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2019年12月25日 (水)

いわゆるパワハラ防止法指針についての備忘

 今般、厚生労働省の労働政策審議会は、職場でのハラスメント対策を進めるためのパワハラ防止に関する指針(正式名称「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)を決定しました。これについて、備忘のため思うところを記しておきます。なお、もちろん私は現在、厚生労働副大臣という立場ではありますが、担務ではない部署の業務でもあり、あくまでも個人的な感想文として記すものです。

 まず確認として、この指針の根拠になった法律の条文は、以下の通りです。

(雇用管理上の措置等) 第三十条の二 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

 この条文を踏まえ、指針では「職場におけるパワーハラスメント」とは、職場において行われる

 ① 優越的な関係を背景とした言動であって
 ② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
 ③ 労働者の就業環境が害されるものであり、
 ①~③までの要素を全て満たすものをいうこと。

 とされています。なお「優越的な関係を背景とした」とは、上司だけでなく、同僚や部下も含む場合があることが指針で例示されています。また「労働者」はいわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者や契約社員、派遣労働者等も含まれることも明示されています。

 さて今回、法律で初めてパワーハラスメントを定義することとなりましたが、逆に言えば、少なくとも法律上は、この3要件のどれかを満たさなければ*法律上は*パワーハラスメントではない、ということになります。

 ここは難しいところで、法律で何らかの規制をかけるためにはその対象を定義しなければなりません。しかし、人間社会の出来事を明確に言葉で定義することは困難なことで、どうしても「これも規制するべきかもしれないけど、定義から外れてしまうよなあ…」ということが残ってしまうことはあります。しかしそうした場合、完璧な定義を求めて文学的な議論を続け、結果として規制がない状況をずっと続けることになってしまうのは、問題解決としては本末転倒と言わざるを得ません。とりあえずやらないよりマシと割り切り、しかし積み残しは今後の宿題と考えることが現実的な発想となります。実は、前回に厚生労働副大臣であった時に、担当者にパワハラ防止を法制化すべきではないかと議論したことがありましたが、その時の回答は「以前チャレンジしたことはあったが定義が難しいので困難」というものでした。したがって今回の法制化は、「あの時の議論は何だったのかなあ…」とも思いましたが、一方で「やればできるじゃん!」という感想もあります。全く規制に踏み出せないよりは、完璧ではないにしても、まずは足を踏み出すことが大事だと思います。もちろん、宿題については考え続けなければなりません(だから備忘を残すのです)。

 さて、この指針について、さまざまなご批判がなおあります。議論の過程でも事務局も調整に苦心した様子もうかがえましたが、報道等で指摘されている点も残っています。

 例えば、12月24日付東京新聞朝刊では「就活生ら対策義務見送り」といった見出しでの報道でした。実は就職活動の学生らをどう保護するかというのはなかなか難問です。そもそも、現在の日本の労働法制は、基本的には雇用契約を結んだ労働者の保護を念頭に置いたものです。就職活動中の方や、自由業ないしフリーランスの方は一般的には「労働者」の定義に当てはまらない場合が多い(ただし実態からそのように認定される場合もあります)のが現状です。法律の射程に入っていない規制を、その下位法規である指針で規定することはできません。そうはいっても、事業主の配慮の努力義務の対象として「求職者」も書き込まれていますので、全く無視しているわけでもありませんが、今回指針においてパブリックコメントの意見が多かったにも関わらず義務づけされていないのはそのような事情によるものです。カスタマーハラスメントも同様です。

 ただ、だからといって放置しておいてよいということだとは思っていません。労働者には労働組合もありますし、労働局や労働基準監督署に相談したりする保護や救済の仕組みがあります。もちろん労働局や労働基準監督署は求職者の相談にも応じるはずですが、一方で求職中であるがゆえに、自分の名前を出して相手先企業の処分を求めたりもしにくいという弱い立場にあります。また、学生であれば学校が支援することもあるでしょうが、学校も必ずしも企業に対して立場が強い場合ばかりとも限りません。今回の議論を聞いていて、就職活動中の学生などが不当な取り扱いやハラスメントを受けた際に、その保護や救済を図る法制上の根拠も組織も乏しいということは、個人的に改めて認識しました。これは、厚生労働省のみで取り組むことが良いかどうかも含めて、宿題だと思っています。

 また、女性にパンプスやハイヒールなどを強制することについても、パワーハラスメントに該当し得ると記載すべき、ないしは禁止して罰則を設けるべき、というご意見もありました。いわゆる#kutooの問題です。こちらも、今回の指針においては、まず上記と同じ理由により禁止や罰則は困難です。その上で、三要件に当てはまるかどうかが問題となるものでしょう。すなわち「業務上必要かつ相当な範囲を超えている」か、「労働者の就業環境を害している」かが、個々のケースによって判断されることになります。

 ただ話をここまでややこしくしたのは、ヒールやパンプスが実際に履くと痛かったりマメができたりしてしまい履くと苦痛なものである(と娘も言っていました。私は履いたことがないのですが)ということ。また、妊婦さんは危険だから履くべきではないという話もあります。仮にそうだとするならば、怪我する履物を履くよう強制されるのは、苦役の禁止を定める日本国憲法第18条だとか、労働者の健康と安全を確保する事業主の責務を定めた労働安全衛生法第3条と照らしてどうなのかという議論になるのかもしれません。そもそも、靴屋さんが奮起して安全快適なヒールやパンプスを作ってくれるべきなのかもしれないという気もします。いずれにせよ、パワーハラスメントかどうかという観点を超えたアプローチも考えられるべきではないかと思います。

 どのような服装等を労働者に義務付けるかは、まずは事業主と労働者(および労働組合)の合意による事業場の自治の問題です。しかし往々にして事業主側はヒールやパンプスを履いたことがない人が少なくなく、苦痛を訴えても感度に乏しいことがあるでしょう。そういう人たちに理解されにくい問題だからこそ社会問題になったという点は、心に留めておかなければないと思います。

 性的指向・性自認に関するハラスメントやアウティングについて明記すべきというご意見は、議論過程の際から承っていました。例示などにおいて見直しを行い、一定のご評価をいただいている(例:LGBT法連合会「『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』の諮問答申に対する声明」)ように思っています。ただ、法律による規制を具体的にわかりやすくするのが指針の目的とはいえ、特定の要因による差別等のみをことさらに取り上げるとかえって他の要因が見えにくくなってしまうという問題もあり、指針のような内容となりました。今後のパンフレット等による周知啓発の際にも意を酌むべきこともあるでしょう。またそもそも、一般論として差別偏見をどうやってなくすのかというアプローチを進める必要も改めて感じた次第です。

 該当する例や該当しない例など、わかりやすく例示をしようとするとどうしてもその是非が論点になってしまいます。しかしどの例示も限定列挙ではなく、個別の事案の状況によって判断が異なる場合もあるとされています。あくまでも例示は例示でしかなく機械的には受け止めないでいただきたいものであることは、改めて記しておきます。

 以上、さまざま感想を記しましたが、何せこの法律および指針は、日本ではじめてパワーハラスメントへの対策を法制化して法律および指針です。一歩を踏み出したことは少なからぬ意義があるものですが、一方でこれでパワーハラスメントが絶滅できるのかと問われれば、正直、それほど簡単な話ではないと考えます。しかし仮に例えば「パワーハラスメントを罰則付きで禁止します」という法律を今突然作ったとしても、同様でしょう。ずいぶん以前から道路交通法があり交通警察が全国に整備されている交通違反すら、未だ根絶されていないのですから。

 大事なことは、職場に限らず社会において、相手に対して自分の言動が不当に不快なものでないか常に皆がちょっと気をつけるような意識を一人ひとりが持ち、あるいはそうと指摘されたら改めていこうとすることを通じて、より快適に誰もが過ごせる日本社会や職場を実現することではないかと個人的には思います。ゴールは遠いですが、勇気をもって踏み出すことが大事。この法律や指針などが、まずはその一歩になることを願っています。

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