« 2020年3月 | トップページ | 2020年5月 »

2020年4月

2020年4月19日 (日)

ダイヤモンド・プリンセス号現地活動の概要

 クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号は1月20日に横浜港を出港しました。1月25日に香港に寄港し、2月1日に那覇港に寄港、約3,700名の乗客乗員を載せて横浜港に向けて出発しました。ところが、香港で下船した乗客がCOVID-19(当時まだこの名前はありませんでしたが)に感染していたことが2月1日に判明、香港政府から連絡を受けた日本政府は、まず那覇検疫所が仮上陸許可証を取り消します。2月3日に横浜港沖に到着後、横浜検疫所は他検疫所の応援を得てただちに臨船検疫を開始しました。検疫官らは医師による確認や質問票による健康チェック、有症者およびその同室者、また香港で下船した乗客に関する検体採取およびPCR検査を徹夜で行いましたが、4日深夜に相当程度のCOVID-19陽性者の存在が確認され、一気に重大事案となりました。

200228dp

 この件に関し、私は2月10日に加藤勝信厚生労働大臣から自見はなこ厚生労働大臣政務官とともに現地対応責任者を命じられ、その日の午後に現地に下見に赴き、翌11日朝以降横浜に滞在してほぼ3週間にわたり毎日船内で対応にあたりました。3月1日、最後まで船に残っていたジェナロ・アルマ船長らの下船をもって、私も現場での務めを終了し、その後2週間の自己検疫期間に入りました。

 詳細は追って政府において検証されることとなると思いますが、現場にいた立場から、簡単に船内の状況やチームの活動について整理したいと思います。


人員体制

 ダイヤモンド・プリンセス号には、2月3日の臨船検疫開始から横浜検疫所の検疫官が他検疫所の応援も得て乗船し検疫にあたりました。その結果相当程度の感染者の存在が明らかとなり、5日早朝に正林督章審議官が乗船してジェナロ・アルマ船長に面会して感染症防止策を開始しました。上記の通り11日から私と自見大臣政務官が乗船。また14日から大坪寛子審議官も乗船して任務にあたりました。おおむね、正林審議官が現地支援チームや厚労省スタッフなどを統括し、大坪審議官が本省や防衛省、国土交通省、外務省など他の関係省庁等との現地での連絡調整など、自見大臣政務官は医療関係者との幅広いネットワークを駆使した調整や医師の視点からの提言などを行い、私は全体を統括しながら加藤大臣や本省と方針を詰め、それを船長や船内の方々にお伝えをするといった分担で、相談しつつ任務にあたりました。厚生労働省本省リエゾンや横浜検疫所等の職員が船内や大黒埠頭に詰め、支えていただきました。

 また全国から、DMAT、JMAT、DPAT、AMAT、JCHO、薬事チーム、日本赤十字社、日本環境感染学会や国立感染症研究所、岩手医科大学、東京慈恵会医科大学、東京医療保健大学、長崎大学、国際医療福祉大学、国立国際医療研究センターなどの感染対策の専門家の先生方、国立長寿医療研究センターの先生などに乗船いただき、さまざまな支援を行っていただきました。また物資の積み込みや人員輸送および救急搬送支援、医療的な支援などのために自衛隊の皆さまにも活動いただきました。毎日朝晩リーダーミーティングを行い、各チーム間の情報共有を密に行いました。さらに神奈川県、横浜市、防衛省、国土交通省、外務省、警察庁、内閣官房などが現地や本省で活動しサポートいただきました。

 また、船内は船長の指揮下にあるため、緊密に連携して取り組む必要があります。そのため毎日朝9時と晩21時に船長と定例ミーティングを行った他、細かく連絡を行いました。

ミッションと基本方針

 私は、11日に最初に船長にお目にかかった際、「私のミッションは、各人14日間の個室隔離による検疫を行うことで日本国内への新型コロナウイルス感染症の蔓延を防ぐこと、その範囲の中で乗客乗員の皆さんができるだけ健康に過ごし、帰宅していただけるよう支援することです」とお伝えしました。前者は検疫の目的そのものです。しかしそもそも検疫という仕組みは、公衆衛生という公共の福祉のために移動の自由その他の各個人の基本的人権を制限することに他なりません。法律上、一義的には検疫中の船舶の乗客乗員の生活の確保は船会社および船長の責任ですが、日本の法律に基づき自由を制限している以上、できるだけ健康を維持してお過ごしいただくようサポートする必要がありました。

 ただ、その実現には、3,700人という規模や感染症への恐怖の壁に阻まれて相当な困難がありました。特に私が乗船した時点では、当初問題となった医薬品の不足が徐々に解消されつつあったものの、発熱者や健康不調の方が毎日数十人発生し、船内フロントの電話は鳴りやむことがありませんでした。船内には医師・看護師が配置され外来や病床を備えたメディカルセンターがありましたが追いつかず、DMAT診察チームによる診察も容態の重い人を優先せざるを得ず、救急搬送も毎日数十件という状況でした。また同時にこれらの方々に対して行ったPCR検査の結果陽性が判明した方も順次医療機関に搬送する必要がありました。その頃は船の運用上3日ごとに外洋まで出航する必要があり(途中で解消されました)、またギャングウエイ(上陸用の可動式連絡橋)も人ひとりが通れる程度の狭さで当初一本しか開設されずスムーズな搬送に困難があるという事情もありました。また12日に検疫官の感染者があったことが発表されて以来、DMAT等の増援要請に対し医療機関からの派遣に影響があったことも事実です。

 また、本来乗客も乗員も検疫対象でありともに個室管理を行うのが理想でしたが、毎日3,700食の弁当を3回調達し、かつ約1,300の客室や約1,000人の乗員に感染症のリスクがある中で配膳サービスを引き受けてくれる組織など全く見当たらない中、乗客のロジスティクスは乗員によるサービス継続に頼らざるを得ませんでした。これをやり遂げてくださったダイヤモンド・プリンセス号の船長はじめ乗員の皆さんの勇気とホスピタリティには敬意と感謝しかありません。しかし検疫の観点からは乗員と乗客の対応のアンバランスは不健全であり、また感染拡大のリスクも念頭に置かなければならず、現実的な課題を整理した上で一刻も早く解消すべき課題でした。乗客が乗船している限り、乗員の検疫は始まらないということは、早々に理解されました。さらには乗員だけになっても約1,000人の規模を船内において隔離することは実行可能性上不可能と考えられました。

 そこで、検疫の実施を大前提としつつ、まず乗客をできるだけ早く分散して下船させ、次いで乗員も下船させて検疫期間を過ごさせる、ということが基本方針となりました。当初は、大規模な宿泊施設に一括で乗客の方々を移動させるようなことも考えましたが、約2,600名の収容可能な施設および移動手段は現実的にはありませんでした。

具体的な取り組み

 この方針を具体化するにあたり、下記のような取り組みを組み合わせて行いました。

1) 医療機関への搬送

 COVID-19と関わりなく船外での医療提供が必要とされるニーズが発生した方や、COVID-19のPCR検査(以下「PCR検査」とのみ記します)で陽性になった方は、医療機関に搬送しました。搬送先の調整はDMATや神奈川県庁対策本部、厚生労働省医政局などが協力して行い、症状の重い方は神奈川県内や都内など比較的近隣の医療機関、PCR検査陽性でも無症状の方などは遠方(概ね関東から関西までの広範囲にわたりました。多くの方を引き受けてくださった愛知県岡崎市の藤田医科大学岡崎医療センターもこの分類です)といった形で状況に応じて搬送先を調整しました(それでもなお病院到着後ただちに症状が悪化してしまう方がおられるなど、この感染症のわかりにくさによる苦労もありました)。移動には、横浜市消防局の救急車に加えて民間救急車や自衛隊の救急車にもご協力をいただき、2月3日以降同行家族を含む約800人を医療機関に搬送しました。

2) 希望者の宿泊施設への早期の移送

 新型コロナウイルス感染症は、高齢者や基礎疾患のある方について特に重篤化しやすいことが専門家により示唆されています。また窓のない船室の存在など、個室管理の環境そのものが健康リスクとなる可能性もありました。そのため乗客のうちPCR検査が陰性でかつご高齢の方等に希望者を募り、政府が用意した宿泊施設での検疫を継続していただく取り組みも行いました。2月14日~17日にかけて実施し、合計約70名の方に移動していただきました。

3) 海外への退避

 2月16日にアメリカがチャーター便を飛ばして約300名の乗客乗員を帰国させ、現地にて検疫を継続することになりました。これを皮切りに、3月1日のインドネシアまで合計13の国・地域がチャーター便を日本に送り、乗客乗員約1,600人近くを船から直接国外に送り出しました。

4) 検疫終了による下船

 ダイヤモンド・プリンセス号の検疫においては、(1)健康観察期間14日間(多くの乗客は感染防止策がとられた2月5日が起算日、陽性判明者の同室の方はその方が部屋から退去してから24時間後が起算日)を隔離されて過ごすこと、(2)健康観察期間中のPCR検査が陰性であること、(3)医師による健康チェックおよび下船時のサーモグラフィーによる検温を受けて問題がないこと、の3つの条件をクリアすることで、検疫所の上陸許可を行うこととしました。その結果、2月19日~22日にかけて乗客約1,000人が下船しました。

 これらの方々の検疫法に基づく上陸許可のためには、自衛隊医官の方々やJMATの方々をはじめ多くの医療スタッフにご協力いただき、乗船していた乗客全員のPCR検査用の検体採取や、健康チェックをしていただきました。それらの要件を無事にクリアして、スーツケースを押して歩いて下船していかれる乗客の方々を船内から見送っていると、いささか涙ぐみそうになりました。また、この実現により、乗員による乗客向けサービスは23日正午をもって停止されました。

 残念ながら、下船された方々から陽性者が発生しています。新型コロナウイルスのPCR検査の感度と特異度の正式なデータが公表されていない現状においては正確なことはいえませんが、いずれにしても感度と特異度がそれぞれにおいて100%ではないという前提に立てば、これはPCR検査の限界による可能性も考えられます。またネット等で、「なぜ14日間で下船させたのか。他の国は帰国後もさらに隔離しているのに。」といったご意見もあるようですが、そもそも14日間という健康観察期間はWHOが公表しているCOVID-19の潜伏期間を上回るものです。また国外退避にあたり各国はそれぞれの基準を設けており、例えばアメリカは、日本基準では検疫終了とはならないPCR検査の結果が出ていない人も含んで帰国させましたので、飛行機等で移動中の相互の感染の可能性をはじめから想定していたものとも思われます。

 なお、検疫を終了して下船された方々は、さらにご自宅にて14日間健康監視下におかれ、厚生労働省から定期的に電話で確認が行われました。正しい健康カードが配布できなかったミスはあったものの、下船後に陽性が判明した方も含め、下船者から国内に感染が拡大した例は確認されていません。

5) 検疫継続者の宿泊施設への移動

 乗客の船室は個室ではなく、2人~4人部屋でした。検疫上は個室での管理が始まった日を起算点としますが、限られた空間のもと、そのお部屋で過ごしていただかざるを得ません。そのため、ある船室でPCR検査が陽性の方が出ると、その同室の方はご本人のPCR検査の結果が陰性であっても、濃厚接触者とされることとなり健康観察期間の起算が陽性の方が搬出された24時間後から健康観察期間が再スタートすることになります。こうした濃厚接触者とされた乗客約90人には、22日に宿泊施設に移動していただき、そこで検疫を継続していただくこととしました。以上により、乗客の下船はおおむね終了しました。

6) 船室の消毒・清掃

 乗客下船がおおむね終了した頃に船長から、乗員について陽性判明者の同室者を乗客下船後の船室に移したいが消毒清掃する人員がいないため作業してほしい旨、依頼がありました。そこで乗員間での感染拡大を防ぐ観点から、厚生労働省、検疫所、日本赤十字社でチームを組んで、23日~24日に検疫終了者の船室について合計約140室について消毒・清掃作業を行い、乗員に提供しました。

7) 乗員の宿泊施設への移動

 乗員の方々への医療的な対応は、発熱した方などに個々に対応していたのみとなっていました。そこで14日から乗員全員の健康チェック、20日からほぼ全員のPCR検査の検体採取を行いました。乗員の多数を占めるフィリピンやインド、インドネシアなどは、PCR検査の結果を見てチャーター便の帰国者リストを作成したので、この際の取り組みが生かされることとなりました。

 残っている乗員の多くは、27日~28日の二日間で順次宿泊施設に移動していただき、そこで個室で健康観察期間を開始しています。

 なお、引継ぎなどのため最後まで船に残った船長はじめ船の維持に必要な方(約60名)、およびインドネシアへ帰国する方々(約70名)は3月1日に下船し、それぞれ宿泊施設や故国に移動されました。

さまざまな支援の取り組み

医療的な対応について

 乗客の平均年齢は高く、80代~90代の方も多数乗船しておられました。その中での新興感染症の発生と個室管理ですから、この感染症に限らず医療ニーズは急速に増加しました。基本的には船内メディカルセンターが対応しますが、途中から別途発熱ラインを設けて発熱者に対する電話での問診や客室への往診(個室管理中ですから来ていただくわけにはいきません)をDMATに対応いただきました。また乗客への医療サービス提供と乗員の産業医という二つの機能を担うメディカルセンター自体にも日本赤十字社のチームが交代で支援に入っていただきました。それでも、最も医療ニーズの高かった入港後2週間程度は、診察が追いついていない状態が続きました。

 また、同時に基礎疾患のある方や高齢者のスクリーニングや、乗客や乗員の検疫終了の要件としてPCR検査の検体採取や医師による健康チェックも行わなければなりませんでした。検体採取については、当初は検疫所が担当しのちに主として自衛隊医官の方々にお願いしました。健康チェックについては日本医師会のJMATのチームに応援いただき、最終的には乗客乗員も含めて全員の問診を行うことができました。

 また、未知の感染症におびえながら2週間にわたる個室滞在を余儀なくされれば、不眠など精神面での不調をきたす方も出てきます。DPATの皆さまには、そうした乗客乗員の方々に寄り添い、不安を和らげる大事な働きをしていただきました。また国立長寿医療研究センターの医師には、高齢者のニーズをくみ取り食事などに関するご提言をいただきました。

感染症対策について

 乗客については、2月5日以降個室管理とし、また運動機能の低下を防ぐための1日に1時間のデッキ散歩時間は、エレベーターを使用せずマスクを着用し間隔をあけて歩いていただくことで、相互に感染を防ぐこととしました。また5日から空気の循環を止める対応を船の空調担当エンジニアが自主的に開始しており、船を製造した三菱重工の技術担当者により適切な対応と後ほど確認されました。さらに配布したiPhoneで正しい手指消毒の仕方等についての動画をくり返し学習していただけるようにしました。乗員については、マスクの着用を行ったことに加え、感染症の専門家に手指消毒の方法を講習していただき、間隔をあけて食事を摂る、居室にアルコール消毒液を設置するなどの対策を行いました。

 対策本部を設置した拠点と、診療や検体採取を担当するチームの拠点は明確に区分した上で、後者の拠点においてDMATや自衛官医官や検疫官など乗客に直接接する支援チームは、N95マスク、フェイスシールド、ガウン、手袋、キャップなどの装着を、定められた方法で、定められた場所で行うことを徹底し、また業務が終了した際には、定められた場所において定められた方法で脱衣し、医療現場でいうところの「清潔」と「不潔」についても感染症の専門家の助言により区分して運用しました。また対策本部を設置した拠点で事務などを行う者も、食事の時以外はサージカルマスクを常に着用し、またアルコール消毒液を各人が医療現場で使用する携帯用ポシェットを用いて各人が携帯して手指消毒を徹底する等の取り組みを行いました。

 なお、これらの取り組みは学会や大学病院等に所属される感染症専門家の方に2月28日まで随時ご指導をいただき、都度改善を重ねました。
詳細は「クルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス号』内の感染制御策について」および「クルーズ船内で医療救護活動に従事されている皆様へ」をご覧ください。

 乗員に乗客の配膳サービスを行わせることが感染拡大のリスクとなり得ることはもちろん承知しています。しかし発熱や呼吸器症状のある乗員についてはメディカルセンターの指示で出勤を取りやめ乗員室に隔離されていました。加えて専門家による手指消毒の徹底などの教育が行われ、またそれらが例えば食事の際にも守られているよう監視する人員を配置してまで感染コントロールに最大限の対応をしていました。正確には後日の検証を待ちますが、私たちの手元の数字による簡単な計算では、乗員の感染率は乗客の感染率と比べて低く抑えられていたようでもあり、船長をはじめとする乗員のご努力の甲斐はあったものと思っています。また、そもそも支援チームの拠点が、感染症が蔓延している船内にあることにもご意見はあるものとも思います。しかし当初3日ごとに外洋まで出航しなければならなかったため拠点は船内に置かざるを得ませんでした。それらの所与の要素の中で最善を尽くす努力を重ねました。

 なお20日に、厚生労働省が船内における感染制御策を公表した際、私がtwitterに船内の写真を投稿したことは、ここで記したような事情をご説明することのない端的な一面であり、予断を与えてしまうものだったため削除いたしました。改めて、多くの方々にご不安やご心配をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます。

医薬品の対応について

 今回の乗客は高齢の方が多く、基礎疾患を持ち日常的に処方薬を飲まなければならない方が多数おられました。もともと2週間の船旅でしたから、その分の医薬品は持参しておられたでしょう。しかし検疫となりさらに2週間の船内滞在となったため医薬品の不足が緊急に課題となり、多数の要望が集中する事態となりました。

 これに対し、日本薬剤師会、日本病院薬剤師会、日本医薬品卸業連合会、NHO、JCHO、医薬品卸など企業・団体の方々から薬剤師のチームにご対応いただき、まずプッシュ的に必要不可欠な薬剤を船に乗せ、続いて個々の要望に対応する形で調剤を行っていただきました。日本で入手できない薬の代替薬を探すなどのご苦労もありました。6日から順次対応を行い、11日頃までに一通りの対応を行いました。以降も船内およびターミナルでご要望に応じて調剤を行ってニーズに対応いただきました。

iPhoneの配布と通信環境の改善

 乗船前から自見はなこ大臣政務官とともに準備していたのが、iPhoneの配布でした。もともとは、昨年の台風による豪雨災害の際にLINE株式会社にご協力をいただいた経緯を踏まえ、「新型コロナウイルス感染症情報 厚生労働省」LINE公式アカウントを開設していただいたことがこの話のきっかけ(ニュースリリース)です。

 その流れで、ダイヤモンド・プリンセス号の中で個室管理されている乗客の方々から情報や相談手段の不足が問題になっていることを相談したところ、それなら端末ごと配布したらどうかという話になり、LINEの方から相談したソフトバンク株式会社のご協力によりiPhoneを2,000台準備し、LINEアプリを設定して乗客・乗員に配布することとなりました(両社の即断即決ぶりには舌を巻きました。感謝の言葉もありません)。メニューとしては厚生労働省FAQ、薬に対する要望受付、心のケア相談、医師への相談予約を日本語および英語で用意しました。ただちに端末が大黒埠頭に運びこまれ、厚生労働省およびLINE社の人海戦術で一台ずつ設定を行い、自衛隊員の皆さまの手を借りて船内に搬入、14日に乗員・乗客に配布されました。

 結果として、例えば薬剤相談については100件以上の相談があったほか、DPATの方がスクリーニングのための質問票として利用するなどの使い方がありました。また乗客下船後のある部屋に、iPhoneの提供についてお礼の書置きがあったとのこともあり、総じて一定の利用があったものと思っています。

 なお、客船は鉄の塊であるため、船内は電波環境としては必ずしも良くありません。当初は厚生労働省本省と船内リエゾンの連絡にも困難をきたす状況がありました。iPhoneの利用によりさらに逼迫する恐れもあったことから、総務省および通信キャリア各社のご協力をいただき、船内wi-fi環境の充実や車載基地局による通信環境の改善も行っていただきました。また支援チーム向けのトランシーバー等の貸与も、大変助かりました。

乗客・乗員の安心のために

 今回のミッションは、14日間の検疫という大方針は定まっていましたが、基本方針やその具体策、実施スケジュールなどは「走りながら考える」という状況でした。そのため、乗客・乗員の方々から先の見通しなどについてのご不安の声がさまざまな方法で寄せられる状態がありました。その中で、私から2回にわたり、船内放送で政府の取組みや今後の見通しについて船内にてアナウンスしました(同時に、同じ内容を英語で船長がアナウンスしました)。また特に検疫終了プロセスや支援体制などについては、別途お手紙を用意して、全客室に配布をしました。
なお、ジェナロ・アルマ船長は毎日朝夕および必要に応じて、頻繁にブリッジからアナウンスを行って乗客・乗員に語りかけていました。現状や今後の見通しといった新しい情報に加え、その日の出来事や激励を常に発信し続けていました。また船長の英語のアナウンスに続けて行われる、通訳のタクジさんによる日本語アナウンスもあり、いずれも乗客・乗員の心を和らげることに大変効果があったものと思います。この姿勢は本当に立派なものであり、安心安全の情報発信という観点から私たちももう少しできることはなかったかと思っています。

評価について

 本件については、後日政府において検証されることとされているため、当事者である私が評価をすることは差し控えます。その上で、現時点で思うところを記しておきます。

 そもそも船舶における検疫の目的は、船内で感染症の発生した船舶を留め置くことで、国内への感染症の流入を阻止することです。水際で完璧に阻止することには限界がありますが、国内での感染流行の時期を遅らせ感染者の数を減らすことで、国内への影響を和らげることが期待されているものと考えます。そういう観点に立てば、乗客の方々には短くて二週間、乗員の方々には四週間以上にわたり上陸を許さず、自由を拘束する不便をおかけすることにより、市中に感染を蔓延させることを遅らせました。その間に検査体制の充実や、さまざまな国内対策の整備が図られています。

 感染者の数については、現時点で13人の死者を出し、複数の重症患者を出していることは、重く受け止めなければなりません。亡くなられた方々に心からご冥福をお祈りするとともに、加療中の皆さまの一日も早い快癒を祈っています。また約800人を医療機関に搬送することにより、関東から関西に至る広範囲の医療資源をダイヤモンド・プリンセス号から下船した方に投入しています。また、検疫期間を終了して市中に戻られた方から、陽性の方が出ていることも事実です。

 ただ、国立感染症研究所のレポート(「現場からの概況:ダイアモンドプリンセス号におけるCOVID-19症例」 、「感染症発生動向調査及び積極的疫学調査により報告された新型コロナウイルス感染症確定症例516例の記述疫学(2020年3月23日現在)」 )や、新型コロナウイルス感染症専門家会議(第3回)の資料1などは、乗客の個室管理をはじめとした船内の取り組みが感染を抑制したことを示唆しているものと考えます。これらの資料は、船内で過ごしていた私たちの肌感覚にも適合するものです。一時期は本当に難しい状態でしたが、徐々に状態は落ち着いていきました。またチャーター便により1,600人近くを他国に送り出したことも、日本国内への負担を減らす効果は大きかったとも考えます。前述した乗員の感染率の低さについても、後の評価を待ちたいと思っています。

 高山義浩医師によると、COVID-19の臨床像として2つのパターンに分けられるといいます。一つは風邪症状が1週間ぐらい続いて、そのまま軽快するというもの。大半がその経過をたどるといいます。もう一つは、風邪症状が1週間ぐらい続いて、倦怠感と息苦しさが出てくるもの。この場合、感染してから発症するまでの潜伏期間は5日(1-11日)くらいで、入院を要するほどに重症化するのは、さらに10日(9.1-12.5日)経ったころだと見積もられるとの由。感染力が強いのは発症から3~4日目くらいとのこと。

 振り返ってみれば、本船は1月20日に横浜港を出港しました。その際に、乗客の誰かがCOVID-19を船内に持ち込んだのであろうと想像するのが妥当ではないかと考えます。先に掲げた国立感染症研究所のレポートによると、香港で下船されのちにCOVID-19の感染が判明した方は、1月23日からから咳をみとめていたとのことです。おそらく横浜港出航以降2月3日に戻ってくるまでの2週間で、たまたま重症化した人がいなかっただけで、感染対策に無防備な乗客、後に乗員も含め、風邪程度の症状や無症候の感染者が増えていたのではないかとは想像しています。ただし確定的なことは検証の結果を待ちたいと思います。

 そこから臨船検疫が始まったのだとすれば、もとより相当困難なタスクを日本は引き受けたものといえます。その中で様々な対策を行ったにも関わらず検疫官や厚生労働省および内閣官房職員、そして支援チームの方まで感染が広がってしまったたことは痛恨の出来事であり、今後に教訓を残すことでもありました。ただ、そのような厳しい局面においてもなお、本件に関して多くの方々の力を結集して活動をすることができたことは大きな希望ですし、またさまざまな教訓を得て今後に生かしてゆかなければならないことだと考えます。

 たとえば神奈川県の黒岩祐治知事は、ダイヤモンド・プリンセス号の対応を生かして医療崩壊を食い止めるために「神奈川モデル」を立案された旨記しておられます(「ダイヤモンド・プリンセスで培った医療崩壊防ぐ方法 症状に合わせて医療機関を選ぶ『神奈川モデル』の効果」)。ダイヤモンド・プリンセス号のオペレーション終了から1か月以上が経過し、ついに全都道府県に緊急事態宣言が発令される状況となりましたが、その時の経験を活かし引き続き感染拡大防止に努めます。 

末尾になりましたが、本件に関してご支援を頂いたすべての皆様に、心からの感謝を申し上げます。

20dp_team
(写真:船内の医療支援チームの皆さま、メディカルセンターの皆さまとともに)

| | コメント (0)

« 2020年3月 | トップページ | 2020年5月 »