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2018年4月

2018年4月26日 (木)

生活保護世帯におけるジェネリック医薬品の原則化について

 昨日4月25日、衆議院厚生労働委員会において、生活困窮者等の自立支援法等の一部改正案が、出席していた自民党・公明党・維新の会の賛成多数により可決されました。近日中に衆議院本会議で採決され、参議院に送付されるものと思われます。

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 今回の改正内容の中で、第34条3項の改正により、医療扶助において、現行では「被保護者に対し、可能な限り後発医薬品の使用を促すことによりその給付を行うよう努めるものとする」と後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用が努力義務とされているところ、改正案では「原則として、後発医薬品によりその給付を行うこととする」と改正されることとなっています。ただし、改正前後ともに、「医療を担当する医師又は歯科医師が医学的知見に基づき後発医薬品を使用できることができると認めたものについては、」という前提条件が付いています。従っていずれも処方に関する医師・歯科医師の裁量を制約するものではありません。

 医療扶助におけるジェネリック医薬品原則化に関し、野党の議員から異論が呈されています。たとえば「国民全体でなく、生活保護受給者に対してのみ後発医薬品を原則化することは、明らかな差別であり、人権侵害であります。」(中谷一馬議員(立民)、3月30日衆議院本会議)、「医療扶助におけるジェネリック医薬品の使用の原則化も問題です。一般の患者に対するジェネリック医薬品の使用の原則化は行われていない中で、医療扶助に限って原則化する合理性や必要性はないと考えております。」(池田真紀議員(立民)、3月30日衆議院本会議)等です。

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 さらに4月4日の衆議院厚生労働委員会では、この点について橋本が議員立法提案者に意図を訊ねたところ、初鹿明博議員(立民)から「生活保護の受給者のみに安価な薬を原則化する、劣等処遇を強いるということが問題であって、これが平等の観点から明らかに差別に当たるのではないか」というなかなかドギツイ表現での答弁がありました(なお初鹿議員は、同時に「有効性、安全性について問題はないと認識をしております」という答弁もしているので、ジェネリック医薬品そのものが劣等であるとおっしゃる意図は全くなかったのだろうと思っています)。

 ただ橋本は、今回のジェネリック医薬品原則化には合理性と必要性があると考えています。

 その理由の一つは、生活保護法第八条二項との関係です。「基準は、(…中略…)保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすもので十分でなものであって、且つ、これをこえないものでなければならない」という規定があります。制度の要請上、最低限度の生活需要を満たすのに十分でなければならないのは当然なのですが、一方で、保護に必要な経費は国民の納める税金により賄われるものであることを考慮すると、最低限度の生活需要を満たしてもそれ以上に余分に支給するようなものであることも避けなければならないということです。従って、効能・効果が同様で価格が異なる医薬品の選択肢がある場合に安価な方を原則化することは、生活保護基準の基本的な考え方に則っているのです。

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 また、一般世帯との比較において考える場合、被保護世帯のみにジェネリック医薬品の原則化することが差別的ないし劣等処遇なのだという主張もあるようです。しかし一般世帯には医療費の窓口負担があります。同様の見方で一般世帯側の視点から見ると、医療扶助のため窓口負担がない被保護世帯の方こそが優等処遇なのである、という議論も可能となります。これを突き詰めると、被保護世帯も窓口において医療費を一部自己負担すべき(で後で清算する)という議論に繋がるということも考えなければならなくなるのです。今回の見直しにおいては、参考人質疑において大阪市の吉村市長が主張されたように、その議論もありましたが最終的には見送られました。その代償措置としてのジェネリック医薬品原則化という面もあるのです(なおこの論点に立つと、窓口負担のない小児医療等におけるジェネリック医薬品の普及促進についてどう考えるか、という論点が派生することは付記します)。

 ちなみに、そもそも医療用医薬品は患者が自由に選んで服用できるものではなく、医師や歯科医師に処方されなければなりませんので、人権侵害という主張はあたりません。

 なお、先に記したように、医師や歯科医師が先発薬でなければならないと判断すればその通りになりますし、また一旦ジェネリック医薬品を処方して、何等かの不都合が生じてやはり先発品でなければならないということになれば、柔軟に見直しができるように運用には留意されるべきであろうとは思います。

 本来であれば、こうした議論を衆議院厚生労働委員会において交わすべきところではありますが、その機会のないまま委員会採決を迎えてしまいましたので、ここに意見を記しておきます。

 なお、実はこの法案審議においては、被保護世帯において大学進学の際には世帯分離を求めている扱いについてどう考えるかといった点も野党法案にて問題提起されており、議論が深められるチャンスでした(個人的には、ジェネリック医薬品の原則化よりこちらの方がご関係の方々には切実なのではないかと思います)。そうした論点を残しつつ、諸般の事情により、衆議院厚生労働委員会において議論を深めることができなかったことは、誠に残念でした。誰かに責任を負わせる意図はありません。ただ純粋な感想として、与野党を問わず、少なからぬ数の議員の方々がそう感じているのではないかと思います。


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2018年4月13日 (金)

「海賊版サイトに対する緊急対策」について

 本日、知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議において、「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」が決定されました。昨日のブログで「政府による著作権侵害サイトのブロッキング要請に反対します。」と記しましたが、結局、政府がISPにブロッキング要請をすることは控えられました。もちろん多くの団体・個人のご意見表明があったからであり、そのような動きをしていただいたこと、および政府や関係者の方々がそれらをきちんと受け止めていただいたことに、深く感謝申し上げます。

 今回は、ブロッキングについては、短期的な緊急措置として、あくまでも民間事業者による自主的な取り組みという整理になりました。法的な側面については「特に悪質な海賊版サイトに関するブロッキングについての法的整理」として、緊急避難についての政府見解が示されています。とはいえ最終的にISPに責任を負わせる点はいささか不健全さを残すものという感はありますが、現状を考えると、やむを得ないことでしょうか…。

 また今後の方針として「すみやかに法制度の整備へ向けて検討を行う」とされました。この検討にあたっては、著作権者や出版社等権利侵害を受けている側の方々は当然のこととして、ぜひ実務を担うISP等も含め、様々な立場の方々が参加・協力して、オープンな形で進められることを期待したいと思います。立法作業も正直なかなか困難なものと思われますが、海賊版サイトに対して何らかの対策が必要だという点に関してはコンセンサスなのですから、きっと良い知恵が出せることを信じます。また僕自身も、何らかの形で機会をいただければ、微力ながら協力の手間を惜しむものではありません。

 なにはともあれ、今回の決定が、世の中が一歩でもよりよいものとなる機会となることを願っています。その実現に向け、さらに多くのご関係の方々の英知を賜りますように。

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2018年4月12日 (木)

政府による著作権侵害サイトのブロッキング要請に反対します。

 政府がネット接続事業者(ISP)に対して著作権侵害サイトのブロッキングを要請するとの報道があります。このことについて、JILIS(一般社団法人情報法制研究所)が「著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する提言」を発表して、反対の意思を表明しています。橋本岳は、この緊急提言に賛同し、政府のブロッキング要請に対し反対の意思を持っていることをここに表明します。以下に自分なりの理解と理由を記します。

 まず当然ながら、漫画や雑誌を著作権者に無断で掲載し、無料で閲覧できる状態にしているいわゆる海賊版サイトの存在そのものは認め難いものがあり、その対策は検討され実施されるべきです。しかし、「政府が特定Webサイトへの接続をしないことをISPに要請する」ことは様々な問題をはらみます。目的は手段を正当化しません。

 何よりも、政府が特定内容の情報通信を根拠なく制限できると思うこと自体が大問題です。憲法第21条2項には「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これ侵してはならない」となっています。それを受けて電気通信事業法第3条には検閲の禁止、第4条には秘密の保護が事業者に対して義務化されています。これは憲法の裏打ちがありますから、一般の法令よりも重く受け止めなければなりません。

 だからこそ、たとえ犯罪捜査というまさに緊急かつ公益性の高い理由であっても、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」という法律を設け、検察官又は司法警察員に限り、裁判所の令状をとるという手続きを踏んで、同意のない通信傍受が認められるのです。

 今回、政府は「要請」しかしないようです。もちろんお願いに何の拘束力もないし、責任はISPがとることになります(これは、私に説明に来た政府の担当者が明言しました)。一方で、サイトブロッキングは、電気通信事業者はアクセス先を「確認して」、特定サイトの場合に特定の挙動をさせることをさせるわけですから、これが検閲や秘密の保護を義務付ける電気通信事業法に違反することは明らかではないかと思われます。だとすれば、政府の要請に従ったISPは、電気通信事業法第179条により二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処されることになります。ISPも大変ですね。

 もし仮に今回この条項の適用をしないということを政府が表明すれば、そのことによる逆の強制力がISPにかかることになり(だって、政府の気が変わったらすぐ処罰されるんですから)、結果として「政府による検閲」が完成します。むしろ明白に憲法第21条2項違反が成立してしまいかねません。もちろん、そもそもそんなに恣意的に罰則規定が取り扱われること自体がおかしなことです。

 今回しようとしていることを政府が実施しようとするのであれば、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」のように、新規立法を行う手順を踏むべきです。報道等によると、新規立法を検討することは表明するものの、それまでの当面の間、刑法37条に定める緊急避難を理由とするようです。児童ポルノに関する自主的な取り組みは前例としてありますが、児童の人格に対する侵害と、著作権法に基づく財産権の侵害は、同列に扱うべきではありません。それを許せば、今後さらに拡大し得る前例となりかねません。

 そしてさらに言えば、政府が提出した法律が、全部スケジュール通りに、提出した内容通りに、成立すると思っているとしたら大間違いです。政府が「立法をするからそれまでは緊急避難で」などという表明をすること自体が、立法府たる国会の軽視も甚だしいと言わざるを得ず、その議席を預かるものとして、決して賛同できるものではないのです。

 なお、自民党の情報通信関係の議員数名に確認しましたが、今日の段階で「え、そんな話知らないよ?」という反応が大半でした(ある1名のみご存知でした。「おとといISPから聞いて知ったんだよね」との由)。もちろんごく限られたサンプリングの範囲にすぎませんが、今の政府は、残念ながら与党に対しても本当に軽く考えておられるのだなあと嘆息を禁じえません(ちなみに僕は報道とFacebookで知りました)。与党対策ひとつを取ってみてもロクにできていない中で、新規立法の前途はきっと多難だろうなあと想像します。そんな状況で「新規立法を前提に緊急避難」などという理屈は、通用しません。

 一応僕も与党の一員ですので、先に政府の担当の方とお話をし、僕の考えは伝えました。また、別の省の幹部の方にも懸念をお伝えしています。JILISの緊急提言は、何名かの議員の方々にも政府担当部署にも届けたり渡したり送ったりしました。ただ、本日19時時点で特段のリアクションもありませんので、本意ではありませんが、改めて意思を公にし、世論に対して政府の非を訴えたいと思います。

 願わくば、この小文が誰かの手によって然るべき方の目に留まり、然るべく対応されんことを。

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(2018.4.13 朝追記)

 以下は、ブロッキングに関し児童ポルノへの適用について法的な問題を整理した報告書です。著作権侵害に対する見解も記されています。ご参考まで。

安心ネットづくり促進協議会 児童ポルノ対策作業部会 2009年度法的問題検討サブワーキング 報告書

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2018.4.12

衆議院議員
自由民主党厚生労働部会長

橋本 岳


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