「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方について」について

前衆議院議員・自由民主党岡山県第四選挙区支部長

橋本 岳

・MRIC医療メルマガ通信 vol 171 掲載(11.05.23)
 ( http://medg.jp/mt/2011/05/vol171-1.html

 さる428日、警察庁が設置した「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」が報告書を発表した。つど疎漏が指摘される現行の死因究明制度の議論に制度を現実に運用している政府側から一石を投ずるものであり、その検討自体は評価できる。しかし、医療関係者にとって一時期話題となった診療関連死に関する観点などからすると、このまま検討が進むのは医療関係者にとり問題を多々残すことになりかねないことを危惧する。

 そこで、提案の概要や私なりに課題と感ずる点を整理し、議論提起としたい。

1. はじめに

 まず、今回の報告書において、犯罪死の見逃しがあったと警察が認め、そこから議論をスタートさせたことは、素直に評価したい。絶対に誤謬を認めないのは官僚の習い、ましてや司法分野においてをや。しかし、時津風部屋事件や保険金連続殺人事件、おまけに検察による証拠捏造による冤罪まであった中、さすがに立ち位置を変えざるを得なかったのだろう。もちろん福島県立大野病院事件のように結果からすれば誤認逮捕だった例もあるわけで、司法の間違いは「見逃し」のみならず「冤罪」もあり得ることは忘れてはならず、本来は両方のバランスが求められる。

しかしその点を留保してもなお、警察庁の研究会が、過去警察の捜査に過ちがあったことを認めたことは評価すべきだろう。

2. 提言の概要

 今回の報告書では、「法医解剖制度の創設」および「法医学研究所の設置」が提言の大きな二本柱といえる。

 法医解剖制度とは、検視等を行っても特定の犯罪の嫌疑があるとは認められないが、だからといって犯罪でないとも言い切れない死体について、警察署長が法医学研究所の長と協議の上解剖の要否を決定し、遺族の承諾を得なくても国の費用負担により解剖を実施できる新たな制度である。これにより、全国の解剖率を当面5年で20%(監察医務院がある東京23区並み)に、将来的には50%(国際的な水準)に引き上げることを目標とするとのことだ。

 そして、その制度の受け皿となり実際に解剖を行う専門機関として新設を提言されているのが、法医学研究所だ。将来的には都道府県ごとに国の機関としての設置が望ましいとされているが、即刻の実現は事実上不可能なので東京都監察医務院や大学法医学教室を指定し、機能を併せ持たせることが当面の方向性だ。目的を「犯罪死の見逃し防止と公衆衛生の向上」とすることで、警察庁と厚生労働省の共管が妥当ともされている。

 なおこの二本柱以外には、解剖医の体制強化(大学定員増加、奨学金制度等)、薬毒物検査の拡充(体制整備、試料の保管等)、検視等における法医学的検査の導入(簡易役毒物検査やCT検査)、検案の高度化(専門検案医制度の創設、費用負担の公費負担等)、身元確認の高度化(歯科所見・DNA型データベース構築等)、検視・死体見分の高度化(検視官の増員等)、初動捜査力の向上などが提言されている。

3.議論のポイント

1) 警察の恣意的制度運用の可能性がないか?

 警察庁の検討会ゆえ警察視点なのはハナから致し方ないことである。

 しかし大きなポイントゆえ指摘せざるを得ない。この報告書の最大の問題は「警察取り扱いの死体以外の死因究明は考慮されていない」ことだ。警察が見ない死体は、当然今回の制度では公費強制解剖の対象とならず、その前の法医学的検査の対象ともならない。よって、人の亡くなり方に誰かが不審を抱けばまず警察が来るという社会となる。医師法21条も生きている。一時期大きな話題となり、今はどうも関心が下火になった模様の診療関連死についても、少しでも不審なところがあると誰かが思い死因究明が求められれば、すぐ110番だ。

 もちろん警察が公平無謬で世間の信頼篤くかつ情報公開に超積極的ならば、多分誰も文句は言わないだろう。そして本提言が全て実現すれば現状よりは誤謬は減るかもしれない。しかし最初に触れた通りいくつもの事例にもとづき本研究会は警察の誤謬を認めるところからスタートしていることを思い出してほしい。そして警察の誤謬は「見逃し」だけではないのだ。解剖の実施にあたり、警察署長と法医学研究所が協議することになっており専門家と相談する形式を整えているが、警察と法医学は同じ目的を共有しているため相互チェックの対象とはなりえない。残念ながら、警察による恣意的制度運用を防げない制度的構図であると言わざるを得ないだろう。

2) 監察医制度の全国展開の方が望ましいのではないか?

 法医解剖制度は、監察医制度とは別に制度化されることとなっている。明記されてはいないが、公衆衛生目的の制度と犯罪見逃し防止の制度と目的の違う制度がともに同じ手続きで死因究明をすることになる。相互に相互の目的を果たすこともあると報告書内にも記してあり、地域的に相互補完するイメージのように思える。というか、警察庁の研究会ゆえ、他省の制度を無くしてしまえとか不要だとか書くのはさすがに遠慮したのだろうというのは、筆者のうがった見方なのかもしれない。

その割に、先に記したように目的を二本立てすることで警察庁・厚労省との共管としている。何故だろうか。検案料は公費負担が望ましいと提言しながら、関係省庁間の経費分担の在り方については「検案の目的が犯罪死の見逃し防止に留まらず、医師による死因の特定にあることを考慮して検討することが必要」となっている。要するに、警察単独では費用負担はしたくないので厚労省さんヨロシク、と書いてあるのだ。

 だとすれば、むしろ厚労省による監察医制度の全国展開の方が望ましいのではないか。その方が、死因究明に関する警察活動への第三者としてのチェック機能が働き、警察の信頼性向上に寄与する筈だ。

3) 目標通りの解剖医体制の強化は可能か?

 提言によると、当面(5年以内)に解剖医を現状の2倍の340人、将来的には5倍にあたる約850人の解剖医を必要することになる。

 当然ながら解剖医だけで解剖はできないので、目指す体制を作るには相当の資源投入が求められるだろう。果たして具体的に実現が可能なのか。絵に描いたモチではないか。もちろん、現状のままでは法医学教室の体制が危ういことは自明であり、テコ入れが必要だと考えている。それゆえにいささか大胆な目標設定に対し、いささか実現性が危惧される。上記の計算ではさっぱり忘れられているが、社会の高齢化に伴い今後毎年死者数は激増していく。そのことも考慮しなければならない。

 結果として体制が整わないまま法医解剖の制度のみ創設されてしまえば、結局法医研究室のキャパシティの中で警察の恣意的制度運用の可能性が広がる。これでは現状とさして変わらず提言の意味がないのだ。

 

4) 死後画像検査ではなくAi(死亡時画像診断)とすべきでは?

 簡易薬毒物検査および死後画像検査等について、法的に死体に対する侵襲行為の正当性を法的に明確にした上で(要は死体損壊罪にならないように法改正をするということ。画像検査は侵襲はゼロだが)、遺族承諾なしに行うことができるよう所要の法令の整備を提言している。これだけでも実はかなり画期的であるし、強制解剖制度の拡大と比較すると実現性も高いと思われる。

 周辺捜査結果等とともに死後画像検査が解剖の要否を判断するものと位置づけられたことも、誠に意義深い。

 さて、死体のCT撮影についてならば厚労省も検討会を行っている。タイトルは「死因究明に資する死亡時画像診断の活用に関する検討会」だ。「死後画像検査」と「死亡時画像診断」の微妙な違いに、それぞれの立場の違いが現れている。厚労省は医師による独立した「診断」であることが明示されているのだ。

 この違いは、撮影後の読影を誰が行うのか、その費用負担まで行われるかというのがポイントとなる。法医学者と放射線科医と、どちらがCT画像を読むのがより正確なのだろうか?それは自明のことだ。そして専門家の仕事には適切な報酬が求められるのも当然だ。生きている人の読影料が診療報酬の中に認められているのであれば、亡くなっている方の読影料も死因究明のための費用として認められて然るべきである。もちろんその所見を元に犯罪性の有無の判断を行うのは、その道の専門家が行えば良い。「診断」と位置づけられず、もちろん読影料についても明記されておらず、ただの検査止まりとされれば、場合によっては医師や医療機関のタダ働きにもなりかねない。

 なお、この報告書では12行に及ぶ長大な注釈によりCT検査のみでは死因の判断に誤りを生ずる可能性がわざわざ書いてある。書くのならば、解剖における死因判断の誤りを生じる可能性と並べて書いていただかなければ、公平な評価はできない。どうもこの注釈は誰か委員のウップン晴らしといった感情的な目的のためにあるように思える。

4.提言

○「死因究明」そのものを目的とする議論をすべき

 そもそも死因究明制度の在り方について、「犯罪死の見逃しのため」とか「公衆衛生維持のため」といった公益的でありつつ同時に悪く言えば省庁縦割り的な目的を前提として検討を行うことが、諸悪の根源である。「死因究明」それ自体に、なぜ国家が責任を持たないのだろうか?自分の大切な人が、あるいは我が国に住む人々が何故亡くなったかを明らかにし後世に活かすこと自体、大きく公益に資することではないかと筆者は考える。その結果として自然に犯罪死の見逃しが発見できたり、公衆衛生の維持に貢献すれば、よりめでたいことだ。「診療関連死の取り扱い」や「異状死の定義」といった特定分野の議論で話が詰まることもなくなる。とにかく一度皆死因究明の手続きを踏むことにすれば、その結果を見て最終的な事件性の有無を判断し、再発防止に何をすればよいか検討すればよい。

 人間一人の死に対して、見たところ何も無さそうだから多分大丈夫だろう(何が?)という生者の驕った考えをベースにしているとしか思えない現行制度の思想的存立基盤こそまず修正するべきだ。一人ひとりの死に常に向き合い、何かを学ぼうとする姿勢を持つことが真に「弔う」ということではないのか。なぜ死因究明が、外交・防衛や治安維持、そして医療・介護等の社会保障と並び、国民の安全保障の一環として位置付けられていないのか。

 まず議論の出発点を見直すべきだし、一省庁ではなくそれに相応しい主体による議論が必要だ。

Aiを前提とした制度とすべき

 上記の通り、解剖前提の制度は現時点で既に規模的に間に合っておらず、将来的にも充足への具体的な道筋は明らかではない。そうであれば、実は先に記した監察医制度の全国展開という提言自体も実は絵に描いた餅である。

だとすれば、本報告書でも遠回りに示唆されている通り、Ai(死亡時画像診断)を前提とし、必要に応じて解剖を行って死因究明を行う制度とすることが現実的なのではないか。警察は必要に応じてAi実施組織から死体に関する情報を得、また協議を行って司法解剖等の実施を行うこととすれば、第三者のチェックを得ながらより誤謬の少ない活動を行うことができるようになるだろう。

 警察から独立したAiセンターの設置・拡充をまず検討すべきである。既に全国にAiセンターの実例があるのだから、いま全く存在しないものを創ろうとするよりも容易なはずだ。

5. おわりに

 先のように批判を並べたが、この報告書の中でも「検視・死体見分の高度化」の項目など、日々死体と向き合う現場の方々の大変な状況がほの見える部分がある。p.26の「現在、全国に65台整備されている死体専用の搬送車及び802台整備されている死体保冷車(うち約500台は減耗更新時期経過)について、拡充を図ることが望ましい」のくだりなど涙ぐましい記述を読むと、現場の「なんとかしてくれ!!」という悲鳴が聞こえてきそうな気分になる(なんとかしてあげてよ!財務省さん!!)。全てを否定する気は毛頭ないし、よりよい制度の構築および現場の方の能力向上に資する項目は、ぜひ実現すべきだ。

また先に発生した東日本大震災においては、医療関係者や自衛隊の活動がクローズアップされがちだが、被災地では全国の警察官の方々も全力で黙々とご遺体の捜索活動にあたっておられた。現場の方々の献身的な活動には心から敬意と感謝を表したい。

 だからこそ、医療との適切な関係が構築され、より信頼される医療とより信頼される警察を、それぞれ目指してほしいと切に願う。そのためにこの小文が多少なりとも役に立つことを祈って、筆を擱くこととする。

MRIC編集部付記:

「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」報告書pdfは当会HP( http://www.medg.jp/)に掲載いたします。