労働分野における調査手法に関するPT提言
いささか旧聞に属しますが、先月8月28日に、自由民主党政務調査会厚生労働部会の、労働分野における調査手法におけるPTが提言をまとめ、厚生労働省に提出し、内容を公表しました。ウエブページにもアップしていますが、スマホだと見られないため、こちらにもアップしておきます。
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平成30年8月28日
自由民主党政務調査会厚生労働部会
労働分野における調査手法に関するPT
提 言
はじめに
平成30年通常国会においては、働き方改革関係法案の審議が目玉とされていたところ、平成25年度労働時間等総合実態調査(以後、「H25調査」とする)およびその結果を用いた資料等に関して様々な問題が指摘され、与党における法案審査の途中で法案の一部を撤回する事態を招いた他、国会審議に多大な影響を与えた。これは国民の政府に対する信頼を揺るがす大きな問題であり、誠に遺憾である。
裁量労働制の実態把握をはじめ、今後も厚生労働省の政策立案の基礎として社会調査や統計の品質確保は極めて重要な問題であり、同じ過ちを二度繰り返すことは許されない。そこで厚生労働部会に「労働分野における調査手法に関するPT」を設け、厚生労働省からヒアリングを行い、H25調査における問題点および改善方針を整理して提言することとした。
なお、本PTはH25調査を検討対象としているが、中医協に平成30年7月に報告された診療報酬の消費税補填状況調査の誤りや、2月に公表された日本年金機構におけるデータ入力誤り等の問題など、現在、厚生労働省におけるデータ処理や統計全般に対する信頼が崩れかねない危機的状況にあることは、強く指摘せざるを得ない。
厚生労働省においては、この提言を真摯に受け止め、全省的に共有して再発防止に努めるとともに、国民の信頼を取り戻すよう全力を尽くすことを求める。
提言
(1) 前例踏襲主義からの脱却
ヒアリングにおいては「過去の例をそのまま引き継いで行った」という回答がしばしば行われた。例えば、「調査的監督」という実施手法、調査票の質問構成やデザイン、集計表の記載内容等に関して、そのような趣旨の回答があった。
前例を踏襲することには、作業の省力化や、過去との結果比較を容易にすること等のメリットは存在する。しかし、「公的統計の品質保証に関するガイドライン 」「統計調査における民間事業者の活用に係るガイドライン 」といった政府全体の統計改善の活動や、「厚生労働統計調査の現状と改善方策について(報告書) 」といった厚生労働省における統計改善の取り組みを無視することに繋がり、結果として統計としての品質が疑われ、政府の目玉政策の根拠に疑問を呈される事態を招いたともいえる。
厚生労働省が今後行う調査・統計においては、政策立案の根拠として審議会や国会等で議論される材料となることに鑑み、統計法に基づく基幹統計及び一般統計に該当しない業務統計であっても政府による公的統計に位置づけられることを重く受け止め、前例にとらわれることなく都度一から見直し、「公的統計の品質保証に関するガイドライン」等を極力適用し、議論に耐え得る品質を確保すべきである。
(2)「回答者の協力を得て行うもの」という意識を持つ
社会調査を行う上で重要なことは、「回答者の協力を得て行うもの」という謙虚な意識を持つことである。この視点に立ち、調査実施者は、回答者にかける負担を必要最小限にする、誤記入等のムダを極力減らすよう努める、個々の回答内容(記入された調査票を含む)について秘密保持も含め適切に管理する、目的外には利用しない等の努力をしなければならない。たとえ法令や権限に基づいて行われる調査であっても、同様の意識を持つことが望ましいことは、論を俟たない。
また「To Err is human.」(だれにも過ちはあるもの)という言い回しがあるように、人間は間違えるものであり、防ぐ努力が必要である。単に通知に「記入に際しては、事前に記入要領を熟読し、記入漏れや誤記入のないようにすること」と記しただけで、ミスがなくなるわけがない。
H25調査においては、さまざまな不注意やミスが積み重なり 多数のデータを削除せざるを得ず(H25調査におけるミス等の経緯は「裁量労働制データの不適切な比較等に関する関係者の処分について」(平成30年7月19日付厚生労働省プレスリリース)および付属の「裁量労働制データ問題に関する経緯について」(平成30年7月19日、厚生労働省監察チーム)参照のこと)、結果として多くの回答者の協力を水泡に帰せしめた。このことは、厳しく指弾されなければならない。今後の政府の全ての調査・統計の信頼性に関わり得る、極めて重大な問題である。このような観点に立ち、以下の諸点について是正されるべきである。
1.調査項目や設問、設問中の用語(「最長の者」「平均の者」等)は、回答するのが困難な程度に多く、複雑であり、また回答に労働法令の知識も必要である。監督官が調査を行うことで補っている面はあるが、誤記入の原因のひとつとも考えられる。調査目的を果たしつつより容易に回答できるよう、調査項目等を精査して削減し、より単純化・簡略化すべきである。2.調査票のデザインについて、誤記入を防ぎ、あるいは入力を容易にする視点から、さまざまな工夫を施すことが一般的である。このような配慮も必要である。
3.調査実施にあたる監督官に対して事前に十分な説明を行い、調査内容の理解をより高めた上で実施できるよう努めるべきである。また実施にあたっては十分な時間的余裕を与えるべきである。
4.調査票のコピーが誤混入することを防ぐため、事前または回収時にナンバリングを行うことが望ましい。
5.データクリーニングのためのチェック項目は、調査内容を踏まえ事前に十分な検討を行い、定めるべきである。
6.入力作業が終了した後の回収済み調査票については、一定の期限を設定して適切に管理・保管するべきである。
7.集計表を作成する際には、設問内容を付記するなど、誤解を招かないよう適切な説明も記載すべきである。
8.集計データや集計表を用いて二次的に資料を作成する際にも、必要に応じて調査票まで確認を行い、また作成手順などを含めて記載し、正確性・透明性を高めるよう努めるべきである。
(3)データの価値の認識と、作業に対する十分な資源投入
調査の実施にあたり、指示通達の起案、都道府県労働局からの照会対応、集計業者の選定や工程管理、データクリーニング項目の作成や確認等の作業を、ごく限られた少人数で行っていたことがヒアリング等で明らかになった。調査実施期間が3か月(平成25年4月~6月)とられていたことに対し、入力・確認・集計については、こうした人員規模の下でも3か月(同年7月~9月)しかかけておらず、時間的余裕が十分ではなかった。
これらは、「正しいデータを得る」ための調査・集計プロセスを軽視し、十分な価値を認識していなかったことの現れである。これが先に述べた前例踏襲主義と相俟って、検証に耐えない調査データや適切な注や説明のない集計表を作成する原因になった。結果として比較してはならない表の作成、総理大臣や厚生労働大臣の答弁撤回および謝罪、最終的には法案内容の撤回にまで波及したのである。
また再集計を行うにあたっても、臨時的・緊急的な作業が求められていたとはいえ、重ねてミスを含む資料を国会に提出したことにも、反省を求めざるを得ない。
厚生労働省は、正しい調査データの価値を、適切に認識すべきである。調査実施や集計等の品質確保に対して十分な注意を払い、企画段階から実施、集計そして資料の作成に至るまで、人員や期間を含めて必要かつ十分な資源を確保し投入しなければならない。これは現場の問題ではなく、管理の問題である。
また、調査や集計実務に必要なノウハウが必ずしも各部署に蓄積されているとは限らないことから、業務統計であっても統計担当部署(政策統括官(統計・情報政策、政策評価担当))と協議を行い、品質を高めるよう努めるべきである。
なおデータ入力集計委託業者については、一般競争入札で業者選定していた。今後は「統計調査における民間事業者の活用に係るガイドライン」の記載内容を踏まえ、業務遂行能力等に応じた適切な業者選定等を行うことが望ましい。
(4)調査としての位置づけの明確化
H25調査に特有の問題として、労働基準監督官が監督業務の一環として行う「調査的監督」という位置づけの是非がある。
監督の一環であることは、全国で一万件以上の調査を行う調査員として労働基準監督官のマンパワーを利用できる、労働法令を理解した者が調査を行うことができる、実際に各事業所の賃金台帳を参照して調査をすることができる、過去も同様の手法で調査を行っているため結果の比較可能性が高まる、100%の回収率が見込まれる等のメリットも存在し、一定の合理性はあるものと考えられる。
一方で、監督官は社会調査の実務に不慣れである、予告なしの訪問となるため回答する事業所の準備が困難であり二度手間も起こり得る、監督権限を背景として調査を行うことが結果に影響を与える可能性について議論が残る、調査票が公開できないといったデメリットもある。特に、調査概要や調査票は、一般的には調査の品質保証のために公開することが基本であるが、H25調査においては一部のみ公開とせざるを得ず、国会における議論を困難なものとした。このことは、解消されるべきである。
PTでは、そもそも指導・是正のための監督業務と実態把握のための調査業務は全く性格が異なるので、対象者が労務記録を見ながら回答できる郵送やネットによる自記式の独立したアンケート調査として実施する方がよいのではないか、もし監督官が訪問、聞き取りを行う場合でも、原則として事前に質問票を送付、記入してもらっておき、監督官が訪問回収時に記入内容をチェック、確認することをメインの業務にするという方法もあるのではないか、という意見もあった。
こうしたことを念頭に、今後の調査実施においては、調査目的や対象等に応じて、監督官による「調査的監督」として実施するか、一般的な社会調査として実施するか適宜判断することが望ましい。また「調査的監督」として行う場合においても、可能な限り「公的統計の品質保証に関するガイドライン」等に準拠し、解釈可能性や明確性を高めるよう努めるべきである。
(参考)厚生労働部会 労働分野における調査手法に関するPT メンバー
座 長 橋本 岳 (厚生労働部会長)
顧 問 松野 博一 (雇用問題調査会長)
アドバイザー 萩原 雅之 氏 (トランスコスモス・アナリティクス株式会社取締役副社長)
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