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2017年8月 7日 (月)

厚生労働副大臣退任にあたり

 昨年8月5日、第三次安倍内閣第二次改造内閣において、厚生労働副大臣に任命されました。それから約一年が経過し、3日には内閣改造が行われ、塩崎恭久大臣から加藤勝信大臣に交代となりました。副大臣および大臣政務官については、7日午前の閣議において後任が決定し、僕は退任となりました。なんとか無事に務め終えることができ、いささかホッとしています。ここで、厚生労働副大臣の一年を振り返ってみます。なお、肩書は全て当時のものです。

(過去の「振り返り」シリーズはこちら;
厚生労働大臣政務官退任にあたり
外交部会長を振り返って

◆そもそも副大臣って?
 
 個々の政策に入る前に、副大臣という役職について触れておきます。中央省庁には、大臣、副大臣、大臣政務官という役職(「政務三役」と総称されます)が置かれ、基本的には国会議員が就任します(民間登用の場合もあります)。これは、議会制民主主義制下において、行政に対して政治がコントロールを効かせることが目的です。

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 政務三役のうち、当然、大臣が最終責任者です。その下で、副大臣、大臣政務官が政策分野を分担して補佐するという形になります。ちなみに、僕の厚生労働副大臣としての担務は「労働雇用、福祉援護、年金」でした。(そして古屋範子副大臣は「医療介護、健康衛生、子供子育て支援」でした)。国会答弁や省内での決裁などは、原則的にはこの担務に沿って分担して行うことになります。

 一方、副大臣は大臣と同様に認証官(皇居で認証式が行われる)ですが、大臣政務官は内閣総理大臣に任命されるのみです。ですので対外的には副大臣は大臣並びの扱いとなる場合があります。例えば、式典等に大臣が出席できずに代理する場合は、副大臣は副大臣として挨拶しますが、大臣政務官は大臣挨拶を代理読み上げという恰好になります。企業組織でいうと、大臣をラインの部長にたとえると、副大臣が担当部長、大臣政務官は部長補佐、みたいな感じでしょうか。

 とはいえ、大臣が最高責任者には違いがありません。厚生労働省はカバーする行政分野が広範にわたるため大臣の負担が大きく、国会での質疑も大臣に集中しすぎる傾向もあります。ボスとしてお仕えした塩崎恭久大臣はとても勉強熱心で、かなり細かい点まで自分で詰めて対応しておられ、横で見ていて僕も大変勉強になりました。ただ「大臣しか答弁を認めない」という議員の方が野党におられますが、正直、あまり建設的な意図があるようには思えません。一方で細かい技術的な質疑は政府参考人(局長など)に振った方が詳しい答弁が出来たりするのも現実なので、副大臣や大臣政務官がどう国会答弁において役割分担するかは、結局ケースバイケースになっているような気もします。

 ただ、僕に答弁をあてていただいたときは、役所が書いてきた答弁案をそのまま読み上げるのではなく、できるだけ自分の言葉で答弁するようには努めました。事前レクの段階で答弁案を差し戻して変更させたり、赤入れして直したりもしました。せっかく答弁させていただくのですから、自分なりの付加価値をつけなければ意味はありません。集計によると280回の答弁機会があったようです。たぶん副大臣としては答弁は多い方だったのではないでしょうか。

◆歴史的な「働き方改革」

 今回の内閣では、「働き方改革」が最大のチャレンジと位置付けられていました。その前の内閣で「一億総活躍プラン」をまとめ、その中で長時間労働の是正や正規社員・非正規社員の待遇差を是正するための同一労働同一賃金の実現が課題とされたことを受けたものです。安倍総理を議長とする「働き方改革実行会議」では、内閣官房が事務局を務めましたが、厚生労働省も兼務等で実務を担当していました。また働き方改革実行会議には、オブザーバとして参加して、議論の流れをほぼ毎回伺うことができました。

 今回の最大の成果は、労働基準法70年、前身の工場法から100年の歴史の中で、はじめて長時間残業に対して罰則付きの規定を法律に設けることに、政労使が一致したことだと考えます。もちろん、上限が長すぎる等の批判があることは承知していますが、それでも、事実上青天井に近い現状に比べればずっと大きな進歩です。これまで労働政策審議会で議論しつつもずっと合意が出来ずにいたものが、電通過労死自殺事件などによる世論の後押しも受けつつ、安倍総理が会議の議長としてコンセンサスを求め、「もしコンセンサス(全会一致)にならければ法案は提出しない」とまで言明して背水の陣を敷いたことが決め手になりました。この総理のリーダーシップ発揮の瞬間を現場で目撃することができたことは、政治家冥利に尽きる出来事でした。

 また、同一労働同一賃金、病気治療と仕事の両立や、女性活躍、テレワーク推進などさまざまな重要な課題について、働き方改革実行計画において方向性が示されました。正直、自民党政権において、ここまで労働政策が脚光を浴びるタイミングはあまり多くないように思いますが、そのタイミングで担当者として在職できたことは、恵まれたことだったと思います。

 なお一般的に、いくつかの業種を除き、中小企業・零細事業者も、働き方改革の各種規制等の適用対象となります。しかし各業種における取引慣行等も含め、大企業のツケがそうした企業に押しつけられるのではないかといった懸念が自民党内からありました。それを受け、厚生労働省と中小企業庁が共同で「中小企業・小規模事業者の働き方改革・人手不足対応に関する検討会」を設けて検討を進めることとなりました。今後、都道府県レベルでの取り組みを検討し具体化する方針です。

 また、以前から国会に提出されていた労働基準法改正案に含まれる「高度プロフェッショナル制度」に関し、連合から政府に対して要望をお預かりしましたが、後に撤回されるということがありました。これはいささか残念なことでした。まさに、「働いた時間に単純比例して売り上げや利益が上がる」時代にできた労働基準法(ないしは工場法)の時間給制の概念は、コンサルタントや為替ディーラーといった職種にそのまま当てはめ続けても、必ずしも適切ではない場合があります。例えば、短時間で大きな成果を上げる人よりも、長時間勤務しつつもなかなか成果が上がらない人の方が月給が高くなるのは、誰にとっても不合理です。また、長時間労働を削減する方向に社会が向かおうとしている中で、残業代制度がむしろ労働者にとって残業をするインセンティブとして働いている場合もありうることに対し、労働者側も使用者側も真剣に向き合うべき時期ではないかと、個人的には思います。他方、仮にこの制度を安易に労働者を自己責任で時間無制限に働かせる制度だと使用者側が捉えるようであれば、厳しいチェックも必要だろうとも思います。

 働き方改革に関する法案は現在準備中であり、国会での本格的な審議は秋の次期臨時国会になるものと思われます。日本の将来がかかった課題です。建設的な議論が交わされることを期待します。

◆年金制度改革

 昨年秋の臨時国会では、年金制度改革について議論が集中しました。受給資格期間の短縮と、賃金スライドの徹底の二本柱が主な内容です(その他にもGPIF改革など、さまざまな内容が含まれていますが)。

 年金制度は、平成16年の小泉政権時代の改正により、保険料率の上限設定、基礎年金国庫負担割合の引き上げ、マクロ経済スライドの導入など現行制度の骨格が導入されました。ただその後、リーマンショックや東日本大震災等の想定不能の出来事が発生したため十分に機能しなかったため、そうした点を見直したというのが趣旨です。

(詳細はこちらの記事がわかりやすくまとまっています。
年金制度にまつわる数々の誤解と今後必要な制度改革案(1)
年金制度にまつわる数々の誤解と今後必要な制度改革案(2)ー基礎年金の税財源化・積立方式という幻想 )


 残念ながら一部野党議員が「年金カット法案」という、木を見て森を見ないレッテルを張り議論を呼びましたが、衆参両院の厚生労働委員会等で丁寧に議論を重ね、どうにか成立にこぎつけることができました。審議中は、早朝から登庁して答弁レクを受け、長時間の審議に緊張感を持って対応し、毎日クタクタになりましたが、とても勉強にもなりました。

 また年金の仕組みは長期間にわたるものであり複雑多岐にわたります。粘り強く状態を国民にお知らせし続ける取り組みの必要性も痛感しました。地元などでは「これだけ年金制度は改正ばかり、カットばかりしているのだから、将来は年金制度はなくなるのではないか?」といった質問をしばしば受けます。お返事は「経済情勢等に応じて制度改正および額改定をしているからこそ、将来まで年金制度は持続するのです」となります。ただ、こういう質問をしたくなる気持ちは、おそらく多くの方が共有されていることであり、きちんと受け止めなければなりません。息の長い課題です。

 また質疑において貧困の問題にも議論が及びましたが、これについては生活保護制度および生活困窮者自立支援制度の見直しにおける議論に加え、塩崎大臣のイニシアティブにより新たに「新たな支えあい・分かち合いの仕組みの構築に向けた研究会」を設置し、政策テーマとして議論を続けることとしています。

◆津久井やまゆり園事件と精神保健福祉法改正案審議

 厚生労働副大臣に就任する直前、障害者施設である津久井やまゆり園で入所者など19名が殺害され、26名が傷害を受ける事件が発生しました。その事件の重大さ、痛ましさとともに、現被告が衆議院議長に宛てて書いたとされる手紙の内容が大きな波紋を呼びました。事件の一報に接し、個人的にもショックを受けたことをよく覚えています。

 障害の有無にかかわらず、人の命の重さは同じです。そうであるからこそ福祉行政というものがあるのです。手紙に書いてあった言葉は、そうした理念を真向から否定し、傷つけるものであり、決して容認することはできません。この点については塩崎大臣も僕も、累次にわたり答弁を繰り返しており、些かもぶれるものではありません。ちょっと感情的になってしまった一幕もありましたが…。

 また、その事件の検証において、自傷他害の恐れがあると認められて措置入院となった人に対して、退院後に必要であろう就労や各種相談等の支援に十分に繋げることができていない現状が明らかになりました。このことは、社会的孤立を招き、場合によっては犯罪を含むさまざまな不幸な行動にも繋がり兼ねないものと考えられます。そこで、措置入院退院後の支援計画を自治体が作り、必要な支援につなげるための法改正を行うこととし、その他の課題への対応と合わせて今年の通常国会に精神保健福祉法改正案を提出しました。参議院先議となりましたが、事前説明用資料に不適当な部分があり訂正を行うこととなるなど審議を混乱させてしまい、残念ながら成立させることができず、継続審議となりました。

 この審議においても、相当議論を重ねて対応を行うこととなりました。紆余曲折はありましたが、多岐にわたる質疑をいただいたため、むしろ論点は相当整理されたものと思います。次期臨時国会での成立を期待しています。

 なお、担当した法案には他に外国人技能実習法案、雇用保険法等改正案がありましたが、いずれも順調に質疑をいただいて成立させることができました。また、大臣政務官時代に言い出して取りまとめた「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」が、後に塩崎大臣の下で「我がごと・丸ごと地域共生社会」づくりとして発展され、そのひとつの成果として社会福祉法や介護保険法の改正に繋がったことも、個人的にはうれしいことでした。

◆厚生労働省働き方改革・業務改革加速化チーム

 厚生労働省は、働き方改革の旗振り役ですが、一方でかなり残業が多いという紺屋の白袴状態でもありました。そうした中、大臣特命による若手チーム「厚生労働ジョカツ部」が活動していましたが、その提言を踏まえて働き方改革を推進する「厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム」が今年一月に設置され、塩崎大臣よりチームリーダーを命じられました。メンバーとともに鋭意議論を重ね、六月に「中間とりまとめ」を公表しました。


 過去の業務改善の過去の取り組みをレビューした上で、ただのコスト・残業削減ではなく、生産性向上を図ることを主眼において具体策を取りまとめました。実際に、厚生労働次官以下幹部に対して生産性向上とは、というお話をするところからすでに取り組んでいます(その時に使用した自作スライドを参考に掲載します)。また、7月28日に環境省や記者クラブの皆さんにもご協力いただいて、中央合同庁舎五号館の一斉消灯を行いました。あくまでも象徴的なイベントにすぎませんが、毎晩煌々と明かりがついているビルが本当に真っ暗になっている姿は、個人的には思い出に残る光景した。もちろん、電気を消すことが目的なわけではなく、職員の皆さんがその時間を豊かに過ごしておられたことを願っているわけですが。

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 ただし、まだまだ絵に描いた餅の部分が多く、具体化はこれからです。引き続き中間とりまとめに基づく取り組みが進み、厚生労働省がより働きやすい職場になるよう願ってやみません。また、しばしば、霞が関の長時間残業は国会対応のためと言われ、たしかにその面は大きいのですが、一方で国会対応は行政の義務であり、安易
にこれを削減するよう国会に求めることは慎重に考えなければならず、少なくともまず行政側で可能な努力を行ってからにしなければならない考えました。そのため中間とりまとめでは、答弁作成等に対して「見える化」の取り組みを試行しましたが、国会や国会議員に対して要望等を行うことは控えています。しかし当然ながら、質問通告は早期にしていただいた方が余計な残業はせずに済みますし、より効率的かつ意味のある答弁を行うことができます。今後、そうした検討も継続し、必要に応じて衆議院・参議院に対して要望を行うような取り組みに発展させてほしいなと願っています。

 なお、この中間とりまとめにあたり樽見英樹官房長、宮川晃総括審議官はじめメンバー各位に多大なご協力をいただきました。また事務局を務めた飯田剛調査官、吉田啓企画調整専門官には、数々のムチャ振りに対してとても精力的に取り組み、ひとつひとつ実現・具体化していただきました。心から感謝申し上げます。

 また厚生労働省ジョカツ部の呼びかけに応じ、僕もイクボス宣言を行いました。またこれを副大臣会議で呼びかけたところ、多くの各省副大臣が応じてくださり、イクボス宣言を行っていただきました。それも含め、「日本総イクボス宣言動画」にまとめられています。かなり手作り感溢れる6分弱の動画です。ぜひご覧ください。ジョカツ部の活動も、新大臣の下でも継続されることを願っています。

◆受動喫煙防止対策

 先の通常国会で、提出予定でありながら提出できなかったのが、受動喫煙対策にかかる健康増進法改正案でした。学校・オフィス・店舗など多くの人が出入りする場について原則屋内禁煙とすること等を厚生労働省の基本的な考え方としていましたが、自民党との調整がつかず最終的には塩崎厚労相と茂木党政調会長の直接会談まで行われましたが、最終的に提出に至りませんでした。もちろん次の臨時国会に向けて厚生労働省としては引き続きトライすることとなります。

 僕も、本来は所管ではありませんでしたが、自民党内との調整に途中から加わることになりました。多くの方のお話を伺う中で感じたことは、受動喫煙防止対策そのものには賛意を示す方はそれなりに多数でありほぼコンセンサスだったと言っても良いのですが、一方で「臭いから嫌い」「がんや心臓疾患等の原因になる」「歩きたばこは子供に危険」「ポイ捨てに繋がる」「喫煙スペースや学校等の敷地外で多くの人が集まって喫煙する姿が見苦しい」等々、規制すべきとする理由が人によって千差万別であり、身近な存在過ぎてこれほど議論が拡散しやすいテーマはないくらいの問題でもあったということです。その点をかみ合わせることができず、議論が収束しなかったように感じています。

 個人的には、現実にタバコの煙により息苦しくなる、喘息等の発作が起きる方の存在をどう考えるかが、最大のポイントだと考えています。その方々は、今の社会で生活するためにタバコの煙がある場所をはじめから避けて生活されているため、問題としてなかなか表面化しません。しかし、ちょっと立ち止まって考えれば、あくまでも個人の嗜好にすぎない喫煙の権利と、不本意な健康上の理由によりタバコの煙が吸えない人の行動や就労の自由の権利を同列に並べて論じることはおかしなことです。喫煙の権利の方が優先されがちな現実こそ正すべきではないでしょうか。また、喫煙者がマナーとして気を付ければよいという意見もありますが、本人のプライバシーとして本来デリケートに扱わなければならない喘息持ちであることを、当事者が言って歩かなければ回りの喫煙者が気づくはずもないわけで、全く現実的ではありません。要は、受動喫煙防止対策は、喘息など内部疾患患者のノーマライゼーションの問題として社会の在り方を考えなければならないということです。

 ある喫煙者の先輩議員が「岳ちゃんさ、夕方仕事が済んで、飲み屋で一杯飲みながらタバコを吸う、ほっと一息する自由を奪うのかい?」と丁寧にお話くださいました。しかしながら、自分の自由にならない健康上の理由によりそんなひと時がはじめから存在しない人もいるし、その人にとってそんな自由は全くの空論にすぎないということに、私たちはもう少し目を向けなけるべきだと思います。また、店先に表示すれば、タバコの煙が吸えない方が店に入ってくることがないからいいというご意見もありますが、例えば車いすの人に対して、段差があることを店先に表示してるのだから店に来るな、と言っているのと同じことだということに、今少し敏感になるべきです。

 東京オリンピックがひとつのきっかけとして今回の議論が始まっていますし、国際的に日本がどのように評価されるかということにも関わっていますが、それにとどまることなく本質的な議論が今後さらに続けられることを願っています。

 なお、今回の経緯上、塩崎恭久大臣を悪者扱いする向きがあります。しかし最終的には折り合いませんでしたが妥協も探っていましたし、決して頑固一辺倒ではありませんでした。同時に、各方面からさまざまに説得をされつつも、ある一線以上は「哲学、理念の問題」として全くブレずに譲らなかったことは、評価が分かれるかもしれませんが、僕は政治家として一つの思いを貫く立派な姿勢だったと感じています。むしろこのような結果となり、補佐役の力不足につきいささか忸怩たる思いでおります。

◆出張・視察など

 副大臣として二度の海外出張をしました。インドネシアのジャカルタで行われた第5回ASEAN+3社会福祉大臣会合では、人生二度目(一度目は会社勤めの時代にAPNICの会合にて)の英語でのプレゼンを行いました。汗をかきかき読み上げたツタナイ英語でしたが、途中で拍手をいただいて、ちゃんと理解していただいているんだと思ってホッとしました。また今年6月には、スイスのジュネーブで行われた第106回ILO(国際労働機構)総会に出席し、日本の気候変動や「働き方改革」等の取り組みについて政府を代表して演説を行いました(ただし日本語で)。政労使の三者構成により熱心に討議されている委員会の様子もしっかり拝見してきました。

 就任早々、岩手県および北海道で豪雨災害があり、岩手県岩泉市でグループホームが水害に遭い入所者が亡くなる事故がありました。弔問および現場状況把握のため、僕も現地に赴きました。しかし厚生労働省も長靴を用意していなかったのは後で反省点となりました。実は現地に住んでいる友人から、長靴を用意すべしというアドバイスはあったのですが、役所側は「不要です」と言い張るのでそのまま行ったらまだ水や泥ががじゃぶじゃぶ道を流れている状況でした。必ずしも役所の言うことが正しいとは限らず、自分で判断することも大事ということを学んだ次第です。なお、今年の福岡県・大分県での災害では、馬場大臣政務官の視察の際にはちゃんと用意されました。

 一般の方や障害者の方の職業訓練や就労支援、施設建設やトンネル建設工事現場、そして福島第一原子力発電所の廃炉作業のにおける労働者の安全衛生の確保、ハローワークや労働局、麻薬取締部など、各地の現場の視察にも足を運びました。さまざまな現場で多くの方がご努力をいただいて、生活する方や働く方の安全衛生など、厚生労働行政が円滑に進んでいることを痛感しました。また、千鳥ヶ淵墓苑にて開催される、戦没者のご遺骨の帰還の式典も何度も主催者として出席させていただき、平和の尊さに思いを深めました。

 BSフジ「プライムニュース」には、年金改革、働き方改革、受動喫煙防止対策、労働力需給のひっ迫といったテーマで出演する機会をたびたび頂戴しました。厚生労働行政の理解に多少なりとも繋がれば幸いです。

◆改めて振り返って

 国会において労働行政はむしろ野党のお家芸で、自民党内では必ずしも日のあたる分野ではなかったように思います(熱心に取り組んでおられる議員はおられます)。しかし「働き方改革」の動きの中で、俄然脚光を浴びる機会に労働行政担当の副大臣を務めることとなったのは、改めて幸運だったと思っています。

 また、大臣政務官時代に医療介護等の分野を担当し、障害者等の社会福祉は二度とも担当していたため、医療・介護・福祉・年金と労働・雇用の問題の連携に最も意を注いだような気がします。厚生省と労働省が合併してそれなりの年月が経っていますが、まだ時折連携が十分でなく「だって、『厚生』『労働』省、なんでしょ?」と注意する場面が幾度もありました。治療や介護・子育てと労働の両立、障害者や難病の方の就労支援などの分野は、まだまだ取り組みが十分とは言えません。おりしも、地元倉敷市にて、障害者就労支援施設が経営悪化のため障害者の方を大量解雇するという出来事が最近発生し、倉敷市の福祉部局と岡山労働局やハローワーク等が連携して対応に追われる事態も先日発生しました。厚生労働省分離の議論も以前はありましたが、個人的には「もっともっとくっつけ」と思います。厚生労働省は、いわばほぼ機能的には「国民生活省」とでも呼ぶべき状態であり、より一体化すべきです。

 また労働人口減少の局面が長引き、好景気もあって人手不足感が強いからこそ、「働き方改革」のチャンスなわけです。一方で、ハローワークをはじめとする職業安定行政は、もちろん景気の波への対応が必要ですからその存在意義は依然として強いものの、しかし失業対策の面も強く、意識転換が迫られているようにも感じます。職業能力開発にういて「ハロートレーニング」という名称も決まりましたし(残念ながらまだあまり普及定着していませんが…)、おりしも次の安倍政権の課題として「人づくり革命」担当大臣がおかれたことに、厚生労働省も向き合うべきだろうと思います。

 なお労働行政は政労使の三者構成が原則のため、連合をはじめとする労働組合の方々と接する様々な機会をいただきましたし、議論もさせていただきました。働く方々を守るという立場において、共感をするところも数多くありました。今後もコミュニケーションを続けさせていただければありがたいことです。

◆謝辞

 厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム中間とりまとめで記載した通り、他の主要省庁と比較して、厚生労働省は職員一人当たりの答弁数や委員会開会時間等は最長です。また、地方の出先機関においても、様々に重要な役割を果たしていただいています。国民の生活に直結する仕事を日々果たしていただいている厚労省職員の皆さまの働きには日々敬意を表さなければなりませんし、たくさん支えていただいておおむね無事に一年を過ごすことができました。皆さんに心から感謝申し上げますし、これからもそれぞれにご活躍を期待しています。

 塩崎恭久大臣には大臣政務官に続いて二度目のお仕えとなりましたが、深くご信頼をいただきポイントポイントで使っていただきました。必ずしもご期待に応えきれたとは思いませんが、誠にありがたいことです。また、古屋範子副大臣、堀内詔子、馬場成志大臣政務官にも様々ご協力をいただきました。ありがとうございました。

 副大臣在任中、副大臣室の鈴井秘書官、小川主任秘書、藤澤さん、運転手の田中さんには、日々あれこれとお世話をいただき、快適に副大臣生活を過ごすことができました。誠にありがとうございました。特に鈴井秘書官には毎日お昼に付き合ってもらってあれこれ楽しくおしゃべりや愚痴を、、もとい率直に意見交換してもらって、密接に連携できてよかったと思っています。

 そして、こうして厚生労働副大臣としての務めを全うできたのは、何よりも国会に送っていただいている地元倉敷・早島の皆さまのおかげです。在京番などのために地元に帰る機会はどうしても少なくなってしまいましたが、快くお励ましいただきました。深く感謝申し上げます。地域と国政の橋渡し役として努力いたしましたが、これは引き続き努めなければなりません。

 二度にわたり、のべ750日以上厚生労働省に勤めました。おかげで厚生労働行政について相当専門的に勉強することができました。このことは、今後の政治家としての人生にも大きなプラスになるものと信じています。今後どのような役をいただけるかわかりませんが、経験を生かして全力を尽くす所存です。今後とも、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

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