薬価制度の抜本改革に関する提言・所見
このたび橋本がくが座長を務める自民党社会保障制度調査会のPT「創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム」において、ヒアリングおよび議論を行い、「薬価制度の抜本改革に関する提言」およびその別紙として「薬価制度の抜本改革に関する所見」をとりまとめました。単に政策提言を行うのみならず、所見としてその背景となる日本の医薬品供給の危機的な状況を整理しました。この状況は、誰もが保険料を支払い、患者となり医療を受ける立場になる得る以上、できるだけ多くの皆さまに知っていただきたく、ぜひお目通しいただければ幸いです。
令和4年11月28日
薬価制度の抜本改革に関する提言
自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム
現在、厚生労働省において「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」が行われている。本PTとしてもこの検討会をフォローアップするため、10月20日に厚生労働省から説明を聴取し、また11月14日には6団体からヒアリングを行い、議員間の討議を行った。その結果、以下の認識を共有するに至った(詳細は別紙「薬価規格の抜本改革に関する所見」参照)。
- 毎年改定等を含む「薬価制度の抜本改革」は、国民負担増加幅の軽減には寄与したものの、日本における新薬上市の遅れや不申請(ドラッグラグ・ドラッグロス)、研究開発投資の減少、後発医薬品の出荷調整などの問題の要因となっており、国民の不利益が発生していること。
- メーカーや医薬品卸業各社は、本年2月のロシアのウクライナ侵攻に端を発するエネルギーや原材料等の価格上昇や円安傾向にも見舞われており、毎年薬価改定などと相俟って原価比率の上昇や経営危機など深刻な状況にあること。
- 後発医薬品等の低価格維持のための特定国への原料依存など、今後改善すべき点があること。
その他、イノベーション促進の観点から薬価制度などを根幹から見直すべきという意見もあった。
そこで下記の通り、政府に対して提言を行うこととする。政府においてはこの提言を重く受け止め、速やかに実施することを求める。
記
- 政府において、毎年薬価改定や新薬創出加算の見直しなど「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」の各項目が現状に与えた影響ついて速やかに検証を行い、その結果により見直すこと。その際には、本PTの提言「医薬品産業エコシステムと医療安全保障の確立~医薬品産業ビジョンへの提言~」および「医薬品産業を通じた世界のヘルスケア分野の牽引に向けた提言」を踏まえること。
- 令和5年度薬価改定においては、以下を実現すべく全力で努めること。
- .エネルギー・原材料価格などの高騰により採算が悪化した品目の対応のため、薬価引き上げまたは引き下げ幅の緩和など必要な対応を行うこと
- 「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」の表現に立ち戻り、真に「価格乖離の大きな品目」、すなわち平均乖離率を一定以上上回る乖離率の品目に絞ること
- 調整幅については、その役割を踏まえ、2%を継続させること
- 特許期間中の品目や需給調整中の品目は、乖離幅による薬価改定の対象としないこと
以上
(別紙)
令和4年11月28日
薬価制度の抜本改革に関する所見
自由民主党政務調査会
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム
社会保障制度調査会
創薬力の強化育成に関するプロジェクトチーム
●薬価制度の抜本改革
- 2016 (平成28)年12月、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」が4大臣の合意により決定された。内容としては、市場拡大対応の迅速化、毎年薬価調査・毎年薬価改定、新薬創出等加算の抜本的見直し等が含まれる。これは「『国民皆保険の持続性』と『イノベーションの推進』を両立し、『国民負担の軽減』と『医療の質の向上』を実現する観点から、薬価制度の抜本改革に向け、PDCAを重視しつつ」取り組むとされたものである。
- まさにPDCAの観点から、この機会にチェックし必要であれば見直す必要がある。
(出所:中央社会保険医療協議会薬価専門分科会(第188回)資料)
●円安や物価高騰の影響について
- 今年に入り、円安や海外情勢の影響により、原薬、原材料、包装材料、燃油等の価格が高騰し、調達コスト等が上昇している。メーカーのみならず、卸売業においても打撃となっている。これは薬価制度抜本改革時に全く想定されていなかった事態である。
(出所:日本製薬団体連合会資料)
- 医薬品の製造は薬機法およびGMP省令に則る必要があるため、機動的な製造過程の効率化は困難である。公定価格であるため価格転嫁も、安定供給が必要であるため製造量の調整も不可能である。現行制度下ではコスト増はメーカーや卸が負担する以外に回避の途がない。
(出所:日本製薬団体連合会資料)
- なお円安の影響により海外における臨床試験費用も高騰し、研究開発費も上昇している。
●毎年薬価改定の影響
- 現在の薬価改定は、メーカー・卸および医療機関・薬局の間で市場競争を行う結果生じた薬価差について定期的に調査を行い、実勢価格に基づいて乖離幅を割り引く形で改定することが基本。この仕組みは、高齢化の進展や絶えずイノベーションが求められる結果として薬剤費総額が上昇しやすい傾向があることと、一方で公的保険制度の維持のために適切な価格設定が求められることの間で、バランスを保つために機能している。
- 具体的には、保険医療に関する医薬品取引の特性として、そもそも患者の生命維持やQOL向上維持のためメーカーや卸には安定供給が求められることや、未妥結取引や総価交渉などの医薬品に特徴的な取引慣行が流通改善の取組にも関わらず未解消であること、医療機関や薬局等にとって薬価差が収益源となっておりその確保が継続的に必要であることなどにより、構造的に取引価格は下落する仕組みとなっている。
(出所:(一社)日本医薬品卸売業連合会)
- その結果、2018年から毎年の改定となって以降、改定頻度は上がったにも関わらず乖離率は毎年一定して生じており、そのため薬価の年平均下落率はそれ以前(2011年~2016年:-2.4%)と比較して加速(2017年~2022年:-5.0%)している。
- 上記の物価高騰や円安の影響は、医療機関・薬局等からのさらなる値下げ圧力の強化にも結び付くものと考えられる。一方で、薬価改定において医薬品の製造コスト増について考慮する仕組みは存在しない。
(出所:米国研究製薬工業協会資料)
●日本の医薬品市場規模の現状
- 日本における薬剤費は、過去10年間を見ると概ね8兆円~9兆円台を推移している。
(出所:日本製薬団体連合会資料)
- これは薬価改定や後発品への置換等の薬剤費削減策の結果である。薬価関連抑制額(国費ベース)は5年間累計で5,941億円に上る。この総額が、国民負担軽減の実績である。
(出所:日本製薬団体連合会資料)
- 薬剤費を対名目GDP比で見た場合、2010年(平成22年)比で推移を見た資料では「薬剤費総額は、経済成長を上回って推移している」と結論づけている(名目GDP年平均伸び率+1.2%、薬剤費総額年平均伸び率+1.9%)。一方、2011年(平成23年)比で推移を見た資料ではほぼ同様の伸び(名目GDP年平均伸び率+1.4%、薬剤費総額年平均伸び率+1.6%)となっている。基準の置き方によって印象が変わることに留意が必要である。
(上図出所:財政制度審議会財政制度分科会(令和4年11月7日)資料、下図出所:中央社会保険医療協議会薬価専門部会(第188回)(令和4年10月5日)資料。いずれも赤実線が薬剤費総額の推移、緑実線が国民総生産の推移を示す。2010年度基準では差が開いているように見えるが、2011年度基準ではほぼ重なっているように見える)
- そもそも、2018年以降の毎年薬価改定の影響を読み取ることはまだデータに限りがあるため、依然困難である。2010年基準にせよ2011年基準にせよ、2018年のはるか前の時点を基準とする医薬品市場の推移やその対GDP比を参照して毎年薬価改定の在り方について議論することは、いずれも不適切である。
●世界市場と日本市場のギャップとその影響
- 世界においては、医薬品市場は2016年~2021年で年平均成長率は+5.1%と拡大しているが、同時期の日本の年平均成長率は-0.5%と微減となっている。
(出所:日本製薬工業協会 資料)
- 国内製薬企業8社計の連結売上は、2017年~2021年の間で約40%の増加となっているが、同期内の国内売り上げは-5%と減少しており、世界と日本の成長率の差は-45%となっている。2022年上期においてもその傾向は変わらない。国内製薬企業の業績により、日本における医薬品市場の状況を判断するのは、不適切である。
- また将来については、主要国では年数%の成長が続くものと予測されていることに対し、日本はマイナス成長が予測されている。
(出所:米国研究製薬工業協会)
- 世界において医薬品市場が成長を続ける中で、さまざまな制度改正の継続や日本市場のマイナス成長が予測されている影響は、ドラッグラグ・ドラッグロスとして新規医薬品の供給面に現れている。国内未承認薬の品目数と対欧米割合では2016年に117品目・56%であったものが、2020年には176品目・72%と拡大している。
(出所:日本製薬工業協会)
- ヨーロッパの製薬企業においては、全ての企業で上市延期や遅延の議論が増加したと回答しており、実際に日本市場への上市延期ないし遅延があると回答した企業は10社中6社に上る。
(出所:欧州製薬団体連合会資料)
- 欧米の製薬企業団体からは、日本市場の成長の阻害要因および世界における日本市場の優先度の低下は、薬価制度(引き下げ)・市場環境によるものと指摘されている。
(出所:米国研究製薬工業協会)
(出所:欧州製薬団体連合会)
- 日本における医薬品への投資への影響も指摘されている。2009年~2015年の間では、日本の研究開発投資は22% (年平均3.4%)増加したが、2015年~2020年では-9%(年平均-1.9%)と減少した。同じ期間で世界では16%増加、33%増加と加速していることと比較し歴然とした差がある。
(出所:米国研究製薬工業協会)
●後発医薬品について
- 後発医薬品は、新薬との置き換えにより医療費を適正化するものとして使用促進のための施策が実施されてきた。現在では数量シェアでは50.3%を占めるに至りつつ、金額シェアでは16.8%に留まっており、その医療費適正効果額は年間推計で19,242億円とされている。
(出所:日本ジェネリック製薬協会資料)
- 一方で、品質確保の問題等が発覚しメーカーが処分される事態が相次ぎ、その影響により供給が不安定となり多くの品目で需給調整が行われる状況となっている。その対応のため、後発品メーカーは原薬のマルチソース化や製造設備の更新・新設、人材確保等に取り組んでいる。
(出典:厚生労働省)
- その結果、原価率は上昇している。現時点で製造原価率が80%を超える品目(販売管理費・卸への費用・消費税等を含めると赤字になる)が30%を占めており、経営を圧迫している上、さらに原材料価格、エネルギー価格の高騰に直面している。
(出所:日本ジェネリック製薬協会)
●医薬品卸について
- 医薬品卸は、生命関連性、高品質・多種多様性、需要周期の不規則性など取扱商品としての医薬品の特徴を背景とし、他商品の卸売業と異なる流通ニーズに対応している。
- その中で、近年の後発医薬品の需給調整が継続的に業務負荷となっていることに加え、コロナワクチン等の配送やガソリン代・電気料金の急騰等が業務上の負荷としてのしかかっている。さらに毎年改定による売り上げ切り下げの加速もあり、2020(令和2)年度は営業利益は株式上場会社(6社)の営業利益は前年比-70.7%、それ以外の会社(11社)の営業利益は前年比-97.6%と危機的な状態となっている。
(出所:(一社)日本医薬品卸売業連合会)
- なお、毎年薬価改定のため価格交渉の頻度が増えた上、後発医薬品の数千品目に上る需給調整のため、現場担当者の業務負荷は過大となり、疲弊していることに留意が必要である。将来が見えないとして退職する社員も少なくない。
- 流通改善の取組みは進められているが、流通改善ガイドラインが目指すゴールに到達するまでには、未だ道半ばの状況である。また医療機関・薬局が交渉業務負荷軽減等のため価格交渉の代行業者に委託するケースが急増しており、ガイドラインの留意事項に沿わない手法での交渉が見られるとの指摘もある。
- このような状況下において、これまで薬剤流通の安定機能を担い、全ての流通当事者に必要不可欠なものとなっている調整幅の引き下げを行うことは、医薬品の継続的な安定供給に重大な支障をきたす恐れがある。
(出所:日本医薬品卸売業連合会資料)
●医薬品のサプライチェーンについて
- 後発医薬品に使用する原薬の2/3は海外からの輸入に依存し、その1/4は特定の国からの輸入である。また、抗生物質の出発物質や重要中間体は100%同じ国に依存しており、実際に手術延期などの支障が発生したこともあった。経済安全保障の観点から見直しが急務である。
(出典:厚生労働省)
●まとめ
- 日本の医薬品市場は対GNP比では横ばいまたは微増傾向であるが、世界の医薬品市場と比較すると成長率は際立って低い。これは薬価制度の抜本改革の結果であり、政府の財政ひいては国民負担には国費ベースで5年間の累計約6,000億円の貢献をしたものの、新薬のドラッグラグ・ドラッグロスや研究開発投資の日本回避の動きとして悪影響が生じている。また国内的にも特に後発医薬品メーカーや医薬品卸売業の経営状況は深刻化しており、かつ後発品の供給等に慢性的に支障が発生している状況を脱せていない。
- 国民が安心して世界水準の保険医療を受けるためには、新規医薬品の速やかな国内市場への導入やその他の医薬品の安定供給は欠かすことはできない。しかし現行の薬価制度の下で、革新的な医薬品へのアクセスは主要先進国に後れをとっており、また必要な医薬品の原料調達・製造・物流など幅広い面で安定的な供給が危機的な状況を迎え、その中で関係者の懸命の努力はあるものの、実際に多くの患者の不利益まで生じている。
- 薬価制度の抜本改革は、国民皆保険の持続性向上や国民負担増加幅の軽減には貢献したものの、イノベーションは阻害され、新薬へのアクセス悪化や供給不安、現場の疲弊や経営悪化など、さまざまな面で国民に不利益を被らせ、保険医療への信頼を失わせる結果につながっていると考えざるを得ない。こうした状況を踏まえた検証と見直しが求められる。
以上