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2023年5月

2023年5月30日 (火)

創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム提言

 5月16日に、橋本がくが座長を務める自民党社会保障制度調査会創薬力の強化育成に関するPTの会議にて、今年度の骨太の方針や概算要求等を念頭においた提言について一任をいただきました。その後、会議での発言等を踏まえて修文を行った上で、本日の自民党政務調査会審議会においてご了承をいただき、党政調としても決定いただきました。提言内容について、下記の通りですのでご覧いただければ幸いです。なお今週中に首相官邸を訪ね、提出する予定です。

●(PDF版)創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム 提言


創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム 提言

令和5年5月16日
自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するPT

1.はじめに

  • 医薬品産業は日本の中核産業であり、また、国民の生命の維持に直結する生命関連産業であることから、本PTにおいてはこれまで、「医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立」(令和3年5月13日)、「医薬品産業を通じた世界のヘルスケア分野の牽引に向けた提言」(令和4年9月9日)及び「薬価制度の抜本改革に関する提言」(令和4年11月28日)を取りまとめ、政府に取組を求めてきた。
  • 今般、こうした提言を踏まえつつ、厚生労働省において「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」が行われていることも受けて、創薬力の強化や医薬品の安定供給といった課題への対応について、政府に以下の取組を求める。

2.現状と課題

日本起源の医薬品の減少、世界市場に占めるシェアの減少、輸入超過
  • 医薬品産業は今後の経済成長の中核となる重要な産業であるとともに、国民の生命の維持に直結する生命関連産業でもある一方で、日本起源の医薬品が減少し、国内市場の縮小・世界市場に占めるシェアが減少するなど、わが国の医薬品産業の国際競争力・体力は低下している。
  • 具体的には、世界売上上位100品目のうち、日本起源医薬品は12品目(2003年)から9品目(2020年)に減少し、日本起源医薬品の世界市場シェア(売上高)は12.1%(2000年)から9.8%(2016年)に低下しているほか、医療用医薬品市場の構成比についても、アメリカに次いで2位(10.8%、2010年)であったものが、近年では中国にその地位を譲っている(6.8%、2020年)。
  • こうした状況の背景には、世界市場における売上トップがベンチャー企業起源のバイオ医薬品に占められている等、創薬の主体やモダリティが変化した一方で、わが国は依然として大手製薬企業由来の創薬が主流となっているほか、バイオ医薬品の分野においても遅れを取っているなど、世界的な創薬の潮流に立ち後れていることが挙げられる。
希少疾病、小児分野等を中心としたドラッグロスの発生
  • 医療用医薬品の世界売上上位300品目(2019年時点)の日米欧上市順位を見てみると、日本においては約7割の医薬品の上市順位が3番目となっているほか、約18%の医薬品が未上市となっている。
  • 欧米では承認されている一方で、国内では未承認の医薬品は143品目(2023年3月時点)、このうち開発に着手すらされていない医薬品は86品目(未承認薬のうち60.1%)となっており、ドラッグラグに留まらず、革新的な新薬が国内市場に上市されないドラッグロスの問題が顕在化している。
  • また、86品目の内訳としては、オーファンドラッグが47%(40品目)、小児用医薬品が37%(32品目)となっており、市場規模が小さく開発インセンティブが働きづらい分野においてドラッグラグ・ドラッグロスが顕著となっている結果、治療の選択肢が狭まり、小児や希少疾病患者に、生死にも関わるような不利益が生じている。
後発医薬品の供給不安及び流通取引上の課題
  • 後発医薬品は医療用医薬品の使用量の約半数を占め、国民生活に浸透した、必要不可欠な医薬品となっている一方で、2021年以降、複数の後発医薬品企業における製造・品質管理の不備に対する行政処分を契機として、後発医薬品の全品目の約3割が出荷停止又は限定出荷となっているほか、その影響は一部の先発医薬品にも及んでいる。
  • こうした安定供給問題の背景としては、企業におけるコンプライアンスやガバナンス上の課題に加えて、
    ・共同開発の導入等により参入障壁が低下したことで多くの企業が市場に参入し、価格競争が激化したこと、
    ・総価取引が多く行われる中で、後発品の薬価は調整弁として大きく下落する構造にあること、
    ・収益確保のため、比較的利益の得やすい特許切れ直後の品目に再び多くの企業が参入するという負のスパイラル構造により、多品目少量生産という非効率的な生産構造ができあがったこと
    等の産業構造上の課題が挙げられる。
  • 購買力を背景に過大な価格競争が行われることにより「過剰な薬価差」が生じ、その結果、乖離率が大きくなることで薬価が下がりやすい構造となっている。
医薬品サプライチェーンの強靭化・医薬品安全保障
  • 今般、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による需要の増加や、ウクライナ問題を契機とした原材料費の高騰により、その原薬・原材料の多くを特定の国に依存している後発医薬品をはじめとして、医薬品の供給リスクが顕在化している。
  • こうした感染症や地政学上のリスクに加え、災害等の様々な供給リスクに対応するため、サプライチェーンの強靱化など、医薬品の安定供給のための体制確保が求められる。
「国民皆保険の持続性」と「イノベーションの推進」の両立
  • 令和3年度から中間年改定が実施され、2年に1度であった薬価改定が毎年実施されているが、乖離率は2年に1度の改定を行っていた期間と大きく変わらないことから、結果として薬価が倍のスピードで下落する状況となっており、社会保障費の財源捻出を薬価改定に求める構造は限界を迎えている。
  • 今後とも高額な医薬品が上市されることを踏まえつつ、医療保険制度の持続可能性の観点から財源確保の在り方について検討することが不可欠な状況。

3.わが国の医薬品産業が目指す姿

(1) 日本でシーズを見つけ育てる能力(創薬力)を強化することで国際競争力を高め、医薬品産業を日本経済により貢献できる基幹産業とする。

  • 政府において医薬品産業を基幹産業と位置づけ、創薬力強化に向けた国家戦略の下、政府一丸となって創薬に挑戦する企業が支援を受けられる環境であること。
  • 政府に医薬品産業に係る司令塔が設置され、アカデミアの専門的見地に裏付けられた組織によるガバナンスの下で創薬力強化が推進されていること。
  • 治験環境やデータ基盤等の創薬基盤が整備され、アカデミア、ベンチャー企業、大手製薬企業が連携する創薬エコシステムの下で、絶え間なくイノベーションが生み出されていること。
  • 研究開発型企業が、新薬の売上で研究開発費を回収し、特許切れを見据えて速やかに次の新薬の研究開発に移るというビジネスモデルを採ることで高い創薬力を持つ産業構造となっていること。

(2) 公的医療保険制度を守りつつ、国民が適切な負担でより多くの医薬品を安心して使用できるような環境を整備する。

  • 国外オリジンの新薬について、日本においてもアメリカ等と同時に承認申請がなされ、新しい技術によって製造された新薬に国民が円滑にアクセスできること。
  • 小児・希少疾病等について、患者が国内未承認薬の使用を希望する場合に、大きな負担なく当該希望が叶えられること。
  • こうした患者の医薬品へのアクセス確保のためにも、製薬企業にとって予見可能性のある薬価制度が構築され、日本の医薬品市場が安定的で成長する市場となっていること。
  • 国民の生活に必須である後発医薬品については、多品目少量生産という非効率的な生産構造が解消され、品質が確保されるとともに、安定的に供給されていることが重要であり、品質の確保や安定供給が可能な企業が適切に評価される市場となっていること。
  • 医薬品製造・流通について、適切な流通取引が確保されているとともに、地政学上のリスクなどに対応できる強靱なサプライチェーンが構築され、供給不安時に関係者が迅速に供給情報を共有できる体制が整備されていること。

4.具体的施策の方向性(R3.5.13 『医薬品産業エコシステムと医薬安全保障の確立』を前提に)

⑴について

医薬品に係る国家戦略の確立と実行体制の整備
  • 製薬企業が国際展開を見据えつつ、新規モダリティの分野における研究開発に投資し、イノベーションの創出に挑戦できるよう、日本における創薬力の持続的な発展を目的とする国家戦略を策定し、政府一丸となって支援を行うべき。
  • その際、内閣の重要施策の企画立案・総合調整に当たる内閣官房が司令塔機能を担うべきである。また、健康・医療に関する先端的研究開発及び新産業創出の推進を司る内閣府健康・医療戦略事務局は、シーズが産業化されるまでの流れを一気通貫で、専門的知見を十分に活用して支援すべく、各省庁との連携における中心的役割を果たすため、その所掌事務や権能、組織体制等について、法改正を視野に検討すべき。
  • 政府の中に創薬に係る研究開発や、産業化を見据えた企業戦略等についての専門的知識を有する多様なアカデミア人材で構成される委員会を組織し、国は国家戦略の策定・実行・ガバナンスに当たって連携すべき。
  • 当該ガバナンスの下で、次のモダリティとしてどの分野に注力するのか等、投資の優先順位付けを行い、優先順位に沿って産業化までの支援を行うとともに、新規モダリティに対応するため、バイオ医薬品の製造支援・人材育成を進めるべき。
創薬エコシステムの育成支援
  • 国内外のベンチャー企業、アカデミア、ベンチャーキャピタルなどとの協業(オープンイノベーション)が起こりやすいエコシステムを構築し、シーズの開発から製品化まで一気通貫の支援を強化するべき。
  • また、エコシステムの構築に向けて、オープンイノベーションを促進するコミュニティの形成や創薬ベンチャーの企業拠点を形成する取組への支援を行うべき。
  • また、ベンチャー企業等が、アカデミアの創薬シーズを開発し、実用化するためには多額の資金が必要であり、現在の取組を進めつつ、AMED・SCARDAの在り方について検討するとともに、欧米のリスクマネーを呼び込むことを含め、日本にリスクマネーが入る仕組みを検討すべき。
治験環境の改善
  • 治験実施拠点の機能強化を図るとともに、国際共同治験の実施体制を強化し、アジアにおける医薬品・医療機器等の規制調和を推進すべき。
  • 国際共同治験における日本人データの必要性を整理すべき。その際、日本人での安全性を確保しつつ海外データの評価を含めて迅速な国際共同治験への参加や薬事承認が可能となるよう、承認手続きの合理化やPMDAの審査体制の強化を行うべき。
  • 疾患別レジストリや来院に依存しない治験の活用を含むリアルワールドデータの薬事における利活用を推進すべき。
  • 日本における治験の活性化に向けて、治験情報を適切に患者に届ける等の対応を推進すべく、関係者間での協力・連携を強化すべき。
医療情報の利活用推進
  • 出口を見据えた戦略的な全ゲノム解析等の情報基盤の拡充とその利活用による創薬等を推進するため、事業実施組織の発足に向けた体制整備とバイオバンク間の連携強化等を進めるべき。
  • 研究や治験データの解析等への医療情報の二次利活用を促進し、わが国の創薬力等を高めるため、国際的な動向や関係者のニーズを把握しつつ、同意取得の在り方を含めた仕組みとインフラの構築を進めるべき。
長期収載品の種別等に応じた対応
  • 長期収載品については後発品への置き換えを推進し、新薬の特許切れを見据えて速やかに次の新薬の研究開発に移るというビジネスモデルへの転換を促すべき。その際、種別や様々な使用実態に応じた対応についても検討すべき。
⑵について

日本市場の魅力向上に資する薬価制度の構築
  • 日本の薬価制度は予見可能性が低く、イノベーションの評価が不十分であること、薬価収載時の価格が欧米と比較して低いことがドラッグラグ・ドラッグロスに繋がっているとの指摘があることを踏まえ、以下の対策を講ずるべき。
  • 再生医療等製品等など、現行の薬価制度においては、比較薬がないような革新的新薬について、既存の制度の枠にとらわれない新たな枠組みによる評価方法の可能性を検討すべき。
  • 市場拡大再算定について、薬理作用類似薬が増加する中で、いわゆる「共連れ」制度により予見可能性が低下しているとの指摘を踏まえ、制度の見直しについて検討すること。
  • 新薬創出等加算について、創薬の主流となっているベンチャー企業がしっかりと加算を受けられるように見直すなど、特許期間中の革新的新薬が価格を維持できるような制度とすること。
  • 企業の投資判断に影響を与えるような薬価制度改革が頻回に行われていることや、薬価制度自体が複雑化していることを踏まえて、投資回収の予見可能性の低下に配慮すべき。
小児・希少疾病等に係る保険外の医薬品利用に対する支援等
  • 未承認薬の解消のため、成人と同時に小児医薬品の開発を促すような薬事制度における新たな方策の導入や、希少疾病用医薬品の指定の早期化・拡大、未承認薬・適応外薬検討会議の体制強化による評価の加速化等を図るとともに、未承認の段階での患者アクセスを向上させる仕組みとして、例えば、米国における患者個人を対象とした拡大治験(Single Patient Expanded Access)の仕組みなど海外の制度も参考に、患者の費用負担にも配慮しつつ、検討を進めるべき。
  • 小児がんについては、AMED事業で採択された臨床研究が患者申出療養制度等の下で実施されていることにより、速やかに未承認薬を用いた治療が行われるとともに、患者の費用負担が軽減されているが、こうした仕組みの他の小児・希少疾病等への展開を進めるべき。
後発医薬品等の安定供給に向けた市場環境の適正化等
  • 品質の担保された医薬品を安定的に供給することができる企業をより評価する仕組みを導入することで、こうした企業で構成される産業構造への転換を図るべき。
  • まずは少量多品目構造を解消すべきであり、そのための薬価の在り方を検討するとともに、品目統合に併せて安定供給に資する製造ラインの増強等の取組を行う企業への支援を行うべき。
  • 血液製剤や輸液など製造工程の特殊性があるものや、外用剤、眼科用剤など製剤的特性を有するもの、漢方製剤など、事情により後発医薬品が上市されない又は後発医薬品への置き換えが進まない医薬品については、後発医薬品と同様に安定供給の確保に向けた取組を進めるべき。
  • バイオシミラーについては、認知度の低さ等により置換えが進んでいないが、政府目標の下、国内製造の促進等の安定供給確保を進めつつ、その使用を促進すべき。
  • 医療上の必要性が高い医薬品については、薬価を下支えする現行制度の運用改善を検討するとともに、中長期的に、採算性を維持するための制度について検討を進めるべき。
  • 都道府県における薬事監視の体制を強化するとともに、薬事監視の情報共有を国と都道府県間で速やかに行うなどの連携体制の整備を行うことで、企業に対するガバナンスを強化するべき。
サプライチェーンの強靱化
  • 医薬品安全保障の観点から、種々の供給リスクに対応するため、原薬・原材料から製剤化までのサプライチェーンを把握・分析した上で、明らかとなったリスクに応じて、政府と企業が連携して原薬の国産化や備蓄、マルチソース化などの取組を講ずるべきであり、企業への取組を促すとともに政府として、諸外国と協力・連携することも含めてそうした取組への支援について検討すべき。
  • 医薬品の供給不安発生時においては、関係者間で状況が共有されないことで不安が助長され、買い込み等による物資の偏在が発生することを踏まえ、流通関係者が医薬品の出荷状況、流通状況等を迅速かつ正確に把握・共有できる仕組みを構築すべき。
適切な流通取引の確保
  • 総価取引の是正など、適切な流通取引の確保のため、「医療用医薬品の流通改善に向けて流通関係者が遵守すべきガイドライン」の実効性確保に取り組むべき。
  • 「過剰な薬価差」についてその実態を把握し、医療現場や医薬品卸売業者等の意見を聞きつつ、是正に向けた検討を進めるべき。
持続可能な薬価制度
  • 社会保障費の自然増抑制を薬価改定に財源を求めていくことは、もはや限界を迎えている。さらに、日本の医薬品市場の魅力を増大させるための財源確保策について、政府全体として速やかに検討を行うべき。
  • 「薬価制度の抜本改革に関する提言」(令和4年11月28日)の内容が必ずしも全て実行に移されていないことを認識し、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」において、改定の対象が「価格乖離の大きな品目」とされていることの趣旨を踏まえ、薬価制度や今後の中間年改定の在り方について検討を行うべき。
(以上)

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2023年5月16日 (火)

LGBT理解増進法案をめぐる私見

 5月13日、自民党性的マイノリティに関する特命委員会内閣第一部会合同会議が行われ、いわゆるLGBT理解増進法案が部会長一任となりました。その後16日には、政調審議会および総務会という自民党の党内手続きは完了しました。私は、後に記す理由により、最近の党内のLGBTに関する動きには一線を画しておりましたが、さはさりながらこれまで推進していた立場ではあった責任も感じたため、部会での法案審議3回目となった13日の会議には出席して、法案の目指す意図等についてお話しし、議論を進めてほしい旨意見をいたしました。その中で、いろいろ思うところがありました。

 またその関係で、行橋市議会の小坪しんや先生のブログにて、私のブログを引用していただき、議論をしていただいたことに気が付きまして、そちらにもお返事しなければならないとも思いましたので、改めてこのブログであわせて思うところを記します(お返事が遅くなりまして申し訳ありませんでした…)。

 なお、同法案については既に総務会で了承されたことから、法案の具体的な文言記述を修正したり、そのための意見をしたりする権限は私にはありません。よって語句や表現などについては具体的には申し上げません。今後、国会に提出されれば、両院での審議の機会などで議論されることになろうと思います。また、法案にあわせて性同一性という言葉を遣っていますが、Gender Identityの訳語という意味以上に何かがあるわけではありませんので、性自認という言葉で読み替えていただいても差し支えはありません。

◆「性的少数者への理解を広めるため」の法案ではない

 今回の法案を巡る報道でいつも気になるのが、この法案について「LGBTなど性的少数者への理解増進を図る法案」(産経新聞)、あるいは「性的少数者への理解を広めるための『LGBT理解増進法案』」(朝日新聞)という表現をされることです。敢えてこの二つの新聞を取り上げていますが、多くのメディアで同様の表現をされます。

・「LGBT法案、自民が修正案了承 保守派に配慮、性自認→性同一性に」(2023年5月12日、朝日新聞)
・「LGBT法案一任 自民保守系から不満噴出」(2023年5月13日、産経新聞)

 これらの表現は、いずれも【誤り】です。

 今回の法案で国等に課している役割は「性的指向及び性同一性の多様性に関する国民の理解の増進」です。あくまでも、「性別」を構成する要素である「性的指向」および「性同一性」が多様であることという「知識」に関する国民の理解の増進を図るよう政府に求めているのであって、「性的少数者への理解」の増進を図るものではありません。そもそも、「同性愛やトランスジェンダーは病気であり治すべきもの」「自分の意志で選ぶもの」といった性的指向や性同一性に関する誤った理解が多くの当事者を傷つけていることに着目し、その対応として政府等に正しい知識の普及啓発を行うよう求めるのが、本法案の趣旨です。

 それが、「性的少数者への理解」という話になると、「当事者の方々の置かれている心情や意見を理解しなければならない」という受け止めとなり、よって「女子トイレや女子風呂にトランスジェンダー女子の方が入れるようにしなければならない」ということを政府や自治体が進めるという懸念につながることとなります。先日の会議でも、そうした受け止めを前提に話をされる方が少なからずおられた気がします。

 私はことあるごとにこの話をしていますし、ブログにも既に記していますが、未だに多くのメディアがそのように報じ、また一般の人はともかく議員まで同様の理解をしていることには、敢えて意図を持って誤解を拡げようとしているのではないかと疑いたくなるような気にもなります。ただ、プロの議員間の議論において誤解に基づいて賛否を述べられても、「それは違ってますよ」という親切な指摘こそあれ、賛否については無視されるのは致し方ないものかもしれないなあとは思います。また、誤解される恐れがあるというお話をされるのであれば、ただ反対するのではなく、「どうやって誤解を生まないように改善するか」をご提言いただけると、建設的であっただろうと思います(そういった観点に立ち、条文の見直しをすべきというご意見も会議ではありました。フェアなご意見だと私は受け止めています)。しかしそれをせずに「誤解を招くから反対」という主張は、ただ「反対するための反対」にも受け止められるようにも思いました。それが私の誤解であることを願っていますが。

 また逆にこの法案は、さまざまな困難に直面している当事者の方々から、こんな法案じゃ役に立たない、差別を明確に禁止すべきという指摘もされます。そのぐらいに、誰かに権利義務を課したり制限したりする内容は含まれていません。ただ個人的には、正しい知識が普及することにより、困難が解消することも期待されるとは考えています。急がば回れ、です。なお法律で具体的に禁止されていても、あまり知られていないためになかなか効果が限定的である法律もあります。例えば身体障害者補助犬法においては、不特定多数が利用する施設の管理者は、身体障害者補助犬(盲導犬、聴導犬、介助犬)の同伴を原則的には拒んではならないこととなっていますが、残念ながら未だに飲食店や医療機関でも同伴拒否事例が散見される状況です。ですので、LGBTの方々が直面する困難の解消においても、法律による禁止の効果には限界があることも認識して、検討される必要があろうと思います。

◆トイレや風呂等について

 「実際にジェンダーレストイレが新宿にできたじゃないか」とか「海外でトラブルが起こっているじゃないか」といったことを言われます。小坪先生のブログにおける「地方議員としてのアンサー」も、その点についての懸念が根っこにあるものと受け止めています。

 まずこの問題は、社会において「性別」を決める要素に「身体的特徴による性別」と「性同一性(または心の性、性自認等と表現されるもの)」(他に、服装による性別、戸籍上の性別等が考えられます)があるという状況の下で、これまで「身体的特徴による性別」により区分されていたトイレや風呂、更衣室といった局面について、多くの方の場合身体的特徴による性別と、性同一性が一致していることを前提に作られているため、身体的特徴による性別と性同一性が異なる方がいるという課題をどう解決するか、ということだと理解しています。同様の局面は、スポーツの世界でも課題になり得るものと思っています。そして場合によっては、当事者の方々とそれ以外の意見の対立という構図にもなり得る問題であり、社会として無視できない、向き合わなければならない課題であるというのはご指摘の通りだと思います。

 まず、LGBT理解増進法案は、この点に関しては敢えて【触れていない】【ニュートラルな立場】であることは申し上げます。上記のように、知識啓発を求めるに留まっており、どちらに肩入れするか、どちらを優先すべきかについては述べていません。それは結局、そうした問題を議論するための共通の知識である性同一性の概念について共通理解が広がらないと、議論がかみ合わないからです。まず議論の土台をつくってから、議論しましょう、という整理によるものです。

 その上で、個人的な見解はこちらのブログ(「LGBT理解増進法案と銭湯について」)に記した通りです。要は、男女の区別がある場所において身体的性別に拠り区別されるべきか、性同一性に拠り区別されるべきかは、管理者の権限により当事者の方もそれ以外のことも考慮にいれて判断されるべきだと考えているということです。その上で小坪先生のご指摘に応えるとするならば、公衆トイレの話の場合、現時点において、その場に管理人がいてチェックしているようなものはなく、結局身体的特徴でも性同一性でもなく、本人の意志によって自主的に区分されている実態を踏まえ、それを変える必要があるのかないのかということがまず論じられるべきではないかと個人的には思います。ただ公衆浴場やプール等の更衣室の場合は、人前で裸になる(トイレは、なりません)場面があり、管理人が入場をチェックしているという施設の性質上、身体的特徴による性別で区分されるという現行の一般的な取り扱いを特に変更する必要はないものとも考えます。何故か、身体的なものよりも精神的なものが優位であると考えられる傾向があり、それ故にこの件についても身体的特徴による性別よりも性同一性による性別を優先させるべきと主張する向きがあったとしても、正直その根拠は薄いと思われます。そもそも何故区別が必要なのかを考えて、トイレや風呂、更衣室等の性別の区分について検討されれば差し支えないものと考えます。なお重ねて記しますが、LGBT理解増進法は、性別には性同一性と身体的性別とがあるという知識を普及させることが眼目であり、性同一性が身体的性別に優先されるとはどこにも書いてありません。

 その上で敢えて「理解増進法案」の精神に則って申し上げれば、誰でも利用可能な公衆トイレの話ではなく、職場等限定的な局面において、トランスジェンダーの方で悩んでいる方がいれば、人事担当者はその悩みを馬鹿にしたり些事であるなどと軽視したりせず誠実に受け止めて、個別に対応を適切に考えていただくことが望ましいでしょう。特定の職員の方が、職場の周りの方々も含めてご理解が得て、ご自身の望む性別のトイレの利用を認めることは、別段何も差し支えないものと考えます。経済産業省のトイレ利用に関する訴訟は、あくまでも、職場のトイレという限定的な場面における個別の当事者の方の相談に対する人事担当者の対応が適切であったか、そもそも性同一性に対する無理解により本人を傷つけてしまっていたのではないかということが問われているものであり、公衆トイレまで含めて社会全体の一般通念に対して異議申し立てをするようなものではないと考えます。

 小坪先生のブログの文脈から解するに、LGBT理解増進法案が、マジョリティへの権利侵害や不利益処分と認識される可能性を導き得るのではないかという見解かと思われますが、これは先に記した「性的少数者への理解」という誤解に基づいて解釈されればそういう方向になり得るかとも思われますので、まずはそうではないということを、共に社会に普及していただけるとありがたいことだと考えます。その上で、男性女性の区分けを維持しつつ、マジョリティvsマイノリティという構図ではなく、個別に丁寧に解決を考えるべきものではないかと考えます。冒頭に記したように、LGBT理解増進法案の個別の文言には触れませんし、まさに「理解増進法」という枠組み上あまり法文でその内容に踏み込むのは慎重な方が良いのではないかとは思いますが、例えば国会質疑における答弁等で、立法者の意図を何らかの形で説明させ議事録に残すということは考え得るかとも思います。また公衆浴場については、公衆浴場法があり厚生労働省が所管していますので、見解を質して議事録に残すことも可能でしょう。

 なお、LGBT問題特にトランスジェンダーの方の問題とジェンダーレス化を混同して語る向きがありますが、これは似てもって非なる問題です。トランスジェンダーの方は、むしろ「男性」か「女性」かいずれか確固としたアイデンティティを確立されています。その上で「男性として生きたい、ただし身体的特徴が女性だ」とか、「女性として生きたい、ただし身体的特徴が男性だ」という悩み方をされているのがトランスジェンダーの方なのです。したがってその悩みの解決に「社会の方が性別差を無くしてしまおう」というのは誤りであり、むしろせっかくどっちかの性別で生活したいと望んでいる方の希望を無にしているようなものです。例えば学校の制服であれば、「私は男の身体だけどかわいいスカート着て生活したい」とか「僕は女の身体だけどかっこいいブレザーを着て生活したい」という性同一性を持つ生徒さんがいるとして、その解決策は、身体的男子がセーラー服を着たり、身体的女子が学生服を着たりする選択肢を校則上ないし個別に認めることであり、制服を男女共通のダサイ服にすることではありません。正直、この解決策は全員を不幸にすると思います。しかし実際に学校の制服でも「ジェンダーレス制服」と称して上記のようなことをしていたり、最近はトイレもジェンダーレストイレとかいうものがあったりするようです。重ねて言いますが、全く問題解決になりません。個人的には、敢えてさまざまなものを混同させて社会を変な方向に動かしたい方々もいるのかなあとも思うところです。こういうことを防ぐためにも、性的指向や性同一性に関する正しい理解が広がる必要があると強く思うところです。

◆そもそも何故自民党が取り組むのか

 小坪先生のブログを拝見すると、「新潮45」休刊の経緯による影響を記しておられます。そもそも平成28年に自民党に性的指向・性自認に関する特命委員会が設置された背景にも、たしか統一地方選挙を前に、地方議員も含めた自民党所属の方々が、性的指向ないし性自認に関して問題とされる発言を行いメディアから何度も指摘されていたという背景があったなあということを思い出しました。ですので、古屋圭司委員長(当時)のご指導のもと、まずは党内向けにQ&Aを作成し、また簡単なリーフレットを作成して各都道府県連に配布したりしました。その後、国会議員でも問題発言と指摘される案件が何回かありましたが、そのたびに特命委員会としては、その議員の方々とお話をして役員に入っていただくなど理解を拡げる努力をしてきたところです。政治家は発言に責任を持つべきですが、無知そのものは罪ではありません。学んでいただければよい。

 そうした積み重ねを地道にやってきた中で、6年前から同じような趣旨の法案について議論を続け、ようやく法案として国会提出しようかという段階になって、今まで会合で顔を見たことない方々が現れて「議論が拙速」とか「荒井秘書官の発言で動くのはおかしい」とか「今動く必要性が感じられない」いった今更な理由で反対意見が述べられたり、今なお事実誤認に基づく発言があったりするのは、長年議論を積み重ねてきたものとしては、いささかやりきれない気分になります。また、新型コロナウイルス感染症に関して感染者への不当な差別について法制化を頑張っておられて立派だなと思っていた方が、今回の件については差別について異なるご見解を持たれているようなことも見受けたりして、かなり不思議な気持ちにもなります。「今日はどんな議論があっても反対します」という単に議論を拒否する姿勢を示す方には議員としてどうかとも思うところもありました。とはいえ、先に少し触れたように、党外での議論も必ずしも納得できないようなものもあり、別段自民党だけの問題とも思いません。LGBTの問題を自分の商売のタネとしか考えていない方が仮にいるとすれば、ため息しか出ません。

 個人的には、火災現場にかけつけてリスクを冒して消火活動する消防士が、遅れてやってきた見物人に「あいつが火を拡げる犯人だ!」と指摘をされるような目に一度ならず遭遇し、まあ政治家の仕事というものは得てしてそういうものですが、本件については、すこし疲れたという感覚を拭いさることもできません。ですので、ブログで思うところを記し議論の材料を提供したこと以外は、今回はほとんど私自身は議論に参加せず、会議で一度発言するにとどまりました。そうした中で、特命委員会創設から常に真剣に取り組み続けておられ、今回も法案の議論を主導されている古屋圭司先生や新藤義孝先生、稲田朋美先生には、本当に頭が下がる思いです。

 本当に困難に直面する方々のことを真剣に考えて皆が議論し取り組めば、おのずから物事は上手くまとまってゆくものと信じています。

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