昨年末に閣議決定された「こども未来戦略」および「こども大綱」には、いずれも「出産費用(正常分娩)の保険適用」の文字があります。先日私が座長を務めている自民党社会保障制度調査会こどもまんなか保健医療の実現に関するPTにおいて議論したところ、この件について懸念や心配を含むさまざまなご意見をいただきました。それを踏まえPTでは今般骨太の方針2024および令和7年度予算平成に向けた提言を取りまとめ政府に示したところですが、あらためてこのブログに経緯や目指すところ等を記し、余計な誤解についてはこれを防ぎ、スムーズに政策目的が実現するべく、残しておきます。
1. 出産を巡る現状
まずは出産等を巡る公的医療保険の現状についておさらいします。一般的に、病気やケガの治療のため病院等でマイナンバーカードか保険証を提示して医師の診察を受け、手術や投薬等の治療を受ければ、それぞれの人が加入している公的医療保険の適用となり、多くの人が3割の負担となります。これはすなわち、7割分が健康保険の現物給付を受けているということです。この、診察や治療に関する公的医療保険の現物給付を、健康保険法等の法律では「療養の給付」と呼びます。
一方出産は、病気やケガではないため、療養の給付の対象とならず、診療所や病院等で分娩してかかった費用は全額自己負担となります。ただし医学上の必要により帝王切開になった場合等は病気ないしその疑い扱いとなり、これは既に療養の給付の対象となっています。現時点で療養の給付の対象ではないのは正常分娩の場合のみであり、なので上記閣議決定文書等の施策の対象は「出産(正常分娩)」という表現となるのです。
ただし加入者が出産した時には、出産育児一時金が、それぞれが加入する公的医療保険から給付されます。出産育児一時金は昨年(令和5年)4月に42万円から50万円に引き上げられました。実はこれも健康保険法等に規定された公的医療保険の給付です。したがって、既に出産は正常分娩も含めて公的医療保険の給付対象です。実際のところ、例えば健康保険法第一条では、「この法律は、(…中略…)疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする」と記してあり、「出産」も明記されています。
この点は「出産(正常分娩)の保険適用」という言葉に引きずられて生まれる誤解が多いところで、しばしば「出産は、ケガや病気ではないから、公的医療保険の給付の対象として考えるのは違和感がある」という類の議論を行う方がおられます。しかし、違和感があろうがなかろうが、既に出産は公的医療保険の給付対象とされていますので、この発言は無意味です。厳密に言えば、公的医療保険における正常分娩の現在の取り扱いは、「保険給付の対象ではあるが、療養の給付ではなく、出産育児一時金として給付が行われる」ということなのです。
一方このことは医療機関側からみると、正常分娩は、診療報酬という形で政府によって価格が決められている保険診療ではなく自由診療ということになりますので、医療機関が価格を自由に設定できます。また、保険診療ではないため、保険医が診療を行う必要もありません。このことにより、他の保険診療にはない二つの特徴が生じます。
ひとつは、医療機関により、正常分娩にかかる費用がバラバラであることです。これは、それぞれの医療機関の体制、提供された医療やサービスの内容、お産の経過、コスト(賃料や人件費)等がまちまちであることに主に起因しており、結果として私的病院(50.6万円)・公的病院(46.3万円)・診療所等(47.9万円)の間(数字はすべて令和2年度における平均値。出典は厚生労働省)や、都道府県の間(最大値は東京都(56.5万円)、最小値は鳥取県(35.7万円)、数字は令和3年度における平均値。出典は厚生労働省保健局p.28 )などと差がつく結果となっています。したがって、出産育児一時金で出産の費用を支払ってお釣りが出る人も、足りなくて自己負担が生じる人もいます。また少子化の進展により出生数の減少が続いていることもあり、価格の平均値も毎年上がり続けており、かつ分娩可能な施設は減少し続けています。したがって、このままの制度を続けていると、仮に出産育児一時金を価格上昇に合わせて増額し続けても、どんどん身近な施設が減少し、分娩のハードルは上がっていくのではないかと思われます。
なお出産育児一時金の50万円への引上げに伴い、厚生労働省はその費用の内訳を調査して「見える化」し、出産時に自分に合った医療機関等を選択することができるように情報提供することとされました。その成果として先日公開されたWebサイトが「あなたにあった出産施設を探せるサイト『出産なび』へようこそ」です。ぜひ出産を控える多くの方にご活用いただけるとよいと思います。また、経緯等については厚生労働省の広報誌「厚生労働」の記事「お産の施設、どう選ぶ? 分娩施設の情報提供Webサイト誕生! 『出産費用の見える化』が始まります」に詳しいです。
正常分娩が保険診療ではないことによるもうひとつの特徴は、もともと分娩は人類の発生以来自然に行われてきた生理的なものであるため、そもそも必ずしも医療の対象ではなかったことから、法律的には保険医療機関でなくても助産所でも自宅でも、極端な話どこでも行うことができるものであるし、医師の診断も必要ありません(もちろん実際には安全性等は考慮されるべきですが、可能か不可能かという話です)。とにかく出産しさえすれば、出産育児一時金の給付の対象となります。この点も療養の給付として行われる一般の診療とは大きく異なる点です。
2. 自民党および政府において出産(正常分娩)の保険適用が進展した経緯
もともと出産の保険適用は、国会では時折取り上げられるテーマではありました。野党の議員の方が国会で質問するのを何回か聞いた記憶はありますが、毎回の政府の答弁は「様々な課題があるため、慎重な検討を要する」(≒やる気ない)というものだったと思います。自由民主党においても長くそのような方針でした。この方針が変わった経緯について記します。
大きなきっかけは、自見はなこ・山田太郎両参議院議員を共同事務局として令和3年に設立された「Children Firstの子ども行政のあり方勉強会」でした。この勉強会は、こども庁の創設を目指して自民党若手有志で設立されたものです。同年2月には、インターネットを利用した無記名自記式の調査紙調査として、「子ども行政への要望・必要だと思うことアンケート」を行い、3月に分析結果を公表しました 。回答人数は17,458名、意見数は48,052件の大規模なものです。
その中で、事務局の分類によれば、妊娠・出産にかかる費用負担に関する意見が約300件、妊娠期の充実した医療と産後ケアに関する意見が約3,000件あったとされており、これらの点に、一定のニーズや課題があることが明らかになりました。先述の通り、都道府県間でも正常分娩の費用負担に差があります。ただ、実際には出産を控える年代の女性は、最も費用が高価な東京都はじめ都市部に集中して住んでいる現実があり、里帰り出産も多少はあるとも思われますが、年間の分娩のうち相当な割合が、出産育児一時金では全く足りず、何十万円もの自己負担をして出産を余儀なくされているものと想像しなければなりません。アンケートの意見を読んでいても、そうした悲鳴のようなご意見が多数見受けられました。この状況が続く限り、出産一時金を多少引き上げたところで焼け石に水ではないかと思いました。
この勉強会の提言を踏まえ、自民党「こども・若者」輝く未来創造本部および政府において検討が進み、令和4年6月にはこども基本法およびこども家庭庁設置法が成立、令和5年4月のこども家庭庁の設置につながります。この間の政府の検討により、出産育児一時金の50万円への引上げも決定しました。
令和5年正月には岸田文雄総理が「異次元の少子化対策」の実施を打ち出し、さらなるこども施策の検討が政府において検討されることとなりました。その中で、自民党「こども・若者」輝く未来創造本部では、ヒアリングや議員間の議論を踏まえ、令和5年3月27日に「『次元の異なる少子化対策』への挑戦に向けて(論点整理)」を公表。その中で、「出産費用の保険適用および自己負担分の支援の具体的検討」と記され、自民党として、出産費用の保険適用という方向が打ち出されました。そしてこの提言を受けて同年3月31日に小倉將信こども政策担当大臣が取りまとめた「こども・子育て政策の強化について(試案)~次元の異なる少子化対策の実現に向けて~」において、「出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め出産に関する支援等の在り方について検討を行う」という文言が記載されました。おそらく、この文書が、政府において初めて「出産費用(正常分娩)の保険適用」という文言が書かれた例となるものと思います。この試案をベースに検討され6月13日に閣議決定された「『こども未来戦略方針』~次元の異なる少子化対策の実現のための『こども未来戦略』の策定に向けて~」、12月22日に閣議決定された「『こども未来戦略』~次元の異なる少子化対策の実現に向けて~」等において、政府の方針として決定づけられてきました。
このように、国民や若手有志議員の声が自民党を動かし、政府を動かしたのが「出産費用(正常分娩)の保険適用」だと、考えています。
3. 出産(正常分娩)の保険適用の議論の適切な着地点を目指して
令和4年4月から不妊治療の保険適用を行った際には、一般不妊治療や生殖補助医療について、有効性・安全性が確認された治療を療養の給付に含めることで実現されました。そのため、出産(正常分娩)の保険適用についても、出産(正常分娩)を療養の給付に含めることで実現されることが、まずは想定されます。しかしこの方法は、さまざまな懸念が関係者から示されています。
まず大きな心配は、現在は価格が医療機関ごとに自由に設定できますが、他の診療同様に診療報酬が全国一律に設定されることが想定されることにあります。その場合、現に地域による価格差があったり、体制によるコスト差があったり、分娩そのものも要する時間や処置がマチマチだったりすることをどのように考えるかが問われます。これをバッサリと包括的に全国一律かつ不十分な価格設定にされたりすると、経営が困難になり分娩取扱いを止める医療機関が多発するのではないかという心配に当然つながります。世界に対しても安全性を誇れる日本の周産期医療提供体制が維持できなくなれば、困るの妊産婦とこどもたちです。
正常分娩は自由診療だったため食事も自費負担ですが、別段病気でもないのですから病院食を食べる必要はなく、お祝い事ですから素敵なお食事を提供するサービスも行われたりしていました。厳密に療養の給付にあてはめると、病院食を提供しないと全額自費負担になってしまうということになります。まあこのようなアメニティについては、差額ベッド代等と同様に選定療養に含め、支払いは自費とするが保険診療との併用を認めるということも考えられます。では新生児の聴覚検査等のサービスや、無痛分娩(といっても完全に痛みがなくなる訳ではないので麻酔分娩と呼ぶべきだという意見がPTでありました)を給付の対象と考えるかどうかといった、分娩に伴う様々なサービスをどこに当てはめるかは、専門的な議論が必要な問題だろうと思われます。なお個人的には、無痛分娩も保険給付に含めた方がよいと思いますが、その場合には麻酔科医師の配置等が必要になりますのでそれに応じた報酬設定ないしは加算を考える必要があります。
またそのままだと原則3割の一部負担金が生じるため必ずしも負担軽減にならない、場合によっては負担が増えてしまうかもしれないという問題もあります。もともと療養の給付における一部負担金は、基本的には医療サービスは現物給付するものの、本人にも疾病やケガを防ぐよう意識づけをしてもらうという意味で一部負担を求めるという趣旨のものです。しかし妊娠・出産はメデタイことであり、政策的にも後押しすべきことです。そのため本人に一部負担金を求める理由がありません。
もうひとつ大きな問題は、助産師による助産所または自宅等でのお産をどう取り扱うかです。現在の健康保険の診療・調剤は、保険医療機関または保険薬局により、被保険者の確認を受けて給付を受ける必要があります。また健康保険の診療・調剤を行うのは、保健医(医師・歯科医師)または保険薬剤師でなければなりません。しかし助産所も助産師もいずれも上記に含まれておらず、そのままでは、助産師のみの助産所では療養の給付としての分娩を行うことは事実上できないということになります。しかし、保険適用のために現に分娩の選択肢として在るものの幅を狭めてしまうのは、本末転倒のそしりを逃れません。
まだ他にもあるかもしれませんが、ざっと思いつくだけでも以上の懸念や心配があることに対し、ご関係の方々が安心するような着地点をこれから検討する必要があります。その中で出てきたのが、PT提言で記した、「療養の給付のみに囚われることなく新たな政策体系の検討を含め」という文言です。要は、療養の給付ではない新たな現物給付の類型を創設してしまえば、少なくとも一部負担金の考え方や助産所での分娩など上記の中のいくつかの問題は解決しやすくなるのではないかという発想です。もちろんそれだけで全てが解決するわけではなく、医療とアメニティの切り分けや適切な報酬設定の在り方、地域差に基づく地域別の報酬設定の是非など、さらに実情の把握を重ねそれに基づく多様な議論が必要な課題も、多々あるものとも思います。
また、いずれにせよ、分娩一回あたりの出来高払いが基本となるでしょうから、分娩数の減少に伴う産科医療機関の収入減は、おそらく当面歯止めがかかりません。これに伴う産科医療機関等の経営悪化や分娩取扱いの休止等を防ぐためには、別途外来や病床維持のための補助等も検討する必要があるのではないかと、個人的には考えます。また新生児の聴覚検査等について出生時に一律に行うべきものがあれば、これも別途補助等を検討すべきでしょう。これらはおそらく保険ではなく、公費を財源とするべきものでしょう。この辺りの気持ちを、PT提言における「あらゆる政策手段の選択肢およびその組み合わせを考慮し」という一節に込めているつもりです。
5月15日に厚生労働省は社会保障審議会利用保険部会を開催し、妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会を設置する方針を明らかにしました。医療関係者、医療保険者等、自治体関係者、妊産婦の声を伝える者、学識経験者等を構成員とし、出産に関する支援等の更なる強化策(医療保険制度における支援の在り方、周産期医療提供体制の在り方)や、妊娠期・産前産後に関する支援の更なる強化策等について議論されるとのことです(資料)。多くの関係者の知恵を結集し、ここに記したような課題を上手に解決する制度が構築されることを期待しています。
4. こどもまんなか保健医療とは
さて、妊娠から出産、そして子育ては、親子にとっては一連のものですが、行く先がバラバラでありそのたびごとに探さないといけないというハードルがあるのではないかと、個人的にずっと考えていました。例えば妊娠したらまずは自治体に妊娠届を提出します。すると自治体は伴走型相談支援を行います。一方で、妊婦健診は産婦人科の診療所・病院や助産所に通います。場合によっては、分娩はまた別の大きな病院でということになるかもしれません。分娩が済んだら、産後ケアや乳幼児の健診、乳児家庭全戸訪問等の自治体による支援があります。しかし回数等は自治体により異なります。こどもの予防接種や病気等では、小児科の診療所や病院にかかることになります。学校に通うようになっても、場合によっては受診やさまざまな支援が必要になることは少なくありません。以上のプロセスにおいて、二人目以降のこどもであれば親も多少慣れているかもしれませんが、初産であれば親が自分で調べてあちこちに行かなければなりません。また二人目以降の場合は、その間に兄/姉をどこかに預ける必要があるかも知れず、一時的な預け先を探す必要があるかもしれません。
そこで今回の出産(正常分娩)の保険適用の検討は折角の機会なので、周産期のみならず、妊娠から出産、乳幼児子育て期から就学期(学校保健を含む)、思春期まで、親と子のより健康な育ちを一気通貫して多機関が連携してサポートできるような、いわば「妊娠・出産・子育て版地域包括ケアシステム」のようなモデルを構築し、それを都市部や地方部それぞれに提供体制のビジョンを描くことで、どこに住んでいても安心して妊娠・出産・子育てができる国・自治体・医療機関等を通じた支援体制の構築するような議論を、先の検討会にしていただくことを期待しています。これは昨年四月に施行された成育基本法の理念の実現そのものです。
そういう意味で、本PTは単に出産(正常分娩)の保険適用だけでなく、その前後も含め親子の立場に立った議論を行うために「こどもまんなか保健医療の実現」を掲げています。今後も引き続き、より安心して妊娠・出産・子育てができる社会を目指し、党内の議論を前進させます。