秋以降の新型コロナウイルス感染症対策について
8月28日、安倍総理が健康上の問題により辞意を表明されました。かねて検査のため病院に通う姿が報道されており心配しておりました。これまで長年にわたり持病と付き合いながら総理の重責を担ってこられたことに、心から敬意を表します。
同じ日に新型コロナウイルス感染症対策本部において、「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組み」が決定されました。安倍総理の記者会見でも触れられていましたが、今後の政府の取組みの方針となる重要なものであり、後継の総理が誰になろうとも踏襲されるべきものです。
この後に公表された内容も含め、これまでの対策から転換をする部分もあります。改めて自分なりに整理してここに記しておきます。基本的に公表資料によって記述しますが、私見も含まれており、政府や所属組織団体等を代表するものではありません。文責は橋本がく個人に帰属します。
1.新型コロナウイルス感染症に関する基本的な認識
感染事例の蓄積から、いわゆる3密環境や大声を出す環境での感染が多いこと、感染者のうち8割の者は他の人に感染をさせていないこと、といった認識は引き続き維持されています。そのため、やはりクラスターの制御が感染拡大防止のカギです。各業種における感染拡大予防ガイドラインの遵守や、3密の回避、マスク着用、フィジカル・ディスタンスの徹底、手指消毒や換気の徹底、さらには接触確認アプリの活用などにより、社会全体での感染リスクがかなり下がることが期待されます。
感染者のうち8割は軽症または無症状のまま治癒しますが、2割で肺炎症状が増悪し、人工呼吸器管理などが必要になるのは5%程度といわれています。65歳以上の高齢者や慢性呼吸器疾患、糖尿病、肥満などを有する者で重症化のリスクが高くなります。唾液を用いた検査手法の確立等により検査に要する日数は2月~4月ごろより短縮されました。また医療現場も徐々に経験を積んでおり、治療においてもレムデシビル、デキサメタゾンといった医薬品の標準的な活用、人工呼吸器装着時における腹臥位の励行なども行われるようになりました。
こうした基本的な認識は、これまでと大きく変わるものではなく、現時点ではウイルスや病気そのものが年初の発生時から大きく変化したとは考えていません。ただ個人的には、春先と比較して夏以降は保育園や小学校といった子どもの感染例が増えたような印象はあります。また夏以降の感染拡大について、感染者数の多さの割に重症者数や死亡者数がまだ春先ほどには増えていないことは、積極的な検査により早めに感染者を発見できるようになった結果であろうと思います。
2.感染症法における運用の見直し
現在、新型コロナウイルス感染症は指定感染症として、普通の二類感染症以上の権限行使ができることとなっています。感染症法は予期していなかった自宅やホテルでの療養を行っているなど、事務連絡による運用で現実にフィットさせている部分などもあります。そうした面について整理するべく、9月2日に開催された厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの第7回会合において、「指定感染症としての措置・運用のあり方に関するWG」が設置されました(資料)。速やかに結論を得て、必要な対応を行うことが期待されます。
なお、新型コロナウイルス感染症を、保健所や医療機関の負荷軽減のために季節性インフルエンザ並びの五類感染症にすべし、という議論もあるようです。仮にそうすると、措置入院や就業制限もできなくなり、医師の報告義務もなくなり、検査はすべて費用負担が発生し、入院にも費用負担が発生するという普通の病気扱いとなります。行政的には蔓延を放置することとなり、未だワクチンもない中で、おそらくは相当な数の高齢者や基礎疾患がある方が入院・重症化することになるのではないかと個人的には思うのですが、いかがでしょうか。
また感染症法や新型インフルエンザ特措法そのものの改正の議論も、自民党などで行われています。政府においてもいずれ検証の上対応が必要なものと考えます。ただ、当面は目前の対策で厚生労働省のマンパワーが手一杯な中、法改正には相当に緻密な検討や作業が必要なため悩ましいところです。
3.秋冬の季節性インフルエンザ流行期に向けた検査および医療提供体制について
秋以降、季節性インフルエンザの流行と新型コロナウイルス感染症が同時に感染拡大する状況が想定されることとなります。この両者は臨床的に鑑別することは困難なことから、現在の体制のままで臨むと相当な混乱が起こることが予想されます。そこで、これまでの「帰国者・接触者相談センター」から「帰国者・接触者外来」へという受診の流れを改め、かかりつけ医など最寄りの診療所などに電話等で相談して、より多くの地域の医療機関(仮称「検査・診療医療機関」)や外来・検査センター等で検査を行える体制を、10月中をめどに整えるよう各都道府県に対して事務連絡「次のインフルエンザ流行に備えた体制整備について」を9月4日に発出しました。今後各自治体において具体化されるものと思われます。
また発熱等の症状により受診をした際、季節性インフルエンザと新型コロナウイルスの検査を両方迅速に行えるようにしなければなりません。そこで季節性インフルエンザの検査件数を踏まえて1日20万件程度の新型コロナウイルス抗原簡易キットによる検査を行えるようメーカーに対し増産や精査の前倒しを働きかけるとともに、引き続きPCR検査や抗原定量検査の機器の整備も引き続き進めます。
なお季節性インフルエンザのワクチンについては、成人量で6,356万回分のワクチン今冬に供給される見通しです。可能な限り増産しており、昨年の使用量を12%上回ります。重症化予防の効果があるとされることから65歳以上の高齢者には予防接種法上の定期接種となっています。また日本感染症学会は、医療関係者、高齢者、ハイリスク群(妊婦等)に強く接種が推奨しており、また小児へのワクチン接種も強く推奨しています。こうした方々を含めスムーズに接種していただけるよう、製造から出荷までの期間短縮などに努めています(参考資料:「次のインフルエンザ流行に備えた体制整備」)。
医療機関や関係団体からは、医療機関の経営が困難であるという声をたくさんいただいています。「地域の医療提供体制を維持・確保するための取り組み・支援を進める」という記載は「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組み」にあり関係省庁と折衝中ですが、残念ながら未だ成案を得ておりません。今後に向けた体制整備を進める上でも、安心して取り組んでいただけるように速やかに具体化すべく取り組みます。また、病床や宿泊療養施設の確保についても10月分以降の予算の確保を行い、体制整備を進めます。
4.感染拡大防止のための検査対象の拡大
行政検査の対象について、体制の整備に伴って徐々に拡大させています。8月からは、多数の感染者やクラスターが発生している地域においては、医療機関、高齢者施設等に勤務する方、入院・入所者全員を対象に、一斉・定期的な検査の実施を可能としました。また、特定の地域や集団、組織等において、関連性が明らかでない患者が少なくとも複数発生しているなど、検査前確率が高いと考えられ、かつ、濃厚接触を生じやすいなど、クラスター連鎖が生じやすいと考えられる状況にあると認められる場合における、当該地域や集団、組織等に属する者も行政検査の対象になります。とてもわかりにくいですが、要するに特定の飲食店エリアなどに勤める方を対象に集中的に検査を行った例等が行政検査に該当しうることを示したものです。なお、行政検査の場合に自治体に1/2の負担があることが問題視される場合がありますが、国の負担金が予算上手当される場合には地方創生臨時交付金も同額手当されることとされており、実質的に自治体負担が生じない扱いとなっています。
それに加え、市区町村において、一定の高齢者や基礎疾患を有する者について本人の希望により検査を行う場合に国が支援する仕組みを設けることとともに、自費の検査についても行政検査に支障が生じない範囲で行える環境を整備することも示されました。今後具体化されるでしょう。
4.医薬品およびワクチンについて
レムデシビル、デキサメタゾンといった治療薬について必要な患者への供給の確保を図るとともに、臨床研究や治験などについて手続き簡素化や優先的な審査などを引き続き行います。また積み重ねられた治療に関する知見を整理した「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」は9月4日に第3版が公表されました。
新型コロナウイルス感染症のワクチンについては「新型コロナウイルス感染症のワクチンについて」で概ね記した通りですのでご参照ください。また8月31日にGaviワクチンアライアンスに対し、COVAXファシリティへの参加の意思の表明を行いました。これはGaviワクチンアライアンス、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)及びWHOが中心となり、新型コロナウイルス感染症のワクチンを共同購入する国際的な仕組みであり、日本にとってはワクチン確保ルートをもう一つ確保することを意味します。こうした取り組みを通じ、必要な量のワクチン確保をさらに進めます(参考:9月1日加藤厚生労働大臣記者会見)。
5.来年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて
「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組み」では、国際的な人の往来を部分的・段階的に再開することとし、成田・羽田・関西空港において1万人をこえる検査能力を確保すること、ビジネス目的の出国者が検査証明を取得するためにネットで予約できる仕組みを構築することが記されています。
ただこの点については、来年に東京オリンピック・パラリンピックを控える日本としては抜本的に体制を強化する必要があるものと考えています。あくまでも私案ですが、多くの国々から観光客などを安心してお迎えできるためには、例えば下記のような準備を整える必要があるものと思います。多省庁にまたがるテーマとなるため難渋していますが、今後の検討と実現に期待します。
- 多国間の入国管理・検疫の枠組み(検査精度の国際的な管理と相互認証を含む)
- 検疫と連動した、入国者が国内での健康観察を行うための情報基盤
- 発熱等があった際、安心して自国語で連絡できる電話・アプリによるサポートセンターによる、保健所・医療機関対応まで含めた寄り添い支援
- 査証における民間旅行保険加入や一定期間の健康観察への同意の要件化、公費医療のうち一部は民間保険による支払いを優先する制度、医療機関の請求事務サポート…など
6.雇用・経済的な支援策の延長
厚生労働省で行っている新型コロナ関連の雇用や生活に関する支援策の一部については、9月末で終了することとなっていましたが、8月28日に12月末までの延長が決定しました。具体的には、
- 雇用調整助成金の新型コロナウイルス感染症特例措置
- 新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金
- 小学校休業等対応助成金・支援金
- 新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置による休暇取得支援助成金
- 働き方改革推進支援助成金(新型コロナウイルス感染症対策のためのテレワークコース)
- 小学校の臨時休校に伴う病院内保育所等の対応に係る財政支援事業
が延長されています。
また、緊急小口資金等の特例貸付、働き方改革推進支援助成金(職場意識改善特例コース)については、期限延長を行う方向で引き続き検討中です。
7.その他
加藤厚生労働大臣よりご指示があり、8月15日夕方から急遽沖縄県に出張し、翌16日に玉城デニー知事とお目にかかりました。当時沖縄県では感染拡大が続き医療提供体制がひっ迫していたため看護師等派遣の要請が沖縄県から政府および全国知事会にあり、その対応の一環として菅官房長官に指名を受け派遣されたものです。現地の状況を踏まえ政府(防衛省・厚生労働省)および全国知事会、関係団体が協力し、医療機関を支援するための看護師や保健所を支援するための保健師を、全国から募り沖縄県に派遣しました。ご協力いただいた皆さまに、深く感謝申し上げます。過去二回の感染拡大の新型コロナウイルス感染症の経験から考えるに、必ずしも全国一律に蔓延するのではないようです。したがって、非蔓延地域から蔓延地域に不足人材の派遣を行うスキームは今後も有効に機能し得るものと思います。
ITの活用も引き続き必要です。「厚生労働省における新型コロナウイルス感染症対策に関するICTの活用」で記した各システム・アプリは、正直に記せば突貫工事で構築したものばかりですので、必ずしもいきなり使い勝手の良い申し分のないシステムではないことは、十分に理解しています。使いながら引き続き改良を重ねていく必要があります。HER-SYSについては、国立感染症研究所の鈴木感染症疫学センター長を座長とする「感染者情報の活用のあり方に関するWG」において現場の保健所や地方衛生研究所のご意見も伺いながら、改修を進めます。また同時に、新型コロナウイルス感染症ワクチン接種やオリンピック・パラリンピック開催など、多くの人が関わる大規模な行政事務を的確に遂行するためには大支援システムの構築は必須であり、そうした新たなシステムの企画・開発も引き続き必要です。厚生労働省は否応なくDX(デジタル・トランスフォーメーション)の波の中にたたきこまれています。引き続き、さまざまな方の力をお借りして、努力しなければなりません。
残念ながら、新型コロナウイルス感染症の感染者やクラスター発生施設、そして治療の最前線に立つ医療従事者の方々等に対する不当な偏見・差別・プライバシーの暴露などが、未だ根強く存在するようです。例えばインフルエンザで学級閉鎖になっても、誰もインフルエンザ感染者を悪く言う人はいません。新型コロナウイルス感染症についても、同様の受け止めになることが望ましいですし、必ずできるはずです。ただ、単に禁止をすればよいという単純な話だとは思いません。正しい知識の普及や、人の立場に立ってみることや、一部自治体で行われているようなネットでの不当な発言を等を保存する取り組みなど、多面的なアプローチが必要と思われます。8月20日に、新型コロナウイルス感染症対策分科会に「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」が設置されました。今後の議論や取り組みに期待を寄せています。
おわりに
4月5月の感染拡大期では、政府として緊急事態宣言を全国に発出する事態となり経済にも大きな影響を及ぼしました。一方、7月8月の感染拡大期では、知事による限定的な営業自粛等の発出などで拡大を止めることができました。これは様々な要因があるでしょうが、手指衛生の徹底や三密回避等の行動様式が国民に一定程度定着し、業種別ガイドラインの整備および実践が進んだことが大きいのではないかと個人的には思っています。
もちろんまだ気を緩めてはならず、全国の一日あたり感染者数が一桁や二桁になる程度にまで抑え込み続ける必要はあると思われます。また、仮にそこまで抑えることができたとしても、クラスターが散発的に発生することは続くでしょうし、6月ごろの北九州市のように都市単位での感染拡大も起こるでしょう。そしてまた数か月後には、対策の取りづらいところを突いて全国的な感染拡大が三たび始まることも想定しておく必要はあるものと思います。
しかし少なくとも、日本は再び全国的な緊急事態宣言を発することなく二度目の全国的な感染拡大を抑えることに成功しつつあるとは評価しうるわけで、対策は間違いなく進歩しているのです。そうやって感染対策と経済との両立を図り、社会の精神的な疲労や経済的ダメージを最小化し癒しつつ(そのために文化芸術やエンターテイメントも大事なのです!)粘り強く時間を稼ぎ、対策や治療法・医薬品のさらなる改良、ワクチン接種等によりこの病気を十分に抑えられるようになることを目指すのが、日本のとるべき戦略であると考えています。
これから自民党総裁選挙が行われ誰が総理大臣になろうとも、また橋本がくも今後どのような立場になろうとも、置かれた立場で全力を尽くします。
末尾に、毎回記すお願いを今回も記します。どうぞ、こまめに石鹸による手洗いを行い、密閉場所・密集空間・密接発声を避け、換気の良いところでお過ごしください。接触確認アプリCOCOAのインストールもお願いします。また、医療機関など現場に従事される方々のご労苦にもぜひ思いを致し、また感染された方やクラスターが発生した施設等には温かい治療や支援が受けられるようご配慮ください。心からお願い申し上げます。
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