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2022年5月26日 (木)

「かかりつけ医」の議論をめぐる所感

●はじめに

 ここしばらく「かかりつけ医」についての議論がしばしばみられます。たとえば5月17日に政府の全世代型社会保障構築本部が取りまとめた「議論の中間整理」では、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を含め、機能分化と連携を一層重視した医療・介護提供体制等の国民目線での改革を進めるべきである。」と記されました。これを踏まえ、岸田文雄首相も5月25日衆議院本会議においてかかりつけ医について「今後その機能を明確化しつつ、患者と医療者双方にとってその機能が有効に発揮されるための具体的な方策を検討していくこととしており、コロナ禍での課題への対応という観点も含め、速やかにかつ丁寧に制度整備を進めていく」と前向きともとれる答弁を行っています。

 また立憲民主党では、中島克仁議員がかねてよりかかりつけ医の具体化に熱心であり、今国会でも「新型コロナウイルス感染症に係る健康管理等の実施体制の確保に関する法律案」(第208回国会衆法第20号)を提出し、衆議院厚生労働委員会等を中心に議論を行いました。先の総理答弁も、このことを踏まえた重徳和彦議員(立憲民主党)の質問に対するものです。
 
 一方で、公益社団法人日本医師会の中川俊男会長は、これに先立ち4月27日に文書「国民の信頼に応えるかかりつけ医として」を公表しています。この中で、「『かかりつけ医』の努め」や「地域におけるかかりつけ医機能」、「地域の方々に『かかりつけ医』をもっていただくために」等の内容を記しつています。中川会長は公表時の記者会見では、財務省が求めているかかりつけ医の認定制や制度化についての質問に対して、「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるということであれば認められない。かかりつけ医機能は地域でさまざまな形で発揮され、患者さんとかかりつけ医の信頼関係を絶対的な基礎として、日本の医療を守ってきた。そうした日本の財産を『制度化』で一刀両断に切り捨てることになってはならない」と応じています。

 こうした議論を眺めていますと、正直な話、「制度」や「機能」などの文学的表現を挟んで議論がかみ合っていないような、あるいは肝心の論点が敢えて語られていないような印象があります。そこで本稿においては、中島議員らが提出した法案に対する検討を足掛かりに、自分の頭の整理を兼ねて、論点の整理を行ってみます。

 なお、本稿はあくまでも橋本がくが記した個人的な覚え書きであり、所属組織・団体等の見解を表すものではありません。また誰の働きかけもなく橋本がくが本人の意志で記したものであり、極力公平かつ中立的に記すよう努力しますが、他方橋本がくは自由民主党所属の衆議院議員であり、選挙においては日本医師会をはじめ多数の団体の支援を受けており、かつ身内にも日本医師会の推薦を受けている者がいることは、明記しておきます。

●「新型コロナウイルス感染症に係る健康管理等の実施体制の確保に関する法律案」についての議論

 立憲民主党は3月29日「新型コロナウイルス感染症に係る健康管理等の実施体制の確保に関する法律案」(通称:コロナかかりつけ医法案)を衆議院に提出しました。筆頭提出者である中島克仁衆議院議員は、議員としての活動を行いつつ現役で診療所の院長も務め診察に携わる医師であり、国会ではこれまでも幾度となくかかりつけ医に関する質疑を行っておられます。質疑内容等からは、党内における法案作成プロセスにおいても主導的立場であたられてものと想像されます。その粘り強い姿勢と努力には、ひとりの同僚議員として敬意を表するものです。

 法案を筆者なりにざっくり要約すると、希望する地域住民が、あらかじめ申し出た医師から選んで、自分の新型コロナウイルス感染症に係る健康管理(相談対応、検査、健康観察、医療の提供、連絡調整などを含む)等を行う医師として登録できる制度を「新型コロナウイルス感染症登録かかりつけ医制度」と定義した上で、政府に対してその制度導入や協力金等の支援を義務付ける、というものです。仮にこの法律が成立し施行されれば、住民としては気心の知れた特定の医師にコロナに関する対応を一任できることに加え、保健所が行っている業務の一部を医師が担当することとなるため、保健所の負荷軽減の効果も期待できるかもしれません。

 しかしこの法案では、いくつか明らかになっていない点があります。

 まずこの法案においては、登録されたかかりつけ医はその住民に対して何の義務も新たには課されません。したがって仮にこの法律が施行されても、登録されたかかりつけ医であってもこれのみでは医師法上の義務が課せられるだけであり、それ以上の法的拘束力はありません。かかりつけ医から、感染対策の不備や患者多数により応需困難などの理由により診察等を断られたりしても、地域住民には何の対抗措置も規定されておらず、現状と実は何も変わることがないのです。

 それでは意味がないので、おそらくは登録されたかかりつけ医と登録した住民の間に、別途なんらかの契約を結ぶことを想定しなければならないのではないかと考えます。いわば、本法が規定するのは、かかりつけ医契約のための地域住民と医師のマッチングを国が行い、その契約を登録する制度と理解するのです。地域住民と医師の間で「24時間必ず応需する」等の契約を別途締結すれば、まさに多くの方のイメージに叶うかかりつけ医を誕生させるということになります。

 さてその際、医師に対して誰が対価を支払うのでしょうか。そもそも「希望する」地域住民と「申し出た」医師のマッチングですから、全ての国民の避けがたいリスクを相互に負担し合うことを目的とする公的保険に馴染むものではありません。そして契約により医師に義務を課せば、その対価はもう片方の当事者である住民が負担するのが自然です。法的には、個人と弁護士が顧問契約を結ぶのと同等なのです。そこになぜ政府が補助金の支出等を含む措置を講ずる義務が必要なのか、法案や説明資料では明らかにされていません。これはあくまでも想像ですが、少なくとも立法過程で公的保険に馴染む考え方ではないことは意識されていたのではないかと思います。だから第三条4項は「協力金、補助金の支給」が例示されているのでしょう。もしかしたら保健所負担軽減等の理屈をつけることは可能かも知れませんね。

 また、そもそもかかりつけ医師が負う義務の内容や、医師ひとりが何人の住民と契約を結ぶことが想定されるかが明らかにされていないため確たる議論ができませんが、弁護士における顧問料を参考にすると、このかかりつけ医を維持するためには月々それなりの費用がかかるのではないかと思われます。おそらくはひとりあたり月額数万円といった金額となり、先に記したように公的保険の範囲外のため全額自己負担となり、現実的に少なからぬ数の国民にとって容易に受け入れられるものではない金額になるものと思われます。

 この契約に基づいてかかりつけ医が地域住民を診察した場合、混合診療にはならないのでしょうか。仮に全額自費になっても新型コロナウイルス感染症に関する医療は現時点では公費負担ですから実質的に差し支えはありませんが、だとすれば一般化はできません。選定療養という考え方も可能かもしれませんが、議論は簡単にはまとまらない気がします。

 なお一般的に、かかりつけ医に関する議論では、医療のフリーアクセスをどう考えるかも議論のテーマとなり得ますが、本法案では「政府は、(…中略…)病院又は診療所の自主的な選択を阻害することのないよう配慮するものとする」とされており、当然に上記かかりつけ医契約においても同様の規定が含まれるものと思われますので、住民側の医療へのフリーアクセスを制限することにはならないものと思われます。

 以上のようなことを考慮し、本案では、説明されている範囲だけでは必ずしも期待された効果は実現されず、むしろ実効性がいささか乏しいのではないかと思料されるため、衆議院本会議場では賛成しませんでした。とはいえ、この法案があったればこそこうした具体的な議論が可能なのであり、自らの理想とするものを具体的に法案の形で取りまとめようと努力された中島克仁議員には、重ねて深く敬意と感謝を表する次第です。

●かかりつけ医の制度化を考える上で

 さてこのように考えてきた時に、改めて冒頭の議論を見返してみると、かかりつけ医をめぐる議論で誰からも意図的に触れられていないのは、

  • その制度により、かかりつけ医とされた医師に何の義務を課すのか
  • その義務を果たす対価はどの程度の価格となり、誰がどうやって負担するのか
  • (それに付随して)公的保険給付との関係はどうなるのか
  • 患者側には他医療機関への受診制限など、何らかの規制はかかるのか

 といった点だと考えられます。敢えて記せば、どの立場の人も「機能」という言葉を遣うことでこうした議論を避けているのではないでしょうか。しかし、これらの点をクリアにしないで漫然とかかりつけ医の制度化が是か非かといった議論をしていても、平行線と感情論以上にはならずとても不毛です。情報提供や登録制度といった言葉で肝心の部分を曖昧にした意見を主張されても、正直判断不能としか言いようがありません。後出しで費用負担の話をされても困るのです。

 仮に、新型コロナウイルス感染症という限定的な状況を想定せず、一般的に地域住民がいつでも特定の医師に相談したり受診したりすることができるような制度を作るとすると、それはすなわちその医師にいつでも相談や診察に対応できるよう待機しておいてもらわねばならず、おのずと対応可能な人数が限られます。またその拘束には当然対価が支払わなければならず、仮に保険で賄われることとしても、出来高払いを基本とする現在の報酬体系と比較して効率的なものとなるか、個人的にはとても疑問です。そもそも病気やケガ、あるいはそれらにまつわる不安や相談は24時間いつでも発生し得るので、それに対応する義務を医師個人に課すことは、労働契約に基づくものではないとはいえ、働き方改革等の観点から如何なものかと考えざるをえません。そして現在の外来診療体制で、本当にかかりつけ医という考え方で国民全員をカバー可能なのかどうかも、考えなければなりません(なお基礎疾患を持っている方や高齢者のみを対象にするという考え方もあり得ますが、こうした方は事実上かかりつけ医機能を果たす医師ないし医療機関を、多くの場合既に持っているはずです。制度化するということは、そうした方ではない、若い方や健康な人もかかりつけ医を持つということでなければ意味がありません)。

 現在の医療提供体制が持続可能なものであるかどうかには十分議論の余地がありますので、どのようなテーマの議論も考慮しなければなりませんが、肝心なポイントをハッキリさせない議論をただのイメージで行っても誰にも良いことはないのではないかと個人的には思います。何らかのメリットを得ようとするのであれば、多くの場合何らかのデメリットが伴います。かかりつけ医に関する提案をされる場合には、そこまでを含めた議論が行われることを期待しますし、その上で制度化の必要性や是非から論じられるべきだと考えます。

●コロナ禍とフリーアクセスについて

 なお、新型コロナウイルス感染症の感染拡大期に、入院困難例や受診困難例が続出してしまったことを踏まえて「フリーアクセスが機能しなかった」という認識を示し、だからかかりつけ医の制度化が必要だ、という論旨の議論も見かけますが、これは誤りです。

 そもそも日本の医療保険制度におけるフリーアクセスとは、一般的には、保険証さえ持っていれば、平等に患者が自由かつ窓口負担のみで医療機関を受診することができることを指します。一方で、新型コロナウイルス感染症をはじめとする指定感染症等に対する医療は、感染者を保健所が措置として強制力をもって感染症指定病院等に入院させるものであるため、そもそもフリーアクセスではなく、保険医療ですらありません。また外来診療についても、感染拡大を防ぐために発熱外来を特定しています。感染症医療は、その目的のために当然にフリーアクセスの制限を伴うものなのです。

 コロナ禍において入院困難例や受診困難例が生じた理由は、そのキャパシティを超えて感染者が一気に急増して対応が間に合わなくなったためなのであり、医療保険制度ではなく感染症法およびインフルエンザ特措法による感染対策上の課題です。これを新型コロナウイルスの感染力の強さとして諦めるのではなくそこまでも余裕をもってカバーできる対策を打つべきとするのであれば、普段からの抜本的な医療従事者や保健所職員数の拡充が必要とされるものと考えます。量の問題を手段(または気合い)で解決させようとするのは日本人の悪い癖であり、量の問題は量で解決するべきです。

 一般の方ならともかく、職業政治家や職業官僚が感染症医療と一般の保険診療とを同列に並べ、フリーアクセスの限界として制度論に結び付けるのは、制度を理解せず半可通な知識を振り回しているか、または意図して異なるものを同じように並べて議論をすり替えているか、のいずれかです。政府の資料にもこれに類する表現があるのは残念なことです。もしこうした議論を見かけたら、「間違っているよ」と優しく注意してあげてください。そこで逆ギレされたら、おそらく後者の人なのだろうと認識してよいと思いますよ。

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