« 秋の深まり・ゆかりたんジャンパー | トップページ | 港湾の会合・チェス・昨日のお返事 »

2008年10月30日 (木)

東京都における妊婦死亡例について

先の「まな板の上の鯉…」エントリにおいて、標記の事例について感想を述べたところ、「崩壊を眺めるもの」さまからコメントを頂きました。ありがとうございました。

正直、私が書いた内容について若干の誤解があるのかなと思いましたが、その原因は言葉足らずであいまいなの私の文章の方にありますので、改めてきちんと私の知っている状況および感想の意図等を記し、さらにご指導をいただく材料としたく存じます。誤りや認識不足があれば、ぜひご指摘をお願いします。

なお、わざわざこれをブログで行う意図は、医療崩壊という問題に関心がある人もない人も、できるだけ多くの方に「現実」を知っていただきたいという願いによるものです。医師の先生方のブログ等私もいくつかは存じていますが、政治家のブログにこういうことが書いてあることも悪いことではないでしょう。もちろん私も「もっとお勉強」すべきと存じますが、私だけが勉強しても医療崩壊は止まりません。意をお汲み取りいただければ幸いです。

以下に記す内容は、新聞やweb等で見た報道記事(ただしうろ覚え)、および10月28日の自民党医療委員会での厚労省による説明および資料、同僚議員や医師の方との意見交換、および若干の自己知識に基づきます。とはいえ文責は全て橋本にあります。

○事例の概略

10月4日(土)、江東区の産婦人科が、そこにかかっていた患者の転院について、19時頃から都立墨東病院を含む8医療機関に連絡をしたが受け入れる病院がなく、20時頃再度墨東病院に要請し受け入れ、搬送された。母親は脳出血と診断され帝王切開により胎児は無事娩出されたが、母親は脳外科手術を受けたたものの、7日(火)に他界された。直接死因は脳出血。

○都立墨東病院の対応―何が起き、とう対応したか

19時頃 江東区の地元産婦人科医師が、母体搬送の受け入れ可否について墨東病院に問い合わせ。当時、墨東病院産科の当直は研修医1名。情報システムを確認し、慈恵医大病院、日赤医療センター、慶應義塾大学病院が「受け入れ可」と表示されていることを確認し、土日は受け入れていない旨回答した上で、三つの病院名を伝えた。

地元医師は、三つの病院に電話で依頼したところ、いずれも受け入れを断られた。さらに順天堂大医院、慈恵医大付属青戸病院、日大付属板橋病院、東大病院にも依頼したが、全て受け入れを断られる。

19:45 再度、地元医師より墨東病院に母体搬送依頼。当直医は、他病院の受け入れ困難な状況、患者の下痢・嘔吐・頭痛等の症状の増悪という状況を聞き、バックアップの産科部長に緊急登院を要請。

20:00頃 地元医師へ、母体搬送受け入れ可能と連絡。

20:18 救急車で墨東病院到着。救急車内で意識レベル低下が見られた。

20:30 脳卒中が疑われたため、脳外科当直医が対応。CTにより脳出血を確認。

21:41 児の救命のため、ご家族の同意を得た上で、帝王切開により児娩出。

22:24 頭部の血腫除去手術を開始。

翌10月5日 01:28 頭部手術を終了。

10月7日 20:31 死亡確認(直接死因 脳出血)

○なぜ、他の病院は受け入れられなかったのか。

医療委員会の際に厚労省から紹介された理由は以下。(報道ベースでは他病院の理由もあったと思いますが、いま確認できないため、私のメモにある範囲のみ書いています)

・慶應:下痢、嘔吐が主訴のため感染症を疑う。産科個室の空きがなかったため受け入れず。
・日赤:システム上は「受け入れ可」表示だったが、18時過ぎに急患が入って実際は受け入れ不可能になっていた。19時時点ではシステムにそれが入力されていなかった。
・順天堂:もともと満床で受け入れ不可。医師二名は患者対応中。

なお、厚労省のヒアリングでは、今回の例について「症状が非定型的だった」「進行が早かった」という意見があった。

また、情報システムへの「受け入れ可否」等の入力頻度は、一日二回程度となっていた。

○墨東病院の状況について

墨東病院産科は6月末に1名の研修医が退職。研修医含め常勤6名(非常勤9名)体制。7月1日から土日当直は一名体制となり、毎日の二名当直体制の維持が困難となった。近隣産科医会や都内の他周産期センターに説明・協力依頼、周知の上、救急受け入れを制限していた。

厚労省の指針では、総合周産期母子医療センターでは、「24時間体制で産科を担当する複数の医師が勤務していること」となっており、実質的にそれを下回っていた。内部では看板を下ろすべきという議論もあったが、そのままとなっていた。

ここからは橋本の想像。6月30日以前でも、常勤医師7名で毎晩2人が当直するようにすると、昼間勤務した上で、3日~4日に1晩当直となる。入院患者の見守りをするだけならともかく(それでも酷だが)、救急を受け入れて手術等に対応するとなると、きわめて過酷な勤務体制だと思われる。労働基準法的には残業扱いにすべきで上限を超えるだろう。本来は三交代制等にすべきだが、到底それだけの数の医師は確保できないのも現実。

本件で必要とされたリソースについて、「県医師会の先生方との懇談」エントリで橋本の想像で書いていたが、「崩壊を眺めるもの」さまのコメントで具体的に示していただいた。再掲する。

今回の件ではたして何人の医師が必要だったか? というと、 産婦人科医2名
脳外科医1~2名
新生児を専門に診る小児科医1名
NICU(新生児集中治療室)付の看護師4~5名
手術室付看護師4~5名
以上が必要な医師および看護師の数です。


○橋本の感想

都立墨東病院の現場対応は、(「まな板の上の鯉…」エントリにもそう書いていますが)私には悪い対応をしたとは思えませんでした。ファインプレーといえるかは、私の知識の無さからなんともいえませんが、コメントで書かれたとおりかも知れません(同僚の医師議員も「適切な判断」と評価していました)。また、ご遺族の会見にて、家族三人で最後の別れの時間が持てたことへの感謝の言葉がありました。これは墨東病院の本当にファインプレーだと個人的には思います。

ただ、一般的に情報システムの更新頻度が1日に2回というのは、改善できないかと思います。できるだけリアルタイムに近くないとあまり意味がないのではないか。また、あくまでも素人の感想ですが、下痢と嘔吐と頭痛で個室が必要だから受け入れられないというのでは、いささか理由として甘くないかと思います。それが「いくつかの改善点」「甘さやスキがあったのではないか」と書いた理由です。とはいえ、特に後者の診断に関する私の判断は、医学に関する素人の感想として評価いただくべき。

もちろん、下手に受け入れて結果が悪かった場合、民事訴訟されるリスクや、ひょっとすると大野病院の件のように刑事訴訟になるリスクが病院や医師にあり、慎重な判断が現実的には求められることも存じています。この対策として医療安全調査委をめぐるさまざまな議論があるわけで、別段厚労省案にこだわる気はないですが、よい結論を早く得るべきだと思います。さらに遠くまで見れば業務上過失致死罪に関する刑法改正という議論も、一応念頭にはあります。

医師法における応召義務の「正当な理由」とは何か、明確にする必要もあるでしょう。

そもそも、勤務医師不足と診療科の偏在等の問題が底流にあります。その結果としての過酷な勤務状態についての認識は、先に記したとおりです。実態を体験しておられる方からの補足をいただければ、なお幸いです。

「報道の問題」とは、これまで書いてきたような状況の中で、今回の件を「なんと首都東京でまで妊婦たらいまわしで死亡!」的見出しで一面に報道した新聞等マスメディアの報道振りを指しています。時間的には一時間強のロスでしかなかった(脳卒中対策議連では「3時間以内の搬送」を目標にしている由)わけですし、そもそも脳卒中の患者は必ず救命できるものでもなく、もちろん悲劇には違いありませんが、本件をあたかも社会的一大事件としてセンセーショナルに報じたマスコミの報道姿勢は、かえって医療現場のやる気を損ね、医師不足を招くもので問題ではないかと思います。その旨、医療委員会で私から発言をしました。

なお、日本の医療に対する私の見解と提言は、MRICメルマガ臨時号 vol.153「医療に対する『当たり前』感を駆逐するために」をご覧ください。こちらに掲載される予定です。

ここまでご覧いただければご理解いただけるかと思うのですが、「崩壊を眺めるもの」さまのコメントは、実は私もほとんど同感です。東京23区の状況等不明の点があったことも事実ですので、引き続きお勉強は続けたいと考えています。


○最後に

亡くなられた方に心からのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方の、哀しみの中にあっても毅然と辛い運命を運命として受容しようと貫かれた、極めて立派で世の模範ともされるべき態度に、心からの敬意を申し上げます。

私も、この件が、日本の医療の回復に繋がることを念じていますし、だからこそ、ここで改めて取り上げさせていただいた次第です。

|

« 秋の深まり・ゆかりたんジャンパー | トップページ | 港湾の会合・チェス・昨日のお返事 »

03.医療・介護」カテゴリの記事

コメント

コメントに対して、さらに他の方々から追及を受けるかもしれないことも恐れず、これだけ真剣に返事を書く姿勢と能力は、さすがです。
ということは置いておいて、報道の弊害について思ったことを。医師のやる気をそぐ、とありますが、そうでしょうか。法律家の立場から言えば、原因と結果の間の因果関係が立証できなければ法的責任は問われないわけですから、「空きがなく、受け入れなかったこと」と、結果の間に法的因果関係が認められる確率と、「診療したが、設備や医師の能力の不足により治療が不成功に終わったこと」と、結果との間にそれが認められる確率を比較すれば、前者(可能性がゼロとは言わないまでも)<後者です。といって、「だから、結果が悪そうな患者は見ない」ということになっているかというと、医療訴訟で敗訴的和解や敗訴の事例が増えている現在でも、そんなことはないですよね。その点、医師のモラルはとても高いと言っていいのではないかと思います。だから私は、偏向報道(どんなものであったかは、ここからは分かりませんが、仮にそうであるとすれば)の弊害は、病院側よりもむしろ、国民側に、病院や医師に対する不信感を植え付ける点にあるのではないかと思います。
いずれにせよ、今回の痛ましい事例から、何か学ぶものがあるとすれば、それは、マスコミによる一枚岩的報道ではなく、前の方のコメントやこのブログのような真剣な議論からのみ生まれるものでしょう。
亡くなられたお母さんの、ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: sophie | 2008年10月30日 (木) 01時52分

橋本先生 こんにちは。

この妊婦さんはツワリ(悪阻)ではなく、妊娠後半に下痢と嘔吐と頭痛を訴えております。

搬送元がどのような症状を強く電話で訴えたかは知りませんが、そのような症状がある時は、感染症の可能性も当然考えるかと思います。

個室を用意するのは当然かと。

自分が妊娠していて、大部屋に入院していて、隣に下痢と嘔吐の患者が入ってきたら、どう思うでしょうか。

病院は搬送を受けるのも必要ですが、入院している患者の安全も守る必要もあります。

地方の病院でしたら、「個室が無い状況ですので、個室の患者を大部屋に移せるかどうか考えます。しばしお待ち下さい」と返事をするんでしょうね。

総選挙は先のようですが、倉敷市住民なので、応援しております。

投稿: うどんこ | 2008年10月30日 (木) 06時34分

この件とはちがいますが…うろ覚えですが私の知ってる方はこどもがてんかん(当日5歳だったか)で救急車をよんだとき受け入れ拒否されました…理由こどもの年齢と障害(小さいこなので対応がと自閉症)、医師の人数で…一応はじめの病院にいきましたがすべてに同じことがあるんですよね…医師不足またそれゆえ過密労働という悪循環…
私はひねくれてますのでこうも思います…医学部いく学生はなにを目的で目指すんだ?現役医大生に聞いてみたい…裁判制度や死刑ではたまに法学部生にききますが医療関係ではきかないんですよね…まあマスコミが悪いんですが…


投稿: はる | 2008年10月30日 (木) 07時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/525277/42949185

この記事へのトラックバック一覧です: 東京都における妊婦死亡例について:

» 「救急受け入れ問題FAQ」再掲 [ぷにっと囲碁!なブログ]
■患者の受け入れが不能である理由、および今の医療の現状。 削除されたエントリの中で取り上げられた「救急受け入れ問題FAQ」を読みたい…という要望がありましたので、現在製作されている分までをここに掲載します。 ●なんで急患の受け入れを断るの? ・(人員・設備が足りない…などの)物理的問題で、(受け入れると犯罪になってしまうケースがある…などの)法的問題で、断らざるを得ない状態にあり、これは「受け入れ拒否」ではなく「受け入れ不能」なんです。 ●なんで「専門外だから」が断る理由にな... [続きを読む]

受信: 2008年10月31日 (金) 02時51分

« 秋の深まり・ゆかりたんジャンパー | トップページ | 港湾の会合・チェス・昨日のお返事 »