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2018年8月 8日 (水)

厚生労働省分割反対論

●はじめに

 日本経済新聞の8月2日付朝刊に「厚労省の分割検討 政府・自民20年にも」という見出しの記事が1面トップに掲載されました。同紙2面の関連記事、3面の「きょうのことば」欄においても関係する記事があります。これらによると、自民党行革本部が中央省庁再編を検証し、8月中に首相に提言を行うとのことです。

 実のところ個人的には、党行革本部のある役員からこの件が検討テーマに上がっている旨教えていただいてはいました。しかしこうして表に出ると唐突感は否めません。さまざまに思うところはありますし、賛成もできません。そこで、自民党政務調査会にて厚生労働部会長の職を預かるものとして、意見を整理しておきます。今後、党本部における平場の議論においては、本稿の趣旨に基づき発言を行います。また同僚諸兄姉にもご参考にしていただければ幸いです。

 なお万が一、自民党総裁選の論点に浮上した場合には、この記事の見解を念頭に行動を考えることを申し添えます。8月6日に党本部事務局にこの件に関し資料がないか確認したところ、「ない」との返事でした。これから議論するにしても、総裁選で公約とされ選挙で結果を決めるには、内容が賛同し難いことに加え、事柄の重みに対してあまりにも拙速であり、しかし選挙を経ることで党内議論を封じかねないものであるからです。また公式な資料がないため、8月2日付日本経済新聞によって議論を進めざるを得ないことも付記します。

●そもそもなぜ厚生労働省なのか

 現在の厚生労働省は、平成13年の中央省庁再編によって誕生しました。その構想は、平成8年橋本龍太郎内閣の下で設置された行政改革会議によります。要約すれば、首相のリーダーシップを強化しつつ、国家公務員の総人員の削減などを行うことを目的としたものです。

 厚生労働省については、当時首相秘書官を務めていた江田憲司衆議院議員の著書『誰のせいで改革を失うのか』によると、「この二省の統合自体は、ほとんど反対もなくスムーズに決まった」とされています。そして、「一致団結、融合化し、来るべき超高齢社会への対応に万全を期してほしい。そして、日本の社会保障制度、雇用形態などの良いところは引き続き残し、官と民双方を視野に入れた最適な『日本型社会保障・雇用システム』を構築し直してもらいたいものだ」との期待が記されています。この期待そのものは、構想から20年を経た現在においても、全く通じるものであり変化するものではありません。むしろ長い熟成期間を経て、「一億総活躍社会」「働き方改革」などとしてようやく実を結びつつあるともいえます。

 日経新聞によると、「厚生労働省が取り組む課題は大きく変わってきた」と言われますが、むしろ20年以上前から「超高齢化社会が到来」「少子化対策が急務」といった記事は日経新聞においても頻繁にあったのではないでしょうか。同じ現象が着実に進行し、課題の深刻さが増しているだけです。もちろん20年以上克服できていないことは問題ですが、なのであれば必要な対策は「強化」なのであり、「できなかったのでやめます」という話ではありません。そういう意味で「子ども省」的な構想は検討の余地はあるでしょうが、働き方と育児支援は同時に考えるべきこととは思います。いずれにしても、少なくとも単に役所を「厚生省」と「労働省」に分割することは、問題解決には無関係です。

 「労働政策審議会の機能不全が目立つ」「人口減でも成長するには生産性の改革が必要で、そのための柔軟な働き方の議論が厚労省主導では進められないのが現状だ」という指摘は重く受け止めるべきです。しかし内閣官房に「働き方改革実現会議」を設置し、総理主導で使用者団体・労働組合を巻き込んで労働法制史上初の残業時間の罰則付き上限規制を導入できたことをあわせて考えれば、むしろ橋本行革で目指した「首相のリーダーシップにより政策を動かす」という方向性を安倍総理が体現したのであって、「厚労省主導で進まない」のは事実でしたが、問題とすべきことではありません。また分割して労働省に戻したところで公労使三者構成を変えなければ全く無意味です。そして労働者保護という労働行政の本旨を考慮すればこの構成は無くすべきではありません。杞憂であればよいですが「生産性革命のために労働省と経済産業省と合併させる」などという話が出てきかねなくなることを恐れます。

 日経新聞曰く、労働行政について「今は働き方改革に象徴されるように、日本全体に目配りした政策が求められる」とのことで、私も同感です。しかし労働省単独になったらそれができるようになるというロジックは明かされませんし、全く想像もつかないのです。

●不祥事の多発について

 日経新聞記事では、不祥事の多発も論点の一つとなっています。他の省庁にもあるような気もしますが、厚生労働省が過去多数の不祥事を起こしていることは事実であり、この点を看過することはできません。

 ただしその再発を防ぐためには、ひとつひとつの事案に対し原因をきちんと調査した上で、組織として課題を見つけて是正し続けることが重要です。例えば日経新聞に掲載されている不祥事例について、その原因を挙げます。

・消えた年金問題(平成19年発覚)
 (原因)厚生労働省および社会保険庁の責任感不足を背景とした、長年にわたり継続してきた杜撰な事務処理

・年金の個人情報流出」(平成27年発覚)
 (原因)外部からの攻撃。ただし事態の拡大を防げなかった背景には、ネットワーク設計の不備、サイバー攻撃に対する油断、不審な報告が上がらない組織体質があった(参考:日本年金機構における不正アクセスによる情報流出事案について

・(振替加算に関する)年金の支給漏れ」(平成28年発覚)
 (原因)年金機構と共済組合との間の情報連携不足、システム処理に起因するもの、機構の事務処理誤り、お客様の届け出漏れ。(参考:振替加算の総点検とその対応について

・裁量労働制のデータ不備(平成30年発覚)
 (原因)調査実施に対する軽視、確認不足など(現在、自民党厚生労働部会労働分野における調査手法に関するPTにて提言作成中)

 その他にも、医療・介護総合確保法案趣旨説明資料におけるコピペミス(平成26年発覚)、労働者派遣法案における罰則規定の誤記(平成26年発覚)、労働者派遣法案審議における「10.1ペーパー」問題(平成27年発覚)、社会・援護局職員による不正経理(平成29年発覚)、日本年金機構データ入力誤り(平成30年発覚)など、多数の事案がメディアを騒がせました。

 ただ、これらの件のいくつかの事案について、厚生労働大臣政務官または厚生労働副大臣として国会対応や再発防止策の検討に加わり、または党厚生労働部会長として報告を聞き、厚生労働委員会でも質疑を行った経験の中で、厚生労働省を分割することが再発防止に資すると思うことはひとつもありません。

 たとえば日本年金機構情報漏洩事件の際に対応を遅らせた原因は、現場レベルで不審メール情報のやりとりはあったものの、課長級(年金局事業管理課長、情報政策担当参事官)に報告が上がらず、当然ながら政務を含めた幹部も事態を把握しておらず省全体での対応ができなかったことにもあります。報告・連絡・相談という組織文化ができていなかったことが大きな反省点なのですが、組織を分割することがその対処法になるとは全く思いません。

 副大臣の折に、「厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム」主査として「中間とりまとめ」の作成に関わりました。その際、他の業所管省庁(国土交通省、農林水産省、経済産業省)と比較して、職員一人当たりの国会答弁数、委員会質問数、質問主意書件数等がダントツで多いことを確認しています。もちろん不祥事の背景には様々なものがありますが、単純ミスについては、まさに日経新聞記事で「多くの厚生労働省幹部は頻発するミスの背景に『人が足りない』という構造的問題があると語る」と記されている通りなのです。

 もしかして、多くの方がごまかされているのかも知れないとまで思ってしまうのですが、組織を分割しても全体の仕事量に変化はない(もしかしたら増えるかもしれない)ですし、職員の総数も変わらないのであれば、職員一人あたりの仕事量も変わりません。ミスを減らしたり、長時間残業を削減したりするためには、職員を増やすか仕事を減らすかしか最終的な手段はないのです。組織をいじることではありません。

 ましてや日経新聞には「(分割によって)政策立案を強化し、生産性を高める」と書いていますが、組織が分かれたらなぜ政策立案が強化されるのか、生産性が高まるのか、僕には皆目見当もつきません。後述しますが、タテ割りに歯止めがかからず弱体化するように思えてなりません。

 また、同紙の「きょうのことば」欄に、「巨大官庁、予算規模は断トツ」と記載され、いかにも肥大化して仕事が多すぎる印象付けがされています。しかし予算が多いのは国民に給付される社会保障費用が計上されているからであり、この費用増は社会の高齢化や医療の高度化等によるものですから、とても予算の多い厚生労働省を分割しても、とても予算の多い厚生省(と、それなりの予算規模の労働省)ができるだけです。

 なお、法案が多いため国会審議が渋滞しがちという理由も考えられますが、それは国会改革の文脈で検討されるべきです。国会の委員会を二つにするために役所を二つにするのは、本末転倒です。副大臣や大臣政務官がもっと有効に活用されればよいのに、と個人的には思います。

●厚生労働省は、より一体化すべき

 大臣政務官または副大臣として厚生労働省の「中の人」になって感じたことは、まだまだ縦割りがヒドイということでした。

 例えば「障害者の就労支援」というテーマでは、障害保健福祉部、職業安定局、人材開発統括官といった組織が関わってきます。しかしとある制度改正に関し、連携せず個別に話を持ってくるため、塩崎大臣が命じて関係部署長を並べてレクチャーさせるようにしたことが、ありました。また災害の折に、健康局が被災自治体の上水道の状況を電話確認しかできず報告が要を得ないことにやはり塩崎大臣が業を煮やし、近くの労働局やハローワーク、労働基準監督署等の人員を派遣して直接確認させるように命じたこともありました(厚生側には出先機関が地方厚生局しかないので、機動的な対応ができないのです。ちなみにこの件は後に省内の災害対応マニュアルが改定され、デフォルトの対応になりました)。

 僕自身も、大臣政務官の折に「新たな福祉サービスのシステム等のあり方検討プロジェクトチーム」を立ち上げ、「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現 -新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン-」というレポートを作成しました。その背景には、人口減少社会を控え、高齢者福祉、児童福祉、障害者福祉、生活保護・生活困窮者自立支援といった形で様々に専門分化していた福祉サービスについて、連携して包括的な体制を構築して対応しなければ乗り切れないという問題意識がありました。このペーパーが源流となり後に「共生社会づくり」として施策化されていくわけですが、例えば生活困窮者自立支援を議論するためには就労支援と連携しなければなりませんし、医療とも連携すべきでもあります。また自殺対策や虐待対策とも結びつけて考えられるべきです。だとすれば過労死対策としての労働基準行政やハラスメント対策まで考えなければなりません。また一方で育児・介護休業の取得やワーク・ライフ・バランスの支援は、児童福祉や高齢者福祉の充実と切り離して考えることもできません。年金と高齢者雇用の関係も、結び付けて考えられるべきでしょう。「医療現場の働き方改革」も、厚生労働省が一体だからこそ手を付けられたテーマだと思います。そして今後直面する社会保障の課題のひとつは、担い手の確保なのです。

 要するに、善く生活することと善く働くことは、切っても切り離せない関係なのです。「分割すると政策強化に繋がる」などという議論は、ただの机上の空論でしかありません。

「厚生労働省なんでしょ!もっと一緒に考えようよ!」という叱責を飛ばした記憶が、僕にも何度もあります。僕の知る限り、厚生労働省におけるタテ割り弊害をどうにかこうにか克服する努力をしていたのは、どちらにも目配りしなければならない大臣・副大臣・大臣政務官の政務三役でした。そして政務がしっかり意思とビジョンを示せば、各部署もそれに応える努力をしてくれていたと思っています。分割したら、誰がその役をするのでしょうか?内閣総理大臣または内閣官房長官は論理上可能ですが、本当にそこまで目配りできるのでしょうか?甚だ疑問です。タテ割り行政の継続で不幸になるのは、国民です。

●まとめ

 ひとつだけ思うのは、「厚生労働大臣は担当分野が広くてとても大変そう」です。これは、分割すれば、楽になるかもしれません。ただ近年でいえば田村憲久大臣、塩崎恭久大臣、そして現職の加藤勝信大臣と、いずれもしっかりと職責を果たしておられます。適材適所の人事を行えば済む話です。

 正直、単に厚生労働省を厚生省と労働省に二分割するだけなら、看板をもう一枚かければ済む話なので、それなりのコストで実現できるかもしれません。ただ、縷々述べたように全く積極的な理由を欠く上に、大臣ポストを増やし秘書官やら官房各課やらも増えますので、実はいわゆる「行革」とは正反対の行為です。不祥事を減らすことにも全く繋がりません。

 日経新聞によると、「行革本部幹部は提言について『厚労省の現体制は限界に来ている』とのメッセージを送るのが主眼と説明」したようです。僕もその認識は共有します。厚生労働省の業務環境は、残念ながらおせじにも良いとは思いません。何人も、メンタルを痛めて異動になった人を知っています。いささか極端な、感覚的な表現をお許しいただければ、「死屍累々」です。本当に限界なのです。しかしそうであるならば、不要な省再編により不要な業務を増やして負担をかけ職員のモチベーションをぶち壊すのではなく、まず定員増をぜひお願いします。本当に。

 このタイミングでこの話が急浮上した背景はよくわかりませんが、察しがつかないわけでもありません。しかし、政治的な思惑により、頑張っている職員の心をヘシ折るような話をすることは、僕にはとても許せるものではありません。

 以上の理由により、「旧厚生省と旧労働省の業務の2分割による新体制を発足する計画」などというものに、橋本岳は反対します。各位におかれましては、何卒ご賢察ありますように。

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