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2017年10月23日 (月)

今回の野党再編と選挙結果について、与党の人としての感想

 まずもって、僕は自民党の中の人ですから、引き続き与党の一員として選挙の際に申し上げたことの実現にまい進するものです。また安倍政権は百点満点ではないと選挙中に申し上げてきました。自民党の中で発言すべきことは発言し、正していくと思ったことは全力で行うつもりです。他の政党がどうなろうとも、そこは揺らぐものではありません。また今回の選挙結果は、一定の「直近の民意」を自公政権にお与え頂いたと受け止められるものであり、自信を持って国政に臨むことができます。一方で、小選挙区制の議席が多いため、民意の動き幅が増幅されて議席数に反映される仕組みである以上、議席数並みの圧倒的ご支持を頂いていると思ってはなりません。与党は、より謙虚に丁寧に国政運営にあたる必要があります。

 さらに言えば、今回の選挙結果は野党の戦略ミスにも助けられた面もあるのではないでしょうか。国会や選挙を通じて常に野党の方々と向き合っている身としては、反対側から見ていてもいろいろ思うことがあります。特に今回の解散では、希望の党の設立、民進党の解党、立憲民主党の結成等といったことが相次ぎ、野党側の再編の動きがクローズアップされました。その中で、政治上の立場やあり方など考えさせられることが多くあったのが事実です。その中で、余計なお世話とは思いますが、僕なりに考えたことを記しておきたいと思います。

1)結局、「解散の大義」って?

 9月17日の報道により、今回の衆議院解散が本当に動き出した感があります。その直後から、野党をはじめとして「解散の大義がない」というご批判がありました。もちろん、郵政解散のような政策ワンイシューの対立の末の選挙ではないので、国民の皆さまから「何で今やるの?」という素朴な疑問を持たれることは自然なことです。一方、野党の方々がその批判をするのは実に不思議なことで、「いやいや、あなたたちこそ普段から安倍政権を追い込むって言ってたよね?通常国会や都議選を通じて安倍総理にプレッシャーをかけ、解散を選択させたのだから、あなたたちが目指す政権奪取のチャンスじゃないの」という素朴な感想を抱かざるを得ません。

 そして「解散の大義」論は、9月25日の小池百合子都知事による「希望の党」発足表明、28日の民進党両議院総会における候補予定者の一括合流表明という事態の推移につれ、途端に言われなくなりました。要は、政権交代できる枠組みが出来たら、実はその実現が大義だという共通認識になったということです。

 そもそも、既に政権交代可能な選挙制度であり、その経験がある以上、野党が解散・総選挙で掲げるべき旗印は当然「政権交代」であるべきです。逆に言えば、当初の「解散の大義がない」という野党の方々の主張は、「僕たちまだ政権交代の準備ができてないの!」という悲鳴だったと理解しなければなりません。これは結構情けないことです。

 本当は、衆議院解散の際に「大義名分」を探さなければならないのは与党側なのです。野党候補者には「この選挙で政権交代を実現します!」という大義名分が常に存在するのですから。与党が、ただ今まで通りの政治を継続したいのであれば、それこそ解散せずに臨時国会を開くべきという話になります。自民党総裁である総理が解散を決意し実行する以上、与党候補者はその理由の説明をできなければ選挙で問うことがありません。そのため、安倍総理は消費税の使途変更という理由を掲げました。このことについて思うところはありますが、話が逸れるので稿を改めます。

 なお「解散権の制限」という議論が浮上しました。具体的な内容はよくわからないので中身の議論はしませんが、言うのならば解散後じゃなくて普段から議論しておくべきでしょう。じゃないとこれも「こんなタイミングで解散されたら僕たち不利だし!」という単なる悲鳴にしか聞こえません。

2)受け皿をつくるということ

 僕の選挙区の希望の党候補者であった柚木さんは、二連ポスターで「新しい受け皿をつくります」と宣言しておられます。また個人演説会にて、たとえ自分が不利であっても、政権交代可能な体制をつくりたいのだ!という趣旨のご発言を熱を込めてされているのをネットで拝見しました。その熱意には敬意を表したいと思いますし、受けて立つ僕らも負けないように緊張感を持たねばなりません(ただし、「相手候補はこういう風に私を批判しているようですが」と柚木さんが仰った内容は、僕自身は発言した覚えのないことなので、他人の発言を引用するなら正確にしてほしいなとも思ったのですが、まあ目を瞑ります)。

 ただ結局謎なのが、本来、民進党そのものが、民主党と維新の党からの合流により野党結集を図り、まさに反安倍の国民の意思の受け皿になることを企図されていた筈だったですし、選挙前は共産党も含めた野党共闘の話し合いもされていたようなのに、なぜそれを投げ捨ててしまったのかという点です。実際、僕の選挙区でも、共産党の平林さんが立候補しなければ、僕にとってより厳しい戦いになり、安倍政権批判の受け皿としての効果はより高まったものと思います。それを擲って、なぜ民進党の解党を自ら申し入れたのか。僕は未だに解せません(これを知りたさに柚木さんの個人演説会の動画をわざわざ見たのですが…)。このことを説明できないのであれば、自分の都合で民進党に期待をしていた人たちや仲間たちを見捨てたという理解をせざるを得ません。

 今回の野党再編の内幕は知る立場にはありませんが、少なくとも安倍総理の解散決意の報道からごく短期間で希望の党設立、民進党から希望の党への合流までの動きがありましたから、事前にそれなりの話が出来ていたのだろうと推測します。しかし細部のツメが甘かったのか、具体化しようとしたら途端にガタガタしてしまったという残念な展開をたどり、選挙の結果はむしろ「受け皿が二つに割れた」という正反対のものになってしまった。

 そもそも、手段と目的が逆になっているのではないでしょうか。小選挙区制になって久しく、既に政権交代可能な制度であり、数年前に実現もしているのです。国民皆そのことは忘れていません。その中で今野党に必要なのは「こういう日本を目指す」というビジョンであり、その具体化プロセスとしての政策パッケージでなのではないでしょうか。その実現は自公政権ではこういう理由で不可能だから、政権交代をしなければならないというストーリーが必要なのではないかと思うのです。

 「反安倍政権の受け皿」という体制づくりは、その手段の問題なのであって、ぶっちゃけて言えば野党がどんな構成なのであろうと国民生活には直接あまり影響がない中で、「新しい受け皿をつくります」というキャッチコピーは、たとえ柚木さんの熱情と覚悟が溢れるものであったとしても、安倍内閣や自公政権の継続を前提とした言葉であり、国民の方を向いていない言葉を選んでしまったような気が、個人的にはします。

3)じっくり積み重ねた政策で勝負すべきでは

 2009年の政権交代選挙の頃を振り返ってみると、その前数年にわたって、もちろん年金記録問題をはじめとする政権の批判もありましたが、同時に「こども手当て」「高速道路無償化」「農家個別所得補償」「後期高齢者医療保険制度・障害者自立支援法廃止」といった政策を民主党の方々は機会あるごとに訴えておられました。その内容の政策的当否は別にして、当時とても魅力的に聞こえ、国民に強烈に期待感を抱かせていたのは紛れもない事実です。

 今回、希望の党も政策を発表しましたが、まあ政党そのものが立党したてなので仕方はないのですが、生煮えの政策を急造で並べた感は否めません。また総合合算制度など、民進党で議論していた政策が横滑りしていものも見当たります。だから柚木さんは公開討論会において、総合合算制度を民進党で議論していたことを披露され、僕に「じゃなんで民進党やめちゃったんですか?」というツッコミを招くことになってしまいました。ちなみに総合合算制度については、様々な困難が重なってしまっている方に対する救済策として、マイナンバー等の利用を前提に検討に値する政策だと個人的には思います。財源さえあれば。

 だから実は、個人的には民進党の解党を僕は惜しんでいるのです。民主党が再び野党に転じて以降、過去の民主党のビジョンは否定されアイデンティティクライシスに陥っている中、自民党・公明党のものとも違う新しいビジョンや政策を作るために相当もがき苦しんでいるようにお見受けしていました。だから、とりあえず批判や問題追及しか存在感の示し方がなかった。しかし、そう遠くない将来に、さまざまな困難を乗り越え、じっくり党内で議論を重ねられた新たなビジョンや政策体系を再び構築され、その時には敢然と政権奪取に立ち上がってこられるだろうと思っていました。民進党内部にいると「そんなの無理!」と感じておられたのかもしれませんが、外からはそんなことはわかりません。国民の期待は、まだ民進党に対してそれなりにあったと僕は思います。そしてこのシナリオは自民・公明両党にとっても本当に手ごわいものとなったでしょう。

 それが、小池百合子都知事が希望の党設立を表明するやそこに飛びつき、肝心のビジョンや政策をできたてほやほやでガバナンスの在り方も怪しい希望の党に委ね、個人レベルでは政策協定書にサインを迫られ、一方で候補者選考や調整も急ごしらえでせざるを得なかった結果、無所属や立憲民主党と分裂状態になり食い合うという展開になってしまったのは、立場を離れて言えば、本当に残念としか言いようがありません。もちろん、前原代表には前原代表なりに現状を打破したい思いがあったのでしょうが、結果として今後、立憲民主党・枝野幸男代表が野党再編の核となるのであれば、先の民進党代表選挙はいったい何だったのかという気分にもなります。

 仮にこの展開を読み切っていたとすると、今回の選挙の結果は、これまで同様に官邸の勝負勘の鋭さの勝利なのかもしれませんね。

4)野党再編の軸は

 選挙前の野党再編においては、「保守」「リベラル」とは何かということが(「革新」という言葉は使われなくなったんだなあという感慨とともに)いろいろ考えさせられました。理念的な定義から具体的な定義まで考えられますし、また改憲/護憲という区別や、原発に対する考え方、消費税率に対する考え方、平和安全法制に対する立場など、各論におけるさまざまな立場も絡み合い、一概にコウダ!といえる軸はなかなか難しいものがあります。そしてその難しさが今回の結果を招いているようにも思います。

 ただ政界にはほぼ間違いのない大きな対立軸があります。使用者側団体(経団連など)と、労働者側団体(連合など)のどちらの支援を受けるかということです。この両者は対立的に行動することを宿命づけられているものなので決して交わりません。従って自民党と民主党/民進党は、震災復興や衆参ねじれ状況など特定状況のために連携することは議論がありましたが結局実現せず、ましてや合併したり恒常的に連立したりすることは、誰も考えません。

 「希望の党」設立に端を発する野党再編により最も混乱したのは連合ではないかと思います(とはいえ、話には加わっていたでしょうから、被害者とまでは言えないと思いますが)。しかし小池都知事の戦略ミスにより、連合は支援政党を決めることができず、候補者ごとの対応となったようです。このことは、連合そのもののガバナンスにも深刻な影響を与えるかもしれません。ここがどうなるか、今後を見る鍵になるのではないかと思います。

 とはいえ小選挙区制の下、野党が分裂し食い合うことは不利なのは明らかですから、連合が一つでまとまってさえいれば、いずれは再々編して大きな塊になるのでしょう。ただし、憲法改正など主要テーマで相互に必要性を認められれば、その前に与野党の枠組みが動いたり、そこまで行かなくても連携することはあり得るかもしれませんね。一度は選挙を戦っているので、何かを今の枠組みで成し遂げないと、さすがに再合流はしにくいという面もあるでしょう。

 特定支援団体のいない政党が政権に就くことは、紐帯という意味と運動主体という意味の両面から、無いとは言いませんがかなり困難ではないでしょうか(現在、一番近いのは維新の党かかもしれません)。「しがらみのない政治」というフレーズは、民主主義の下では「私のわがまま」という言葉と同義なのです。もちろんそれが支持されればよいのですが、透明性とか説明責任といったものとはかけ離れてしまい、結果「私がAI」といった謎の発言になってしまいます。そのような言葉に惑わされることなく、落ち着いて今後を注視すべきでしょう。

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