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2019年8月13日 (火)

「年金抜本改革チーム」の提言についての感想

はじめに

 2019年6月27日付で、階猛衆議院議員が、井坂信彦前衆議院議員、井出庸生衆議院議員とともに、「年金抜本改革チーム」を立ち上げ検討を開始したという趣旨の記事をネットで公開しました。そして、7月11日には「75歳からのベーシックインカム」、8月9日には『月8万円の「ベーシックインカム年金」を目指して』という記事を掲載し、将来の改革案を提言されました。まず、こうした活動をされ具体的な提言をまとめられたことに、率直に敬意を表したいと思います。

年金不安を根本から解消するために
75歳からのベーシックインカム
月8万円の「ベーシックインカム年金」を目指して

 まだ今後も検討が続く模様ですので、引き続き成果を楽しみに待ちたいとは思いますが、現時点での感想を記します。おそらく、もうしばらくしたら最新の年金財政検証が発表されることになりそれに関する議論が沸き起こることになるでしょうから、せっかくの抜本改革の提言が埋もれてしまってはとてももったいないです。多分、少なくとも井出先生には気づいてもらえると思いますので、今後の議論の参考にしていただければ幸いです。

本論に入る前に…

 といいつつ、いきなりいくつか苦言を呈します。せっかく真面目に考えて議論して提言しているのに、不正確ないしは誤解を招き得ると思われる記述があるのも、とてももったいないのです。

 まず、「75歳からのベーシックインカム」の中にある、マクロ経済スライドに関する記述において、「厚労省の前回の年金財政検証によれば、将来的に基礎年金の実質的な支給額は約3割も減少する見込みだ」という文章があります。これは、井坂信彦前衆議院議員らが前回の年金制度改正の議論の際にもおっしゃっていたような記憶がありますが、僕はこの表現は誤解を招き得ると考えます。

 この「3割」とは、所得代替率の基礎年金部分が、平成26(2014)年度で36.8%だったものが、マクロ経済スライドの基礎年金部分の調整が終了する平成55(2043)年度には26.0%まで低下する(すなわち36.8%の約7割になる)ということを指して「3割も減少」と表現されているものと理解しています(ケースE人口:中位の数字を使用しています。なお、もしそもそも理解が間違っていたらご指導ください)。

 しかし実際の財政検証で示されたグラフは以下の通りです(出所:「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―平成26年財政検証結果―」厚生労働省、平成26年6月3日、p.21)。

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 ここで示されている金額は物価で現時点に割り戻した額ですから、そういう意味で実質の金額を比較しても、基礎年金は平成26(2014)年で夫婦二人分で12.8万円が、平成55(2043)年では12.5万円となっており、2.4%の減でしかありません。ひとケタ違います。もちろん、夫婦で月12.8万円の収入が3,000円減るということを些少と考えるべきではないとも思いますが、しかし「実質的な支給額は約3割も減少する見込み」という表現は、全くあたらないものと僕は思います。正しくは、「所得代替率が3割も減少する」と記述するべきなのです。

 (なお、所得代替率が減少するのに金額があまり減少しない理由は、「経済成長によって、年金額との比較対象である現役世代の手取り収入が増える」からです。要は、マクロ経済スライドの機能とは、物価に対する購買力は維持しつつ、経済成長によって現役世代の給与額が伸びていくことに年金額が追いつかなくする、ということなのです。もちろん、今後そんなに経済成長するのかという議論はあり得ますが、これは財政検証の前提条件であり年金制度の外の問題ですので、新財政検証が発表された際に再び議論されることでしょう)

 せっかくの真面目な提言なのにこうした記述が紛れ込んでいることは、不要な議論を巻き起こし提言全体の価値を下げてしまうのではないかと、いささか残念に思っています。

 また、同じ文章のその次の項目で、年金支給開始時期の繰り下げについて否定的に触れています。この点については、政府も「年金支給開始年齢の引上げは行わない」ことを既に表明しています(例えば資料「高齢者雇用促進及び中途採用・経験者採用の促進」内閣官房日本経済再生総合事務局、令和元年5月15日、未来投資会議(第27回)資料1、参照)ので、そのことは補足をしておきます。

さて本題

 遠回りになりましたが、この提言の中核は「ベーシックインカム年金」の提案です。僕なりに要約すると、「ベーシックインカム年金」のポイントは、以下の通りです。

○基礎年金の受給期間を65歳から75歳までの10年間とし、国庫負担をやめて全額保険料収入で賄う。支給額の水準は現在と同等。
○75歳以上には、税(上記により浮いた国庫負担分も含む)を財源とする「ベーシックインカム年金」を支給する。支給額は8万円/月を想定。
○現時点で「ベーシックインカム年金」を実現した場合、追加財源として5兆円(稲垣教授の試算によると6.3兆円)が必要。

 これにより、年金財政を安定させつつマクロ経済スライドによる基礎年金の先細りや、保険料免除や不払い等による低年金・無年金者対策とする、というものです。

 まず、こうした具体的な提案がなされたことに、重ねて敬意を表する次第です。「年金制度の抜本改革が必要だ」と主に野党の方々が主張を重ね、「自分たちの政権の時にできなかったじゃないか」と政府与党が反論するというこれまでの構図を踏み出す、ちょっとオーバーかもしれないけどしかし偉大な一歩だと考えます。

 また、そもそもこの議論の背景にある、将来の高齢者の貧困問題は、僕も課題だと思っています。詳細は僕のブログ「金融庁報告書を巡るあれこれ、または政治家はもっと「福祉」を積極的に語ろう」の後段部分で述べていますので、ご覧いただければ幸いです。後述する留保点はありますが、おおむね問題意識は共有できるものです。

 もうひとつこの提案の良い点を挙げると、75歳までとはいえ現行の保険形式の基礎年金を残すので、現役世代が保険料を払うインセンティブは損なわれないのではないかと思われる点です。これは、単純に「税による最低保証年金」という話だと失われてしまいます。75歳からは所得が保証されるが、それまでは頑張って生活しなければならないので、ちゃんと年金保険料も納めておこうと考える余地を残しているのは、センスのある工夫だなと感じました。

議論

 一方、今後もう少し考えたいなと思う点もいくつかあります。念のために記しますが、この制度を否定するために書くつもりはありません。仮に実現するとしたら、この辺をもう少しご検討された方がよいのではないかしらという個人的なご提案としてご理解いただければ幸いです。

 まず、ネーミング。これは政策の内容の是非とは関係ないのですが、でも国民の皆さまに説明するときに、素直に受け取れるネーミングは「高齢者手当」ではないでしょうか。発想としては、ベーシックインカムや年金制度というより、「子ども手当」の高齢者版と言ってしまった方が率直にわかりやすい気がするのです。僕流にこの提案にタイトルをつけると、「基礎年金の75歳での打ち切り」と「高齢者手当の創設」でしょうか。まあ、保険要素がほとんどないにも関わらず「後期高齢者医療保険」という制度もあるので、これを「年金制度」と称しても間違いともいえないとも思いますが(むしろその並びでいうならば、「後期高齢者手当」でしょうか…)。

 ただ、個人的には、この制度は年金制度ではなく、老後の生活の最低保証をする福祉政策と捉えてしまった方がすっきりするようにも思うのです。今後、生活保護制度との兼ね合いも考えなければなりませんし、個人的には生活保護制度の補足率の低さを補うために「生活保護制度の簡易版のような制度」があるといいなと思うところもありますので、そこにかなりあてはまる気もします。そういう意味でも、ネーミングは意外と大事かもしれません。

 もうちょっと本質的な点に触れると、「この制度を、いつから、誰を対象に開始するのか?」ということは、今までの提案ではあまりちゃんと議論されていない気がしますが、これも大事なポイントではないかと思います。可能であれば今すぐでも始めるということを意識されているようにも思えます。しかし、しばしば問題視される「マクロ経済スライドによる基礎年金の先細り」は、先のケースで言えば今後25年かけて段々細くなっていくわけで、今現在はまだ先細っていません。所得代替率で言えば、むしろ過去の想定より高すぎる。ですから、実は今すぐ実行する必要はないのです。

 個人的には、先の自分のブログで書いたように、就職氷河期世代が年金受給世代になる際(15~20年後くらい)には、こうした政策が必要になると思います。まあ、そこまで遅くなくても良いかもしれませんが、新規に税を投入する政策ですから、「なぜこの世代(以降)を手厚く支援する必要があるのか」をその前後の世代も含めて説得できる必要があります。

 就職氷河期世代については、自民党の雇用問題調査会・厚生労働部会でまとめた「生涯現役社会の推進に向けた提言」に記した通り、この世代は大学を卒業した瞬間に雇用の調整弁として扱われるという、少なくとも本人たちには全く責任のない事情があり、その結果年金等の社会保障が満足に受けられる見通しが立たないという結果に繋がっています(なお日経連(当時)が報告書「新時代の『日本型経営』」を発表していわゆる正規社員と非正規社員(ネーミングが違いますが)のポートフォリオという考え方を打ち出したのは1995年、まさにその世代が世に出るタイミングでした)。だからこそ政府も今年に入ってその世代の支援に乗り出したわけですが、働き始めればそれでよいというほど簡単ではないのは、先述のブログ記事で述べた通りなのです。

 そして財源について。稲垣教授の試算によると、月8万円を75歳以上の方に支給するためには2019年に追加財源が6.3兆円、2050年には14.2兆円が必要になるとのこと。そして提言では、相続税の課税対象の拡大が検討されているようです。

 まずこの試算において、現在GPIFが運用している年金積立金はどこに使うのかがよくわからないのですが、年金部分だけで使うという想定と考えてよいのでしょうか。ここは補足してもらえるとありがたいです。もしこの一部が75歳以上の新制度に回せるのであれば、その分財源は助かります。

 その上で、相続税の課税対象の拡大は検討に値するとは思いますが、相続財産が低い人に拡大するのですから、必要額が賄えるくらいの税収増は期待しづらい気がします。また年金のリサイクル制度については、もともと持っていた資産と給付された結果形成された資産の区別はつかないため、相続税に加えてさらに課すのは理屈上困難なようにも思います(そもそも「ベーシックインカム年金貸付金」という制度とするならば話は別ですが)。

 また、相続税をはじめとする資産課税は、結果としてストックを遣ってしまうインセンティブが働くことになるので、期間限定で景気刺激策的に行うのならまだしも、安定した税収を期待するために行うことにそもそも向かないような気もします。

 なお、月8万円という金額は、物価に対するスライドとかは考えておられるのでしょうか?考えてなければセーフティネットの機能が果たせなくなる事態は容易に想定できますし、考えるとすれば財源はもっと必要になります。

 ですので、ここは正面から必要性を説いて消費税増税というシナリオも視野に入れる必要が、やはりあると思います。だからこそ、漫然と「高齢者の生活の安心のため」という抽象的な理由ではなく、「どの世代に特に支援が必要だから」という具体的な対象と支援理由をきちんと議論する必要があるのです。

 そもそも消費税率の5%からの引き上げは、2004年の年金制度改革における基礎年金国庫負担割合の引き上げの財源をそこに求めて議論が開始されたものという経緯があります。紆余曲折を経てやっとこの10月に10%に引き上げられますが、さらに先を見通すときに、この議論を避けていてはいけないのではないでしょうか?

 とはいえ、安易に消費税を持ち出さずそれ以外を模索しようとする姿勢は、それはそれでとても立派だなあと思うという感想は付記します。

おわりに

 ということで、あれこれ思ったことを記しました。あくまでもこれは橋本岳個人の感想です。また、現時点でこの提案に賛成するかと聞かれても、まだ特に財源面とその必要性について説得力に欠ける点があるので、まだ賛成はしがたいです。しかしそれでも、繰り返しますが真摯に検討され具体的な提案されたことはとても立派なことだと思いますし、「ご意見をお待ちしています」とも書かれていますので、何かお応えしたいと思い、夏休みの宿題のつもりで(笑)感想文を記しました。ご笑覧いただければ幸いです。

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