バッジを外して
さきほどの衆議院本会議にて、衆議院は解散しました。13時に本会議が開会すると、同時に河村官房長官が黒いお盆に紫の袱紗に包まれた詔書を持参して登場。事務総長が詔書を取り出して河野洋平議長に手渡す。「内閣総理大臣から解散の詔書が発せられました。これより朗読します」。全議員起立してこれを聞く。「憲法第七条に基づき、衆議院を解散する」。と、後ろの方から万歳の声がかかり、そのまま全議員で「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」と三唱。そのまま議長は無言で一礼して議長席を降り、我々も議席を後にします(解散時の万歳の意味はよくわかりませんが、個人的には「日本国バンザーイ!」だと思って声をあげました)。
議場を出るまでの間、同僚議員と再会を誓い握手を交わしながら、胸にジーンとこみ上げてくるものを感じ、また涙がこぼれそうになりました。いろんな感情が渦巻きます。とにもかくにも四年間、比例復活の仮免許とはいえ衆議院議員として初めての任期を全力で務めおえることができた達成感、お支えいただいた皆さまや苦労をかけている家族への感謝、今後の厳しい選挙戦への覚悟、そうしたものが混ざって出てきたのではないかと思います。さまざまな仕事に取り組み(具体的には橋本岳Webサイトをご覧ください)、また自民党総裁選でも自らの意志を貫き石破茂候補を担いで主体的に戦い、一期生にしては実に充実した時間を議員として過ごせました。四年間、本当にお世話になりました。全ての方に感謝申し上げます。
そして、いざ勝負、出陣の時です。先週ややガタガタしていた党内も、午前中の両院議員懇談会(後で議事メモをアップします)でのやりとりや、代議士会での中川秀直議員の発言と総理との握手、そして本会議後の決起大会での鹿児島出身尾辻秀久参議院会長の「チェストー!!」の檄により、結束は固まりました。党の公認証書をいただき、議員バッジも外し、橋本岳は、今は一人の「立候補予定者」です。
経済危機や長寿社会を迎える今、また社会保障のほころびや北朝鮮など安全保障のリスクも静かに高まる中で、日本には回り道をする余裕などありません。その中で、誰とまたどの政党と倉敷・早島、そして日本の将来を一緒に作り上げていくのかを選んでいただくのが、来るべき総選挙です。ひとつひとつの政策だけではなく、総合力と将来性が問われなければなりません。私橋本岳は、石にかじりついてでも、這いつくばってでも「35歳の挑戦」をやり貫き、有権者の皆さまのご信任を得て当選させていただけるよう、全力を尽くすことを誓います。事務所開きもしました。家族やスタッフ、そしてご支援いただく皆さまとともに、その先頭に立って戦い抜きます。
深い感謝を重ねて申し上げるとともに、何卒、今までより一層のお心とご支援を賜りますよう、心からお願いを申しあげます。
(写真:議員バッジ。このバッジにも四年間、お世話になりました)
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コメント
★☆★本日13時の少し前、橋本岳さんが本会議場へお入りになるところをテレビ中継で拝見することができました。普段テレビ番組をほとんど見ない私ですので、とても貴重な瞬間だと思いました。。【解散時の万歳の意味】私も分らないのですが、それ以上に分らないのが、橋本岳さんの襟元からはずされた議員バッジ。。。何ではずすんですか?すぐまた議員バッジをつけるんだからはずさんといて、お願い!お風呂に入る時もご飯を食べる時も付けっぱなしにしていてちょうだい!!『橋本岳さんが不在の自由民主党なんて応援してやんないから!!!』。・゚゚(≧д≦)゚゚・。★☆★☆★
投稿: ☆天然石ネックレス☆ | 2009年7月21日 (火) 20時18分
おつかれさまでした!
そして頑張ってください。
私のように別の地区からも入れられる形態での立候補でいらっしゃるといいな!(←政治制度についてのまったく無知なのですが)と心から応援しています。
政治家の方々は、やっとお休み(?)といっても心休まる時がないのですね。
テレビニュースでみなさまがバンザイされているのを拝見して、
「とはいっても、夏休みじゃないのだし、おつかれさまはお疲れさまなのだけれど・・・たぶんちょっと違うのだろうなぁ。」
と思ってみていました。
お疲れ過ぎませんように。お体大切に頑張ってくださいませ(>▽<)!!!
投稿: 僻地の産科医 | 2009年7月22日 (水) 00時18分
おはようございます。
稲葉 誠と申します。
私は、お父上と同じ、剣道部を44年に卒業したものです。
今朝、イシス編集学校のメールを拝見し、典離を知りました。退院ではなかったのですね。
私も、20守の師範代を勤めあげたばかりです。
以前まで、倉敷に三越がございましたが、
残念ながら閉店となりました。
私はその三越にこの6月まで在籍し、卒業いたし
ました。良く、倉敷を訪ねたものでした。
選挙区は違うようですが、岡山の林原さんとは
大親友ですのもご縁がありますね。
また、亡くなった父が出雲崎の良寛堂のすぐ横
の出身なものですから、玉島の円通寺を訪ねた
こともあります。
とにかく、逆風ですが、
これが政治を強くし、ご自身を大きく成長させる絶好の機会と思われます。
武蔵の「我、事において後悔せず」の心境で
臨んでください。
ありがとうございます。
投稿: 稲葉 誠 | 2009年7月22日 (水) 05時49分
まずは…この四年間色々とありましたが、皆さんの為に頑張って頂きまして本当に有り難う御座います。心より深く感謝します。今回はこれで『橋本岳プロデュース、"組曲第一章"』が無事終了しました。これから"第二章"に向かう訳ですが、指揮者としてこの四十日と言う時間は、曲の確認や演奏者とのやり取りで大変だと思います。ここでしっかり行わないと"第二章"は不完全な作品になってしまいます。"第一章"を見て聴いたお客様に心に残る作品であれば必ず"第二章"も聴きたいと思うはずです。この期間、タクト(指揮棒)を持たずにいても指揮者は指揮者です。お客様に"第二章"も聴いて頂く為にも是非頑張って下さい。(^^)
投稿: バスクルー | 2009年7月22日 (水) 14時52分