異状死議連に関する誤解を解く
衆議院議員 橋本 岳
・MRIC医療メルマガ通信 臨時 vol 55 掲載(09.03.15)
(http://mric.tanaka.md/2009/03/15/_vol_55_2.html)
■はじめに
先般、MRIC臨時号vol.45において「異状死死因究明制度の確立を目指す議員連盟が発足しました」として、議連の検討経緯等について情報提供を行った。その直後に、MRIC臨時号vol.46にて「後出しじゃんけんを法律で認める国」として医療制度研究会・済生会宇都宮病院の中澤堅治先生が、明示的ではないがおそらく本議連のことと思われる活動について、批判的に記事を書かれている。
個人的には、中澤先生が提起されている問題に共感する面もあるが、しかし本議連については誤解もあるように思われる。振り返って反省すれば、私自身の記事も必ずしも議連のテーマを的確に述べているとは言い難い。そこで、あらためて私個人として、本議連にて議論すべきテーマや課題を記し、捕捉させていただきたい。なお以下の記述は、現時点での私個人の認識および提案であり、議連の成果結果等に結び付くかどうかは今後の検討による。しっかりお目通しいただいた上で、ご支援やご叱責を賜れば幸いである。
■異状死とは
おそらく中澤先生がもっとも引っかかったのが「異状死」という言葉ではないか。確かにこの言葉は、昨今の議論では医療との関連で議論されることが多い。ただ、本議連で指す「異状死」とは、診療に関連する死のみを対象とするものではない。
ここで指す「異状死」とは、「自然死」の対義語としての「異状死」と考えている。ご家族や医師の看取りのもと老衰や病死のため明らかに自然の節理の中で亡くなった方以外のすべての死を含む広い概念である。具体的に言えば、殺人、自殺、事故死、そして孤独死等死因が不明な死体を含むものであり、家や野山や街中や海岸等で発見された死体ほぼすべてを指す。司法的な観点から、一般的に犯罪捜査的な側面も十分に確保されることが必要だ。
中澤先生の記事は、おそらく医療事故等を念頭に、犯罪捜査的側面を指して本議連を「後出しじゃんけん」と批判されているが、まずこの「異状死」の範囲について誤解があるものと思われる。
■医療との関係
とはいえ、医療の現場において「異状死」の概念があいまいであることは事実だ。日本法医学会と日本外科学会等で、診療に関する異状死について見解が異なる。その中で、結果的に無罪になったとはいえ福島県立大野病院事件など医師法21条違反で逮捕・起訴された例があることから、これは医療現場にとっては極めて切実な問題でもある。
また診療に関連する死については、現在第三者機関の設立が検討されており、厚労省案や民主党案、またそれをベースにした井上清成弁護士の案等が存在する。よって診療に関する異状死については、何らかの形でこれらの活動と切り分けて適切に分担をすべきものと考えている。実際に、民主党が衆議院に提出している死因究明に関する法案では、診療に関する死については別途定めることとなっている。こういう点は学ぶべきであろう。
ただし、たとえば救急車で心肺停止状態で病院に到着した場合、すべていちいち警察を呼んでいるわけではないということは、医師が事件性の有無の判断を事実上行っていると考えなければならないのではないか。突然搬送されてきた既に亡くなっている方に対し、ご遺族の話や既往症等により死因を推定し、死亡診断書を書くことは珍しくないものと思われる。しかしそれは医師法第20条の後半但し書きが想定している場合に含めて良いのかどうか、個人的には議論の余地があると考えている。虐待等犯罪の見逃しにつながってはいないか。また「心不全」等曖昧な死因が統計上増える原因になっていないか。今後、家庭や施設等から病院に運び込まれて死を迎える例がさらに増えることが予測される中で、この点はもっと注目されるべきだ。中澤先生が書かれたように、「殺人かどうかの判断は本来医療とはまったく異質のもの」なのだ。だからこそ、ここは論ずべき点と考えている。かといってすべて解剖するというのはあまりにも非現実的である。よってAiは前向きに考えられるべきである。また、死亡診断書または死体検案書の記載に関する検査や作業に対するコストの公的負担の在り方も、検討しなければならないだろう。
■「死因究明医療センター」の設立が目的なわけではない
そもそも、発見された現場には死体があるだけで、異状死か自然死か誰かが判断しなければならない。或いはそういう判断ができない死体が「異状死」なのであって、そこから犯罪か非犯罪か、そして死因は何かを鑑別していくプロセスが死因究明である。現行制度では、医師の検案または検察(実際には警察)の検視という体表からの死体検索と、それでもわからない場合は犯罪の疑いがある場合は司法解剖、犯罪の疑いがない場合は地域によっては監察医による行政解剖ができる、という状況である。犯罪でないと判断された場合、あまりにも扱いが雑であり、死者の尊厳の確保や公衆衛生の点で問題である。また時津風部屋事件のように、犯罪の見逃しの可能性も指摘されている。まさにこのような問題意識に立って、本議連は設立されたものだ。
日本法医学会の提案は、その最終手段である解剖の実施体制が危機に頻していることを念頭に、解剖体制の再構築を提言したものである。しかし、死因究明のプロセスやその背景となる制度そのものに言及したものではなく、ただ「死因究明医療センター」を全国に設置すれば、解剖率の向上は期待できるであろうが、上記の問題がすべて解決するというものでもない。なお言えば、一部報道等にて本議連の目的が「死因究明医療センター」の設立にあるような表現も見受けられた。設立総会の講師として中園一郎・日本法医学会理事長にお越しをいただき、提言についてお話を伺ったが、だからそれをそのまま実現をするのだというほど単純な話ではない。キャリアブレインにて民主党足立信也議員が同様に法医学会提案と本議連の趣旨を混同した批判をされているが、これも同様な誤解に基づくものであろう。
そもそも、大学の法医学教室、なお言えば医療そのものも崩壊の危機にある中で、法律をつくったからといってすぐ実現できるものでもない。人材教育から手当てが必要だ。また予算確保の枠組みや目処があるわけではない。内閣府は検討会を行っているが、現時点では何を考えているか議連に対して明らかにしていない。これらの問題点を一つ一つ積み上げ、より改善するプロセスを考えなければならない。中澤先生は「全国厚生局に担当部署を置き」云々と書いてあるが、どこにそんなことが書いてあったのだろうか。
もちろんアイディアがないわけではない。個人的には監察医制度の全国拡充と、地方交付税による都道府県への財政措置が考えられるのではないかと個人的には思っている。監察医制度同様に都道府県事務(但し政令指定都市と中核市は市の事務)である保健所のスキームが参考になるのではないか。そういったこともこれからの議論だ。
なお個人的には、このテーマは政党的対立にふさわしいものとは思わない。本議連で自民党・公明党としての案をまとめつつ、時期をみて衆院法務委員会等で民主党提出法案とのすり合わせを行い、よりよい制度の実現に結び付けたい。
■まとめ
いずれにせよ、本議連には実に誤解が多い。こちら側の情報提供の仕方にも問題があったものと反省している。ただ、まだ二回勉強会を開いただけで、まだ一度も議連としての取りまとめも行われていない中で、断片的な発言等に基づいて報道が行われ誤解を含む批判が出るというのは、誰にとっても幸せなことではない。本議連の会合ははオープンであり、前回は議員以外の来場者にも意見を求めた。ご都合がつけばぜひご参加をいただければ幸いである。議論を重ねれば当然議連としての提案等も公開されるであろう。私たちも、引き続き情報提供させていただく所存である。ぜひとも各方面からご意見、ご指導を賜りたい。