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2008年10月

2008年10月31日 (金)

児島で会合

朝、中庄・松島の交差点で街宣。テーマは昨日発表された経済対策について。10月中ごろから、本当に地域の大企業から中小企業までの苦しい声が聞こえていた中だ。改めて、麻生自民党の「まずは、景気だ」のキャッチフレーズは、誠に時宜を得たものだと思う。

岡山で年金受給者協会の演芸大会。それから倉敷に戻って、企業や支援していただく方々への挨拶回りを昼から午後にかけて。

夜、児島にて後援会の女性の会「児島えりこの会」発足式。猪口邦子・元少子化担当相にご来援をいただく。父龍太郎に依頼されて行革会議で現場に初めて出たというエピソードや、父方の御尊祖父が総社市の出身だったということで、私との縁も語っていただき、熱いエールを頂いた。票を増やすための黄金律は、「頭を深く下げること」との由。あらためてそうだな、と納得。

会長のご挨拶、ご来賓(蓮岡県議、森市議、中西市議にお越しいただいた。ありがとうございました!)紹介等の後、自分の挨拶。上記のような内容のお話をし、ご支援のお願いをしたう上で、妻と「見上げてご覧夜の星を」の二部合唱を披露。美しくハモるつもりが、見事にモゲる。明らかに練習不足(涙)。その後を受けた母曰く「二人の努力は買いますが、母としては冷や汗が流れる思いでした」一同大爆笑。まあ、和やかな会になりました。

夜にも関わらず、会場に溢れるほど多くの方にお集まりいただけた。今回の集まりにご尽力いただいた皆さまに、心から感謝。今日から、また新たなスタートだ。

家に帰って、歌を妻と特訓しました。次の機会にリベンジ!

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2008年10月30日 (木)

港湾の会合・チェス・昨日のお返事

今日は東京。朝から港湾関係の朝食会。倉敷市の伊東市長が意見発表。水島港の整備はコンビナート企業とその関連企業、そして地域そのものにとっても国際競争力維持のために重要。高潮対策も急務である。写真を撮ったのですがいささかピンボケになってしまいました…ごめんなさい。でも掲載。

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その後自民党の厚生労働部会、電気通信調査会。それから港湾整備推進の全国大会。久しぶりに党の部会に出ると、話題に追いつくのに苦労する。同僚と話をしても、やはり選挙は来年にはなりそう。政策モードに頭を切り替えていかねばなるまい。

午後、新幹線で帰倉。17時半ごろから倉敷駅前で街宣。18時には、もう真っ暗になっている。「秋の日は釣瓶落とし」とはよく言ったもの。あと、スピーカーの声が小さい旨注意をされる。調子が悪いのかな?後でチェックしてみよう。大島でミニ集会を一件。

久しぶりに早く帰宅したので、子どもたちが寄ってきてくれる。「チェスをしよう!」と言ってくるので長女と対戦。どうやら自分たちで説明書を読んでルールを構築しているようで、駒の動かし方がなんか違う気がするのだが、ここは橋本家流のチェスということで(笑)。自分の世代だと断然将棋なのだが、どうやら『ハリーポッター』の第一作のチェスのシーンが印象に残っているらしい。大人気なく快勝してしまいました。

さて、東京の妊婦死亡例の件、コメントありがとうございました。

sophieさま、

医師のモラルはとても高く、それで医療が維持をされています。しかし医療訴訟について、結果だけで判断されているのではないか?という懸念の声は実際に耳にします。実際どうかはともかく、司法と医療の間のコミュニケーションも、もっとあるとよいかもしれません。マスコミが国民に対して不信感を植え付けるというのは、ご指摘の通りだと。

うどんこさま、

ありがとうございます。私の感想は医学的素人感想ですから、専門家として当然そのように考えられるということで、勉強になりました。たとえば、どんな感染症が考えられるのですか?(カゼ?)応援も、宜しくお願いします!

はるさま、

どの病院も、基本的には受け入れたいところですが、かといって無秩序に受け入れて対応がなおざりになっては無責任、というジレンマがあるのでしょう。おそらくはお断りになった病院も、決して気軽に断ったわけではないのだろうとは思います。今回の件でも。

医療というものは、人間やベッドや部屋等限定された資源の中で行われるもので、ベストエフォート(最大限の努力)で満足しなければならないものだ、という認識が大事なのかもしれません。

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東京都における妊婦死亡例について

先の「まな板の上の鯉…」エントリにおいて、標記の事例について感想を述べたところ、「崩壊を眺めるもの」さまからコメントを頂きました。ありがとうございました。

正直、私が書いた内容について若干の誤解があるのかなと思いましたが、その原因は言葉足らずであいまいなの私の文章の方にありますので、改めてきちんと私の知っている状況および感想の意図等を記し、さらにご指導をいただく材料としたく存じます。誤りや認識不足があれば、ぜひご指摘をお願いします。

なお、わざわざこれをブログで行う意図は、医療崩壊という問題に関心がある人もない人も、できるだけ多くの方に「現実」を知っていただきたいという願いによるものです。医師の先生方のブログ等私もいくつかは存じていますが、政治家のブログにこういうことが書いてあることも悪いことではないでしょう。もちろん私も「もっとお勉強」すべきと存じますが、私だけが勉強しても医療崩壊は止まりません。意をお汲み取りいただければ幸いです。

以下に記す内容は、新聞やweb等で見た報道記事(ただしうろ覚え)、および10月28日の自民党医療委員会での厚労省による説明および資料、同僚議員や医師の方との意見交換、および若干の自己知識に基づきます。とはいえ文責は全て橋本にあります。

○事例の概略

10月4日(土)、江東区の産婦人科が、そこにかかっていた患者の転院について、19時頃から都立墨東病院を含む8医療機関に連絡をしたが受け入れる病院がなく、20時頃再度墨東病院に要請し受け入れ、搬送された。母親は脳出血と診断され帝王切開により胎児は無事娩出されたが、母親は脳外科手術を受けたたものの、7日(火)に他界された。直接死因は脳出血。

○都立墨東病院の対応―何が起き、とう対応したか

19時頃 江東区の地元産婦人科医師が、母体搬送の受け入れ可否について墨東病院に問い合わせ。当時、墨東病院産科の当直は研修医1名。情報システムを確認し、慈恵医大病院、日赤医療センター、慶應義塾大学病院が「受け入れ可」と表示されていることを確認し、土日は受け入れていない旨回答した上で、三つの病院名を伝えた。

地元医師は、三つの病院に電話で依頼したところ、いずれも受け入れを断られた。さらに順天堂大医院、慈恵医大付属青戸病院、日大付属板橋病院、東大病院にも依頼したが、全て受け入れを断られる。

19:45 再度、地元医師より墨東病院に母体搬送依頼。当直医は、他病院の受け入れ困難な状況、患者の下痢・嘔吐・頭痛等の症状の増悪という状況を聞き、バックアップの産科部長に緊急登院を要請。

20:00頃 地元医師へ、母体搬送受け入れ可能と連絡。

20:18 救急車で墨東病院到着。救急車内で意識レベル低下が見られた。

20:30 脳卒中が疑われたため、脳外科当直医が対応。CTにより脳出血を確認。

21:41 児の救命のため、ご家族の同意を得た上で、帝王切開により児娩出。

22:24 頭部の血腫除去手術を開始。

翌10月5日 01:28 頭部手術を終了。

10月7日 20:31 死亡確認(直接死因 脳出血)

○なぜ、他の病院は受け入れられなかったのか。

医療委員会の際に厚労省から紹介された理由は以下。(報道ベースでは他病院の理由もあったと思いますが、いま確認できないため、私のメモにある範囲のみ書いています)

・慶應:下痢、嘔吐が主訴のため感染症を疑う。産科個室の空きがなかったため受け入れず。
・日赤:システム上は「受け入れ可」表示だったが、18時過ぎに急患が入って実際は受け入れ不可能になっていた。19時時点ではシステムにそれが入力されていなかった。
・順天堂:もともと満床で受け入れ不可。医師二名は患者対応中。

なお、厚労省のヒアリングでは、今回の例について「症状が非定型的だった」「進行が早かった」という意見があった。

また、情報システムへの「受け入れ可否」等の入力頻度は、一日二回程度となっていた。

○墨東病院の状況について

墨東病院産科は6月末に1名の研修医が退職。研修医含め常勤6名(非常勤9名)体制。7月1日から土日当直は一名体制となり、毎日の二名当直体制の維持が困難となった。近隣産科医会や都内の他周産期センターに説明・協力依頼、周知の上、救急受け入れを制限していた。

厚労省の指針では、総合周産期母子医療センターでは、「24時間体制で産科を担当する複数の医師が勤務していること」となっており、実質的にそれを下回っていた。内部では看板を下ろすべきという議論もあったが、そのままとなっていた。

ここからは橋本の想像。6月30日以前でも、常勤医師7名で毎晩2人が当直するようにすると、昼間勤務した上で、3日~4日に1晩当直となる。入院患者の見守りをするだけならともかく(それでも酷だが)、救急を受け入れて手術等に対応するとなると、きわめて過酷な勤務体制だと思われる。労働基準法的には残業扱いにすべきで上限を超えるだろう。本来は三交代制等にすべきだが、到底それだけの数の医師は確保できないのも現実。

本件で必要とされたリソースについて、「県医師会の先生方との懇談」エントリで橋本の想像で書いていたが、「崩壊を眺めるもの」さまのコメントで具体的に示していただいた。再掲する。

今回の件ではたして何人の医師が必要だったか? というと、 産婦人科医2名
脳外科医1~2名
新生児を専門に診る小児科医1名
NICU(新生児集中治療室)付の看護師4~5名
手術室付看護師4~5名
以上が必要な医師および看護師の数です。


○橋本の感想

都立墨東病院の現場対応は、(「まな板の上の鯉…」エントリにもそう書いていますが)私には悪い対応をしたとは思えませんでした。ファインプレーといえるかは、私の知識の無さからなんともいえませんが、コメントで書かれたとおりかも知れません(同僚の医師議員も「適切な判断」と評価していました)。また、ご遺族の会見にて、家族三人で最後の別れの時間が持てたことへの感謝の言葉がありました。これは墨東病院の本当にファインプレーだと個人的には思います。

ただ、一般的に情報システムの更新頻度が1日に2回というのは、改善できないかと思います。できるだけリアルタイムに近くないとあまり意味がないのではないか。また、あくまでも素人の感想ですが、下痢と嘔吐と頭痛で個室が必要だから受け入れられないというのでは、いささか理由として甘くないかと思います。それが「いくつかの改善点」「甘さやスキがあったのではないか」と書いた理由です。とはいえ、特に後者の診断に関する私の判断は、医学に関する素人の感想として評価いただくべき。

もちろん、下手に受け入れて結果が悪かった場合、民事訴訟されるリスクや、ひょっとすると大野病院の件のように刑事訴訟になるリスクが病院や医師にあり、慎重な判断が現実的には求められることも存じています。この対策として医療安全調査委をめぐるさまざまな議論があるわけで、別段厚労省案にこだわる気はないですが、よい結論を早く得るべきだと思います。さらに遠くまで見れば業務上過失致死罪に関する刑法改正という議論も、一応念頭にはあります。

医師法における応召義務の「正当な理由」とは何か、明確にする必要もあるでしょう。

そもそも、勤務医師不足と診療科の偏在等の問題が底流にあります。その結果としての過酷な勤務状態についての認識は、先に記したとおりです。実態を体験しておられる方からの補足をいただければ、なお幸いです。

「報道の問題」とは、これまで書いてきたような状況の中で、今回の件を「なんと首都東京でまで妊婦たらいまわしで死亡!」的見出しで一面に報道した新聞等マスメディアの報道振りを指しています。時間的には一時間強のロスでしかなかった(脳卒中対策議連では「3時間以内の搬送」を目標にしている由)わけですし、そもそも脳卒中の患者は必ず救命できるものでもなく、もちろん悲劇には違いありませんが、本件をあたかも社会的一大事件としてセンセーショナルに報じたマスコミの報道姿勢は、かえって医療現場のやる気を損ね、医師不足を招くもので問題ではないかと思います。その旨、医療委員会で私から発言をしました。

なお、日本の医療に対する私の見解と提言は、MRICメルマガ臨時号 vol.153「医療に対する『当たり前』感を駆逐するために」をご覧ください。こちらに掲載される予定です。

ここまでご覧いただければご理解いただけるかと思うのですが、「崩壊を眺めるもの」さまのコメントは、実は私もほとんど同感です。東京23区の状況等不明の点があったことも事実ですので、引き続きお勉強は続けたいと考えています。


○最後に

亡くなられた方に心からのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方の、哀しみの中にあっても毅然と辛い運命を運命として受容しようと貫かれた、極めて立派で世の模範ともされるべき態度に、心からの敬意を申し上げます。

私も、この件が、日本の医療の回復に繋がることを念じていますし、だからこそ、ここで改めて取り上げさせていただいた次第です。

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2008年10月29日 (水)

秋の深まり・ゆかりたんジャンパー

朝7時に自宅を出発。2時間近く、街宣。さすがにそこまで続けると、喉が痛くなりかける。午前中は事務所で打ち合わせ。状況の変化にどう対応するか、意識をあわせる。

午後、倉商東の交差点にて小一時間街宣。ここの場所は、手を振って下さる方が多いのでうれしい。張り切ってやる。その後、団体事務所の訪問や挨拶まわり。すっかり稲刈りも終わって、そろそろ晩秋。

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(写真:茶屋町のはずれから金甲山方向を望む)

夜一瞬事務所および自宅に寄って、ミニ集会。そのまま駅に向かい、最終の新幹線に乗って上京。新幹線の中で、東京都における妊婦死亡例についてを書き上げる。赤坂宿舎には0時を過ぎ到着。

近頃寒くなってきたので、街宣の際にはジャンパーを着るようになった。

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(写真:朝の街宣風景)

このジャンパーは約3年前、佐藤ゆかり議員が岐阜で事務所開きした際、応援に行って頂いた特製。先日「あれ、まだ使ってますよ」と佐藤議員に言ったら喜んでいた。83会有志というあたりにそこはかとなく時代を感じる。もう3年も経ったんだよなぁ。ずいぶん情勢も変わったものだ。

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(写真上下:ジャンパーの前と後ろ。モデルは橋本事務所一のイケメンM浦秘書デス)


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2008年10月28日 (火)

まな板の上の鯉…

6時に家を出発して、水島・開新橋の交差点で8時まで街宣。ファミレスで朝食をとり倉敷駅前に移動して再び街宣。次女がお世話になっている幼稚園の保護者会の日帰りバス旅行出発の見送りをしてから、倉敷駅から電車で岡山駅へ向かい新幹線で上京。列車の中で爆睡。

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(写真:岡山駅ホームで見かけたドクターイエロー)

東京駅からそのまま自民党本部に向かい、社会保障制度調査会医療委員会。テーマは、先日本ブログでも取り上げた脳出血の妊婦死亡例について。今回の例は、改善すべき点なしとはしないものの、新聞記事では悪者のように取り上げられた都立墨東病院がそんなに悪い対応をしたようにはどうしても思えない。ただ、大きな大学病院が複数ある都心だからこそ「どこかが受けるだろう」という甘えもしくはスキのようなものが各病院あったのでは?という気もした。地方の場合、他に病院が無いためむしろどんな状況でも患者を受ける覚悟と責任感がある(というか、無いとやってられない)ような気がする。報道の問題とあわせ、発言して指摘する。

16時半から衆院本会議。金融強化法と保険業法改正の趣旨説明。中小企業等への金融強化のため、金融機関への国からの資本注入等を行える法律。早急な成立が必要だ。それにしても、欧米の金融危機に端を発した株価下落や景気後退の解決策が「解散による政権交代」という民主党の主張には脱力を禁じ得ない。アホくさすぎて野次る気にもならぬ。少しはまじめに考えて欲しいものだ。

どうも解散は少し先に延びそうな空気が党内には蔓延。しかしそういう時こそ危ない気もする。それに先に伸びたと言っても年明けだったらせいぜい2ヶ月伸びるだけだし。しばらく「まな板の上の鯉」状態は続くのだろう。解散しないとしても、民主党が抵抗方針に変わって参院審議たな晒しとか再議決とか強行っぽい採決とかの連発という将来が見えるわけで、麻生内閣にとって進むもいばらの道、退くもいばらの道。結局政治への無力感を増幅させるだけのような気もする。これは民主党の犯罪行為ではないか。

平口洋衆議院議員のパーティに顔を出した後、新幹線で帰倉。家に着くのは真夜中だ。

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2008年10月27日 (月)

景気と選挙

岡山県知事選挙が済み、街頭演説再開。久しぶりにマイクを握り思いの丈を話す。今日は午前午後を通じて企業へのあいさつ回り。ここ数日の急激な株価下落と円高により、話題はもっぱら選挙よりも企業の業績等への影響に集中する。そうなんだろうなぁ、実際。解散が最大の景気対策なんてそんなアホな話ありえないし。

夜、児島の歯科医の先生方の会合に顔を出し、帰宅。昨日の睡眠不足があり既に頭が朦朧としているので、今日は早く寝ます。

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2008年10月26日 (日)

バラエティ豊かな日・石破大臣の写真

「サンライズ出雲」車中にて起床。6時に目覚ましをかけていたが、起きてみたらまだ姫路駅。出発時の20分遅れが、一晩で増幅して40分遅れになっていた。しかしここで迂闊に二度寝すると、前職時代に新見駅を寝過ごしてしまった悲劇の再来になりかねないので頑張って目を覚ます。結局倉敷駅にはほぼ一時間遅れで到着した。一旦家に立ち寄ったが、シャワーを浴びる時間がなくなる。

今日はバラエティ豊かな一日だった。岡山県知事選への投票、万寿学区の運動会。岡山県水泳連盟会長として、倉敷市国際交流水泳大会の開会式にて挨拶。塩津学倉敷市議の市政報告会。水島に向かって三菱自動車水島製作所感謝祭。電気自動車「MiEV」に試乗してみる。普段乗ってるノンターボの「i」よりも加速が良く、キビキビ走る感じ。静かだし、十分実用になるだろう。あとは価格だが、ここは政府も環境対策として支援をすべき。

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(写真:「MiEV」に試乗します)

午後、事務所にてネパールの制憲議会議員および国の選挙監視委員会からなる選挙視察団のインタビューを受ける。4月にネパール制憲議会選挙の監視団としてカトマンドゥに行ったが、その縁もあって、岡山県知事選挙の視察に際し、倉敷に寄って下さった。選挙時におけるスピーカーの規制等についてお話したら、熱心に興味深く聞いておられた。父から引き続いてのネパールとのご縁、このまま大事にしたい。

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(写真:ネパールの視察団の方々と懇談)

夕方、連島八幡宮および寅崎神社のお祭り。早島でミニ集会。知事選挙は、現職石井正弘知事の四選となる。岡山にお祝いを申し上げに参上し、一日が終わる。くたくた。

昨日の石破茂農水大臣の講演、来場いただいた方々から、きわめて好評。「正直、感動した」「ああいう方に日本を担ってほしい」等々。応援した甲斐があるというもの。橋本事務所の女性スタッフからは「『お昼はカレーです』て言ったらニッコリ笑って下さったのよ~」との声も。また是非ご来倉をお願いしたいものだ。

この際、ご要望に応じて総裁選の折の石破大臣の秘蔵(?)写真、大公開~。全て自分が撮っているので、写りが悪いのは私のウデのせい。お許しを。

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(写真:イセエビをやや危なっかしい手つきで捌く石破先生と、心配そうに見つめる寿司屋のおやじ)

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(写真:メイク中の石破先生。テルテル坊主みたいでかわいい)

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(写真:「サンデープロジェクト」出演中!)

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2008年10月25日 (土)

県医師会の先生方との懇談

午前中の石破農水相の懇談会、盛況で胸をなでおろす。過分な推薦のお言葉をいただき、頑張らなくちゃ!という思いを新たにする。

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(写真:石破大臣の懇談会の様子)

午後、玉島・富田地区のお祭り、それから川東公民館の秋祭り。リクエストにより、カラオケでドラえもんの歌を熱唱。子どものハートをグッと掴んだ…かな?

夕方、岡山空港に向かい、飛行機で東京へ。岡山県の医師会の先生方、および岡山県に縁のあった厚生労働省の方々の会合に参加。話題は診療報酬の内容(5分間ルールなど)、医療安全調査委、医療技術の高度化による医療費への影響、レセプトオンライン化強制の是非、有床診療所と地域医療、臨床研修制度、名義貸し問題、消費税、そして先日の脳出血の妊婦死亡例の件など、話題は尽きない。

個人的には、医療の問題は、上に挙げたような問題の数々に加え、高度な医療がいつでも誰でも受けられて命が助かって当たり前という社会の風潮も、どこかでどうにかしないとマズイと思う。死生観の問題かも知れない。かの例では、報道で判断するかぎり、ちゃんと診断がついた上で、産科と小児科と脳外科、あと麻酔科も?の医師と、ICUやNICUの空きベッドが必要だったかもしれず、かつそもそも脳出血で救命ができるかどうか?という相当ハードルの高い事例だったのではないかと素人でも思うわけで(もし間違ってたら訂正してください)、そこまで考えてマスコミが取り扱っているか、いささか疑問。脳卒中が助からないからといってマスコミに叩かれていたら、医師もツライのではないか(興味ある方は、こちらのブログもぜひご覧ください。僕は、コメントも含めて、この先生の書かれたことに相当共感するのです)。

先日この点に少し関連する作文を書いたので、いずれ発表できる予定。

夜、再び「サンライズ出雲」に乗車。東北新幹線の遅れの関係で、20分ほど出発が遅れるそうだ。

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石破茂農相来倉

昨日は、飛行機に乗って倉敷に戻って、JAおかやまの要請大会に出席。石破茂農林水産大臣を倉敷国際ホテルにお迎えし、加藤勝信代議士とともに、JA岡山中央会の村上会長からご要望を伺い、石破茂大臣のご講演を伺う。大臣、今後の農政について30分以上にわたり熱弁を振るう。(石破大臣のブログに写真が掲載されてます)。

日本の農業は高齢化により危機的な状況にあるという認識の下で、今後について、(1)農山村に雇用をつくる、(2)消費者と生産者を近づける、(3)耕作放棄地を復興させたい、(4)生産調整をどうするか?真剣に議論すべき、といった点を課題としてあげられた。私もいちいち頷ける指摘ばかりで、相当勉強になった。特に(4)は、やるとなると相当の政策転換になる。心して取り組まねばなるまい。しかし、民主党の現状固定政策と異なり、日本の農業の将来を真剣に考える時には、絶対に避けて通れない議論。やはりこの人を総裁選に担いで間違ってなかった。

会の後、美星町の牛乳をいただく。低温殺菌でおいしい。石破大臣いわく、「昔は三角のパックだったよね~」。

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(写真:美星町の牛乳を飲む石破大臣。大臣の手がきれいという評判が一部で囁かれている模様。どうでしょう?)

終了後、石破農相、加藤代議士、それから後援会の方々と食事を共にする。大臣は倉敷に泊まられた。今日はこれから農相に私の事務所にお越しいただき、懇談会だ。

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2008年10月24日 (金)

お土産・日帰り東京

昨晩、長女が修学旅行から帰ってきた。奈良・京都方面に行ってきたそうで、親にもお土産を買ってきてくれた。もうそんなことを考える年になったかと思うと感慨深い。長寿も願ってくれてるようである。長生きしよう!

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(写真:長女のお土産)

朝6時前に起床して、飛行機で上京。まず厚生労働省のレク。相手は、業界では有名な佐原室長。医療安全調査委員会や脳内出血の妊婦の件に関して意見交換。前者については、結局は国会次第。これは厚労省にはどうにもできない。昼から平成研究会総会。写真はカレーを食べる小渕優子・少子化担当大臣。大臣も一期生もみんなカレーです。津島雄二会長の挨拶に注目があつまる。既に報道の通り、「近い将来に勝負に出るという総理の覚悟は相当に堅い」との由。改めて気を引き締めねばなるまい。

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(写真:小渕優子大臣。大臣になってデパ地下で買い物ができなくなった、とか)

13時から衆院本会議。案件は同意人事で10分間のみ。これからまた羽田に向かって、倉敷に戻ります!

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2008年10月23日 (木)

都心でも医師不足

朝から降ったり止んだりの雨模様。朝、児島にてグランドゴルフの大会の開会式に行ってから、倉敷・岡山をあいさつ回りの一日。

お昼、倉敷出身の有名人、水道橋博士のブログに出ていた「らうどん」を食べようと思い立ち、倉敷駅前のお店に行くが、定休日であえなくお休み。無念の思いにうちひしがれつつ、普通のうどんを食べる。

水道橋博士の悪童日記- 8月31日の項参照

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(写真:「らうどん」無念の定休日)

午後、引き続きあいさつ回りの途中、父の地域後援会の後援会長さんの訃報が入り、夜、お通夜へ。私も大変お
世話になった方であり、突然のことで驚いた。心からご冥福をお祈り申し上げます。

今朝の朝刊で、東京にて、妊婦の救急搬送受け入れに時間がかかり、結果として母体がお亡くなりになった事例の報道があった。産科医不足の実態が、地方のみならず都心にもあることが明らか。やはり早急な対策が必要ということだ。一方、医療側の判断や連携ミスを示唆するような報道も見られたが、その報道姿勢自体が現場のさらなる萎縮を招くのではないか、いささか心配である。実際にそういう声も耳にした。冷静なマスコミ報道を期待したい。

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2008年10月22日 (水)

中選挙区は遠くなりにけり、されど…

「サンライズ出雲」にて7時前に倉敷駅着。この列車には、三菱総研時代、新見での打ち合わせのために乗車し、寝過ごして米子まで行ってしまった苦い思い出がある。携帯で目覚ましを二つかけておいたところ、無事に目を覚ますことができた。ほっ。

(ちなみに、「サンライズに乗ってきたんですよ~」というと、「うらやましいねぇ!」という極めて「鉄」っぽい反応を示した人が永田町には二人いました。石破茂農相と竹中平蔵元総務相です >はるさん)

 グランドゴルフ大会の開会式、県老人クラブ連合会大会に出席。午後は玉島方面で挨拶まわり。やはり「選挙はいつになりそう?」と聞かれるので、「わかりませんが、いつでもできるように準備しています」と応えるようにしている。夜、笹沖商店街の会合に顔を出してから、吉備中央町、元の賀陽町までお出かけ。中選挙区時代に大変お世話になっていた方々がお集まり下さっていた。岡山4区、5区、比例中国ブロックにて、村田吉隆代議士、加藤勝信代議士、そして私の三人の当選を目指す協力体制ができていることをお話し、それぞれのご支援のお願いをする。二十年ぶりぐらいに伺った家だが、門前に来るとぱーっと昔の記憶を思い出した。(草地さん、ありがとうございました!)。

 小選挙区制になってから、既に十年以上が経過しているし、代替わりもしている。しかし未だに「応援してやろう」と思っていただく熱い支援者の方々がおられるのは、本当にありがたいことである。また、それだけ祖父、父が地域のため、国のために誠心誠意働いた証拠でもある。改めて覚悟を決めるきっかけになる日だった。

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2008年10月21日 (火)

渡部篤先生

今日は朝から衆議院に登院。国会対策委員会。銃刀法改正の法案説明、および民主党の政策と財源についての議論。小沢一郎代表と菅直人代表代行で、財源の説明内容が違っているらしく、何が民主党の主張なのかわからないという話もあった。いい加減なものである。

午後、衆院本会議。政府提出補給支援法案の延長、および民主党提出法案の採決。各党からの討論があり、両案それぞれに記名投票を行う。無事、政府案は可決、民主党案は否決。政府案は今後参議院の審議に回ることとなる。原稿の執筆などを行った後、夜、渡部篤代議士のパーティの司会。終了後、東京駅から夜行特急「サンライズ出雲」に乗車する。

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(写真:渡部篤代議士のパーティ)

渡部さんは、同期当選であり、平成研究会の仲間である。脳梗塞で一度倒れたが、リハビリを続けて克服。左半身に若干の不自由さが残ったものの、一日に二百件の挨拶周りや街頭演説、会合などをこなし続けているそうだ。今日のような記名投票のためには、議長席の段に上がるために数段の階段を上らなければならず、彼にとっては相当の難事業である。しかし渡部さんは、いつも手すりにつかまり必死に階段を上がり、文字通り命を張って一票を投ずる。その鬼気迫る姿に、議席から拍手が起こることも少なくない。

こんなこと、全く報道されることはない。しかし、そこにいる人に感動を与えるドラマが、彼にはある。
今後も地元会津若松のため、そして日本のために、活躍してほしい熱い人だ。
そんなことを思いながら、司会を務めさせていただいた。

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2008年10月20日 (月)

給油支援特措法

 朝、宿舎で起床。10時から衆院第一委員会室にて、衆院テロ・イラク特別委員会。議題は内閣提出の給油支援特措法の改正案、および民主党提出の対案であるテロ根絶法案。昼食を挟んで、17時まで質疑が続いた。

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(写真:昼食休憩後、再開直前の第一委員会室にて)

 昨日のエントリにて委員会質疑について書いたが、今日の白眉は中谷元議員が、参法提出者の民主党の直嶋正行政調会長を問い詰めた質疑。直嶋政調会長がぼやかしたりはぐらかしたりする答弁を続ける中でしつこく問い詰め、民主党が政権を握ったら国連決議により海外での自衛隊の武力行使を認められるよう、法律をもって政府の憲法解釈を変える、ということを認めさせた。これは重要な問題である。また、松浪健四郎議員の質疑も、本人曰く「国会議員で唯一アフガニスタンで生活したことある」というだけあって、相当現地の事情に専門的に通じたもので、聞かせた。時間が30分間と短かったのが惜しまれる。野党では山口壮議員の質疑が、オリジナリティがあった。やっぱり、委員会質疑が世間的に注目されないのは、本当にモッタイナイと思うのです。真面目にやってる人は、とても真面目にやってるのに…。でも、テレビ中継は全体の中ではマレだし、議事録も公開に少し時間がかかるし、興味をもってもらうのは、そう簡単ではない。どうすればよいか。

 17時過ぎ、質疑終局。各党討論の上、採決。民主党提出法案は否決、内閣提出法案は可決。明日、本会議にて採決の予定との由。しかし、昨年は同じ法案の審議のために、二週間以上第一委員会室に張り付けになったが、今年は実質二日間のみ。民主党が姿勢を変えたことが原因であるが、えらい変わりようである。

 今日も赤坂宿舎泊。以前は表通りにあった「九州じゃんがら」赤坂店が、宿舎の近くに移転した。ぼんしゃんラーメン、美味しかったデス。明日からもがんばろう!

 追伸。自衛隊イラク派遣については、陸自は既に撤収済み、空自も年内に撤収の方針です。誰が聞いても納得できる質疑がしたいものです。 >はるさん

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2008年10月19日 (日)

委員会の質疑

 今日もとてもお祭り日和。スタートは亀島神社の出発式、駅前商店街の三斎市、茶屋町のお祭り、阿智神社の倉敷千歳楽、稗田八幡宮の秋祭り。茶屋町のお祭りでは、お神輿に肩入れさせてもらい、しばらくの間担ぐ。それ以外にも今日は神社の石段をあっちこっち登ったり降りたりしたので、いい運動になった。くたくた。今晩はぐっすり眠れそう。夜の「のぞみ」で上京。明日の衆院テロ・イラク特委に備える。

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(写真:茶屋町のお神輿を担ぐ)

 昨日のエントリに、はるさんから国会の質問についてコメントをいただきました。いつもありがとうございます。もちろん、質疑は自分で勉強してやってます。ただしその中には、関係部署に確認することも含まれます。やっぱりまず事実の確認はしないといけません。頼みもしないのに質問案を作って持ってきてくれる役所も無くもありません。ありがたく頂いて、違う質問を考えます(笑)。

 委員会の質疑は、予算委員会など一部を除いて、世間的にはほとんど注目されません。でも個人的には、議員にとって質疑は永遠に議事録に残るものであり、歌手が歌を歌い、噺家が落語を噺すのと同様、議員にとっての「芸」だと思って、やります(ちなみにヤジは、記録に残らない即興芸だと思ってます)。オリジナリティのある質疑によって、人の心を動かし、国を動かすことに繋がれば、それは議員冥利に尽きるというものです。そういう質疑をやりたいと、日々努力精進です。たぶん自民党の一年生議員の中では、比較的質疑を多くやっている方だと思いますが、会心の質疑から、不出来なものまで、いろいろあります。いずれ紹介しましょう。

 シナリオ通りの質疑というのは、聞いていればわかります。そりゃ官僚にもなめられます。そうなってはいけませんね。今は一年分はインターネットで動画で見られますから、時間があるときにチェックされると、いろいろ感想があると思いますよ。

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2008年10月18日 (土)

皆さまのお声

 今日もお祭り日和のいい天気。午前中は保育園の運動会二件、そして物凄い賑わいの児島・繊維まつり。午後から夜にかけて、各地の秋祭りや千歳楽の巡幸に出没。ざっとあげると、倉敷の阿智神社、連島の厄神社および亀島神社、玉島の長尾神社、三田の八幡神社、などなど。

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(写真:亀島神社・入船町内会の千歳楽)

 いろんな方とお話をしていると、「官僚の言いなりになったらおえんで!」「国会議員を減らして福祉にもっと予算をかけてくれ!」「自民党も、もっと若い人が頑張らんとおえん!」などなど、激励に加えてさまざまな厳しいご意見をいただく。ひとつひとつが大事なお言葉。こちらは「政権交代すれば」といった無責任な返事はできません。すべて胸に受け止めて、ひとつひとつ実現に向けて、頑張ります。

 「官僚の言いなり」について、ひとつぜひ実現したい政策が、各省局長以上ポストの政治任用の実現だ。省庁幹部は、省内で年功で自動的に昇進するのではなく、一度退職した上で、大臣なり国会なり政治側が任務を示し、登用する制度だ。この制度により、役所が政治に対して責任を負うことを明確し、無責任体制を改めることができるものと考えている。どうだろうか?

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2008年10月17日 (金)

靖国神社・テロ特委

 朝、靖国神社に同僚議員らと参拝。今日は国会は衆院テロ・イラク特委のみで、多くの議員は地元に帰っているのだろう。普段よりも参加者は少なかった。

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 何故、靖国神社に参拝するか。ひとつは、父龍太郎が、「叔父が靖国神社で待っているから」と言って参拝していたこと。私にとっても大叔父になる人が祀られているからである。もうひとつの理由は、私が議員になってすぐ、イラク特措法の延長に賛成して起立した際に感じた責任感のようなものだ。私の起立によって、幾重にも安全を心がけて活動するにせよ、自分は安全な場所にいて自衛隊の方々に危険な地域に行ってもらうことになる。

 これは、とても怖いことだ。万一のことがあった場合に、どう責任がとれるか?そう感じたとき、過去のご英霊に対しても哀悼の誠を捧げ続けることが、自分の義務と思えてならなかった。他人を危険な場所に追い込むのであれば、その咎は一生負わなければならない。だから、だ。

 10時から、衆院テロ特委。中谷元議員の質疑により、憲法九条の解釈に関し、小沢一郎民主党代表の論文と民主党自体の政策とが異なっていると、民主党浅尾慶一郎議員も認めざるを得なくなった。やはり政権担当能力に疑問符、だ。午後、安井潤一郎議員に代わり、飛行機で帰倉。今日は何事も無く帰ることができた。夜一軒会合に出て、事務所で打ち合わせ。

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2008年10月16日 (木)

誕生日・Cabiネット

今日は、妻・栄里子の誕生日。なので、昨晩は久しぶりに家族で食事(飛行機は一時間半遅れたけど、無事倉敷に帰れました)。ゲルマニウム入りのリストウオーマーやアンクルウオーマーなどのセットをプレゼント。ここしばらく、自分の分身として挨拶まわりにハードに歩いてくれている。日頃からの感謝と、少しでも回復が楽になるように願いを込めて贈ることにした。喜んで、さっそく身につけて休んでくれていた。うまくいったりいかなかったりいろんなことがあるけれど、これからも、一緒にがんばろう。よろしく!

朝から、岡山・倉敷の企業・団体や支援者のお宅に挨拶まわり。17日に衆院テロ特別委員会が開会するため、夕方から「のぞみ」で上京。

その際、岡山駅にて「Cabiネット」なる内閣発行の広報冊子を発見する。

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あまり読まれている感じもしないから、仕分けすれば撲滅されるべき「無駄」と分類されるのかも知れない。でも読まないで評価するのもどうかと思うので、読んでみた。結果は…微妙。日本のあちこちでいろんなことに頑張ってる人がいることは、わかった。また、折込チラシで中小企業金融対策に政府が取り組んでいることも、わかった。でも、これがどれだけ政府のPRとして読まれているかというと、やはり疑問が残る。効果的な広報いかにあるべきか、大きな課題。

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2008年10月15日 (水)

できちゃった…

決して、5人目、ではありません!

リア・ディゾン嬢ご結婚。個別にはそれぞれめでたいことだと思うし、幸せなご家庭を築いてほしいと願う。しかし、芸能人のでき婚が最近多い気がするのは、何故だろう?芸能人に限らず多いのかな?例えば、「できちゃった」という事実を突きつけないと仕事や周囲、場合によっては相手!に対して説得ができない社会構造になっている、ということなのであれば、それは問題なことなのかも知れない。それともただ単にルーズなだけ?心配しすぎかしら。

今日は朝一便で上京。コンビナート企業の本社訪問と、倉敷市等による二号線バイパス拡幅や高梁川河川改修等の国土交通省への要望活動へ同行。二次補正に乗るよう要望。こういうニーズに対して、「道路予算は半減!」という前原誠司議員の質問は、いくら何でも絵空事だと思うんだけど。院内の国対の部屋に顔を出したら、廊下がマスコミで混雑。議運委にて、日銀人事の提案があった由。今度は民主党も受け入れるとか。今までの反対は何だったのか。

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(写真:混雑する衆院議運委理事会室の前)

午後の便で岡山にとんぼ返り、、、と思ったら、機材不調のため出発が一時間延びることになった。1,000円分の空港内売店のクーポンを配ってくれた。日程上予定がひとつ飛ぶかもしれないのだが、ちょっと得した気分。ラーメンか弁当でも食おうかと思ったが、さすがにおやつの時間にラーメンは腹囲に響きそうな気がしてアイスコーヒーでガマンすることにする。

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(写真:羽田空港のゲート前で待つ人たち。逆光だなぁ。。。)

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2008年10月14日 (火)

水島コンビナート

今日は雨になり、行くはずだった企業の朝礼が無くなったのですこしゆっくり。

午前、水島コンビナート企業にあいさつ回り。

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水島コンビナートには、鉄鋼、石油、化学、食品、自動車、造船、電気、ガスなど幅広い業種の企業が集まっている。各社にご挨拶を兼ねてヒアリングして歩くと、世界の縮図が垣間見え勉強になる。金融・経済情勢、原料価格の動向、消費者の行動変化、炭酸ガ排出への意識の高まり、などなど。食品関係の企業でも、炭酸ガス排出量への関心が出ているそうで、そのうち缶ビールに「この製品の排出CO2量:??グラム」といった表示がでるようになるかも知れないそうだ。

考えてみると、ものづくり立国日本!なのに、コンビナートという切り口で議論する場が、党にも国会にも、無い。そういう勉強会をやってみてもよいかもしれない。

夜は倉敷青年会議所の例会。今年卒業される方々のスピーチ。暦が長い方、短い方、熱心だった方、あまり参加できなかった方、でもそれぞれに万感の思いの籠った挨拶の数々だった。

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2008年10月13日 (月)

総社

今日は、すばらしい秋晴れ。
手振り街宣後、保育園の運動会、地元町内会でミニ集会、午後から挨拶まわり。
その後、片岡そういち・総社市長の後援会拡大役員会に出席しに、総社に。

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(写真:酒津付近から日没を望む)

高校卒業までの18年間、総社市民だった。小選挙区制になった際の経緯から、岡山4区が選挙区となった。倉敷市で生活し、子どもたちのふるさとは倉敷市となった。しかし自分の出身地は厳然として総社市だ。これは変えられないし、変えようとも思わない。

会合では、多くの方々が祖父・龍伍、父・龍太郎との思い出話を聞かせてくださった。選挙区が移って12年になる。総社に戻ると、内心、家出息子が戻ってきたような感覚があり、申し訳ない気分になるのだが、暖かく迎えていただける。倉敷の知り合いに声かけちゃるけんの!と励まされる。ただただ、感謝の一語。

村田吉隆代議士と加藤勝信代議士の調整も整った。これで4区・5区・比例が、三本の矢となって共同して戦い、勝ち抜く体制ができた。小選挙区での勝利を堅く誓う。

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手振り街頭

事務局です。

今朝は、北畝6丁目の交差点で、街頭で手を振る活動をしました。
普段はハンドマイクで街頭演説をするのですが、岡山県知事選の期間中なのでマイクを使えず、手を振り地声で「おはようございます」と行きかう車にご挨拶をします。

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多くの方が車から手を振り替えしてくれたり、クラクションを鳴らして激励してくださいました。ありがとうございます。

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2008年10月12日 (日)

女心と

秋の空という、空の方の話。

昼間はきれいな、一面のうろこ雲。
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夕方には、月が白く輝いてた。
今日の月齢は12日。
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今日も、運動会と秋祭りの一日。
児島・琴浦地区が盛り上がる鴻八幡宮のお祭りも、今日でした。
午後はあいさつ回り、夜ミニ集会。

ふと空を見上げてみると、そこにも秋、見つけた。

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橋本岳ブログ、始めます

事務局です。

このたび、衆議院議員橋本岳がブログを始めます。
自民党総裁選挙で、石破茂現農水大臣のブログを作ったのがきっかけとか。

以前の記事が無いのも寂しいので、
これまでの記事は、mixiに本人が書いていた日記を9月分から転載してあります。
9月1日の福田総理辞任会見以降、総裁選から麻生新総理誕生までの内幕が記されています。

これからも、率直に日々の思いを橋本岳が綴ってゆきます。
どうぞ、よろしくお願いします。

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運動会・お祭り日和

今日は秋の三連休の初日。天気は曇りと晴れの中間くらい。
あまり照りすぎると暑いけど、ちょうどいい感じ。

午前中は保育園や幼稚園の運動会まわり。
子どもたちが頑張ってる姿を見ると、この子たちのために頑張らなきゃ!という思いでいっぱいに。
挨拶では、軽~く規制緩和の話に触れる。運動会の邪魔にならない程度に。

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午後はあいさつ回り、夜はミニ集会。
その合間に、地元というか家の町内のお祭りでお神輿をお出迎え。
田んぼはすっかり稲が実り、絶好の秋祭りの日。豊葦原の瑞穂の国、なのです。
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そして、夜家に帰って待っていたのはこれ。
岡山名物、祭り寿司。Uさんに感謝。こうじゃなくっちゃ!

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いつ解散?と始終聞かれるのですが、もう「まな板の上の鯉」の心境。
煮るなり焼くなり!…でも、今の経済情勢で、衆議院議員がみな選挙で上の空になってもいいのか、若干の疑問。
まあ、そういうときのために参議院があるのか。

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2008年10月 9日 (木)

ヤジ返しへの対応法

 意外と予算委員会の中継を見ていた人は多かったようで、本会議前などは同僚から「名前呼ばれてたね」などと散々ひやかされた。予算委員会の部屋にて前原さんとすれ違った際「昨日は失礼しました」と一言いれたら苦笑してた。

 代議士会で隣に座った馳浩先生からは、「岳君、そーいう場合にはね、『ヤジに反応するな!未熟者!』って言い返すんだ」とご指導をいただいた。今度からそうします。

 民主党は補正予算に賛成。ただし賛成討論はなし。説明できないのだろう。

 補給支援新法も一日の審議でOKで、本会議の趣旨説明も断られたとか。昨年はあれだけガミガミやってたのに、全くおかしな話。

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2008年10月 8日 (水)

ヤジ

 昨日の予算委員会にて前原誠司代議士の質疑中、ヤジを飛ばしていたら、「橋本岳君、稚拙なヤジは止めなさい」とわざわざご注意をいただいた。

 「民主党が政権をとったら予算の抜本的な組み換えをする」云々という話をしていたので「そういうのを絵空事と言うんだよ」と言ったのである。道路特定財源を一般化したから道路予算が減るべきだという思い込みによる質問(わかっててしてたんだろうけど)だったため茶々を入れたのだが、図星だったのか。

 図らずも全国放送でフルネームが呼ばれる結果となり、地元では大ウケだった由。まああんまり威張る話ではないが。

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2008年10月 2日 (木)

代表質問

 麻生総理の所信表明における挑発に対し、小沢代表、鳩山幹事長とも肩透かし。答えられないんだろうなあ。結局。

 小沢代表の代表質問は、代表選出後の「所信」とあまり変わらず、特段の発見なし。だーっと民主党の政策を述べて、「これに対する総理のご所見を伺います」という質問だけだったので、総理の答弁時間が短くて済み、本会議間が予定より20分くらい早く終わるという副作用がありました(^^;;
総理の逆質問を異例と批判しつつ、自分も逆所信演説して質問の機会を棒に振ってるわけで。

 鳩山幹事長の質問というか批判のうち、定率減税や年金の国庫負率担引き上げの財源に「年末までに検討」等の答弁しかできないのは痛い。非難合戦。

 出色の出来だったのが自民党・細田幹事長。党内でもあの演説で見方が変わった人が多かったと思う。細田コンピュータ健在なり。

 二日目は、フツーの代表質問だった。 共産党の政策の財源論は「軍事費を削れ」なので、議論にならない。

 明日の本会議セットはなし。とりあえず解散は来週に持ち越し。いつになるのかな…。

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