんですか。」という6月10日参議院決算行政監視委員会における蓮舫議員の質問に代表されるような反応です。そもそも、蓮舫議員がおっしゃったようなケースで退職金がもらえたのであればそれなりの金額になるでしょうから、さらに追加的には2,000万円は不要な気がします。あるいは、この質問は、先に述べた高齢夫婦無職世帯の平均純貯蓄額が2,484万円あるという現実(ただし平均で、ですが)を無視しています。おそらくその貯蓄額はほぼ退職金なのだと思います。いずれにしても、蓮舫議員はフローしか目が向いていません。しかし、ご自身がどうかとか今後がどうかとかはさておき、現在の高齢者世帯の約4割は2,000万円以上の金融資産を保有しているという事実は指摘しておきます。もちろん無資産で貧困状態の高齢者世帯もそれなりの割合で存在し課題なのですが、それが全てでもありません。だから「オレオレ詐欺」が犯罪として成り立つのです。なお、蓮舫議員は5分で報告書が読めるそうですが、50ページもある報告書を5分で読むのは驚異的な速読術というべきで、僕には無理です。自分ができるからといって(蓮舫議員ともあろう方が、嘘をついているとかオーバーに煽っているなどということは、まさかまさかないでしょうから…)当たり前のように語らないでほしい。


 報告書において、貧困世帯対策が触れられていないという指摘もありました。先に記した平均値の罠もあり、確かに報告書にはそうした目線や配慮はありません。しかし政策的には厚生労働省が対処すべき政策であり、金融庁に貧困対策を求めるのは所管違いとしか言いようがありません。むしろ資産形成が可能な層を意識した報告書なのであって、そこを十把一絡げに扱ったことは反省すべきですが、それは金融庁が行うつみたてNISAや厚生労働省が行うiDeCoといった資産形成が可能な層に対する政策や、報告書の付属文書2で述べられているような金融サービスへの提言などを否定する理由にはなりません。


 麻生金融担当大臣が報告書を受け取らなかったことについても、衆議院本会議における麻生大臣不信任決議案や内閣不信任決議案の提案理由説明や討論においてたびたび指摘されました。先に記した通り、個人的にはワーキング・グループに差し戻して改めて受け取るような対処法もあったのではないかと思います。ただ、「受け取らない」という形で報告書に対して政府が責任を負えないという表明をしたということであって、報告書自体は6月30日現在でいまだに堂々と金融庁Webサイトに掲載されています。「隠蔽」だの「消えた報告書」だのといった極端な批判はあたりません。Webサイトに掲載され続けているものが「隠蔽」と呼ばれる方がびっくりです。それどんな杜撰な隠蔽やねん!


●で、いよいよ年金について


 さて、以上の批判はあえて年金制度に関するもの以外の批判を記しました。いよいよ年金に関するご批判についてコメントします。


 まず、「100年安心」という言葉がやり玉にあがりました。例えば「政府は100年安心というが、老後2,000万円必要というなら全く100年安心じゃないじゃないか!」というものです。この批判には、ふたつのポイントがあります。まず、そもそも「100年安心」という言葉は、平成16年の年金制度改革の際に使われはじめた言葉だということです。それまで年金制度は、少子化・高齢化が進む中で、給付水準を維持するために保険料を上げ支給開始年齢を遅らせる改革を繰り返してきました。しかし現役世代の保険料負担にも限界があるため、いよいよそのままでは「年金制度が破綻する」ことが懸念されていたのです。


 そこで平成16年の年金制度改革で、発想の転換を行いました。具体的には(1)基礎年金国庫負担割合を1/3から1/2に引上げ財政的に安定させる、(2)保険料の上限を決め、若者世代の負担をそれ以上増やさない、(3)現役世代の減少に対応するように給付水準を引き下げる「マクロ経済スライド」を導入する、の3つの改革を行い、給付水準をだんだん下げていくことで、年金制度の持続性と現役世代の負担維持を両立させ、もって年金制度の安定を図ったのです。また、保険料が固定されるため人口動態と経済状態を想定すれば年金制度の将来見通しが立てられるようになることから、5年に1度財政検証を行い、100年間を見通して積立金を計画的に取り崩しつつ年金制度が安定的に運用できるようPDCAサイクルを回す仕組みも組み込まれました。それが平成16年当時に言われた「年金の100年安心」の意味です。政府がこの言葉を使う時は、年金制度の安心という意味で使っており、平成16年以降まったくブレることはありません。


 ただ、ここ2年くらいで、長寿化により「人生100年時代」という言葉で社会保障政策が語られることが増えました。これは「個々人の人生が100年あるかもしれない長寿社会」という意味でつかわれているわけです。先の批判は、あえてその二つの「100年」を、わざとかうっかりかはわかりませんが混同をして、なんとなくもっともらしい批判にしているものと言わざるを得ません。


 それでも「そもそも年金で生活が成り立たないなどおかしいじゃないか!」という向きもあると思います。どういう老後生活を想定しているのか、どういう年金加入歴なのかといったことにとても左右されますので、もうちょっと具体的に批判してほしいところではありますが、仮に基礎年金の満額受給者を想定しているとすると、平成28年11月16日衆議院厚生労働委員会で、塩崎恭久厚生労働大臣(当時)は、長妻昭議員の質問に対して「年金の支給額はどこまで賄えるかということについては、基礎年金で全てを賄うことは難しく、ある程度の蓄えはやはりお願いをせざるを得ない」と答弁しています。続けて、「単身世帯では、基礎年金額65,008円が基礎的消費支出72,109円をおおむねカバーしている」と具体的な数字を挙げて答弁しており、おおむねカバーということはすなわち完全にはカバーしきれてはいないという状況を既に答弁しています。それを受けて長妻議員も「私も、生活を丸ごと全部できるんですかなんて聞いてないわけで、貯金とかそういうことでないと丸ごとの生活はできない」と述べておられるのです。なお長妻議員は、BSフジ「プライムニュース」でご一緒したときも、同旨の発言をしておられました。したがって、今更「老後生活が年金だけで成り立たないなんてケシカラン!」という向きは、長妻議員の議論をもうちょっと思い出してほしいなと思うところです。


 もうひとつ、平成16年改正におけるマクロ経済スライド導入もやり玉にあがりました。将来的に、現役世代の所得代替率を下げていくことになることは、これはそういう制度改正をしたわけですから事実です。特に基礎年金についてはこの影響がそれなりにあります(物価との比較や名目額で話をするとまた少し違う見え方になりますが)。ではこれをなくせばどうなるか。現在の年金水準が維持され保険料も上げないとなると、高齢世代は増加し現役世代の減少は続きますから、そのうちに積立金が尽きて年金水準を守れなくなるか、または増税ないしは保険料増に再び(しかも早期に)手を付けなければならなくなるという話です。安倍総理が、国会閉会後の記者会見において年金制度について「打ち出の小槌はない」とおっしゃったのはまさにその通りで、年金水準を守るために増税をするのであれば、結局現役世代に過重な負担を押し付けるということに繋がるような気がします。


 またマクロ経済スライドには誤解があり、ずーっと続いてどんどん年金水準が下がることが決められているというものではなく、調整期間を短くすることが可能です。将来の労働力人口を増やすこと、現役世代の賃金を伸ばすことの二つが実現すれば、年金財政が安定し早期に調整が終了し、年金水準が下がりすぎることを食い止めることができます。そのカギは雇用政策と経済成長です。だから自民党はアベノミクスを推進し、最近は「支えられる側」と「支える側」のリバランスを唱え高齢者が働く環境をより長く整えようとしているのです。詳細なメカニズムはこちらの記事(「ミスター年金『年金制度破綻は大嘘だ』香取照幸」)に譲りますが、年金水準が下がることに対応するために年金制度を改革する!という発想は短絡的と言わざるを得ません。年金制度も、他の社会保障制度同様に、経済社会の中で維持されているものなのです。


 また、こうした選択肢を示すのが財政検証とそのオプション試算であり、「前回は6月に公表されたのになぜ今回はまだ出ないのだ!もう本体試算くらいは出せるだろう!」という向きもありますが、逆にいえば「今後どうすればいいか」を考えるオプション試算抜きで本体だけを公表するというのもいたずらに不安をあおることに繋がるので、避けるべきことだと考えます。選挙の有無とは関係なく、厚生労働省にはきちんとオプション試算まで含めて計算して速やかに提出していただきたいとは思います。ただ、あまり焦らせて変な前提を置いてしまったり、計算間違いやコピペミスなどがあったりしたらそれこそ目も当てられない大惨事になるので、そこは見直しなども含めてむしろ丁寧に仕事をしていただきたいところです。


 なお、年金制度を積み立て式にしてはどうかとか、ベーシックインカムにしてはどうかといった議論もまだ行われているようです。現在賦課方式の年金制度を積み立て式にする場合、どのように移行するか、特に現在賦課方式で受給している高齢者を支えつつ、自分たちの分の保険料を納め続けなけなければならない現役世代の二重の負担はどうなるのかについて、具体的に考えてからご提案いただきたいと思います。また、ベーシックインカムについても、具体的な一人当たりの金額、それを配る対象とその人数、およびその予算の調達方法をセットでご提案いただきたいものです。例えば比較的ベーシックインカムに好意的なこの記事(「日本は「ベーシックインカム」導入で変わる―AI時代到来でBIは欠かせなくなる。」中村陽子)では、1人8万円の給付、財源は国民年金・基礎年金、生活保護の生活扶助費、雇用保険の失業保険費や、“強者の年金”といわれる厚生年金(これ財産権を巡る訴訟になりますねきっと)を充てるとしつつ、さらっと消費税率は15%にするとしています。いずれにしても思いつきのアイディアみたいなことを言って「対案を示した」と胸を張られても困るのです。なお党首討論で枝野幸男立憲民主党代表が触れられた総合合算制度は、マイナンバーも導入されたことで環境が整いつつあることもあり、財源があれば低所得者対策として検討には値すると思います。ただし、すでに低所得者の保険料軽減等が行われていること、医療と介護は既に合算する制度があることにはご留意いただくべきです。


●では、年金制度には問題はないの?


 いえ、そうは思いません。現在の年金制度は、老化に備えて世代を超えて支えあう保険制度です。その限界はあるとは思っています。例えば、就職氷河期世代対策です。


 現在45歳で就職できずにずーっと家に引きこもっている方を想定しましょう。おそらくは親が健在で、今まではその支えで暮らしておられるのでしょう。結婚もしていないとします。さて仮に、急にさまざまな支援の結果、フルタイムとはいかないまでも週20時間以上働くパート等で働き厚生年金加入もできたとします。その場合、そのまま65歳まで働き続けそこで年金受給をしようとすると、いくら受給できるでしょうか?


 まず、加入期間は20年間ですから、基礎年金、厚生年金とも満額の半分になります。また厚生年金は、現役時代の給与所得が平均所得の半分程度だったとすると、さらにその半分となります。ここに今年10月の消費税引き上げとともに制度化される年金生活者支援給付金が加わりますが、これも半額。さらにここにマクロ経済スライドによる水準引き下げがかかってくることになります。そうこうしていると、おそらくは年金受給額は生活保護水準を下回ってしまうのです。本来、生活保護にはミーンズテストがあり年金受給と金額だけで比較すべきものではありませんが、仮に65歳時点で親も亡くなり遺産もなく天涯孤独の身となってしまうなどという想定を付け加えれば、もうこれは生活保護の方が断然オトク、という世界が開けてしまいます。だとすれば、何のために45歳から働き始めたのかという話になってしまうのです(もちろん「人はパンのみにて生きるにあらず」であって、自己肯定感を高め社会的孤立を防ぐといった金銭面以外の要素も考慮されるべきですが)。


 ちょっと極端な例に聞こえたかもしれませんが、それでも今回の「骨太の方針」では就職氷河期世代を支援すべきこととしており3年間で100万人を正規雇用にする目標を立てているわけで、でもその結果が単に低年金者を作り出すことになってしまうことに過ぎなかったということなのであれば、かなり悲しい未来像と思わざるを得ません。


 ではこれを年金制度で救うべきか。例えば長妻昭議員は、この解決策として「最低保証年金」の創設をしばしば唱えておられます。ただ、仮に財源問題を棚上げしたとしても、保険である以上、保険料を払うことのできなかった人に対して一定額でも給付をする制度を作ってしまうと、保険料を納めるインセンティブが落ちる結果を招きます。もし財源対策としてクローバックなどを考えようものならなおさらのことです。


 個人的には、ここは福祉制度として考えるべきことではないかと思います。例えば、就職氷河期世代を国が支援することの背景は、人数の多い世代が不況期に卒業することになってしまい、雇用の調整弁としてこの世代が犠牲になった構造的な問題の結果で、本人たちの責任ではないという考え方があります。だとすれば、さまざまな事情で年金保険料が納められなかった人の老後を福祉的思想に基づき支援するということは、考えられてもよいはずです。先ほどの例で、現行の制度を基にしていえば、実は45歳から就職し年金保険料を納めるようになったことで、年金財政には好影響を与えます。また、あまり多くないとはいえ年金を受給しつつ生活保護を受ければ、生活保護財政も年金受給額分返上されるので助かります。現在の制度上、楽にならないのは本人だけなのです。だとすれば、三方一両損的に、年金受給をしつつ生活保護を受給することに本人にもプラスになるような上乗せを認め、仮に生活保護受給者となっても可能な方は仕事を続けるインセンティブになるような解を考える余地は、あるのではないかと思うわけです。また、現在でも生活保護になる手前の人向けに生活困窮者自立支援制度があるわけですが、その中で必要な人に対して、ライトな生活保護的な現金給付を行うようなことを考えてもよいかもしれません。もちろん大前提として、財源問題どうするのか問題をクリアする必要はありますが。いずれにしても、これは社会保障制度の問題というよりも、社会福祉が解決すべき問題だと思うのです。もっと政治は福祉政策を語るべきです。あ、もちろん雇用政策も関係してきますが。


 なお、もちろん健康でさえあれば、より長く働くことにより年金受給開始年齢を繰り下げ、年金受給額を増やすという選択も可能です。もしかしたら、高齢であっても生計を共にする連れ合いができれば、さらにより豊かになる可能性も広がり得ることは付言します。


 この話はあくまでも就職氷河期世代が年金受給者になる時期、早くとも今から15年くらい先に顕在化することです。もちろん、現時点でも類似の例、特に中高年単身女性世帯などが同様の経緯をたどることはあり得るとも思います。したがって、いつの時期にこのような問題意識に則り財源も含めた検討を行うのかは、ちょっと落ち着いて考える必要があります。少なくとも、まず消費税が10%に引きあがらなければ、さらなる負担増につながる話は政治的にはしにくいというのは正直なところです。


 いずれにしても先にも述べたように、年金制度がフォローしきれない課題について、年金制度を見直すことだけで解決しようとするのは、いささか無理があると思います。適切に課題を切り分けて、柔軟に対応を検討する姿勢が必要でしょう。年金制度は、長期間にわたり国民の大多数が関わる制度です。この問題について議論するためには、いたずらに政争の具にすることを避け、できるだけ多くの政党が、一定のルールの中でそれなりの時間をかけて議論をし、共同責任をもって国民に選択肢を示すような枠組みで議論をすることが個人的には望ましいと思っています。


●ちなみに


 文中、長妻昭議員のお名前を何回も書きました。最近のテレビ出演や「文藝春秋」での対談でご一緒してゆっくり議論する機会に恵まれたこと、厚生労働副大臣として臨んだ平成28年の臨時国会、年金額改定ルールを見直す法案等の審議の際にも、さまざまな議論を行われ大変勉強になったことが主な理由です(正直、今回の報告書問題で提起された批判は、長妻議員に限らず多くがすでにその際に論じられたことの繰り返しが多かったように思います)。対談相手としてはとても手強くとても疲れる相手なのですが、真面目な勉強家であることについては、僕は尊敬できる方だと思っています。とはいえ、おかしいことをおっしゃる時もあるのでその時はしっかり反論しますが(^^;


 

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2017年12月31日 (日)

平成29年末のごあいさつ

平成29年(2017年)も暮れようとしています。今年も多くの皆さまとのご縁に恵まれ、健やかに終えることができます。心から感謝申し上げます。

後半の厚生労働部会長としての活動の中で思ったことを少し記します(今年の前半は、「厚生労働副大臣退任にあたり」に記したことと重複しますので割愛します)。

臨時国会で「働き方改革」の法案を仕上げるのが今年後半最大の仕事、と思っていました。しかし、突然の解散総選挙によって来年度通常国会に先送りになってしまいました。政治ですから、そういうこともあります。これは来年の大きな宿題です。

ただ、総選挙時の公約により、消費税税率引上げ増収分の使途変更を行うことになりました。もちろん「人づくり革命」、すなわち幼児保育・教育の無償化や待機児童解消の前倒し、高等教育の無償化等々の必要性は理解しますし、選挙の公約ですから実現はしなければなりません。一方で、財政再建のため2020年にプライマリーバランスの黒字化をする目標は先送りになりました。ということは、将来世代へのツケ回しは今なお続いているということです。消費税増収分の使途変更は、国債発行削減をより少なくする、ということは国債発行の増発に繋がるわけですから、すなわち「未来の世代の負担をより増やす選択」でしかありません。

「高齢者偏重の社会保障を全世代型に変える」という言い方もされます。実は税・社会保障の一体改革の際の、社会保障制度改革国民会議報告書の中で、子ども・子育て新制度を社会保障の一環として消費税財源の使途に位置付ける際に、既に「全世代型の社会保障」という表現を使っていますので、何をいまさら言うのかという思いもあります。ただ、話はそれだけではなくて、これまでは「高齢者に偏った社会保障を、未来の世代の負担で実現してきた」という状態だったものが「高齢者から子育て世代まで全世代の社会保障が、未来の世代により多い負担を科すことで実現される」ということに変わっただけということを指摘せざるを得ません。まあ、教育は投資ですから、未来世代に負担をかけてもそれを上回って余りある教育効果を挙げるような結果に繋がればよいのですから、ご関係の皆さまには、そうしていただけることを切に期待しています。

ただこうした政策決定が、急な解散総選挙のため必ずしも十分な議論なく自民党の公約として掲げられたことは、個人的には実に遺憾なことだと思っています。だから、自民党の人生100年本部での第一回会合冒頭において、抗議を行いました。そしてこの話は、来年のおそらく骨太の方針とともに決定されるであろう、新たな財政再建目標再設定の議論に持ち越されます。厚生労働部会長としての立場上、今の社会保障の水準を下げるような議論にあまり与したくもありませんが、後世の負担について目を瞑るわけにもいかず、おそらく辛い議論を余儀なくされることでしょう。それでもやり抜かなければなりません。そうした勉強や議論をする場を党内どこかに設けられるといいなと思っています。


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なお、今記したような内容は書籍「シルバー民主主義の政治経済学 世代間対立克服への戦略」(島澤諭、日本経済新聞出版社)に触発されたものです。この書籍は財政論を含む社会保障制度の近年の在り方と、10月の総選挙までを含む政治・政策プロセスの変遷とを重ねあわせて論じており、客観的かつ簡潔明瞭に現状の日本が抱えている課題が記されています。ぜひ特に若手の政治家には読んでいただきたいと思い、自民党青年局役員・顧問の先生方には勝手に配らせていただきました(ちなみに僕の自腹で書籍代は支出しています。政治資金ではありません。為念)。ご興味の方は、ぜひご覧いただければ幸いです。こうした議論を積み重ね、課題を乗り越えていくことが、これから私たち自民党がなすべきことです。

とりあえず来年予算編成においては、診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス報酬のトリプル改定を、まあ多くの方々がほっとして頂けるくらいの改定率で乗り切れたものと考えています。また障害報酬サービス報酬改定の食事提供体制加算について、自民党厚生労働部会として継続の申し入れを行い、今回は継続となりました。生活保護水準については、低所得者との比較による改定がありご批判もありますが、生活保護制度が憲法上に記される「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するためのものであり、たとえば「余裕のある生活」の権利保障をするものでない以上、生活保護を受給されていない方々の生活と比較して水準を設定することはやむをえないものと考えます。その上で、子どもの大学進学の支援や、生活困窮者自立支援等をさらに進めていきます。

来年の通常国会では、働き方改革の法案審議や受動喫煙対策、医師不足対策等の重要法案が目白押しです。そうしたものにも全力を尽くして取り組んでまいります。

今年は倉敷市が三市合併50周年を迎え、昨年12月に町制施行120周年を迎えた早島町ともども、節目の年を迎えました。「一本の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~」の日本遺産への登録や、水島港における倉敷みなと大橋の竣工など、多くの方々のお力のおかげで地元倉敷・早島が発展していることはとても嬉しく、多少お役に立てていればありがたいことだと思っています。一方で、障害者就労支援事業所の廃業により多数の方が解雇される不測の事態もあり、障害者福祉と雇用安定行政の連携による対応などにも力を注ぐことになりました。

今年は突然の解散総選挙があり、秋のお祭りや稲の収穫とも重なり、多くの皆さまにご迷惑をおかけすることになりました。しかしながら、地道に「人づくり革命」や「生産性革命」の必要性について訴え、同時に上記のことについても議論をしますとお話をし、93,172票の得票をいただき、4回目の当選を選挙区で果たさせていただきました。選挙を経ることで、多くの皆さまに支えていただいて仕事ができるんだということを再確認できます。心からの感謝を申し上げますとともに、来年もその思いを持って引き続きご期待にお応えできるよう全力を尽くします。

個人的には正月に人生初の入院をするようなこともありましたが、どうにか健康で過ごすことができました。多くの方々との出会いとサポートに恵まれたことに感謝を申し上げるとともに、自らの力不足のために多くの方々を失望させてしまったかもしれず、お詫びしなければならないとも思います。ただそう簡単にものを忘れることもできません。すべてを背負いながら前を向いて進むのみです。

重ねて、ご覧の皆さまに対し、今年一年のご厚誼への感謝と、来年のさらなるご発展をお祈り申し上げます。どうぞよい年をお迎えくださいませ。


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2017年8月22日 (火)

厚生労働部会長への就任にあたり

 本日の自民党総務会において、自民党政務調査会の厚生労働部会長に就任することとなりました。大臣政務官、副大臣と厚生労働行政に携わった上で、党の厚生労働関係の政策責任者という重任をお預かりすることとなり、改めて責任の重さを実感するところです。ちょうど今からだいたい干支一回り前に、衆議院議員として初当選をしましたが、その頃は「部会長」というのは雲の上のような存在と思っていました(ちなみに田村憲久・元厚労相や、大村秀章・現愛知県知事が当時の厚労部会長でおられたような気がします)。二年前に外交部会長も務めてはいますが、改めて感慨深く受け止めています。

 働き方改革の法案化、診療報酬・介護報酬・障害報酬のトリプル改定、受動喫煙防止対策など様々な懸案事項があります。また次期通常国会提出予定の法案についても調整が必要なものもあるでしょう。今回の内閣改造で茂木敏充担当相が就任された「人づくり革命」に関して、テーマの一つとして「全世代型の社会保障」が掲げられていますので、これも議論に加わらなければならないのではないかと考えています。

日本国憲法では、

第二十五条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 としています。憲法制定時ならばいざ知らず、この少子化・長寿化社会においては「社会保障の向上及び増進」というのは困難極まりない命題ですが、少なくともここに記された「思い」は汲まなければなりませんし、同時に

第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
○2  賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
○3  児童は、これを酷使してはならない。

第二十八条  勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。 

 とされていることの意味も考えながら、働き方改革等の政策を検討する必要があるのだろうと考えています。

 微力ではありますが、国会に送っていたただいている倉敷・早島の皆さまへの感謝の気持ちを胸に刻みつつ、いかなる人も安心して生活し働ける社会を目指し、同僚諸兄姉とも議論を重ねながら、ひとつひとつ努力する所存です。引き続きまして、ご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

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2017年8月 7日 (月)

厚生労働副大臣退任にあたり

 昨年8月5日、第三次安倍内閣第二次改造内閣において、厚生労働副大臣に任命されました。それから約一年が経過し、3日には内閣改造が行われ、塩崎恭久大臣から加藤勝信大臣に交代となりました。副大臣および大臣政務官については、7日午前の閣議において後任が決定し、僕は退任となりました。なんとか無事に務め終えることができ、いささかホッとしています。ここで、厚生労働副大臣の一年を振り返ってみます。なお、肩書は全て当時のものです。

(過去の「振り返り」シリーズはこちら;
厚生労働大臣政務官退任にあたり
外交部会長を振り返って

◆そもそも副大臣って?
 
 個々の政策に入る前に、副大臣という役職について触れておきます。中央省庁には、大臣、副大臣、大臣政務官という役職(「政務三役」と総称されます)が置かれ、基本的には国会議員が就任します(民間登用の場合もあります)。これは、議会制民主主義制下において、行政に対して政治がコントロールを効かせることが目的です。

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 政務三役のうち、当然、大臣が最終責任者です。その下で、副大臣、大臣政務官が政策分野を分担して補佐するという形になります。ちなみに、僕の厚生労働副大臣としての担務は「労働雇用、福祉援護、年金」でした。(そして古屋範子副大臣は「医療介護、健康衛生、子供子育て支援」でした)。国会答弁や省内での決裁などは、原則的にはこの担務に沿って分担して行うことになります。

 一方、副大臣は大臣と同様に認証官(皇居で認証式が行われる)ですが、大臣政務官は内閣総理大臣に任命されるのみです。ですので対外的には副大臣は大臣並びの扱いとなる場合があります。例えば、式典等に大臣が出席できずに代理する場合は、副大臣は副大臣として挨拶しますが、大臣政務官は大臣挨拶を代理読み上げという恰好になります。企業組織でいうと、大臣をラインの部長にたとえると、副大臣が担当部長、大臣政務官は部長補佐、みたいな感じでしょうか。

 とはいえ、大臣が最高責任者には違いがありません。厚生労働省はカバーする行政分野が広範にわたるため大臣の負担が大きく、国会での質疑も大臣に集中しすぎる傾向もあります。ボスとしてお仕えした塩崎恭久大臣はとても勉強熱心で、かなり細かい点まで自分で詰めて対応しておられ、横で見ていて僕も大変勉強になりました。ただ「大臣しか答弁を認めない」という議員の方が野党におられますが、正直、あまり建設的な意図があるようには思えません。一方で細かい技術的な質疑は政府参考人(局長など)に振った方が詳しい答弁が出来たりするのも現実なので、副大臣や大臣政務官がどう国会答弁において役割分担するかは、結局ケースバイケースになっているような気もします。

 ただ、僕に答弁をあてていただいたときは、役所が書いてきた答弁案をそのまま読み上げるのではなく、できるだけ自分の言葉で答弁するようには努めました。事前レクの段階で答弁案を差し戻して変更させたり、赤入れして直したりもしました。せっかく答弁させていただくのですから、自分なりの付加価値をつけなければ意味はありません。集計によると280回の答弁機会があったようです。たぶん副大臣としては答弁は多い方だったのではないでしょうか。

◆歴史的な「働き方改革」

 今回の内閣では、「働き方改革」が最大のチャレンジと位置付けられていました。その前の内閣で「一億総活躍プラン」をまとめ、その中で長時間労働の是正や正規社員・非正規社員の待遇差を是正するための同一労働同一賃金の実現が課題とされたことを受けたものです。安倍総理を議長とする「働き方改革実行会議」では、内閣官房が事務局を務めましたが、厚生労働省も兼務等で実務を担当していました。また働き方改革実行会議には、オブザーバとして参加して、議論の流れをほぼ毎回伺うことができました。

 今回の最大の成果は、労働基準法70年、前身の工場法から100年の歴史の中で、はじめて長時間残業に対して罰則付きの規定を法律に設けることに、政労使が一致したことだと考えます。もちろん、上限が長すぎる等の批判があることは承知していますが、それでも、事実上青天井に近い現状に比べればずっと大きな進歩です。これまで労働政策審議会で議論しつつもずっと合意が出来ずにいたものが、電通過労死自殺事件などによる世論の後押しも受けつつ、安倍総理が会議の議長としてコンセンサスを求め、「もしコンセンサス(全会一致)にならければ法案は提出しない」とまで言明して背水の陣を敷いたことが決め手になりました。この総理のリーダーシップ発揮の瞬間を現場で目撃することができたことは、政治家冥利に尽きる出来事でした。

 また、同一労働同一賃金、病気治療と仕事の両立や、女性活躍、テレワーク推進などさまざまな重要な課題について、働き方改革実行計画において方向性が示されました。正直、自民党政権において、ここまで労働政策が脚光を浴びるタイミングはあまり多くないように思いますが、そのタイミングで担当者として在職できたことは、恵まれたことだったと思います。

 なお一般的に、いくつかの業種を除き、中小企業・零細事業者も、働き方改革の各種規制等の適用対象となります。しかし各業種における取引慣行等も含め、大企業のツケがそうした企業に押しつけられるのではないかといった懸念が自民党内からありました。それを受け、厚生労働省と中小企業庁が共同で「中小企業・小規模事業者の働き方改革・人手不足対応に関する検討会」を設けて検討を進めることとなりました。今後、都道府県レベルでの取り組みを検討し具体化する方針です。

 また、以前から国会に提出されていた労働基準法改正案に含まれる「高度プロフェッショナル制度」に関し、連合から政府に対して要望をお預かりしましたが、後に撤回されるということがありました。これはいささか残念なことでした。まさに、「働いた時間に単純比例して売り上げや利益が上がる」時代にできた労働基準法(ないしは工場法)の時間給制の概念は、コンサルタントや為替ディーラーといった職種にそのまま当てはめ続けても、必ずしも適切ではない場合があります。例えば、短時間で大きな成果を上げる人よりも、長時間勤務しつつもなかなか成果が上がらない人の方が月給が高くなるのは、誰にとっても不合理です。また、長時間労働を削減する方向に社会が向かおうとしている中で、残業代制度がむしろ労働者にとって残業をするインセンティブとして働いている場合もありうることに対し、労働者側も使用者側も真剣に向き合うべき時期ではないかと、個人的には思います。他方、仮にこの制度を安易に労働者を自己責任で時間無制限に働かせる制度だと使用者側が捉えるようであれば、厳しいチェックも必要だろうとも思います。

 働き方改革に関する法案は現在準備中であり、国会での本格的な審議は秋の次期臨時国会になるものと思われます。日本の将来がかかった課題です。建設的な議論が交わされることを期待します。

◆年金制度改革

 昨年秋の臨時国会では、年金制度改革について議論が集中しました。受給資格期間の短縮と、賃金スライドの徹底の二本柱が主な内容です(その他にもGPIF改革など、さまざまな内容が含まれていますが)。

 年金制度は、平成16年の小泉政権時代の改正により、保険料率の上限設定、基礎年金国庫負担割合の引き上げ、マクロ経済スライドの導入など現行制度の骨格が導入されました。ただその後、リーマンショックや東日本大震災等の想定不能の出来事が発生したため十分に機能しなかったため、そうした点を見直したというのが趣旨です。

(詳細はこちらの記事がわかりやすくまとまっています。
年金制度にまつわる数々の誤解と今後必要な制度改革案(1)
年金制度にまつわる数々の誤解と今後必要な制度改革案(2)ー基礎年金の税財源化・積立方式という幻想 )


 残念ながら一部野党議員が「年金カット法案」という、木を見て森を見ないレッテルを張り議論を呼びましたが、衆参両院の厚生労働委員会等で丁寧に議論を重ね、どうにか成立にこぎつけることができました。審議中は、早朝から登庁して答弁レクを受け、長時間の審議に緊張感を持って対応し、毎日クタクタになりましたが、とても勉強にもなりました。

 また年金の仕組みは長期間にわたるものであり複雑多岐にわたります。粘り強く状態を国民にお知らせし続ける取り組みの必要性も痛感しました。地元などでは「これだけ年金制度は改正ばかり、カットばかりしているのだから、将来は年金制度はなくなるのではないか?」といった質問をしばしば受けます。お返事は「経済情勢等に応じて制度改正および額改定をしているからこそ、将来まで年金制度は持続するのです」となります。ただ、こういう質問をしたくなる気持ちは、おそらく多くの方が共有されていることであり、きちんと受け止めなければなりません。息の長い課題です。

 また質疑において貧困の問題にも議論が及びましたが、これについては生活保護制度および生活困窮者自立支援制度の見直しにおける議論に加え、塩崎大臣のイニシアティブにより新たに「新たな支えあい・分かち合いの仕組みの構築に向けた研究会」を設置し、政策テーマとして議論を続けることとしています。

◆津久井やまゆり園事件と精神保健福祉法改正案審議

 厚生労働副大臣に就任する直前、障害者施設である津久井やまゆり園で入所者など19名が殺害され、26名が傷害を受ける事件が発生しました。その事件の重大さ、痛ましさとともに、現被告が衆議院議長に宛てて書いたとされる手紙の内容が大きな波紋を呼びました。事件の一報に接し、個人的にもショックを受けたことをよく覚えています。

 障害の有無にかかわらず、人の命の重さは同じです。そうであるからこそ福祉行政というものがあるのです。手紙に書いてあった言葉は、そうした理念を真向から否定し、傷つけるものであり、決して容認することはできません。この点については塩崎大臣も僕も、累次にわたり答弁を繰り返しており、些かもぶれるものではありません。ちょっと感情的になってしまった一幕もありましたが…。

 また、その事件の検証において、自傷他害の恐れがあると認められて措置入院となった人に対して、退院後に必要であろう就労や各種相談等の支援に十分に繋げることができていない現状が明らかになりました。このことは、社会的孤立を招き、場合によっては犯罪を含むさまざまな不幸な行動にも繋がり兼ねないものと考えられます。そこで、措置入院退院後の支援計画を自治体が作り、必要な支援につなげるための法改正を行うこととし、その他の課題への対応と合わせて今年の通常国会に精神保健福祉法改正案を提出しました。参議院先議となりましたが、事前説明用資料に不適当な部分があり訂正を行うこととなるなど審議を混乱させてしまい、残念ながら成立させることができず、継続審議となりました。

 この審議においても、相当議論を重ねて対応を行うこととなりました。紆余曲折はありましたが、多岐にわたる質疑をいただいたため、むしろ論点は相当整理されたものと思います。次期臨時国会での成立を期待しています。

 なお、担当した法案には他に外国人技能実習法案、雇用保険法等改正案がありましたが、いずれも順調に質疑をいただいて成立させることができました。また、大臣政務官時代に言い出して取りまとめた「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」が、後に塩崎大臣の下で「我がごと・丸ごと地域共生社会」づくりとして発展され、そのひとつの成果として社会福祉法や介護保険法の改正に繋がったことも、個人的にはうれしいことでした。

◆厚生労働省働き方改革・業務改革加速化チーム

 厚生労働省は、働き方改革の旗振り役ですが、一方でかなり残業が多いという紺屋の白袴状態でもありました。そうした中、大臣特命による若手チーム「厚生労働ジョカツ部」が活動していましたが、その提言を踏まえて働き方改革を推進する「厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム」が今年一月に設置され、塩崎大臣よりチームリーダーを命じられました。メンバーとともに鋭意議論を重ね、六月に「中間とりまとめ」を公表しました。


 過去の業務改善の過去の取り組みをレビューした上で、ただのコスト・残業削減ではなく、生産性向上を図ることを主眼において具体策を取りまとめました。実際に、厚生労働次官以下幹部に対して生産性向上とは、というお話をするところからすでに取り組んでいます(その時に使用した自作スライドを参考に掲載します)。また、7月28日に環境省や記者クラブの皆さんにもご協力いただいて、中央合同庁舎五号館の一斉消灯を行いました。あくまでも象徴的なイベントにすぎませんが、毎晩煌々と明かりがついているビルが本当に真っ暗になっている姿は、個人的には思い出に残る光景した。もちろん、電気を消すことが目的なわけではなく、職員の皆さんがその時間を豊かに過ごしておられたことを願っているわけですが。

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 ただし、まだまだ絵に描いた餅の部分が多く、具体化はこれからです。引き続き中間とりまとめに基づく取り組みが進み、厚生労働省がより働きやすい職場になるよう願ってやみません。また、しばしば、霞が関の長時間残業は国会対応のためと言われ、たしかにその面は大きいのですが、一方で国会対応は行政の義務であり、安易
にこれを削減するよう国会に求めることは慎重に考えなければならず、少なくともまず行政側で可能な努力を行ってからにしなければならない考えました。そのため中間とりまとめでは、答弁作成等に対して「見える化」の取り組みを試行しましたが、国会や国会議員に対して要望等を行うことは控えています。しかし当然ながら、質問通告は早期にしていただいた方が余計な残業はせずに済みますし、より効率的かつ意味のある答弁を行うことができます。今後、そうした検討も継続し、必要に応じて衆議院・参議院に対して要望を行うような取り組みに発展させてほしいなと願っています。

 なお、この中間とりまとめにあたり樽見英樹官房長、宮川晃総括審議官はじめメンバー各位に多大なご協力をいただきました。また事務局を務めた飯田剛調査官、吉田啓企画調整専門官には、数々のムチャ振りに対してとても精力的に取り組み、ひとつひとつ実現・具体化していただきました。心から感謝申し上げます。

 また厚生労働省ジョカツ部の呼びかけに応じ、僕もイクボス宣言を行いました。またこれを副大臣会議で呼びかけたところ、多くの各省副大臣が応じてくださり、イクボス宣言を行っていただきました。それも含め、「日本総イクボス宣言動画」にまとめられています。かなり手作り感溢れる6分弱の動画です。ぜひご覧ください。ジョカツ部の活動も、新大臣の下でも継続されることを願っています。

◆受動喫煙防止対策

 先の通常国会で、提出予定でありながら提出できなかったのが、受動喫煙対策にかかる健康増進法改正案でした。学校・オフィス・店舗など多くの人が出入りする場について原則屋内禁煙とすること等を厚生労働省の基本的な考え方としていましたが、自民党との調整がつかず最終的には塩崎厚労相と茂木党政調会長の直接会談まで行われましたが、最終的に提出に至りませんでした。もちろん次の臨時国会に向けて厚生労働省としては引き続きトライすることとなります。

 僕も、本来は所管ではありませんでしたが、自民党内との調整に途中から加わることになりました。多くの方のお話を伺う中で感じたことは、受動喫煙防止対策そのものには賛意を示す方はそれなりに多数でありほぼコンセンサスだったと言っても良いのですが、一方で「臭いから嫌い」「がんや心臓疾患等の原因になる」「歩きたばこは子供に危険」「ポイ捨てに繋がる」「喫煙スペースや学校等の敷地外で多くの人が集まって喫煙する姿が見苦しい」等々、規制すべきとする理由が人によって千差万別であり、身近な存在過ぎてこれほど議論が拡散しやすいテーマはないくらいの問題でもあったということです。その点をかみ合わせることができず、議論が収束しなかったように感じています。

 個人的には、現実にタバコの煙により息苦しくなる、喘息等の発作が起きる方の存在をどう考えるかが、最大のポイントだと考えています。その方々は、今の社会で生活するためにタバコの煙がある場所をはじめから避けて生活されているため、問題としてなかなか表面化しません。しかし、ちょっと立ち止まって考えれば、あくまでも個人の嗜好にすぎない喫煙の権利と、不本意な健康上の理由によりタバコの煙が吸えない人の行動や就労の自由の権利を同列に並べて論じることはおかしなことです。喫煙の権利の方が優先されがちな現実こそ正すべきではないでしょうか。また、喫煙者がマナーとして気を付ければよいという意見もありますが、本人のプライバシーとして本来デリケートに扱わなければならない喘息持ちであることを、当事者が言って歩かなければ回りの喫煙者が気づくはずもないわけで、全く現実的ではありません。要は、受動喫煙防止対策は、喘息など内部疾患患者のノーマライゼーションの問題として社会の在り方を考えなければならないということです。

 ある喫煙者の先輩議員が「岳ちゃんさ、夕方仕事が済んで、飲み屋で一杯飲みながらタバコを吸う、ほっと一息する自由を奪うのかい?」と丁寧にお話くださいました。しかしながら、自分の自由にならない健康上の理由によりそんなひと時がはじめから存在しない人もいるし、その人にとってそんな自由は全くの空論にすぎないということに、私たちはもう少し目を向けなけるべきだと思います。また、店先に表示すれば、タバコの煙が吸えない方が店に入ってくることがないからいいというご意見もありますが、例えば車いすの人に対して、段差があることを店先に表示してるのだから店に来るな、と言っているのと同じことだということに、今少し敏感になるべきです。

 東京オリンピックがひとつのきっかけとして今回の議論が始まっていますし、国際的に日本がどのように評価されるかということにも関わっていますが、それにとどまることなく本質的な議論が今後さらに続けられることを願っています。

 なお、今回の経緯上、塩崎恭久大臣を悪者扱いする向きがあります。しかし最終的には折り合いませんでしたが妥協も探っていましたし、決して頑固一辺倒ではありませんでした。同時に、各方面からさまざまに説得をされつつも、ある一線以上は「哲学、理念の問題」として全くブレずに譲らなかったことは、評価が分かれるかもしれませんが、僕は政治家として一つの思いを貫く立派な姿勢だったと感じています。むしろこのような結果となり、補佐役の力不足につきいささか忸怩たる思いでおります。

◆出張・視察など

 副大臣として二度の海外出張をしました。インドネシアのジャカルタで行われた第5回ASEAN+3社会福祉大臣会合では、人生二度目(一度目は会社勤めの時代にAPNICの会合にて)の英語でのプレゼンを行いました。汗をかきかき読み上げたツタナイ英語でしたが、途中で拍手をいただいて、ちゃんと理解していただいているんだと思ってホッとしました。また今年6月には、スイスのジュネーブで行われた第106回ILO(国際労働機構)総会に出席し、日本の気候変動や「働き方改革」等の取り組みについて政府を代表して演説を行いました(ただし日本語で)。政労使の三者構成により熱心に討議されている委員会の様子もしっかり拝見してきました。

 就任早々、岩手県および北海道で豪雨災害があり、岩手県岩泉市でグループホームが水害に遭い入所者が亡くなる事故がありました。弔問および現場状況把握のため、僕も現地に赴きました。しかし厚生労働省も長靴を用意していなかったのは後で反省点となりました。実は現地に住んでいる友人から、長靴を用意すべしというアドバイスはあったのですが、役所側は「不要です」と言い張るのでそのまま行ったらまだ水や泥ががじゃぶじゃぶ道を流れている状況でした。必ずしも役所の言うことが正しいとは限らず、自分で判断することも大事ということを学んだ次第です。なお、今年の福岡県・大分県での災害では、馬場大臣政務官の視察の際にはちゃんと用意されました。

 一般の方や障害者の方の職業訓練や就労支援、施設建設やトンネル建設工事現場、そして福島第一原子力発電所の廃炉作業のにおける労働者の安全衛生の確保、ハローワークや労働局、麻薬取締部など、各地の現場の視察にも足を運びました。さまざまな現場で多くの方がご努力をいただいて、生活する方や働く方の安全衛生など、厚生労働行政が円滑に進んでいることを痛感しました。また、千鳥ヶ淵墓苑にて開催される、戦没者のご遺骨の帰還の式典も何度も主催者として出席させていただき、平和の尊さに思いを深めました。

 BSフジ「プライムニュース」には、年金改革、働き方改革、受動喫煙防止対策、労働力需給のひっ迫といったテーマで出演する機会をたびたび頂戴しました。厚生労働行政の理解に多少なりとも繋がれば幸いです。

◆改めて振り返って

 国会において労働行政はむしろ野党のお家芸で、自民党内では必ずしも日のあたる分野ではなかったように思います(熱心に取り組んでおられる議員はおられます)。しかし「働き方改革」の動きの中で、俄然脚光を浴びる機会に労働行政担当の副大臣を務めることとなったのは、改めて幸運だったと思っています。

 また、大臣政務官時代に医療介護等の分野を担当し、障害者等の社会福祉は二度とも担当していたため、医療・介護・福祉・年金と労働・雇用の問題の連携に最も意を注いだような気がします。厚生省と労働省が合併してそれなりの年月が経っていますが、まだ時折連携が十分でなく「だって、『厚生』『労働』省、なんでしょ?」と注意する場面が幾度もありました。治療や介護・子育てと労働の両立、障害者や難病の方の就労支援などの分野は、まだまだ取り組みが十分とは言えません。おりしも、地元倉敷市にて、障害者就労支援施設が経営悪化のため障害者の方を大量解雇するという出来事が最近発生し、倉敷市の福祉部局と岡山労働局やハローワーク等が連携して対応に追われる事態も先日発生しました。厚生労働省分離の議論も以前はありましたが、個人的には「もっともっとくっつけ」と思います。厚生労働省は、いわばほぼ機能的には「国民生活省」とでも呼ぶべき状態であり、より一体化すべきです。

 また労働人口減少の局面が長引き、好景気もあって人手不足感が強いからこそ、「働き方改革」のチャンスなわけです。一方で、ハローワークをはじめとする職業安定行政は、もちろん景気の波への対応が必要ですからその存在意義は依然として強いものの、しかし失業対策の面も強く、意識転換が迫られているようにも感じます。職業能力開発にういて「ハロートレーニング」という名称も決まりましたし(残念ながらまだあまり普及定着していませんが…)、おりしも次の安倍政権の課題として「人づくり革命」担当大臣がおかれたことに、厚生労働省も向き合うべきだろうと思います。

 なお労働行政は政労使の三者構成が原則のため、連合をはじめとする労働組合の方々と接する様々な機会をいただきましたし、議論もさせていただきました。働く方々を守るという立場において、共感をするところも数多くありました。今後もコミュニケーションを続けさせていただければありがたいことです。

◆謝辞

 厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム中間とりまとめで記載した通り、他の主要省庁と比較して、厚生労働省は職員一人当たりの答弁数や委員会開会時間等は最長です。また、地方の出先機関においても、様々に重要な役割を果たしていただいています。国民の生活に直結する仕事を日々果たしていただいている厚労省職員の皆さまの働きには日々敬意を表さなければなりませんし、たくさん支えていただいておおむね無事に一年を過ごすことができました。皆さんに心から感謝申し上げますし、これからもそれぞれにご活躍を期待しています。

 塩崎恭久大臣には大臣政務官に続いて二度目のお仕えとなりましたが、深くご信頼をいただきポイントポイントで使っていただきました。必ずしもご期待に応えきれたとは思いませんが、誠にありがたいことです。また、古屋範子副大臣、堀内詔子、馬場成志大臣政務官にも様々ご協力をいただきました。ありがとうございました。

 副大臣在任中、副大臣室の鈴井秘書官、小川主任秘書、藤澤さん、運転手の田中さんには、日々あれこれとお世話をいただき、快適に副大臣生活を過ごすことができました。誠にありがとうございました。特に鈴井秘書官には毎日お昼に付き合ってもらってあれこれ楽しくおしゃべりや愚痴を、、もとい率直に意見交換してもらって、密接に連携できてよかったと思っています。

 そして、こうして厚生労働副大臣としての務めを全うできたのは、何よりも国会に送っていただいている地元倉敷・早島の皆さまのおかげです。在京番などのために地元に帰る機会はどうしても少なくなってしまいましたが、快くお励ましいただきました。深く感謝申し上げます。地域と国政の橋渡し役として努力いたしましたが、これは引き続き努めなければなりません。

 二度にわたり、のべ750日以上厚生労働省に勤めました。おかげで厚生労働行政について相当専門的に勉強することができました。このことは、今後の政治家としての人生にも大きなプラスになるものと信じています。今後どのような役をいただけるかわかりませんが、経験を生かして全力を尽くす所存です。今後とも、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

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2015年1月11日 (日)

平成27年度予算案大臣折衝事項について

 今日は平成27年度予算編成の大詰めとなる大臣折衝が行われました。これは、財務大臣と各省の大臣が直接会って折衝することにより、最後まで意見が合わなかった事項について合意を行うものです。介護報酬改定や障害福祉サービス報酬改定があり、また消費税3%の引き上げ(かつ残り2%の引き上げ延期)分の使途などを含みます。一部だけ切り取って評価される向きもあるため、終了後の厚労相会見で記者に配布された資料のほぼ全文(別紙1は本文に溶かしこみ、別紙2「所得水準の高い国保組合の国庫補助の見直し」は割愛)を掲載します。ご興味の方はどうぞご一読ください。

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大臣折衝事項


 平成27年度厚生労働省予算について、介護サービス料金改定(介護報酬改定)等、平成27年度の消費税増収分による社会保障の充実・安定化、医療保険制度改革の推進並びに生活困窮者支援および生活保護のため、以下の通り予算措置等を行うこと。

1.介護サービス料金改定(介護報酬改定)等

 平成27年度の介護サービス料金改定(介護報酬改定)は、介護保険料の上昇の抑制、介護サービスの利用者負担の軽減、介護職員の給料の引き上げ、介護事業者の安定的経営の確保、という4つの視点を踏まえて行う。平成27年度介護サービス料金(介護報酬)の改定率は全体で▲2.27%とするとともに、消費税増税分を活用して、次のとおり対応すること。

・月額+1.2万円相当の介護職員処遇改善加算を拡充するため、+1.65%を確保すること。
・中重度の要介護者や認知症高齢者に対して良好なサービスを提供する事業所や地域に密着した小規模な事業所に対する加算措置を拡充するため、+0.56%を確保すること。
・さらに、地域包括ケアシステムの構築に向けて、地域医療介護総合確保基金や認知症施策など地域支援事業の充実に十分な財源を確保すること。
 (別紙1より)
 ○地域医療介護総合確保基金による介護施設の整備等 公費700億円程度
 ○認知症施策の推進など地域支援事業の充実 公費200億円程度
・収支状況などを反映した適正化等 ▲4.48% (別紙1より)

 サービス毎の介護サービス料金(介護報酬)の設定においては、各サービスの収支状況、施設の規模、地域の状況等に応じ、メリハリをつけて配分を行う。
 また、介護職員処遇改善加算の拡充が確実に職員の処遇改善につながるよう、処遇改善加算の執行の厳格化を行う。
 なお、次回の介護サービス料金改定(介護報酬改定)に向けては、サービスごとの収支差その他の経営実態について、財務諸表の活用の在り方等を含め、より客観性・透明性の高い手法により網羅的に把握できるよう速やかに所要の改善措置を講じ、平成29年度に実施する「介護事業経営実態調査」において確実に反映させる。


(障害福祉サービス等料金改定(障害福祉サービス等報酬改定))
 平成27年度障害福祉サービス等料金(障害福祉サービス等報酬)の改定率は±0%とすること。
 サービス毎の障害福祉サービス等料金(障害福祉サービス等報酬)の設定においては、月額+1.2万円相当の福祉・介護職員処遇改善加算の拡充(+1.78%)を行うとともに、各サービスの収支状況や事業所の規模等に応じ、メリハリをつけて対応する。また、福祉・介護職員処遇改善加算の拡充が確実に職員の処遇改善につながるよう、処遇改善加算の執行の厳格化を行う。
 なお、次回の障害福祉サービス等料金改定(障害福祉サービス等報酬改定)に向けては、「障害福祉サービス等経営実態調査」の客対数を十分に確保するとともに、サービス毎の収支差その他経営実態について、より客観性・透明性の高い手法により、地域・規模別の状況も含め網羅的に把握できるよう速やかに所要の改善措置を講じ、平成29年度に実施する「障害福祉サービス等経営実態調査」において確実に反映させる。また、地方自治体の協力を得ること等を通じ、より具体的な現場の経営実態を把握する。そのうえで、次回の改定においては、これらにより把握された経営実態等を踏まえ、きめ細かい改定を適切に行う。

2.社会保障の充実・安定化

 来年度の消費税増収分(8.2兆円程度)は全て社会保障の充実・安定化に向ける。基礎年金国庫負担割合2分の1への引き上げの恒久化に3.02兆円を充てた上で、消費税増収分1.35兆円と社会保障改革プログラム法等に基づく重点化・効率化による財政効果を活用し、社会保障の充実1.36兆円と簡素な給付0.13兆円を措置すること。
 その中で、平成27年4月からの子ども・子育て支援新制度の円滑な施行に向けて予定していた「量的拡充」及び「質の改善」を全て実施するための十分な予算措置を行うこと。また、国民健康保険への財政支援の拡充を含む医療・介護サービス提供体制の改革の推進に必要な事項に重点的な予算措置を行うこと。
 低所得者に対する介護保険の1号保険料の軽減強化については、特に所得の低い者に対する措置の一部について平成27年度から実施すること。介護保険料軽減強化の残余の措置、低所得者への年金の福祉的給付及び年金受給資格期間の短縮については、消費税率10%引き上げ時(平成29年4月)に、後期高齢者の保険料軽減特例を原則的に本則に戻すこととあわせて、着実に実施すること。

(参考)平成27年度の社会保障の充実1.36兆円(公費ベース)の内容
・子ども・子育て支援の「量的拡充」及び「質の改善(0.7兆円ベースを全て実施)」(5,100億円程度)
・育児休業中の経済的支援の強化(60億円程度)
・地域医療介護総合確保基金(医療分900億円程度、介護分700億円程度)
・平成26年度診療報酬改定における消費税財源の活用分(400億円程度)
・介護報酬における介護職員の処遇改善・質の高いサービスに対する加算等(1,100億円程度)
・国民健康保険等の低所得者保険料軽減措置の拡充(600億円程度)
・国民健康保険への財政支援の拡充(1,900億円程度)
・被用者保険の拠出金に対する支援(100億円程度)
・高額療養費制度の見直し(250億円程度)
・介護保険の1号保険料の低所得者軽減強化(200億円程度)
・難病・小児慢性特定疾病への対応(2,000億円程度)
・年金制度の改善(20億円程度)

3.医療保険制度改革の推進に関する予算関連事項
 次期通常国会に提出予定の医療保険制度改革関連法案において国民健康保険の財政基盤安定化・財政運営責任の都道府県移行、医療費適正化計画の見直し、後期高齢者支援金の全面総報酬割の導入等の医療保険制度改革を着実に進めること。その関連において、予算に関連する以下の事項について、それぞれ記載の取扱いとすること。

(協会けんぽに対する国庫補助)
 国庫補助率の特例措置が平成26年度末で期限切れとなる協会けんぽについては、医療保険制度改革において、国庫補助率を当分の間16.4%と定め、その安定化を図ること。ただし、現下の経済情勢、財政状況等を踏まえ、準備金残高が法定準備金を超えて積み上がっていく場合に、新たな超過分の国庫補助相当額を翌年度減額する特例措置を講じること。

平成27年度:国庫補助は、法定準備金を超過する準備金の16.4%相当を減額
平成28年度以降:法定準備金を超過する準備金残高がある場合において、さらに準備金が積み上がるときは、さらに積み上がる新たな超過分の16.4%相当を翌年度の国庫補助から減額

(入院時食事療養費等の見直し)
 入院時の食事代(現行:1食260円)について、入院と在宅療養の負担の公平等を図る観点から、食材費相当額に加え、調理費相当額の負担を求めることとし、平成28年度から1食360円、平成30年度から1食460円に段階的に引き上げること。ただし、低所得者は引き上げを行わず、難病患者、小児慢性特定疾病患者は現在の負担額を据え置くこと。

(所得水準の高い国保組合の国庫補助の見直し)
 所得水準の高い国保組合の国庫補助について、負担能力に応じた負担とする観点から、平成28年度から5年かけて段階的に見直すこととし、所得水準に応じて13%から32%の補助率等とすること。

4.生活困窮者支援及び生活保護

 平成27年4月に施行される生活困窮者自立支援制度については、生活保護制度と一体的に運用する中で、複合的な課題を有する生活困窮者の自立支援に効果を上げていくことが必要である。また、自治体での準備が着実に進むよう引き続き万全を期すこととし、本制度を適切に実施するため、必要な財政措置を講じること(400億円程度(国費ベース))
 住宅扶助基準及び冬季加算については、社会保障審議会生活保護基準部会の検証結果を踏まえ、最低生活の維持に支障が生じないよう必要な配慮をしつつ、以下の見直しを行う。

・住宅扶助基準については、各地域によける家賃実態を反映し、最低居住面積水準を満たす民営借家を一定程度確保可能な水準としつつ、近年の家賃物価の動向等も踏まえて見直す(国費への影響額は平年度▲190億円程度)。
・冬季加算については、一般低所得世帯における冬季に増加する光熱費支出額の地区別の実態や、近年の光熱費物価の動向等を踏まえて見直す(国費への影響額は▲30億円程度)。

 また、医療扶助の適正化や就労支援の取り組みを着実に進め、その効果を事後的に適切に検証する。
 生活保護受給者の高止まりについては、高齢化の進展の影響が大きいものの、雇用環境が大幅に改善する中で経済的自立による保護脱却が若干好転しつつも十分に進んでいないことも要因となっている。
 こうした状況を踏まえ、高齢者や障害者世帯など生活保護受給者の様態に留意しつつ、最低限度の生活を保障し自立を助長するとの生活保護法の趣旨にかんがみ、次期生活扶助基準の検証(平成29年度)にあわせ、年齢、世帯類型、地域実態等を踏まえた保護のあり方や更なる自立促進のための施策等の制度全般について予断無く検討し、必要な見直しを行う。

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2014年9月 2日 (火)

死因究明PT(医療事故調査に関するガイドライン作成について)資料

 現在、厚生労働省において医療事故調査に関するガイドラインの検討が進んでいます。厚生労働省のページに資料や会議録等が掲載されていますが、この会議概要等を眺めていると様々な疑問が湧くところがあります。

(2014.9.22 付記:現在は研究班議事録等の資料は、公益社団法人全日本病院協会のWebサイトに移管されています。)


 9月2日(火)、僕が座長を務める自民党死因究明体制推進に関するPTにおいて、この件を取り上げ、ヒアリングを行いました。その際に僕から提出した資料を掲載しておきました。僕が厚生労働省に対して質問したい事項を列挙した形式となっています。

医療事故調査ガイドラン作成に関する質問点 (285.7K)

 議事はこの質問点に沿って行われたわけではありませんが、別途回答をいただくよう厚生労働省には要望しているところです。

 なお本PTは一般的な死因究明について取り上げるものであり、医療事故調査の在り方については本来は党厚生労働部会の下に適切な場を設けて議論されるべきところですが、現在まったく党内で取り上げられていない上、昨年に一度本件に関してヒアリングを行っている経緯もあり、また調査方法として解剖やAi等についても議論が行われるため、そうした観点からも参考として現状を聴取するべく開催したものです。もう少し議論が進んだ時点で然るべき機関において具体的な議論が行われることを期待したいと思います。

 またその際、医療社団法人いつき会ハートクリニックの佐藤一樹先生より橋本宛に提出された、「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル改訂などに関する意見書」も資料として席上配布し、厚生労働省に対しても手渡しました。

死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル改訂などに関する意見書 (464.7K)

 本日は冒頭に僕が申し上げたとおりマスコミオープンで行っています。議論の内容についてはいずれ報道があるものと思いますので、そちらに譲ります。

 医療事故は繰り返すべきものでないのは当然です。再発防止策を検討するにあたっては、刑事・民事等による処罰的な方法には限界があり、安全工学的な対応を行う必要があるものと考えています。質問中にも触れているように、薬取り違えによる死亡事故が、それをおこなった医師が刑事的責任追及が毎回行われているにも関わらず繰り替えされていることに、処罰的な方法の限界があると思っています。そのようなことを踏まえた議論が行われるよう、引き続き留意してゆきたいと考えています。


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2013年8月25日 (日)

なぜ社会保障制度改革が必要なのか?

 8月6日に社会保障制度改革国民会議が内閣に報告書(本文概要)を提出しました。それを受けて21日に安倍内閣はその中身をいつまでに議論して法案を国会に提出するかを定めたプログラム法の骨子を閣議決定しました。

 その内容について新聞等では個々具体的な点(特に負担増になる項目)が目立って取り上げられるのですが、この改革の意図や方向性についてなかなかきちんと触れられません。ここで思うところを記しておきます。その上で、上記報告にお目通しをいただければ幸いです。

 この報告書では日本の社会保障制度を「70年代モデル」から「21世紀(2025年)日本モデル」へ変える、としています。70年代とは、右肩上がりの経済成長という環境と、お父さんは正規雇用・終身雇用、お母さんは専業主婦で子供を育て、おじいちゃんおばあちゃんは離れた地元で元気に農業、というモデルがモデルとして機能していた時代でした。その時代でできる社会保障制度として、皆医療保険・皆年金制度が設計され、遅れて介護保険制度が追加されたという経緯があります。その頃子育ては社会保障ではなく、共働きの(当時の感覚で「恵まれない」)家庭のための福祉として保育園があり、児童教育のための幼稚園は社会保障の範疇ですらありませんでした。

 その中で「働く世代で高齢の方々に楽をしてもらいたい」という思いで各種の制度ができてきました。そのココロには、ただの敬老精神だけでなく「先の大戦の時期に辛酸を舐めてこられた先輩方に報いなければならない」という当時の現役世代の気持ちが必ずあった筈です。日本の社会保障制度は実は戦後処理の一環でもあったのです。

 父・橋本龍太郎は長く厚生族としてこれらの制度設計や運営に携わってきた一人でした。その当時にできるベストのものを作るよう努力する姿を子供心に誇らしく見てきましたし、例えば「介護保険制度は、ご主人様を戦争で亡くされて一人で高齢を迎えられた方々に国を挙げて老後を気持ちよく過ごして頂きたいという気持ちがあったんだ」という言葉を本人からも聞いたことがあります。そしていろんなご関係の方々のご努力により日本は世界でも長寿の国であり乳児死亡率の低い国として今があるのです。ありがたいことと思わなければありません。

 しかしそれから40年以上が経過し、子供の頃から「高齢化社会がいずれ来る」と予言されていたことに直面することとなりました。なってみると、父と少し下の年代(いわゆる「団塊の世代」)の方々が高齢者と呼ばれる年代に一気にさしかかり、一方で自分たち現役世代は、「そういえば僕たちから以降、だんだん小学校のクラスが減っていったよね」という記憶がある程度に人数が減る自覚があり、そして同級生や下級生でも結婚してない人がまだ珍しくなくおられる状況を見れば「少子化」という言葉もリアルに感じる今日この頃です。この中で、制度創設時期と同じように「働く世代で高齢者を支える」制度は絶対に立ち行くはずがありません。

 実はすでに立ち至っていません。国・地方の債務残高が1, 000兆円を超える事態となっています。毎年の国の予算で膨張しているのは公共工事でも防衛費でもありません。毎年1兆円の自然増がある社会保障費に他なりません。要は「お爺ちゃんの医療や介護にかかる費用を、お父さんお母さんが稼ぎきれずに子供や孫に前借して払ってる」というのが今の社会保障の姿なのです。国債は日本国内の個人や民間の債権だからバランスしているという議論もありますが、子孫まで永く使えるインフラならともかく、今の世代の医療や介護の負担を子や孫に借りるのはやはり不健全な姿と言わざるを得ません。

 したがって「21世紀型日本モデル」とは、世代の枠を取り払い、若者世代に対する子育て支援も社会保障の対象とする一方、高齢の方でも稼ぎのある人や資産のある人にももう少し負担してもらおう、という方向性は一貫しているのです。「年齢にかかわらず、サポートを必要な人に対して、サポートができる人が負担する」ということを目指すものです。その基本的な考え方を、これまでの「敬老精神」ではなく世代を超えた「お互い様精神」に基づくものに変える、という言い方もできるでしょう。

 敬老精神であれば、施設に入ってもらって末永く安楽に暮らしていただくべき、ということになります。日本の社会保障はそういう風にできていました。しかし「お互い様」精神であれば、困った状態が改善したらできるだけ地域の元の生活に近いところに戻りできるだけ自立してね、ということになります。高齢者でも、もちろん重度の方が施設から追い出されるようなことになってはいけませんが、軽度の方はできるだけ在宅で自立をという方向を目指さざるを得ません。「自助・共助・公助」とはカッコいい言葉ですが、反面甘えの余地のない厳しい言葉でもあります。

 また同時に東京はじめ都市部への人口集中の中で高齢化・人口減少を迎えるため、地域ごとに直面する課題は大きく異なります。単に「都市部は若く豊かで地方は高齢化していて貧しい」ということではありません。医療・介護でもすでに地方部は高齢化がそれなりに進んでおり今後さらに加速するというわけではありませんが、今後都心の方が急速に高齢化が進行するため受け皿の見通しは深刻でする。子どもも都心では待機児童が課題となる一方、地方部では子どもが減って保育園・幼稚園の経営が困難になっています。「全国一律」を維持するためにはムダが必ず生じますし、そんな余裕はありません。だから地方に権限を移し都道府県なり市町村なりの単位で政策を考えるという分権の流れとなります。「地方の切り捨て」とか「地域間格差」という言われ方もしますが、「全国一律が当たり前」という考え方は少なくとも社会保障についてはもはや贅沢といわなければなりません。

 また国民会議報告書でも示唆されていますが、これからの社会保障はコミュニティや都市計画も含めて考えないといけないだろうと思っています。施設から地域へという動きを進める以上、「住居」「移動」がテーマの主要部分をだんだん占めるようになるからです。

 そして、せめて子や孫に負担させることはやめて、自分たちで稼げる範囲での社会保障としていかなければ、子供や孫が減っている以上絶対に立ちいかなくなるのです。「消費税が上がってもさらに負担が増えるのか、おかしいではないか」という素朴な感想を持たれる方がいますが、「今が不健全な姿なのだ」という認識は重ねて申し上げたいと思います。

 消費税の税率引き上げは、安倍総理の決断待ちです。もちろん「強い経済を取り戻す」ことは大事です。ですから熟考の末ご判断していただければよいと思います。しかし、こと社会保障のことを考える上では、もう待ったなしの状態です。振り返れば、小泉政権で年金制度改革を行った際、年金財政の安定のために国庫からの繰り入れを1/3から1/2に段階的に引き上げることを決めました。その際には誰もの頭に「財源は消費税しかないだろうなあ、、、」とありましたが決定は次の内閣に先送りされ、第一次安倍内閣の課題となりました。しかしそこで参議院選挙の敗戦とねじれ国会に直面することとなり、当時野党であった民主党も聞く耳を持たず頓挫したわけです。そして麻生内閣の際リーマンショックを受けて財政出動に舵を切りましたが、そのかわり所得税法税法附則第104条で消費税を始め税制改革の方向性が示されました。そして民主党政権になりましたが事情は変わらず、菅総理が口火を切り野田内閣で三党合意となり今に至るわけです。再び安倍総理にバトンが渡った今、適切な判断がされることを願うばかりです。そしてそれだけでも問題はさっぱり解決せず、上記の方向の改革を具体化していかなければなりません。個人的には、父親が作った制度を時代に合わせてリフォームするのが僕の仕事だと思っています。たとえ「負担増」とか「生活が苦しくなる」とか叩かれても。

 僕は、そんなに日本の将来を悲観していません。今と全く同じ水準の社会保障サービスや経済が維持できるかというと難しいとは思います。高齢者もさらに増え、そのうち僕もその仲間入りをします。その中で、楽をしたい、国に頼りたいと思えば欲にキリはありません。一方で、80歳でエベレスト山頂に立った三浦雄一郎さんも出現したのです。チャレンジをしようと思えば歳にキリはありません。そしてチャレンジしようとする人はみんなが喜んで支えます。そういう「チャレンジを背景とする支えあい」ができればいいなと僕は思いますし、国民一人ひとりの方がどちらを選ぶかという問題だと思っています。

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2013年1月18日 (金)

医薬品のネット販売を考える議員連盟

 今週は、20日から倉敷市議選の告示ということもあり、倉敷・早島の日が多かったです。17日には伊東市長はじめ倉敷市幹部の方々から倉敷市の課題について改めて教えていただきました。忙しい中ありがとうございました。

 その中、18日には事務局を務める「医薬品のネット販売に関する議員連盟」第二回総会があり、17日夜にサンライズ出雲で上京しました。ネットでの医薬品販売については11日の最高裁判決で国が敗訴したことを受け、対応を協議しました。結論としては、場合によっては議員立法も視野に入れスピーディに検討を進めよう、ということとなりました。

 一般の方からすると「ネットで市販薬が買えない方がおかしい」という感覚だと思いますし、最高裁判決が出たのですからこれは重たいもので、きちんとその判断は受け止めなければなりません。

 ただ、日本の薬事行政には残念ながら過去さまざまな薬害を起こしてしまった経験があります。一般市販薬といえども奇形児を生む災禍となったサリドマイドや下半身麻痺等の被害を出したスモン(和解をしたのは父・龍太郎が厚生大臣の時でした)といった例があります。近年にもスティーブンス・ジョンソン症候群といった市販薬が原因と疑われる例もあります。新薬開発時に副作用の実証データをとる機会が限られる医薬品というものの性質上、今後似たようなことが絶対に起きないという保証はありませんし、医薬品行政を司る立場として、そのような悲劇を極力防ぐ責任があることは決して忘れてはいけません(解説として「Wikipedia:薬害」はとても簡潔で分かりやすいです)。

 インターネット販売の是非以前の問題として、業として医薬品に携わる方にはその一端を担っているという意識は持っていていただきたいと願いますし、「自己責任」という言葉は麗しいですが、市販薬とは場合によっては直接自分の体に被害が出るものだということは必ず頭の隅に置いて利用していただきたいです。その上で、より便利で健康な社会になることを目指して汗をかいてゆきたいと思います。

 18日夜には倉敷に戻ります。よい週末をお過ごしください。
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追記)議連の会合の内容は下記をご覧ください。
医薬品ネット販売、議員立法も視野に検討-自民議連(医療介護CBニュース)

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